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桜は何で色づくか

「う……」

 全身のヒリヒリした痛みに山姥切は、目を開けた。
落下した時に、木の枝に全身を引っ掻かれたのだろう。
しかし、その木々がクッションになって、地面に直接激突して、一発で折れる様な事は避ける事が出来て、ひとまず安堵する。
 目を開いていても視界が薄暗い事と、体を覆うような感触に、自分が何かに抱きしめられている事に気がつき、先程何があったのか、だんだん思い出してきた。

 足を滑らせた山姥切を追って、国広が自ら崖に飛び込んで、山姥切を庇うように抱きしめて、一緒に落下したのだ。
崖から落ちる前に見たのは、こちらに向かって必死に手を伸ばす、己の写しの顔だった。
山姥切を守る様に抱きしめている国広の腕は、今でも自分を拘束していて、離してくれそうにない。

「……離れてくれないかな、偽物くん」
「……」

 山姥切が声を掛けても、一向に反応がない。
呼びかけに無視した事に苛立ち、自分を庇う為に崖へ自ら飛び込んだ事にも、怒りを感じている。
自分を助けた相手とはいえ、正直怒鳴りつけたい気持ちだ。

「おい…!離せ」

普段の彼なら、ここで飛びのくように、山姥切から離れるのだろうが、国広は一言も言葉を発さない。

「偽物くん?」

 そこでようやく異変に気づいた山姥切は、自分の目の前にある、国広の腰を強引に押して、そこから出来た隙間から這い出した。
身を起こして辺りを見渡すと、自分と国広二振りの刀の本体が転がっている。
どちらも汚れは付いているが、たいして刃こぼれも起こしていない。
ひとまずその事にホッとして、改めて国広を見下ろした。
 投石を回避して泥だらけになっていた服は、枝によって全身を細かく切られ、襤褸布に至っては、背中の部分で二つに大きく引き裂かれている。
日光を受けると、布の隙間からきらきらと光っている金糸は、じわじわと赤に染まっていた。
 状態としては軽傷といった所だろう、全身の切り傷はいずれも大したものではない。
しかし、頭の怪我に関しては、当たり所が悪かったのだろう、国広はぐったりと意識を失っていた。

「おい、偽物くん」

怪我をしている頭に、軽く触れてみる。

「偽物くん、しっかりしろ!」

 少し声を大きくして、今度は彼の頬を何度か軽く叩いてみる。
血を流しているせいか、低くなってしまっている体温に、自分まで血の気が引く感覚に襲われる。

「にせ…国広!」

 思わずかつての呼び方で、いつの間にか叫ぶように、彼の肩を揺さぶって呼び掛けていたが、視界の端を横切った物に気づいて、これ以上声を上げないように、片手で自分の口元を押さえた。
 視界に入ったのは、時間遡行軍の短刀。
それが周りを伺う様に、首を左右に揺らしながら、宙に浮いている。
おそらく、近くに敵の部隊がいるのだろう。
山姥切は、意識を失ったままの、国広の体に覆い被さる様に身を伏せて、敵短刀がその場から離れるのを待った。
 しばらく敵短刀は、周辺をうろついていたが、敵はいないと判断したのか、途端にふい、と方向を変えて山姥切達から遠ざかって行く。
ひとまずの危機は過ぎた事で、山姥切は無意識に詰めていた息を吐いた。

「……」

 地面に転がっている、それぞれの刀を一旦鞘に収めて、どこか隠れられる場所を探す。
手ごろな茂みがあったため、そこまで国広を引きずっていく。
本当は背負ったり、肩でも貸したらいいのだろうが、完全に脱力してしまっている自分と同じ背格好の体は、予想以上に重い。ずりずりと、脇に手を入れて引きずる事しか出来ない。
 茂みに国広を隠す為、近くの木の枝を折って、仰向けに寝かせた国広の上に乗せた。
いくら泥で汚れているとはいえ、元々白い襤褸布はこの森の中では目立つ。
木の枝がカモフラージュになるように国広を隠し、近くに仲間がいないか、元の場所に上がる為の道は無いかを探しに、辺りを歩いた。

 国広が無事かどうか、離れた所から彼を隠した場所に目を向けると、先ほどの敵短刀が戻ってきていたらしい。
国広がいる方向へ進んでいる。
 その事に気づいた山姥切は、考えるよりも先に敵短刀の方へ走って、抜刀と同時に相手を斬り飛ばした。
しかし、運が悪い事に近くに敵部隊が来ていたらしく、味方を斬られた敵部隊は、山姥切に向かって来ている。
 ここで応戦しては、意識を失ったままの国広が、敵に気づかれてしまうかもしれない。
そうなってしまっては、国広は敵の格好の餌食だ。
まだ壊れていない自分の投石兵の刀装を使って、相手部隊を攻撃して注意を引く。

「どこを見ているのかな?俺はここだ、かかって来なよ」

 敵を彼から遠ざける為に、山姥切はわざと目立つように走って、部隊をおびき寄せた。
山姥切の狙い通り、敵部隊は山姥切を追ってくる。
しかし、木が多い獣道同然の場所で立ち回るのは、山姥切でも難しい。
走りながら、戦闘がしやすい道が広い場所を探した。

 国広がいる場所から出来るだけ距離を稼ぎ、広い道を見つけた山姥切は、走るのを止めて敵部隊に向き直る。
敵に大太刀の様な大きな刀は少なく、倒せない相手ではない。
地面を蹴ってその勢いのまま、一番厄介そうな打刀の急所を突き刺すと、それを皮切りに敵が一斉に山姥切に襲い掛かった。

 突き刺した刀を抜くために、敵の体を他の敵に向かって蹴り飛ばし、抜けた刀は振り向きざまに背後を襲おうとしていた敵短刀を屠る。
次に振りぬかれた敵脇差の攻撃を、身を屈めて躱しながらそのまま足払いを掛ける。
それにバランスを崩した敵脇差は、山姥切に斬られて消え去った。
 もう一振りの敵脇差が、山姥切の頭上に刀を振り下ろしたので、山姥切はそれを刀で受け止める。
 その隙に、気配を消して地面すれすれにいた敵短刀が、彼の背後から飛び上がったが、それを見逃さなかった山姥切が、咄嗟に自分の鞘で敵短刀を殴って砕いた。
こちらへの注意が逸れて、力を強めた敵脇差だったが、山姥切はあえて力を抜いて相手の攻撃を受け流して、そのまま一気に斬り飛ばした。

 僅かに上がった息を整えながら、敵がいなくなった事を確認して、いったん刀を納めると、先程とは比べ物にならない程の多くの気配を感じた。
山姥切がそちらに目を向けると、通常の部隊とは比べ物にならない位、多くの時間遡行軍がそこにあった。
 今までにない絶体絶命の状態に、山姥切は目を剥いたが、その表情に浮かぶのは絶望ではなく、獰猛な笑みだった。 

「ははっ、待たせたな。お前たちの死が来たぞ!」

高らかに声を上げて、山姥切は大勢の敵に向かって駆け出した。
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