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桜は何で色づくか

 山姥切が配属されてから数か月が経ち、彼の練度は90を超えた。
練度差が小さくなったので、審神者は国広が頼まずとも、国広と山姥切を、カンストした事で出陣が少なくなっている刀を中心に、メンバーを組んで厚樫山へと出陣させた。

 昨日にでも雨が降ったのだろう、未だに暗雲が立ち込めている。
地面が所々ぬかるんでいて、霧が出ていた。
時々足を取られそうになって、国広はそれをうっとおしく思ったが、周りの連中もそれは同じらしい。
ぬかるみにはまり掛けた足を、無理やり引っこ抜いている者もいた。
 そうしている内に、敵の気配を察知した部隊長の歌仙が、指示を出して偵察を始める事になり、前方の偵察を任された国広は、木に隠れて周りの様子を伺う事にした。
敵らしき気配は見当たらず、もう少し場所をずらして探してみようと、国広が身を屈めて移動すると、目の前の草がガサリと動いた。
 慌てて刀を構えると、中から見慣れた銀髪が現れた。

「なんだ、偽物くんか」

 山姥切も、国広を敵と思ったのだろう。
緊張を解いて、鯉口を切っていた状態から、刀を納めた。

「そっちはいたか?」
「いや、こちらにはいなかったよ、この霧だから他の者とはぐれたら厄介だ。一旦部隊に戻った方がいい」
「わかった」

 元来た道を引き返している間、お互い何も話さず周りを警戒しながら歩いた。
いくら敵が近くにいると言っても、いざ目の前にすると、何を話したらいいのか分からなく相手と二人きりでいるのは、少々気まずい。
 痛いほどの沈黙に耐えきれず、国広は襤褸布の中から、隣を歩く山姥切の横顔を覗いた。
敵を警戒して、前を見据える表情は凛々しく、瑠璃色の瞳は彼の刀としての切れ味の様に鋭い物だった。

「俺を見てないで、周りを見たらどうかな?」
「す、すまん」

 視線に気づいた山姥切が、眉間に皺を寄せて国広に目を向けると、国広は慌てて目を逸らして、襤褸布を深く被りなおした。

「最近よく、影でこそこそと俺の事を見てないか?何か用でもあるならさっさと言いなよ」
「……そんなに見ていたか?」
「視線がうるさい。聞いてやるから、何かあるなら言え」

 山姥切にそう言われて、国広はいつもの彼に話しかけようとする時の様に、何を話したらいいのか分からなくなり、「あ…」とか「う…」など言葉にならない声を出した。
 彼がしびれを切らして会話を切り上げ、言えずじまいになるのを期待したが、こういった時に限り、山姥切がそれを見逃してはくれなかったので、国広は観念して今思っている事を正直に話す事にした。

「……あんたと、話がしてみたいんだ。天気の話とか、好きな食べ物とか、何でもいいんだ。けど、いざあんたを目の前にすると、頭が真っ白になって何を話したらいいのか、分からなくなる」
「へえ、それで?」
「だから、今度あんたに話をしに行ってもいいだろうか?それまでに、話す内容はちゃんと考えておくから」
「……まあ、気が向いたらね」

 話がしたいと言うだけで、国広はそれを精一杯伝えようと、真っすぐな目で見てくるので、山姥切は何だかいたたまれない気持ちになって、ふいと顔を逸らした。
ようやく伝えたいことを伝えられた国広が、内心安堵して小さく息を吐いていると、遠くで複数の銃声が聞こえた。
 同時に誰かの怒号が響き、二振りはその場にしゃがんで、流れ弾に当たらないようにした。

「索敵は失敗した!敵がやってくる、方陣で備えてくれ!」

 遠くからの歌仙の声に、二振りは抜刀して次の攻撃に備えた。
当たりを見渡しても、依然として周りには国広と山姥切以外、人影は見当たらない。
しばらくの間異様な沈黙が流れたが、ふと視界が暗くなり、山姥切が咄嗟に上を見上げると、無数の投石がこちらに向かって降り注いていた。

「偽物くん!避けろ!」
「っ!」

 山姥切の声に反応して、国広は転げる様に投石をかわした。
そのお陰で泥だらけになってしまったが、小さな投石のかけらが、頬を軽くかすっただけで済んだ。

「山姥切、助かった」
「動けるか?」
「ああ」
「じゃあ、さっさと行くよ偽物くん。さっきの投石の飛んできた方向なら、敵は反対側だ。ぐずぐずしていたら、置いていくぞ」

 投石が飛んできたことで、敵がどの辺りにいるのか、ある程度見当をつける事が出来たので、二振りは自分達がいた所とは、反対方向へ駆け出した。

ある程度の距離を走ると、木々の少ない開けた場所に出た。
そこには無数の敵と、仲間の刀剣達の白刃戦が、既に繰り広げられている。
駆け付けた二振りもそれに加勢して、近い敵に斬りかかった。
 雨を遮る木々が少ないせいで、ぬかるんでいる場所が多く、踏ん張りが利きにくくなっており、いつも通りに動く事が難しい。
それに気を取られて、いつも以上に体力が削られていった。

「くっ!」

 敵の打刀を倒した直後、声に反応した国広が、振り返って見た物は、大太刀の攻撃を刀で防御して、そのまま鍔迫り合いになっている山姥切だった。
いくら練度が90を超えていたとしても、打刀と大太刀で力勝負となると、山姥切の方が分が悪い。
それは本刃も分かっている様で、一旦下がって体勢を立て直そうとしていた。
 しかしその下がった先は、大きなぬかるみになっていて、彼がそれに足を滑らせた先には、切り立った崖になっている。
慌ててバランスを取ろうとしても間に合わず、彼の体は遥か下の崖下へ、放り投げだされようとしていた。

「本歌!!」

 元々山姥切の方へ加勢に向かおうと、走っていた国広だったが、更にスピードを上げて、そのまま山姥切が落ちていった崖へを飛び込んだ。
一度崖を思い切り蹴って勢いをつける事で、山姥切が身に着けている青い裏地の布を掴む。
その布を手繰り寄せて、国広がやっている事を、信じられないとでも言うように、目を見開いている山姥切を、頭から抱き込んだ。
 自分がどうなろうと構わない、折れてしまっても構わない。
だからせめて、本歌は、本歌だけは折れないで欲しい。
その思いで、国広は無我夢中で、山姥切が傷つかないように抱きしめた。


瞬間、頭に強い衝撃を受けて、国広の意識は途切れた。
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