すべてを燃やして零に戻る
そんなに苦労するわけでもなく、国広はすぐに見つかった。
庭にあった花も葉も生えていない大きな一本の木、桜の木だろうか。
その近くで国広は特に何かをしている訳でもなく、ただぽつんと一振りで突っ立っていた。
「国広」
加州が先に彼の元に行って、彼に声を掛けた。
布をかぶっているせいで顔はここから見えないが、彼が一言も発していない事に気が付いた。
声を出せない個体なのだろうかと、彼らのやり取りを離れた所を見ていると、加州が国広の背中に手を添えて、彼が歩くのを促しながらこちらにやって来た。
「ほら国広、彼は山姥切長義。今日からお前の部屋と一緒の部屋になるから」
「……」
加州に再び促されると、国広はゆっくりと顔を上げた。
灰を被ったみたいに煤けた銀の髪。
灰色がかった青い目はくすんでいて、何処にも焦点は合っていない。
だらんと左右に垂れ下がっている両腕は、服に隠れていない部分だけを見ると、穢れに染まったのか、それとも炭にでもなってしまったのか、爪の先まで真っ黒だ。
そしてそれは全身に及ぶのか、首や顔の一部にまで侵食していた。
燃え尽きた残骸の様な風体の彼は、他の山姥切国広とはあまりにもかけ離れていて、とても儚い印象を受けた。
「……、……!」
国広が山姥切の存在にようやく気付いたのか、彼と目を合わせた瞬間、虚ろな表情が不意に動いた。
くすんだ目は大きく見開き、小さく息を飲む音が聞こえた。
「……っ」
僅かに開いた口元が震えたかと思うと、見開いた目に僅かな光が宿り、透き通った涙が一つ頬を滑り落ちた。
一度流れ始めた涙は止まる事無く、一つ二つと数を増やして頬を濡らしていく。
傍らにいた加州も彼が泣く所を見た事が無かったのか、涙を流す国広を見て目を丸くして驚いていた。
一方で俺は、彼の最初に見せた驚きの表情に懐かしさを感じていた。
早すぎるが故に、付喪神として不完全な状態で形を成した国広には、十分な感情が備わっていなかった。
人が寝静まった夜中に初めて幼い国広を見に行った時、あの子は誰もいない小さな部屋で自分の本体の近くにぽつんと座り込んで、無表情で外をぼんやりと眺めていた。
その表情はちっとも子供らしくなくて、俺と揃いの色だった子供特有の大きな目は、どこかくすんでいた。
それがどうだろう、俺が声を掛けると驚いた様に大きな目をさらに大きくして、くすんだ瞳に小さく光が宿ったのだ。
そう、まるで今目の前に立っている国広のように。
……ああ、そうだった。
ここにいる彼は、他の山姥切国広に比べて欠けている個体じゃない。
彼は……山姥切国広は元々こうだった。
燃やし尽くして、燃え尽きて、残ったただの抜け殻では無い。
例え煤に塗れていたとしても、この国広はきっと本当の始まりの姿に戻ったのだ。
刀剣男士として顕現してからの記憶を無くした俺と、最初の姿に戻った国広。
……始められるだろうか。
何もかもを零に戻して、ただの本歌と写しとして。
いずれまたあの時みたいに、はにかみながらでも笑ってくれる事を願いながら、俺はまず国広に歩み寄った。
「初めまして、俺の写し」
小さい体を抱き上げる代わりに、大きくなった彼の両手を取って。
「俺は山姥切。お前の本歌だよ、国広」
ぽろぽろ零れ落ちる透明な涙を、自分の指の背でそっと拭った。