すべてを燃やして零に戻る
一度刀の状態に戻ってその本丸に運ばれて、再び顕現すると目の前には加州清光が立っていた。
しかし、俺の記憶にある加州清光とは少し違っていて、彼は右目に黒い眼帯をしていた。
「山姥切長義だ。君は……加州清光、かな」
「合ってるよ。よろしくね、山姥切」
加州が手を差し出してきたので、俺も手を出して彼と握手をした。
「……やっぱり気になる?これ」
意識していた訳ではないけれど、俺の視線に気が付いたのか、加州は自分の眼帯を指さした。
「すまない。じろじろ見るつもりはなかったんだ。ただ、俺の知ってる加州清光は眼帯をしていなかったから」
「いいよ、慣れてるから。俺顕現した時から右目が無かったんだ、だから眼帯で隠してんの」
「そうなのか」
「じゃあ、案内するからついてきて」
そう言って加州が歩き出したので、俺はそれについていった。
「ここは何かが欠けている刀剣男士がやってくる本丸なんだ。俺みたいに分かりやすく目がなかったり、腕が無かったりする奴もいるし、耳が聞こえないとか五感が欠けていたりとか、感情が欠けている奴とかまあ色々いるんだ」
「なるほど」
「山姥切は確か記憶が無かったんだよね?」
加州は確認をするために、歩きながら肩越しに振り返った。
「ああ。顕現してからそれなりに経つみたいだけど、俺はその記憶を全て失っているらしい」
「そっか。不便な事とかあるけど、案外過ごしやすい所だからさ。困った事があったら誰かに聞くといいよ」
「分かった。そうするよ」
長い廊下を歩いていると、向かいからスケッチブックを抱えた大和守安定が歩いてきた。
俺達に気づいた彼は、目の前で立ち止まるとスケッチブックに何かを書き込んだと思うと、それを加州に差し出した。
『清光、新しい刀?』
スケッチブックにはボールペンで短い文章が書かれていた。
それを見た加州は慣れた様子で、大和守からスケッチブックとペンを受け取ると、さらさらと何かを書くとそれを彼に返した。
『そう、山姥切長義。今本丸の案内をしているとこ』
大和守はその文字を見ると、納得したように頷くと、再び何かを書いて今度は俺にスケッチブックを差し出した。
『僕は大和守安定。これからよろしくね』
まさか自分にもスケッチブックを渡されるとは思っていなかった俺は、少し面食らってしまったがすぐにスケッチブックとペンを受け取って、彼への返事を書いた。
『山姥切長義だ。こちらこそ、よろしく頼むよ』
そう書いて彼にスケッチブックを返すと、大和守はニコリと笑って大きく頷いて、そのまま立ち去っていった。
「説明できなくてごめん。察してくれて助かった」
「いや。……彼は耳が聞こえないのかな?」
「うん。安定は俺と同じ本丸から一緒に来たんだ。同じ部屋で暮らしてる……あれ?」
話の途中で加州が前方の何かを見て驚いたような顔をすると、彼は急に駆け出して少し離れた入り口が開けられた部屋に入っていった。
何があったのか分からないまま、俺もそれに続いた。
部屋の中には誰もいない。
これと言った家具も置いていなくて、がらんとした生活感の無い殺風景な部屋だった。
「珍しい……自分から部屋を出たのかな」
「加州、ここは誰かの部屋なのかな」
「うん、あんたも知っていると思う。……国広、山姥切国広だよ。あいつもここに来てからそんなに経ってないんだけど、そろそろ本丸にも慣れてきたと思うから、これを機に二人部屋にする事になったんだ」
確かに大和守のように声が出せない刀の場合、何かあった時に声を上げて助けを呼ぶ事が出来ない。
他にも何か不足の事態が起こった時に、もし自力で助けを呼べない刀がいるのなら、二人部屋にすれば多少なら改善ができるだろう。
この本丸には国広もいたのか。
……胸の奥から、わずかにチリチリと焼ける様なざわつきを覚えた。
「悪いんだけど、案内ついでにあいつを一緒に探してもらってもいい?」
「ああ、構わないよ」
少し申し訳なさそうに眉尻を下げる加州に、俺はにこりと微笑んでそれに頷いた。