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すべてを燃やして零に戻る







……


 何かが割れる音で、真っ赤で何も見えなくなっていた視界が急に晴れると、今度は違う赤で視界が真っ赤になった。
あんなに薄暗かった本丸は、全てを焼き尽くそうとする眩しいくらいの大きな炎に飲み込まれていた。
一変した光景に何が起こったのか分からなくて、俺は呆然と立ち尽くした。

 しばらくして手の違和感に気づいた俺は、自分の両手を見下ろして愕然した。
穢れで真っ黒に染まった手に、むせかえる程の鉄の匂いと、ねばつく肉と油の感触。
足元に散らばるのは、無数の仲間の欠片達。
そしてこの本丸を包む炎。
そこでようやく俺自身の手で、この惨状を引き起こしたのだと気づいた。
……ああ、皆を堕とさないようにしていたというのに、俺が堕ちてしまったというこの体たらく、まったくなんて様だ。
 
 ふらつく足で離れに戻ると、そこにはさっき見た姿と変わらない本歌が倒れている。
ここにいればいずれ火の手が回ってきて、本歌も無事では済まないだろう。
 せめて、本歌だけは安全な場所へ。
そんな思いで俺は彼を抱えて、少しでも炎が少ない場所へ足を動かした。
ようやく見つけた場所はあの大きな桜の木で、木の根元に本歌を横たわらせて、すぐそこに埋まっている仲間達に目を向けた。
何もできなかった無力な俺に皆は幻滅していると思うが、本歌には罪はない。
身勝手な願いだがせめて彼だけは護って欲しい、そう願って本歌をここに託した。
 血の気が引いて青かった顔は、炎に照らされて赤くなっている。
僅かながらここまで届く熱風が、力が抜けきっている冷えた四肢を温めてくれるだろう。
滲んだ血と埃と土で汚れた顔を拭ってやりたいとも思ったけれど、穢れきった俺の手では本歌を更に汚してしまうと思うからそれは諦めた。

「……すまない……本歌……」

俺は一言だけ謝ると、彼に背を向けて燃え盛る本丸へ足を踏み出した。




どうして、こうなってしまったのだろう

何がきっかけでこうなったのだろう

誰が悪かったのだろう

何が悪かったのだろう

碌な事も考えられなくなった役立たずの頭で、ぐるぐると同じ疑問を何度も自分に投げかける

ただ一つ分かっているのは、何もかも遅いという事だ



……こんなつもりじゃ、なかった

けれど、もう遅い

全て終わってしまった
何もかもすっかり、終わってしまったんだ



 気が付けば俺は大広間の入口の縁側に来ていた。
大広間は既に火の海で、今にも炎に飲み込まれるだろうが、ここだけはまだ火の手は来ていなかった。

ああ、そうだ。
確か主はいつも花見をする時に、ここに座布団を敷いて酒を飲んで、ここからあの桜と花見をする皆を見ていた。
その隣に俺が座って……乱がやって来て……それももう、二度とできない過去の話になってしまった。
そんな事を思い返しながら、俺は浮かんだ思い出と同じ様に、かつて主が座っていた場所の隣に腰を下ろして、本体の刀も脇に置いた。
一度座ってしまえば、もう動けない。
痛みはとっくに限界を通り越して感じなくなっていたが、身体中が重くてもう立ち上がる事もできないだろう。
ああ、でももう無理をして立って歩かなくてもいいのだと思うと、少しだけ気が楽になる気がした。

 揺らぐ炎の中に皆の顔が浮かんでは、捻じれて消えていく。
笑った顔、嬉しそうな顔、照れくさそうにはにかんだ顔、あんなに苦しくて辛かった日々だったのに、頭に浮かぶのはまだみんなが笑えていた頃の本丸の景色だった。

 もしあの中に本歌がいたら、どうなっていたのだろう。
気の合う刀や、共にいた事のある刀と一緒になんてことない話をして、笑いあったりしていたのだろうか。
俺も……本歌と言葉を交わす事ができたのだろうか。
そんな「もしも」は、もう叶わない。
全て俺が……この手で壊してしまった。


戻りたい、笑顔が絶えなかったあの頃の本丸に。

戻りたい、初めて主と会った時に。

戻りたい、あの頃に。

……何もかもを零に戻して、まっさらだったあの頃に。



本歌……本歌、山姥切。

俺に心を与えてくれた美しい刀。

ああ、叶う事ならせめて

あのきれいなあおを


……もういちど、みてみたかった。

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