すべてを燃やして零に戻る
「……さん。……いちょうさん」
「……ん」
重い瞼を上げると、悲しそうな顔の小夜が俺の肩を揺さぶっていた。
どうやら手入れは無事終わったみたいだ。久しぶりに小夜の声に、俺は安堵の息を吐いた。
まだ体は重いが、重傷だった小夜の手入れが終わったというのなら、相当の時間眠ってしまっていたようだ。
腕をついて傷に響かないように気をつけながら、ゆっくりと身を起こした。
「小夜……手入れ、終わったのか」
「うん。……ごめんなさい、貴重な資源を。隊長さんの傷だって酷いのに……」
「いや、薬研が言ってくれたんだ。小夜が折れそうだって……折れなくて、よかった」
俺がそう言うと、小夜は黙って首を横に振った。
「小夜、手入れが終わってすぐで悪いんだが……動ける刀を連れて、遠征に行ってくれないか?出来るだけ遠くの……時間がかかる場所へ」
「その間、出陣の命令が入ったら……どうするの」
「俺が行く。大丈夫だ、いつも通りにするだけだ」
「そんな酷い足の怪我で……無茶だよ」
そう言って小夜は、俺の足を指さした。
確かに動かすのも辛い足は、布で縛ってもそこから血は滲んでもう真っ赤に染まっているし、少し休んだ所で治るものでもないから、まだ使い物にはなりそうにない。
それでも他の刀にこれ以上の無理な出陣を重ねて欲しくない、もう誰にも折れて欲しくはなかった。
「俺なら大丈夫だ。少し休んだから、何とかなる。……そら、行ってくれ。主に見つからないように」
「……っ。……行って、きます」
小夜は下唇を噛むと、絞り出すようにそう言って、部屋から出ていった。
……ああ、そんな顔をさせたい訳じゃなかったのにな。
「……うっ!!」
自分も身を起こそうとすると、再び襲う足の激痛に呻いて床に沈む。
足に目をやると、眠っていた間に開いていた傷口から血が流れ続けて、ちょっとした血だまりになっていた。
それを見て再び眩暈がしたが、頭を振ってそれを誤魔化して、自分の布の端を破って足に再び縛り付けた。
またほどけてしまう事が無いように、力をこめてきつく結び目を作ると、気休め程度に痛みが紛れた気がした。
「……大丈夫だ。まだやれる」
自分に言い聞かせる為に、俺は誰もいなくなった手入れ部屋で、何度も同じ言葉を繰り返し続けた。
それからも俺達は主からの命で、無茶な出陣を強制されて、俺は今にも堕ちてしまいそうな仲間を説得しては、なんとか留まらせていた。
政府に通報しようかと何度も考えたが、政府への通信機器は全て主が管理しているし、演練には久しく行っていない。
どうすればいいのか、鈍くなっていく頭では何も浮かんで来なくて、いくら考えても分からずただただ時だけが過ぎていった。
そんな中、主が時折本丸の離れに出入りしている姿が見られるようになった。
あそこはただの物置で、特に何か特別な物が置いてあるわけでもない。
何があるのかと近づいてみようとした事もあったが、強力な結界が張ってあるのか、離れの入り口に近づくと身体ごと弾かれてしまう。なので、離れに何があるのか分からない。
少し気にかかりながらも、俺は使い物にならない足を引きずりながら、今日も一振りで遠征へ向かった。