すべてを燃やして零に戻る
時折、昔の夢を見る。
朧げな、幼い頃の記憶の夢。
打たれてすぐに姿を取る事が出来た俺は、付喪神としてはまだ不完全な存在だった。
本来大事にされて長くこの世に在ることが出来た物が、人に心を向けられる事で物に心が宿り、ようやく付喪神が宿るものだ。
強い思いを受けて打たれた俺だったが、それを受け止められる心がまだ育っておらず、あの頃は心を理解する事ができずに、何故俺を見て様々に表情を変える人間が分からなかった。
そんな俺は自分の本体の側に座って、己の刀を見つめる人の事をただ無感情にぼうっと見ていた。
それが変わったのは、付喪神としての意識を持ってから数日経った、ある夜の事だった。
いつものように自分の本体の近くに座りながら、褪せた景色を眺めていると、気が付けば目の前に誰かが立っていた。
全く人の気配がしなかったので、同じ付喪神の類だろうかと顔を上げると、俺は目を見開いた。
きれいな、ぎんとあお。
銀色の髪は、外から降り注ぐ月の光に照らされて自分から光っているみたいで、さらさらと音を立てるように風に靡いている。
柔らかく細められた両の目は、海より深い瑠璃色。
胸を占める得体のしれない感覚が分からないまま、目の前に立つ男から目を離せないでいた。
「初めまして、俺の写し」
「……」
何も言わずにいる俺に彼はふわりと微笑みかけたかと思うと、俺を軽々と抱き上げた。
「さすがは刀工堀川国広の刀だ。もう付喪神としての姿を取れるなんて……もっと顔をよく見せておくれ」
耳にすんなりと入ってくるような声でそう言って、すらりとした指の背で俺の前髪を撫でる。
「俺は山姥切。お前の本歌だよ、国広」
ほんか、本歌……山姥切。
人ではないから心臓がある訳が無いのに、彼の言葉に胸の奥がどくりと脈を打ち、その瞬間目に映る全ての景色が鮮やかに色づいた。
あの頃の俺はこれから何があるか、どんな事が起こるのか、何も知らないまっさらな気持ちで笑う事が出来た。
山姥切と離れてから長い年月を経て、色々な人を見て、声を聞いて、世界は綺麗な事だけでは無い事を知った。
気が付けば山姥切と同じ色だった自分の髪と目は、あの刀とは全く違う金と緑に染まってしまった。
嬉しい、楽しい、幸せ、疑念、困惑、怒り、悲しい、辛い、痛い……苦しい。
時を経つ程知っていった感情は、どんどん複雑になっていって、いつの間にか素直に笑う事ができなくなってしまった。
昔の夢を見ると、あの何も知らなかった頃に戻りたいと思う時がある。
……何もかもを零に戻して、まっさらだったあの頃に。