すべてを燃やして零に戻る
「う……はあ……」
失敗した。
ノルマの分が終わったら、他の出陣で得た資源は手入れに回すなどと大口を叩いたが、怪我をしていた足に追い打ちをかけるように攻撃を受けて、とうとう足が使い物にならなくなった。
なんとか無事な方の足で逃げのびたが、もう一度出陣するのは難しい状態にまでなってしまった。
腕だったら一本使えなくなろうが、もう片方の手で戦える。
しかし足をやられてしまっては、逃げるのも精一杯だし、体重を上手くかけられず決め手に欠ける攻撃しか出せないだろう。
仕方なく遠征に向かう事にした俺は、布できつく縛った足を引きずりながら、何度も本丸と遠征先を往復した。
けれど、度重なる出陣と遠征で怪我と疲労が蓄積された状態では満足に動く事も出来ず、殆どの遠征は失敗して、結局ほんの少ししか資源を得る事が出来なかった。
資源を貯めている事がばれたら、全て取り上げられてしまうので、手入れの為の資源を本丸で保管する事は出来ない。
だから最低でも一振り分だけでも、すぐに手入れできる資源を得なければならなかった。
何とか重症の短刀一振りを直せるくらいには資源をかき集めた俺は、資源を入れた袋を抱えて、皆がいる部屋へ向かった。
そこは、正に地獄だった。
碌な明かりがない暗闇で、血の匂いが充満した空間の中に押し込められるように、傷ついた仲間達が身を寄せ合っていた。
ここにいる刀のほとんどは重傷だ。
布団から出られずに、手入れじゃないと治らない傷の痛みに呻き、度重なる出陣で疲れ果てた末に意識が戻らない刀もいた。
俺がしばらく部屋の入り口で突っ立っていると、入り口の近くの布団で横たわっていた薬研がうすらと目を開けた。
片腕を飛ばされた重傷の状態で血が足りないのだろう、前に様子を見に来た時より顔色が悪い。
「旦那……か……?」
「具合は、どうだ?」
本当は彼の枕元の近くに座って、顔をちゃんと見たかったが、一度屈んだらもう立てなくなりそうだったので、申し訳ないと思いながらも、立ったまま会話する事にした。
「ああ……なんとか、な。悪いな、旦那にばかり任せちまって」
「俺は大丈夫だ。……資源を持ってきたが、短刀一振り分しか集められなかった……すまない」
「十分さ……小夜すけが、今にも折れそうなんだ……直してやってくれ」
「すまない……もう少し辛抱してくれ、薬研」
「いいさ……小夜を頼んだぜ、旦那」
薄く微笑んだ薬研はそれだけで話疲れたのか、ぐったりと目を閉じて眠ってしまった。
この様子ならしばらくは起きないだろう。
足を引きずってもう少し部屋の奥に進むと、力なく目を閉じた小夜が横たわっていた。
小夜が起きて戦っている姿を見たのは……もうずっと前だ。
身体を埋め尽くす無数の傷に障らないように気をつけながら、彼を抱き上げて手入れ部屋へ向かった。
彼を運んでいる途中、縛っていた足の布がほどけて傷口が開いてしまい、ズボンがみるみる赤く染まっていく、そのせいで頭が揺さぶられている感覚に襲われて、視界が歪み始める。
手入れ部屋は歩いても数分もしない距離にあるはずなのに、はるか遠くにある部屋の様に感じる。
小夜を落としてしまわないように、時々壁に寄りかかって休みながら、時間をかけてようやく手入れ部屋にたどり着いた。
小夜を部屋の中心にある部屋へ寝かせて部屋の奥を見ると、手入れ部屋にいる式神が現れた。
小夜を降ろす時に一度床に屈んでしまったから、しばらくはもう立てそうにない。
それでも小夜を手入れしてもらう為に、腕で重い体を引きずって式神に資源が入った袋と、小夜の本体の刀を渡した。
「小夜を……手入れしてやってくれ」
小夜の本体を受け取った式神は、小さく頷いて床の間の刀掛けに小夜の本体を置くと、どこからともなく打ち粉を取り出して手入れをし始めた。
これで小夜はひとまず大丈夫だと安堵すると、途端に身体中から力が抜けていった。
残りの力でずるずると体を引きずって、小夜の枕元まで移動して彼の顔を見ると、心なしかさっきよりも顔色は良くなった気がする。
俺自身は手入れされていないから怪我が治る事はないが、手入れ部屋の清浄な気は少しでも痛みがましになる気がして、しばらくここで休ませてもらおうと、小夜の隣の床に横になった。
沈んでいく意識の中、暗くなっていく視界と小夜の青い髪の色が重なって、この本丸にはいない深い瑠璃色が目に浮かんだ。