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すべてを燃やして零に戻る


 本丸から少し離れた所に一本の大きな木がある。
この本丸の敷地では一番大きな桜の木で、昔はよく皆で集まって花見をしたものだ。
その頃はまだ、主も一緒に花見をしていたのだが……今では遠く霞みつつある思い出だ。
 俺達はいつしか仲間が折れたら、この木の根元にその破片を埋めるようになっていた。
時折ここに誰かが来て、折れた誰かに向けて言葉を呟いては涙を流している所を、俺は何度も見ている。
俺達は刀だというのに、その様子はまるで人間が墓の前で、死んだ誰かを惜しんで泣いている時と変わりなかった。

 適当な場所を決めて、俺と乱で穴を掘った。
穴を掘る道具なんてないから、近くに転がっていた石で固い地面を削って、素手でほぐれた土をよける作業を繰り返して、穴を掘り進めていく。
ある程度の深さまで掘り終わったら、破片になった前田と秋田を布に包んだままの状態で穴の中央に置いて、少しずつ土をかぶせていくと、あっという間にそれは見えなくなってしまった。

 また仲間を失ったと言うのに、もどうしてその実感が湧かなくて、しばらくその小さな土の山の前に立って、ただ呆然と見下ろしていると、隣から小さく鼻をすする音が聞こえてきた。
隣にいた乱は、土で服が汚れるのも構わず地面に座り込んだまま、膝の上で両手の拳を震わせながら、涙を流していた。
余りにも強く握りしめていて、爪が肉に食い込もうとしていたので、俺はその手を取って落ち着かせる様に指先を撫でながら、少しずつ指を剥がしていった。
ようやく拳を開かせてやる事が出来た時には、乱は泣き声を抑える事も無く、俺に掴まれている手とは反対の手で、涙を拭いながら泣きじゃくった。

 乱には悲しい事や、悔しい事ががあったりして泣いている時に、強く拳を握り込む癖があった。
始めてそれを見たのは、ようやく一部隊分の刀が揃った頃の出陣の時だった。
あの日は敵本陣手前の場所で敵の襲撃に会い、その戦いで乱が重傷を負ってしまい撤退をする事になった。
本丸へ戻った頃には乱は既に意識を失っていて、他の刀も重症の状態の仲間を見た事が無かったために騒然としたが、急いで手入れ部屋へ入れて何とか事なきを得た。
 そしてその日の夜、乱の手入れがもうすぐ終わる時間帯に、俺は彼の着替えを持って手入れ部屋の障子を開けた。
乱は布団の中で横たわったまま、仰向けになったまま両手を強く握り込んで、自分の大粒の涙を拭わないまま流れるに任せて、悔しそうに泣いていた。
いつも言葉が足りなくて、紡いだ言葉が意図した物とは違う形で相手に伝わってしまう俺には、乱を慰められる上手い言葉が見つけられず、けれど手のひらに傷がついてはいけないと、その時少しずつ乱の指先を撫でながら、食い込んだ指を剥がしていったのが始まりだ。
それ以来、乱が拳を握りしめているのを見かけたら、その指を剥がしてやる習慣がついていた。


「山姥切、乱、出陣だ」

 この場にそぐわない冷淡な声が、背後からかけられる。
振り向くと、前よりも顔色が悪くなっている無表情の主が立っていた。

「あるじさんお願い!みんなを直して!隊長さんだって足怪我してるんだよ!?」

乱は立ち上がって叫ぶように主に懇願したが、主は眉一つ変える様子は無かった。

「レアの刀を鍛刀するのに資源がいるんだよ。……手入れなんかに回している余裕なんてない」
「前田と秋田も折れちゃったんだよ!?この本丸ができてからすっと一緒に戦ってきたのにどうして!」

僅かながらでも彼らの事を思い浮かべたのだろうか、主は決まりが悪そうに目を泳がせた。

「そんなの……またいくらでもドロップするだろう?」
「……っ!!」

 主の言葉に怒りの表情を浮かべた乱が、自分の刀に手をかけようとしている事に気づいた俺は、彼が刀を抜かないように、なるべく静かな声で刀の柄を押さえながら名前を呼んだ。

「乱」
「隊長さん……」
「……それは、駄目だ」

 乱は何故だとばかりに俺を睨み上げたが、俺が何も言わずに見返すと、唇を噛んで自分の刀の柄からようやく手を離した。

「なんなんだよ……お前らも俺に反抗するのかよ!?」

乱が刀を抜こうとした事に気づいた主は、顔を更に青くしながらも子供の癇癪みたいに大声を上げた。

「主」

痛む足を無視して、最悪な事にならないために俺は乱と主の間に立った。

「俺が行ってくる。……今日のノルマの分を回り終わったら、他の出陣で得た資源は手入れに回してもいいだろう?」
「……勝手にしろ」

 その言葉に気が済んだのか、主はふんと鼻を鳴らして自分の部屋へ帰っていった。
主の姿が見えなくなると、ひとまずここは何とかなったと、小さくため息をついていると、ドンと背中に重い衝撃が走った。
それに振り返ると、乱が俺の背中に顔を埋めている、服を掴む手は僅かに震えていた。

「……どうして」

ポツリと零された声はとても小さかった。

「どうして、こうなっちゃったんだろうね」

乱の問いに、俺は答えられる事ができなかった。

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