■2022/4までの読み切りログ(ルシファー)

魔界で今一番流行っている映画だ、と教えられたのでディスクを貸してもらったのはいいが、裏面にデカデカと「魔界中が絶叫した!?今年一番のホラームービー」と書かれていたのを見て、一人で見るのを躊躇っていた。
誰かを誘ってもいいが、マモンはホラーが苦手、レヴィは今ソシャゲのイベントが忙しいと言っていたし、サタンは読みたい本が王立図書館にしかないと出かけていて、アスモはパーティ、ベールを誘えば並々ならぬ量の食べ物が必要なので今日は却下、ベルフェはいざ怖いところで眠っていそうだから今回はちょっとNG。残すところはルシファーだけだが、忙しい彼をこんな暇つぶしに誘えるほど私も空気が読めない女じゃない。

「借りたのはいいけどお預けかな…」
「どうした。こんなところで立ち止まって」
「!」

私の心を見透かしたかのようにタイミングよく声をかけてきたのは、まさに今頭の中に浮かんだ顔。ルシファーはなんでもない様子で反応を返さない私に近寄ってきて、手に持っていたケースをひょいと摘み上げた。

「あ、」
「なるほど。お前はこれを見たいが、一人で見るのを躊躇ってお相手を探している、そんなところか」
「…なんでもお見通しだね」
「ああ、お前のことだからな。…それには俺が付き合おう」
「うん、見るのやめ、え?ルシファー、時間あるの?」
「ある。さぁ、俺の部屋へ」

腰を取られてしまえばその手に従うしかなく、着いた先はルシファーの部屋。
磨き上げられたローデスク、広いベッドによくわからない骸骨の置物、そして部屋いっぱいを満たすルシファーの香り。契約を交わして、その流れでお付き合いするようになってから幾度とこの部屋に訪れたが、ここに来るときはまだまだ緊張してしまう。「緊張せずとも楽にしてくれ」といつものセリフをかけられても、ソファーで寛げるほど慣れていないことは許して欲しい。
手渡したディスクはすでに大きな画面に映し出され、オープニングの間に用意された紅茶を頂きながら、付かず離れずの位置に座って鑑賞会が始まった。
ストーリーはこうだ。
結婚の約束を交わした主人公とヒロインは、主人公家に代々伝わるゲームに参加させられることになった。婚姻を交わした二人がこのゲームをクリアすることでその絆はより一層深まると伝えられているとかいないとか。そんな古いゲームに囚われているなんておかしな家なのね…と思いつつも、そのなんとも言えない雰囲気に逆らうことはできなかった。ゲームの内容はサイコロで決定される。その中には一つだけ、絶対に引いてはならない目があった。それは、家族で殺し合いをするというもの。代々受け継がれてきた風習ではあっても一度も出たことがないから大丈夫という主人公の言葉を信じてサイコロを振るヒロイン。しかし悪夢の幕は引かれてしまった。最悪のデスゲームが今始まるー
ホラーというよりもパニック映画といった方がいいのではないかと思われるその内容は、思わぬところから殺人狂と化した家族が飛び出してくるという恐怖でドキドキハラハラ。ところどころでヒッと飛び上がる私の様子を見るルシファーは、その度に楽しそうに笑っていた。
しかし私は予想していなかった。
まさかパニックホラー映画でそんな。
濃厚なラブシーンが始まるなんて、想定外も想定外じゃないか。
もう後がないと主人公とヒロインは小さな部屋に逃げ込んだのだが、この先もしどちらかが死に至ってもこの愛を信じぬこうーそんな一言とともに、口付けた二人。結婚の約束を交わした仲なのだから当然と言えば当然なのだが、その口付けはどんどん深くなり、そういう行為に発展していこうとしていた。

あまりにも居心地が悪い。
曲がりなりとも恋人同士の私とルシファーは、決して狭いわけではないが、閉じられた部屋の中に二人で、この近距離で座っているのだ。なんならルシファーの手はソファーの上、私の背の部分に緩く回されている。少し動くだけで、私をその腕の中に収めることもできるだろう。
触れるだけのキスしたことは、何度もある。
ディープなそれも、何度か。
けどその先は未知の領域だ。
悪魔のルシファーはそれなりの経験があるに違いないが、私は恋人とこういうシーンを見るのも恥ずかしいほどに経験不足なのであり…弱った…無理だ、見ていられない。いっそのこと眠くなったから部屋に戻るとでも言ったらどうか?そんなのあまりにも不自然かな?ああもうなんでこんなもの借りてきちゃったんだ…!ぐるぐるぐると脳をフル回転させていた、その時。背中の手が動いた気配がしたと思った刹那。

「人間とは随分と初心なのだな」
「!」

耳元で囁かれ、視界が何かで覆われた。
否。この場合、何か、なんて言い方は良くないかもしれない。私の視界を覆ったのは、ルシファーの掌に違いないのだから。
プツリと一つの電子音の後、部屋から全ての音が消えた。

「る、しふぁ」
「お前は、これを見るよりも」

軋むソファーに、ルシファーが体勢を少しずつ変えているのを悟って、体温が上がる。
掌が外された時には私の眼前にはルシファーの端正な顔しか映らなくなっていて。
その手は私の頬を撫で、そのまま唇にたどり着いた。

「俺だけを見ていればいい」
「ルシファー!ちょっと待、っんぅ…!」

脳内を掠めたのは先程の映画のワンシーン。
このままルシファーとあんな風に愛しあえるなら。
それも一つの映画みたいになるんじゃないかって。
意を決して私からもその首に手を回したらほら。
二人の身体はソファーに沈んで。

そうして朝まで、ミッドナイトを揺蕩う。
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