■2022/5〜の読み切りログ(ルシファー)
誕生日という特別な日は、生きている限り何度でも巡ってくる。自分の誕生日など、何気ない日常と同等に過ぎても何の問題もない。また一年が経ったのか、と思うだけ。けれど特別な人のそれを迎えるにはそんな心持では済まされない。ルシファーをお祝いするには、中途半端では私の気持ちが許さないのである。
今年は、たくさん手作りをしよう。
それから、体験を思い出にしよう。
二つの主軸を決めたらあとは練習するのみ。
人並に料理はしてきたが「魅せるもの」となるとそれはまた別だから、食べてもよし、見栄えもよくて、それからルシファーの好みと三拍子そろわなくては意味がないのだ。
さて、ルシファーのために練習しているものを、試作品とはいえ誰かに食べさせるわけにもいかない。つまり試作したら自分で全部消費しなければならない。となると、一日にできる量は限られてくる。それから本人にばれるわけにはいかないので、いつも以上に魔界に戻る日が減った。
それを訝しまれ、あちらから探りをいれられたりするのもなんだか珍しくて、ルシファーの誕生日が近付くのを私が待ち遠しく感じるほどになった。
そんなこんなで当日がやってきた。
例年通り、魔界で盛大にお祝いされたルシファーを連れて、二人、戻ってきた人間界にて。ルシファーには少しの間寝室にいてもらい、私はささやかなパーティー準備に取り掛かる。セットしたのは小さめのアフターヌーンティー。恐らくたらふく食べて戻ることになるだろうと踏んで、それに決めた。初心者にはそのくらいでも厳しかったのもある。できる限りを尽くして心をこめるためには、力量を適切に見極めるのも大事なのだ。
一段目にミニスコーンと小ぶりのサンドイッチにマカロン、二段目にはクッキーとメッセージ、三段目にはタルト。それから周りには色どり華やかなゼリーとやバラ、風船なんかを添えて。
明かりを消して、キャンドルに火をともし、やっとのことで「もういいよ」と声をかければ、扉を開けたルシファーは子どもみたいに表情を変える。ポーカーフェースなルシファーなのに、こういうときはわかりやすくてほほえましい。それはきっと私の前だけで気持ちが緩む証なのかもしれない。
「お誕生日おめでとう、ルシファー」
「すごいじゃないか。おまえが作ったのか」
「へへ……うん、そう!味見はたくさんしたから美味しいと思う。でも手作りだからあんまり細かく見ないでね?」
「そんなことはない。俺のために、その気持ちが何より嬉しいさ」
「そうはいってもね、ルシファーの舌を満足させられるかなぁ……心配」
「杞憂だ。おまえの手作りだと思えばどんな店のものも敵わない」
どの言葉も本心なのだろう。いとも当たり前に発されるものだから、どうにも歯痒くてもじもじしてしまう。最終的にはネガティブな言葉は一切思いつかなくなってはにかむことしかできず、ごまかしまじりに時間も時間だしとルシファーを席につかせた。
「お腹すいてなかったら食べなくてもいいからね」
「このくらいなんてことない。ああ、だがその前に」
「?」
ちょいちょいと手招きされたので、なにかあったかと近寄れば、グッと腕を引かれた。もはやあるあるすぎてなんで警戒しなかったんだと言われてもおかしくないけれど、当たり前のように唇を奪われる。ちゅっと音を立てて可愛いキスが一つ。しかし今日はお祝いだしと、ほんの少し距離を取るルシファーに自分から唇を押し当てれば、驚いたように吐息が揺れた。そしてそれも束の間、主導権はすぐにあちらに移ってしまった。
「っは……どちらから先に食べるのがいいのか、迷うな」
「、ッ、ま、迷わなくていいよっ!」
「だが、こうしておまえの方から食べられにきてくれたわけだからな」
思わせぶりに唇をなぞってくる指をかき集めた理性でそっと握ってみせれば、冗談だ、と笑ったルシファーが愛おしい。
「改めて、おめでとう、ルシファー」
「ああ、ありがとう」
「今年もお祝いできて嬉しい」
「俺もおまえに祝ってもらえて嬉しいよ」
「明日はルシファーの希望通り旅行予定だから、思い出たくさんつくろうね」
今年はルシファーから誕生日にほしいものを先に聞いておいた。そうしたら二人だけの時間がほしいから旅行したい、とのリクエストをもらったので、行き先含むプランニングを一任してもらって、それをプレゼントにすることにしたのだ。ただ一緒にいられるだけで幸せだなんて、言われるのも、思うのも、筆舌しがたい気分になったのも束の間。
「それは、今夜は一晩お預けを食らうということか?」
そんな風に、私の目を悪戯っぽく覗き込むルシファーが言うものだから、瞬時に羞恥が顔に出てしまった。でも今日は特別な日なんだし恥ずかしい気持ちは横に置いておこうかな。
「今日は、ルシファーがほしいもの、なんでもしてあげるつもりだから……」
「だから?」
「その、つまり、」
「つまり?」
「っもー!わかるでしょ!?お預けしなくてもいいよってこと!!」
「はは!わかっていても、おまえの口から聞ければそれが特別いいんだ」
「……明日歩ける程度にしてね?」
「それはおまえ次第かな」
からかいすらも幸せなんて、彼女バカもいいところだけど、彼氏に免じて受け入れようか。
「とにもかくにも、まずはこの特別なパーティーを楽しんでから、だろう」
「そうだよ!キャンドルを吹き消して!せーの!」
ふぅっ、と息を吹きかけて、消された途端に少しばかりの魔法を発動。キラキラと星を降らしてロマンティックな演出を。
「ハッピーバースデー、また一年、素敵な年になりますように」
ルシファーの誕生日なのに私の誕生日みたい。ルシファーの膝の上という特等席に座り、目と鼻の先で嬉しそうに目を細めたルシファーの首に腕を回して抱きつく。ギュッと抱きしめ返されて、至上の幸福に包まれたのは、やっぱり私なんだけど、ルシファーも同じように感じてくれていたら嬉しい。
「おまえがこの腕の中にいてくれれば、そうなるに違いないさ」
何年目の節目がきても、こうしてささやかにお祝いしていけたらとの願いは、唇の間で熱に溶けた。
・
・
・
暗がりが熱を帯びている。
俺の指先が肌を滑るたびに柔らかな肉襞がナカに埋まる屹立を締め付けるのが堪らなく気持ちがよく、何度も弄んでしまうからか時折イヤイヤと、肩口を吐息が掠める。
身体を跨いで座っている彼女の顔は見えない。未だ恥ずかしいのだとウブなことを言うが、触れ合う肌の熱は嘘をつかないし、常時漏れ出る喘ぎでどんな状態かは筒抜けだ。
「まっ、て……はぁっ……ん、」
「ン、ふ……なんだ、今日は俺の好きにさせてくれるんだろう」
「好きに、て、だって、もう、」
「もう?まだ、一回だ」
ひゅっと吸い込まれた息が吐き出される前にクンッと下から突き上げると反動で身体が逸れたので、運が良いと、彼女の胸元に唇を寄せる。こうすれば向こうから抱きつかれて顔が見えなくなる、なんてことにはならない。
「ァん、」
「ん、うそだよ。明日のことはちゃんと考えてる。俺の方が楽しみにしてるんだ」
紅いシルシを胸、鎖骨、首、と残しながら顔を擡げ、こつんと額を合わせれば、欲の揺れる潤む瞳が俺を映す。それに応えるように、ちゅ、と触れるだけのキスを。離れるか離れないかの距離を保ちながら頬を包み込むように掌を添え、唇を親指でなぞる。暗にもっとしようかと伝えた、まごうことなき悪魔の囁きに乗っかって薄く開いた唇を見逃したりはしない。もう一度吐息を混じり合わせたら、舌を差し込み、そのまま彼女をベッドに押し倒した。
「ン、はぁ、ッこれで、最後だ」
「っ!」
「そうすればゆっくり眠れるだろう」
「……ゃ、」
「ん?」
耳を疑うような言葉に思考が止まったのも束の間。終わらない夜に二人、身を投じた。
ずっと抱きしめて
繋がっててね
バサバサバサ
窓の向こうで、鳥の羽音が聞こえた。
昨晩腕に抱いて眠った肢体は、今はまだ、すやすやと安らかな寝息を立てている。彼女は消えてしまわない。今ここにいる。それを確かめるように髪を撫で、頬を擦り、唇をなぞりながら昨日の言葉を思い出した。
たぶん、あの「繋がっててね」は、行為のことじゃなかった、と思う。
俺が何気なく過ごす一日一日は、こいつにとっては刻一刻と過ぎる時間なんだろう。来年、再来年、そのまた先と、確実に減ってゆく、ともにいられる日々。そんなものを想うと柄にもなく感傷的になってしまう。
ただ、きっとそれは、彼女にとっても同じこと。遺されるほうも、遺すほうも、どちらの気持ちも比べることなんてできやしない。
永遠を謳うことは俺たちにとっては容易なことだが、それをこいつの当たり前にしてはいけないことくらい、肝に銘じているつもりだ。
「……愛してるよ」
眠る彼女の額に口付けを一つ。
抱きしめ直した身体は、なんと暖かいことか。
出発まで、あと少し。
俺だけのおまえでいてもらえるこの時を
堪能させてもらおうか。
今年は、たくさん手作りをしよう。
それから、体験を思い出にしよう。
二つの主軸を決めたらあとは練習するのみ。
人並に料理はしてきたが「魅せるもの」となるとそれはまた別だから、食べてもよし、見栄えもよくて、それからルシファーの好みと三拍子そろわなくては意味がないのだ。
さて、ルシファーのために練習しているものを、試作品とはいえ誰かに食べさせるわけにもいかない。つまり試作したら自分で全部消費しなければならない。となると、一日にできる量は限られてくる。それから本人にばれるわけにはいかないので、いつも以上に魔界に戻る日が減った。
それを訝しまれ、あちらから探りをいれられたりするのもなんだか珍しくて、ルシファーの誕生日が近付くのを私が待ち遠しく感じるほどになった。
そんなこんなで当日がやってきた。
例年通り、魔界で盛大にお祝いされたルシファーを連れて、二人、戻ってきた人間界にて。ルシファーには少しの間寝室にいてもらい、私はささやかなパーティー準備に取り掛かる。セットしたのは小さめのアフターヌーンティー。恐らくたらふく食べて戻ることになるだろうと踏んで、それに決めた。初心者にはそのくらいでも厳しかったのもある。できる限りを尽くして心をこめるためには、力量を適切に見極めるのも大事なのだ。
一段目にミニスコーンと小ぶりのサンドイッチにマカロン、二段目にはクッキーとメッセージ、三段目にはタルト。それから周りには色どり華やかなゼリーとやバラ、風船なんかを添えて。
明かりを消して、キャンドルに火をともし、やっとのことで「もういいよ」と声をかければ、扉を開けたルシファーは子どもみたいに表情を変える。ポーカーフェースなルシファーなのに、こういうときはわかりやすくてほほえましい。それはきっと私の前だけで気持ちが緩む証なのかもしれない。
「お誕生日おめでとう、ルシファー」
「すごいじゃないか。おまえが作ったのか」
「へへ……うん、そう!味見はたくさんしたから美味しいと思う。でも手作りだからあんまり細かく見ないでね?」
「そんなことはない。俺のために、その気持ちが何より嬉しいさ」
「そうはいってもね、ルシファーの舌を満足させられるかなぁ……心配」
「杞憂だ。おまえの手作りだと思えばどんな店のものも敵わない」
どの言葉も本心なのだろう。いとも当たり前に発されるものだから、どうにも歯痒くてもじもじしてしまう。最終的にはネガティブな言葉は一切思いつかなくなってはにかむことしかできず、ごまかしまじりに時間も時間だしとルシファーを席につかせた。
「お腹すいてなかったら食べなくてもいいからね」
「このくらいなんてことない。ああ、だがその前に」
「?」
ちょいちょいと手招きされたので、なにかあったかと近寄れば、グッと腕を引かれた。もはやあるあるすぎてなんで警戒しなかったんだと言われてもおかしくないけれど、当たり前のように唇を奪われる。ちゅっと音を立てて可愛いキスが一つ。しかし今日はお祝いだしと、ほんの少し距離を取るルシファーに自分から唇を押し当てれば、驚いたように吐息が揺れた。そしてそれも束の間、主導権はすぐにあちらに移ってしまった。
「っは……どちらから先に食べるのがいいのか、迷うな」
「、ッ、ま、迷わなくていいよっ!」
「だが、こうしておまえの方から食べられにきてくれたわけだからな」
思わせぶりに唇をなぞってくる指をかき集めた理性でそっと握ってみせれば、冗談だ、と笑ったルシファーが愛おしい。
「改めて、おめでとう、ルシファー」
「ああ、ありがとう」
「今年もお祝いできて嬉しい」
「俺もおまえに祝ってもらえて嬉しいよ」
「明日はルシファーの希望通り旅行予定だから、思い出たくさんつくろうね」
今年はルシファーから誕生日にほしいものを先に聞いておいた。そうしたら二人だけの時間がほしいから旅行したい、とのリクエストをもらったので、行き先含むプランニングを一任してもらって、それをプレゼントにすることにしたのだ。ただ一緒にいられるだけで幸せだなんて、言われるのも、思うのも、筆舌しがたい気分になったのも束の間。
「それは、今夜は一晩お預けを食らうということか?」
そんな風に、私の目を悪戯っぽく覗き込むルシファーが言うものだから、瞬時に羞恥が顔に出てしまった。でも今日は特別な日なんだし恥ずかしい気持ちは横に置いておこうかな。
「今日は、ルシファーがほしいもの、なんでもしてあげるつもりだから……」
「だから?」
「その、つまり、」
「つまり?」
「っもー!わかるでしょ!?お預けしなくてもいいよってこと!!」
「はは!わかっていても、おまえの口から聞ければそれが特別いいんだ」
「……明日歩ける程度にしてね?」
「それはおまえ次第かな」
からかいすらも幸せなんて、彼女バカもいいところだけど、彼氏に免じて受け入れようか。
「とにもかくにも、まずはこの特別なパーティーを楽しんでから、だろう」
「そうだよ!キャンドルを吹き消して!せーの!」
ふぅっ、と息を吹きかけて、消された途端に少しばかりの魔法を発動。キラキラと星を降らしてロマンティックな演出を。
「ハッピーバースデー、また一年、素敵な年になりますように」
ルシファーの誕生日なのに私の誕生日みたい。ルシファーの膝の上という特等席に座り、目と鼻の先で嬉しそうに目を細めたルシファーの首に腕を回して抱きつく。ギュッと抱きしめ返されて、至上の幸福に包まれたのは、やっぱり私なんだけど、ルシファーも同じように感じてくれていたら嬉しい。
「おまえがこの腕の中にいてくれれば、そうなるに違いないさ」
何年目の節目がきても、こうしてささやかにお祝いしていけたらとの願いは、唇の間で熱に溶けた。
・
・
・
暗がりが熱を帯びている。
俺の指先が肌を滑るたびに柔らかな肉襞がナカに埋まる屹立を締め付けるのが堪らなく気持ちがよく、何度も弄んでしまうからか時折イヤイヤと、肩口を吐息が掠める。
身体を跨いで座っている彼女の顔は見えない。未だ恥ずかしいのだとウブなことを言うが、触れ合う肌の熱は嘘をつかないし、常時漏れ出る喘ぎでどんな状態かは筒抜けだ。
「まっ、て……はぁっ……ん、」
「ン、ふ……なんだ、今日は俺の好きにさせてくれるんだろう」
「好きに、て、だって、もう、」
「もう?まだ、一回だ」
ひゅっと吸い込まれた息が吐き出される前にクンッと下から突き上げると反動で身体が逸れたので、運が良いと、彼女の胸元に唇を寄せる。こうすれば向こうから抱きつかれて顔が見えなくなる、なんてことにはならない。
「ァん、」
「ん、うそだよ。明日のことはちゃんと考えてる。俺の方が楽しみにしてるんだ」
紅いシルシを胸、鎖骨、首、と残しながら顔を擡げ、こつんと額を合わせれば、欲の揺れる潤む瞳が俺を映す。それに応えるように、ちゅ、と触れるだけのキスを。離れるか離れないかの距離を保ちながら頬を包み込むように掌を添え、唇を親指でなぞる。暗にもっとしようかと伝えた、まごうことなき悪魔の囁きに乗っかって薄く開いた唇を見逃したりはしない。もう一度吐息を混じり合わせたら、舌を差し込み、そのまま彼女をベッドに押し倒した。
「ン、はぁ、ッこれで、最後だ」
「っ!」
「そうすればゆっくり眠れるだろう」
「……ゃ、」
「ん?」
耳を疑うような言葉に思考が止まったのも束の間。終わらない夜に二人、身を投じた。
ずっと抱きしめて
繋がっててね
バサバサバサ
窓の向こうで、鳥の羽音が聞こえた。
昨晩腕に抱いて眠った肢体は、今はまだ、すやすやと安らかな寝息を立てている。彼女は消えてしまわない。今ここにいる。それを確かめるように髪を撫で、頬を擦り、唇をなぞりながら昨日の言葉を思い出した。
たぶん、あの「繋がっててね」は、行為のことじゃなかった、と思う。
俺が何気なく過ごす一日一日は、こいつにとっては刻一刻と過ぎる時間なんだろう。来年、再来年、そのまた先と、確実に減ってゆく、ともにいられる日々。そんなものを想うと柄にもなく感傷的になってしまう。
ただ、きっとそれは、彼女にとっても同じこと。遺されるほうも、遺すほうも、どちらの気持ちも比べることなんてできやしない。
永遠を謳うことは俺たちにとっては容易なことだが、それをこいつの当たり前にしてはいけないことくらい、肝に銘じているつもりだ。
「……愛してるよ」
眠る彼女の額に口付けを一つ。
抱きしめ直した身体は、なんと暖かいことか。
出発まで、あと少し。
俺だけのおまえでいてもらえるこの時を
堪能させてもらおうか。