【完結】僕らの思春期に花束を

モストロ・ラウンジ感謝祭(大嘘)が終わってからというもの、オクタヴィネル寮は大変平和だった。
なぜなら寮長のアズールの機嫌がすこぶる良かったからだ。
部屋に返っては貰ったプレゼントを眺め、ラウンジに出てきては皆を褒める。
VIPルームで受ける相談が恋の相談だったときなどは大変で、僕にお任せください!の勢いが他案件の二倍の声量で発されていた。

「僕の恋の花は満開に近い…」

しかし、そんなアズールにも、一つだけ心に刺さったままの棘があった。
それは『貰ってばかり』という棘。

「花を買って渡して…では…何か違うんですよね…」

この間プレゼントに貰ったブーケとチョコレート。
これは、自分の意識外にあったところから突然貰ったものだったので余計に嬉しかったんだと、アズールは分析していた。
(彼女にしてみれば、何時も身の回りにある花を貰っているわけだから、嬉しくない可能性もある)
そんなことを考えたのである。
実際のところ、花屋の娘は別の意味…つまりは「なぜうちで買った花をそのまま置いていくのだ?」というところで頭を悩ませていたのだけれど、たどり着いたゴールが同じなのだから特に問題はないのかもしれない。
自分の生まれた珊瑚の海にはない文化ではあるが、世界にはホワイトデーなるお返しの日があるらしい。
これにかこつけて何かを送りたい。あわよくばもう一歩関係を進めたい。そんな強い思いの元、今日はあるプレゼントを持って花屋へ顔を覗かせたのだった。

「こ、んにちはっ」
「あっ、アズールさん!」

やっと普通に挨拶ができるようになったことは褒めても良いだろう。

「この間はありがとうございました!」
「い、いえ!そんな、僕は特に何も」

しかし、これだけ何度も顔を突き合わせてきたにも拘らず、相変わらずのどもり具合。娘の方はそんな様子にももう慣れたのか、手を動かしながらアズールに語り掛けた。

「今日はどうしたんですか?お花の元気なくなっちゃいました?」
「あ、いえ、えっと、今日は、その、こちらを」
「ん?…わぁ!これ、なんですか?」

差し出された小箱を見て、目と鼻の先まで近寄って来た娘に「んっ」と言葉を詰まらせる。この間あんなにわけのわからない告白まがいのことをしたにもかかわらず、だ。先が思いやられる。

「お、お返しをと思いまして」
「お返し?なんのですか?」
「先日、プレゼントを頂いたので」
「あれはだって、誕生日のプレゼントで」
「チョコレートも頂いたので、そちらの」
「えっ」
「えっ」

完全なる勘違い。
アズールはてっきり、誕生日プレゼントはブーケで、チョコレートはバレンタイン、と思っていたのだが、娘としてはあれら全てを含めて誕生日プレゼントという意識だったようだ。
(蛸壺があったら籠りたい…)
アズールは恥ずかしくて死にそうだったが、実は断られたときのことだってしっかり考えてきていた。この計算高いアズール・アーシェングロットという男、さすがである。

「お、お返し…というのは方便で!今度モストロ・ラウンジで売る小物の試作品なんです。お渡しするのに試作ですというのは些か気が引けたのでそのような表現を使ってしまいました。失礼しました」
「あっ!そうなんですね!小物まで売ってらっしゃるなんて、センスがあるんですね!すごいです」

ほ め ら れ た

むずむずする顔を抑えるので精一杯なアズールは、手に持った小箱を娘に押し付けて背を向けたまま、ずれてもいない眼鏡の位置をクイクイと直した。

「開けてもいいんですか?」
「え、ええ、もちろん!」
「わあ…なんだろ…」

どきどきしながら綺麗なサテンのリボンをほどき、包みを開ける。
中から出てきたのは、小さなガラスの容器だった。蓋を開けると幾分かの花びら。そこからはフワリと良い香りが漂う。

「これ…ポプリ、ですか?」
「ええ。その、こちらで仕入れた花をそのまま捨ててしまうのは惜しいと思いまして」
「!」
「何かリメイクできないかと考えて、作ってみたんですが…」
「そんなにお花のこと、大切に思ってもらえて嬉しいです。それに手作りだなんて、アズールさん、器用ですね」

じーんと熱いまなざしを向けられて、アズールはどぎまぎ。いつもの決まり文句「称賛していいですよ!」すら出てこなかった。
実際、捨てたくなかったのは、二人の出会いのきっかけになった花だけなのだが、そんなことは今は言わなくてもいいことで。
この前ラウンジで「ご趣味は…」というお見合い(という名の雑談)の定型文句をかわしたときに、「枯れてしまう少し前に摘み取っておくと、ドライフラワーを作ったりすることで楽しみの幅が広まるんですよ」と聞いたことで閃いたんです、と言うつもりが、口が回らない。
「あ」とか「う」とか言葉にならない言葉を発しながら、彼女を見つめることで精一杯なアズールに対して、「いい香りですね」と微笑んだ娘。
「その笑顔は愛の爆弾だ」なんて訳の分からないことを考えるのに必死だった。

「こんな素敵なもの、女の子がこぞって欲しがりそう。本当にいただいてしまっていいんですか?」
「もちろん!貴女のために作りましたから!」
「?試作品を?私のために?」
「アッ、ソノ、」

その言葉に、きょとんとした表情を返した娘に、カアアァと顔を紅くするアズール。
深海の商人だなんだと言われようが、恋の前ではただの十七歳、花の男子高校生。
珍しくもぼろが出てしまったと、泣いている場合でもない。

「あっ、じゃあ私も」
「え?」
「私からも、試作品を…お花ばかりで申し訳ないんですけど…」

そういって、今まで世話をしていた花をいくつか見繕ってくるんと包んでアズールに渡した娘。その数十二本。

「…これは?」
「ダズンローズって知ってます?」
「いえ、すみません。初めて聞きました」
「最近、結婚式で増えてきた、十二本のバラを贈る演出方法のことなんですけど」
「けっこんしき?」

その単語だけで、アズールの脳内にぶわりと花びらが舞った。脳内アズールはすでに娘とどこかのチャペルに飛んで行ったが、娘の声にバッと現実に引き戻された。

「これのもとになったお話があって。花嫁を迎えに行く途中で花婿が十二の花を集めてブーケにしたっていうものなんですけど…。その話のお花、それぞれ一つずつに意味が込められているんですよ」
「…なるほど?」

でも今なぜその話を僕に?と思うアズールの苦悩を読み取ってか読み取らずしてか、娘は言葉をつづける。

「アズールさんなら、その花束の内、どの花を相手に渡しますか?」
「?僕が全部貰うんじゃないんですか?」
「ふふっ、はい。違うんです。とにかく一本選んでください」

クエスチョンマークでいっぱいのアズールだったが、言われるがままに花を選んで引き抜いた。
それは、淡いピンク色のチューリップ。
抜いたはいいがどうしようと戸惑っていると、娘が両掌を上に向けて「ここに乗せて」とジェスチャーするものだから、そっとそこに乗せる。
渡されたそれを満足そうに見つめて、自らのエプロンの胸ポケットにその花を刺した娘は、アズールに向けてにこりと微笑んだ。

「…ありがとうございます」
「へ?」
「嬉しい…」
「?」
「ふふっ!このポプリ、大切にしますね!」
「???」

そんなこんなでお返しを渡すのは成功したし、喜んでもらえたはいいのだが、煮え切らないアズール。残りの花を渡されて、そのまま寮に戻ってきた。

もちろんアズールは調べた。そのダズンローズについて。そして、告げられていない意味があったことに驚き、また、頭を悩ませたのは本人のみぞ知ること。

「なになに…?ダズンローズの逸話。『渡された十二本の束をもらった花嫁は、そこから一本抜き取って、花婿の胸に刺した。その花の意味はー』…は!?」

ダズンローズに込められた十二の意味は、
「感謝・誠実・幸福・信頼・希望・愛情・情熱・真実・尊敬・栄光・努力・永遠」
アズールが選んだ「ピンク色のチューリップ」にどんな意味が込められていたのか。
それはたかが花言葉、されど花言葉。

「ピンク色のチューリップの花言葉はね、幸福。アズールさんといると楽しいね。本当に恋だったらどうしよう」

一輪挿しに刺されたチューリップをチョンっとつつきながら、娘が嬉しそうにしていたこともまた、彼女のみぞ知ることだった。
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