【完結】僕らの思春期に花束を

先日アズールに自慢された「ダズンローズ」の逸話。
ジェイドとしては、なるほどロマンチックでいかにもアズールが好きそうだなと思う程度で終わるはずだったが、『僕のフラワーロードは彼女まで一直線に繋がっていますから!』なんて言われては、なんだか自分の方が一歩も二歩も遅れをとっているような気さえして、イラッとした。
もちろんいつ何時もポーカーフェイスなジェイドのそんな変化には、誰一人気づかないわけではあるが、本人は心の中に燻る気持ちを弄んでいるわけで、なんだかんだヤキモキは治らない。

「僕もやってみましょうかね」

思えば、彼女の好きな甘いものは何度も何度もプレゼントしてきたが、渡しすぎたのがアダになったのか、今では「仕事の合間のちょっとしたご褒美」程度にしかとられなくなっている気すらしてきた。そうと決まれば話ははやい。早速花屋へやってきたジェイドは、十二種類の花を見繕い、小さなブーケにしてもらった。

「ジェイドさんの気持ち、届くといいですね」
「…正直、彼女には何と言っても暖簾に腕押しな気はしていますが…それでも諦められないのです」
「あら、ジェイドさんが弱気なの、珍しい」
「僕だってたまには自信もなくなりますよ」
「そんな風には見えませんでしたけど。でも…そうですね、いつでも自信満々な人なんて、いないのかもしれません」
「気持ちが届かないというのは…一筋縄ではいかないのは…想定外で楽しくもあるのですけどね。こうも何年もその調子だとどうしても」
「メイドという立場上、気持ちに応えるのが難しいだけな気もしますよ。彼女、ジェイドさんのこと大好きじゃないですか」
「その好きが僕の好きと同じかは別問題なんですよ」
「……お花、気に入ってもらえるといいですね」
「えぇ、そうだと良いです」

眉を八の字にして笑うジェイドにはいつもの覇気もなく、花屋も少しだけ心配になったが、二人の気持ちが通じるかどうかは二人の問題でしかない。無粋なツッコミはすべきではないと、ジェイドを送り出した。

ただし、そんな気持ちはそれとして。
花束を持って帰ってきたジェイドは出迎えてくれたメイドに、それはそれはスマートに花束を差し出した。

「こちらを、貴女に」
「えっ!今日、私、誕生日でもなんでもないですよ?どうして…」
「貴女にはいつもお世話になっていますから」
「お世話ってそんな…これは私の仕事で、」
「仕事でもなんでも、理由はよいのです。貴女が僕のために心を尽くしてくださることが、何より幸せですよ」

本当はこの恋心が伝わればもっと幸せなのですが、と言う言葉はグッと呑み込んで。ふぁさ、と小さな両手の上にブーケを乗せた。

「…ありがとう、ございます。とっても綺麗…。せっかくの頂き物ですから、私のお部屋に飾らせてください」
「ええもちろん。貴女の好きな場所で、好きなように」

この様子を見ると、メイドはダズンローズの話を知らないようだと、改めて落胆したが、ジェイドとしてはこうなることは予測済み。用意しておいたセリフを流れるように口にした。

「ですが、せっかくですので、その中から一本だけ、僕にいただけませんか?」
「?もちろんいいですけれど…どうしてまたそんな、」
「帰ってくる道すがら、手にした綺麗な花を見ていたら、僕も欲しくなってしまいました。ですがあまり花を育てるのは慣れていないので、一本だけ。ドライフラワーなども試してみたいですし」
「なるほど。坊ちゃん、器用だからきっとすぐ作れるようになりますよ。あ、でもそれならお好きなのを、」
「いいえ、プレゼントしたものですし、僕が選ぶなど滅相もないですから。ぜひ選んでいただけたら助かるのですが」
「…そうですか?うーん、わかりました!」

うまく誘導したジェイドは心の中でほくそ笑んだ。花束には、十二種類の花。それらの意味はどれをとっても良いものしかなかったが、やはり、意味を知らずとも渡されたものにこそ、運命を感じたくなるものだ。
それぞれの意味はこうだった。

桔梗「深い愛情」
ピンクの胡蝶蘭「あなたを愛しています」
スターチス「永遠に変わらない」
ハナミズキ「私の思いを受けてください」
ブーゲンビリア「あなたしか見えない」
ベゴニア「片思い」
ブルースター「幸福な愛」
マリーゴールド「変わらぬ愛」
マーガレット「真実の愛」
アネモネ「儚い恋」
ルピナス「いつも幸せ」
カスミソウは「無垢の愛」

最後のだけは、少し、いやかなりジェイドにはそぐわなかったのだが、ジェイド自身は自分の思いを無垢の愛だと思っていたのでまぁよしとしよう。

「迷っちゃう…でも…はい、じゃあ、これを坊ちゃんへ贈りますね」

渡されたのは、一輪のブルースター。

「ブルースター、ですか。…よければ理由をお伺いしても?」
「坊ちゃんの綺麗な髪色に近いし、何より海を彷彿とさせるから、ですかね!ほら、幸せはサムシングブルーにあり、ですよ」

にこりと微笑まれては、『サムシングブルーでは結婚ですよ』と、お得意の揶揄いも出てこなかった。
素直に嬉しいと、勘違いをしてしまいそうだと、柄にもなく口を覆って震えてしまう。
この屋敷から一歩外に出れば、完全完璧、一部の乱れもない隙のないジェイド・リーチなのに、メイドの前だけでは、ただの恋する十七歳男子高校生になってしまう。

恋とは何て、麻薬だろう。

愛読書「愛のゆりかご」の一節が脳内に思い出された。

「大切にします、この一輪を」
「私も大切に育てますね。ありがとうございます」

さ、夕飯にしましょうね
メイドの言葉で時は動き出す。
いつかなどと言わず今すぐに抱きしめて自分のものにしてしまいたいと、思春期が暴れそうになるのを、ジェイドは必死で押さえつけたのだった。

さてその夜。

メイドが、とある作家のしているラジオ番組を聞いて驚いてしまったのは、誰も知らない秘密ごと。

『〜♪皆さん、今日もはぴはぴしてますか?ハピヲの、はぴはぴラジオのお時間ですよ。わたしはね、今、原稿がなかなか進まなくて、すこーし気持ちが参っているのだけれど、こういうことも、あるわよね。めげない、まけない!さて、今日のふつおたは…あら、あらあらあら。ありがとう〜。あっやだわたしったらまた一人で読み耽ってしまったわね〜』

「ハピヲ先生、独特だなぁ。さすがあの世界観作り上げるだけある…」

『ええっと、ラジオネームは、一人目のはぴはぴちゃん。「僕は、先生の御本の大ファンです。フラワーロードを読みながら、いつ自分の恋の花も満開になるのだろうと考えています。先日、ダズンローズという言葉を知りました。先生ならご存知かと思いますが、先生は、こう言った逸話をどう受け止めますか」お便りありがとうございました〜。ダズンローズ!素敵なお話よねぇ…』

タイムリーに流れてきた十二本の花束の話題に、メイドは驚いて、寝転んでいたベッドから飛び起きた。

「十二本の花…選ぶ…告白…えっ…坊ちゃんのあれは、まさか…!」

どうあがいても逃げられはしない。
ジェイドの熱い想いに頭を抱えたのは、ちょうど午前零時の鐘が屋敷に響いたときだったそうな。
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