10th anniversary
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まだ太陽も出ていない深夜と早朝のあいだ。
まだ寝静まったこの時間に、ふと目が覚めた。
夏入りしたとはいえ朝方はまだ冷える。
そっと布団から抜け出して椅子の背に畳んで掛けられていたカーディガンを羽織った。
極力物音をたてないように螺旋階段を降りていき洗面所へ向かう。
洗顔と歯磨きをして所々寝ている間に解れた髪を結い直した。
鍋に牛乳を入れ沸騰するまでぼーっと窓の外を眺める。
真っ暗でもなく早朝特有の淡い明るさでもないこの時間はあまり好きではなかった。
幼い頃はこの時間帯に起きるとどこかに連れ去られてしまうと信じていた。
何も聞こえない寝静まった世界で自分の呼吸の音とコポポ……と沸騰する音だけが響いている。
食器棚からそっとマグカップと茶葉の隣に置かれたココアの缶を取り出した。
「俺の分も頼む」
柔らかい声が耳元でする。
するりと回された腕から寝起きの温かい体温がじわりと伝わってきた。
「おはよう、カミュ」
「ああ、おはよう」
「マシュマロはいくついれる?」
「溢れない程度に」
棚からお揃いのマグカップをもうひとつ取り出す。
ココアと砂糖に温めたミルクを入れてよくかき混ぜる。溢れないようにマシュマロをふんだんにのせて完成。
「はい、お待たせ」
「ありがとう」
リビングのソファーに腰掛けてココアに口をつける。
ヤサシクテ甘い味が全身に染み渡った。
「随分と早起きだな」
「うん、自然と目が覚めちゃって。もしかして起こしちゃった?」
「気にするな。もともと眠りは浅い方だ」
「うーん、ならいいけど……」
ゆらゆらと揺れるマシュマロを見つめる。
昔は甘いものはどちらかと言うと苦手だったし、心を落ち着かせるためにマシュマロ入りココアを飲むなんて考えられなかった。
それくらい私の生活が、習慣が変わったと言うことだ。
もう出会ってから10年になる。
17歳で事務所に入り同期だと告げられ、初めて顔を合わせた。
それから色々あってQUARTET NIGHTというグループの専属作曲家として活動して、お互いに惹かれて付き合い始めた。
絶対に合わない人だと思っていたのに、今思うと不思議な赤い糸で結ばれていたのかもしれない。
「カミュと初めて会ってからもう10年も経つんだね……」
「時の流れとは恐ろしく早いものだからな」
「そうだね。今まで色んな事がありすぎて、ずっと夢を見ているんじゃないかって時々思う」
目の前のローテーブルにカップを置いてカミュの肩に頭を乗せる。
目を閉じればお互いの呼吸の音しか聞こえない。ここはまるで二人以外誰もいない世界。
「不安か?」
心にスッと入ってきた言葉。
優しく頭を撫でる手は落ち着かせるようにゆっくりとしている。
込み上げてくるなにかを誤魔化すように首を振った。
「すこし、少しだけ。たった一枚の紙で今後の人生が変わるなんてことは何回か経験してきたけど、誰かの人生も変わるってことは無かったから……」
受験も事務所に入るときも、一枚の紙でこれから先の人生が変わることなんて誰にでもあることだ。
でもそれはあくまでも“自分だけの人生が変わる”だけ。
一枚の紙にサインをしてそれを出すだけで自分と“相手の”人生が変わることは初めてだ。
「でもね、
「ふっ、それでこそ俺の愛する人だ」
額に柔らかい感触が落とされる。
いつもこの瞬間が好きだ。
不安も怖さも吹き飛んでしまう温かさをくれる。
「愛してる……クリスザード」
「俺もお前を愛している。幸せにすると誓おう」
どちらともなくそっと唇を寄せた─────
10年前の私はこんな人生になると想像できただろうか。
死ぬほど努力して目指した夢は呆気なく散ったと知ったら絶望するだろうか。
新しい夢を見つけたと言ったら笑うだろうか。
恋も愛も必要ないと信じて疑わなかった私に一人の愛する人がいると知ったら何て言うだろうか?
その人と今日結婚すると言ったら、あなたはなんて言ってくれますか────────
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