鬼の嫁入り


湿り気を含んだ夏風が吹き抜ける街の片隅でハイドは一人、薄暗い部屋の窓の外を見つめていた。

ハイドはイギリス人の母を持つハーフだった。しかし、幼い頃に大好きな母が亡くなり、その後、父は再婚。ほどなくして生まれた異母弟が生まれたが父と継母は異母弟を溺愛し、ハイドはまるで最初から存在しなかったかのように家の中でほったらかしにされ続けてきた。

さらに中学時代には友達から酷い裏切りに遭い、人間そのものを信じられなくなっていた。高校に進学しても居場所はなく、生きていても誰も自分を必要としてくれない寂しさに苛まれる毎日。

そんなある日の放課後。夕闇が街を包み込む帰り道、ハイドの前に一人の青年の影が立ち塞がった。

漆黒の髪に吸い込まれそうなほど鮮烈な「赤い瞳」。息をのむほど美しく、圧倒的な存在感を放つ美青年。

ハ(赤い目・・・? まさか!教科書に載っていた、鬼の一族・・・!?)

ハイドは学校の授業で習った記憶が頭を駆け巡る。鬼の一族は古くから住んでいて、美しい容姿はもちろん、その中でも特徴はなんと言ってもその赤い瞳は鬼の一族の証し。子孫繁栄のために男女問わず、人間を誘拐紛いなことをし、連れ去り、女鬼のは人間の男性の子供を産み、男鬼は人間の女性に子供を産ませるという略奪婚の習慣があると授業でやっていた。

ガ「・・・見つけた。僕の花嫁。」

反論する隙すらなかった。ガクトの手が伸ばされた瞬間、視界がふっと暗転し、ハイドはそのまま連れ去られたのだった。

目を覚ますと、そこは重厚で豪華な韓屋の屋敷だった。
恐怖に身を竦ませるハイドの前にガクトが静かにお茶を運んできた。

ガ「ここは鬼の里。今日から君は僕の花嫁だから。」
ハ「は、花嫁・・・!? 騙されへん! 鬼の略奪婚なんて授業で習った! 俺のこと誘拐して、子供を作らせたら用済みなんやろ!?」

絶望と恐怖、裏切りのトラウマで拒絶するハイドにガクトは力強く、優しい瞳で見つめ返した。

ガ「そんなことは絶対にしない。僕は君の傷ついた心も、孤独もすべて知った上で連れてきた。君が誰も信じられなくなったのなら、僕が君のすべてを守る。用済みになんかしないよ。生涯、君だけを愛すると心から誓うよ。」
ハ「・・・え?」

家でも学校でも誰からも必要とされず、透明な存在として扱われてきた。そんな自分をこの男は恐ろしいほどの強さと執着で「自分だけのものだ」と求めてくれている。

ガ「僕はここの若頭のガクト。君は?」
ハ「ハ、ハイド・・・。」

亡くなった母以来、自分を愛してくれる人が現れ、その真摯と絶対的な愛の言葉にハイドの凍りついていた心は少しずつ解かされていった。

強引な連れ去りから始まった関係だったが、ガクトの深い慈愛に触れるうちにハイドはいつしか彼のことを親しみを込めて「がっちゃん」と呼ぶようになっていた。

鬼の里に来て、花嫁になって1ヶ月後、産婆の所に来たガクトとハイド。

ガ「ありがとう・・・、ハイド・・・。」
ハ「え?」
ガ「僕たちの、子供が来たんだよ・・・。」
ハ「俺と、がっちゃんの・・・。」

ハイドのお腹に小さな命が宿ったことが判明した。

普段は頭領の息子として冷静で厳格なガクトが感極まってハイドを抱きしめ、涙を流した。

ハ(ああ・・・。俺、ここに連れてきてもらえて・・・、がっちゃんに出会えて、ほんまに幸せなんや・・・。)

ガクトの姿を見たハイドは幸せと心から思えた。

人間なら10ヶ月かかる妊娠期間も鬼の血を引く子の成長は早い。半年後、翌年の2月。ハイドは無事に元気な男の子を出産した。

生まれた赤ん坊はハイドの面影を残す、柔らかな茶髪とガクトから受け継いだ綺麗な赤い瞳を持っていた。

ガ「可愛いね・・・、ハイド。僕たちの息子だ・・・。」
ハ「うん・・・、がっちゃんに似て、すごく、かっこええ子になるな・・・。」

ガクトは若頭としての仕事でどれほど多忙であっても、必ず時間を作ってはハイドと生まれたばかりの赤ん坊を甲斐甲斐しく世話をした。

その赤ん坊こそが、後にスンヒを迎えに来ると約束し、運命の再会を果たすことになる、幼き日のチャンミンであった。
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