第一章:独りきりの二人の旅立ち - 七節綴文編
今回長いです。
主人公の性能確認と初めての料理なので、だいぶ文字数多くなっちゃいました。
確認作業は大事ですからね、申し訳ないです。
第6話:初めての美味しい
鉱石屋から戻ると、店を出る時に居たお客さんの姿はなくなっていた。探したり移動したりで、思った以上に時間が経っていたようだ。
時間が分からないのは不便だ……っと、一応タブレットで見れるんだったっけ。
お金以外何も持ってないのか確認してないし、一旦部屋に戻って確認しよう。
「ルーティさん、【料理】の準備をしたいので、一度部屋に戻りますね」
「おう分かった、適当に寛いで待ってるよ」
ルーティに軽く会釈して階段を上り、真っ直ぐ部屋へと戻る。
窓際の机の上には、パッと見砂時計にしか見えないランプが置いてあり、触れる事で明かりを点ける。
どうやら触れたのを感知して点いてるようだけど、原理はよく分からない。
「こうして見ると、無駄な物が無くてシンプルで落ち着くわね。ゴテゴテしたのは好きじゃないから有り難いわ」
入り口付近の壁に、小さな額に入った絵が飾ってある程度で、他に特別な装飾は何も無い。
【地球】でも内装がシンプルなホテルを好んで選んでいたので、この文化レベルは肌に合っているのかもしれない。
まずは時間の確認をしておこうと思い、<タブレット>を呼び出す。見やすい丁度良い位置に現れ、ホーム画面が表示される。
いくつかアプリが並ぶ中から、時計が描かれたアイコンを発見してタップ。時計アプリを立ち上がり、デフォルトで世界時計が表示される。
「予想はしてたけど、この世界地図の形は明らかに地球のじゃないわね。現在位置の時間さえ分かれば良いんだけど……」
画面を三分割した最上部に世界地図が表示されており、今居る村があるであろう場所に点が打たれている。
画面下部には【プルミ村】の名前と時計が表示されており、【後一ノ頁前】と記載されている。表記はアノニーム基準か。
後で誰かに聞けるといいんだけど、外の暗さからして【後】は夜の事なのかな? 【一ノ頁】が時間にあたるっぽいけど……【前】は……よく分からないや。
考えてもそれ以上の事は分からなかったので、今は十分だろうと時計アプリを終了させる。
次は持ち物の確認をしないといけないんだけど、<アイテムボックス>が違う事だけは分かってる。正解はアプリにあるのかな?
「うーん、アイテムボックス以外だと……<インベントリ>かな?」
何気なく口にしてみると、タブレットのホームが二ページ目に勝手にスライドし、【持物アプリ】が自動選択され立ち上がる。
アプリが多いとホームが複数ページになるのを失念していた……普段から使ってたはずなのに……。
「まっまぁいいわ、こんな事もあるでしょうよ……。そんなことより、中身はっと」
若干の恥ずかしさを覚えながら【持物 】の中身を見ると、いくつかのアイテムが表示されている。なんか可愛い見た目になってて、ゲームっぽさを感じてしまう。
・包丁/洋出刃
・包丁/牛刀
・包丁/ペティナイフ
・包丁/身卸包丁
・包丁/菜切
・包丁/骨スキ
・包丁/筋引き
・包丁/冷凍包丁
・フードユニフォーム/上服
・フードユニフォーム/下服
・フードユニフォーム/帽子
・フードユニフォーム/前掛
どれも【地球】で使っていた物で、命の次に大事な包丁も全て揃っている。まさかあると思っていなかったので、すごく嬉しい。
持ち物の確認は出来たし、機能の確認を試みる。
無難に【上服】をタップして選ぶと、画面全体が波打つように揺れ始める。恐る恐る手を伸ばしてみると、なんの抵抗もなく画面に吸い込まれていき、指に布が触れる。
手に乗せるようにして引き抜いてみると、スッと綺麗に畳まれた【上服】が取り出せた。上服が取り出されると、該当のアイテムもリストから消えていた。
「なにこれ凄い便利。右下の【×ボタン】をタップすれば、取り出すのをキャンセルできるのね」
収納は<収納>と唱えると勝手に画面に吸い込まれ、何もせずとも入れる事が出来た。
画面にはアイテムがまた表示されていて、きちんと収納されているのが確認できる。
触れずに、唱えたり念じるだけで【取出】と【収納】が出来ないか【ランプ】で試すと、あっさりと可能な事が確認できた。
【取出】も【収納】も視認できる範囲でのみ可能で、壁の向こうに出したりは出来なかった。一部分だけでも見えていれば、大部分が壁の向こうにあっても【収納】出来るようだ。
「最後は、私だけが見れるっていうステータスか……」
アプリの一覧を見た時から見当は付いていたので、迷わず【状態アプリ】をタップすると、画面に詳細なステータス画面が表示される。
想像よりもシンプルな見た目で、ごちゃごちゃしてなかった。スキルとかはタブで分かれているみたいだ……何これ優秀すぎ。
七節 綴文 人族 女 十八歳 Lv1
職業:料理人
称号:異世界料理人、神の御使い、食の探求者、食に愛されし者
体力:10
魔力:計測不能
攻撃:10
防御:10
素早:10
運:100
装備:異国の上服、異国の下服、異国の上着、異国の履物
スキル:
【身体強化】Lv10☆
【能力強化】Lv-☆
――閲覧権限が与えられていません――
【料理魔法】Lv-☆
○火炎術Lv-☆
・微火Lv10☆
・弱火Lv10☆
・中火Lv10☆
・強火Lv10☆
・火操Lv10☆
・熱操Lv10☆
○水氷術Lv-☆
・真水生成Lv10☆
・海水生成Lv10☆
・炭酸水生成Lv10☆
・氷生成Lv10☆
・水操Lv10☆
・氷操Lv10☆
・冷操Lv10☆
○風嵐術Lv-☆
・乾燥風Lv10☆
・湿気風Lv10☆
・撹拌風Lv10☆
・風操Lv10☆
○土木術Lv-☆
・樹木生成Lv10☆
・土砂生成Lv10☆
・岩石生成Lv10☆
・木材加工Lv10☆
・石材加工Lv10☆
・研磨術Lv10☆
○光聖術Lv-☆
・殺菌Lv10☆
・消臭Lv10☆
・光操Lv10☆
○闇邪術Lv-☆
・解呪Lv10☆
・隷属Lv10☆
・闇操Lv10☆
・魂操Lv10☆
○無重術Lv-☆
・物操Lv10☆
・重操Lv10☆
○毒癒術Lv-☆
・回復Lv10☆
・異常解除Lv10☆
・蘇生Lv10☆
・毒生成Lv10☆
・毒操Lv10☆
・解毒Lv10☆
○結界術Lv-☆
・防御結界Lv10☆
・封印結界Lv10☆
・魔力結界Lv10☆
○包丁術Lv-☆
・筒斬Lv10☆
・輪斬Lv10☆
・半月斬Lv10☆
・銀杏斬Lv10☆
・色紙斬Lv10☆
・短冊斬Lv10☆
・細斬Lv10☆
・千斬Lv10☆
・櫛斬Lv10☆
・拍子木斬Lv10☆
・角斬Lv10☆
・賽ノ目斬Lv10☆
・微塵斬Lv10☆
・乱斬Lv10☆
・薄斬Lv10☆
・笹掻Lv10☆
・削斬Lv10☆
・筋斬Lv10☆
○調理術Lv-☆
・皮剥Lv10☆
・種抜Lv10☆
・桂剥Lv10☆
・擦下Lv10☆
・面取Lv10☆
・鱗剥Lv10☆
・内蔵抜Lv10☆
・骨抜Lv10☆
・筋取Lv10☆
・潰砕Lv10☆
・叩伸Lv10☆
・満混Lv10☆
・揉込Lv10☆
・盛付Lv10☆
○調味術Lv-☆
・絶対計量Lv10☆
・絶対味覚Lv10☆
【記憶鮮明】Lv-☆
○五感記憶強化Lv-☆
・味覚記憶強化Lv10☆
・嗅覚記憶強化Lv10☆
・触覚記憶強化Lv10☆
・視覚記憶強化Lv10☆
・聴覚記憶強化Lv10☆
○記憶強化Lv-☆
・瞬間記憶Lv10☆
・空間記憶Lv10☆
○記憶操作Lv-☆
・記憶整理Lv10☆
・記憶引出Lv10☆
・瞬間引出Lv10☆
○記憶出力Lv-☆
・記憶保管Lv10☆
・記憶印刷Lv10☆
・記憶投影Lv10☆
・記憶共有Lv10☆
○記憶読取Lv10☆
【概念書換】Lv-☆
○概念創造Lv10☆
○概念操作Lv-☆
・概念連結Lv10☆
・概念切断Lv10☆
・概念融合Lv10☆
・概念解体Lv10☆
・概念施錠Lv10☆
・概念解錠Lv10☆
・概念複製Lv10☆
【魔眼】
○鑑定眼Lv10☆
○賢者ノ瞳Lv10☆
【タブレット】Lv10☆
ギフト:【変身】
「な……なんじゃこりゃ……」
スキルは軒並みLv10だし魔力は測定不能だし、明らかに料理の知識と関係ない属性魔法が混じってるし……解毒や殺菌はまだ分かる、土木術は食器とか作れって事なのか? 解呪って何? 回復とか蘇生も……頭が痛くなってきた。
包丁術の書き方が【斬】ってのも、戦闘でも使えって言ってるのかなコレ。何にしてもLv10ばっかで化物に見える。てか【閲覧権限】って何よ……。
「……思う所しかないし確認したい事ばっかだけど、全部明日に回そう、処理しきれない。…………ユニフォームに着替えて下に行こうかね」
一度大きく息を吐き、よし! と両手を握って気合を入れる。フードユニフォーム一式を取出して身に纏うと、とてもしっくりきて安心感が増した。
愛用の包丁を使おうにも、抜き身で持ち歩くのはかなり危ない。【持物 】から取り出すにしても、何も無い空間から包丁が出てくるのが普通なのか分からないし、道具は全部借りることにしよう。
――白々亭:厨房――
「随分長いが、あの嬢ちゃん何やってんだ? ……なぁフランツ、お前あの嬢ちゃんとどういう関係なんだい?」
「え? なんで俺なんすか?」
「だーってお前だけ家族じゃねぇじゃん! なんでお前が居んだよ! エルティが居るからか?! あ゛?!」
「何がどうしてそうなるんすか! あの旅人さんが村に入る時、この宿紹介しただけっすよ!」
「おとーさん本当だよー? シラカミサマも、フランツくんから紹介されたーって言ってたものー」
「エルティが言うなら本当なんだろうな、うんうん信用してやろう。だが今居る理由にはならねぇよなぁ!!」
準備を終えて下りて来たが、何故か喧嘩上等な会話をしている……なんだこれ、すっごく話しかけ辛い。というか巻き込まれたくない……。
「あらぁシラカミサマァ♪とっても可愛らしいお洋服ですねぇ♪」
エルネの言葉で一斉に注目が集まり、三者三様の反応を示す。
「おぉ旅人さん、似合ってるじゃないか」
「シラカミサマかわいー♪」
「嬢ちゃん、その服は【リョウリ】ってのに必要なのかい?」
「はい、これは言わば【戦闘服】です。私の故郷では、料理をする時は専用の服を着て、食べ物と向き合うんです」
「なるほどね、戦士の鎧と同じってことかい。防御力には不安がありそうだがねぇ」
「いえ、猛獣と戦うための服じゃないですから、防御力なんて布を羽織ってるのと同じですよ」
なんとも戦闘狂らしい会話だが、理解してくれたみたいだから合わせておく。変に拗れて面倒になるのだけは避けたいし、ただでさえ早く料理したくてしょうがない。
「嬢ちゃん、始める前にいいかい? なんでフランツが居るんだい?」
「先程直感と言いましたが、村の入口で話した時に優しくしてくれたのと……目に【諦め】と【消えかけの燻った炎】を見た気がしたからです」
「がっはっは! 十分だ! さぁ、早速【リョウリ】ってのを始めてもらおうか! 【腹所】はこっちだよ!」
ルーティは心底満足そうな笑顔で【厨房 】がある方へ歩いていく。
一緒に中に入ると、思っていた以上に清潔に整理されており、【水場】【切場】【窯】が揃っている。衛生管理なんかされていない、適当な切る台と水場がある程度だと思ってた。
「とても失礼かもしれないですけど、綺麗にされているんですね。勝手に酷い状態をイメージをしていました、すいません」
「いいってことよ! 道も整備されてないような村なんだ、良くないイメージ持たれてもしょうがないと思ってるよ」
「旦那はねぇ? こう見えてすーっごく綺麗好きなのよぉ♪几帳面だしぃ♪」
突然の惚気……仲良きことは美しきかな。エルティも「ムフフ~♪」っと自慢げにしている。可愛い。
さて、早速料理を始めよう。冷蔵庫が存在していないから、早くしないと肉の鮮度が落ちてしまう。
「では、肉が悪くなる前に始めちゃいますね」
「あぁそうだね、頼む。あたしらは少し離れて見させてもらうよ」
そう言って手元の作業が見える位置に移動する。準備は整った。さあ【料理】を始めよう。
まずは、ルーティから買い取ったロケットボアの肉をステーキのように少し厚めに五枚切り出す。ついでに、用意してもらった酒も【切場】に出しておく。
「ルーティさん、この肉を全部入れられるような、深い器はありませんか?」
「それなら……これだな、切った肉を一旦置いとくのに使ってるやつだ」
石を削って作ったボウルのような容器を取り出し、切場に置く。ゴトリと音がして、かなり重いようだ。
切り出した肉を石ボウルに移し、酒と水を一:一の割合で入れる。
「本当はこの状態で約一日置かないといけないんですが、私にしか出来ないやり方で短縮する方法をとります」
「あー、嬢ちゃん【イチニチ】ってのはなんだい? 短縮ってことは、何かを短くするんだろうけど」
「え、あー……」
アノニームでは一日って言わないのか……急いで<タブレット>を呼び出し、【カレンダーアプリ】を起動する。
「すいません、故郷での言い方をしてしまいました。この状態で、【翌節 】の今くらいまで置いておかないといけないんです。ですが、私は特殊な魔法が使えるので、今回はその魔法を使わせてもらいます」
「なるほど、置いておく事に意味があるのか……。嬢ちゃんは魔法使いなんだな。まぁ力全然無さそうだし、なくはないか」
「ははは。力があったら、ルーティさんみたいに鍛え上げてみたいですよ」
さり気なく筋肉を褒めると、「褒めるなやい♪」と頬を紅潮させながらマッスルポーズを見せつけてくる。
「今回はズル技なので、正しい方法は後ほど教えます」
成功するかは分からなかったが、スキル一覧を確認した時から試そうと決めていた事があった。
肉が入った石ボウルに両手を翳し、手の平に意識を集中させる。すると、石ボウルより少し大きめな魔法陣がポウッと浮かび上がる。
「上手くいって……<水操:浸透>」
唱えた直後、ゆっくりと石ボウルから溶液と肉が浮かび上がり、徐々に溶液に流れが発生し始める。
溶液が肉を貫通するように激しく流れていき、みるみる肉から血が抜けていく。見た目には分かり辛いが、肉がほんの少し大きくなった。
実際には五分と経っていないだろうが、初めての魔力消費と緊張から、かなり時間が経ったように感じる。次第に流れが落ち着き、ゆっくりと石ボウルの中へと戻り、魔法陣もスウッと消えていった。
「ふぅ……成功してよかった……」
激しく安堵し、ホッと胸をなでおろす。
初めて使う魔法への緊張からか、汗が額を流れる。ちらりと後ろを見ると、ルーティとフランツが驚愕の顔で硬直していた。
「な……なんだい今のは……」
「まぁまぁ♪とっても綺麗でしたねぇ♪」
「うわー! すごかったー!」
「旅人さん……凄いな……」
「先程も言った通り、これは魔法を使ったズル技です。私が知る真の【料理】は、魔法を使わないので……」
そう言いながら、用意してもらっていた清潔な布で肉の水分を拭き取り、浸かり具合を確認してから窯に火をつける。
火が十分に大きくなったら、肉を焼く時に使っているであろう鉄板を乗せ、温まるまでジッと待つ。
「そうだルーティさん、このとても脆い石なんですが、細かく削れる物はありませんか?」
まだ驚いた表情をしていたルーティは我に返ったようで、体をビクッとさせた。
「ひゃい! あ……あぁー! あー……削れる物かい? ちょいと待ってな、あたしのナイフで削ってやるよ」
ルーティが女の子みたいな驚き声を上げてしまい、顔が真っ赤になっている。なんだこの可愛い生き物。
奪うように岩塩を受け取って、平らな容器に削り出しているが、耳まで真っ赤なままだ。
他の三人はそれを見てニヤニヤしている。だがフランツ、テメーは駄目だ。視線が馬鹿にしすぎだ。
ガリガリと削る音が鳴り止むと、削った岩塩が乗った皿と残りを差し出す。
「このくらいで良いかい?」
「ありがとうございます。助かりました」
綺麗に並べた肉にパラパラと少量の岩塩をまぶし、熱せられた鉄板の上に乗せていく。
ジュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!
豪快な焼ける音と、立ち上る匂いと煙。胃袋を刺激する匂いが一気に【厨房 】を満たし、背後から別の音が聞こえてくる。
グウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!
ルーティとフランツの腹の虫が鳴いたようだ。いや、四人共お腹を押さえていた。
「嬢ちゃん! なんだいこの匂い! なんて表現したらいいんだ……わからんが! すごく良い匂いだ!」
「うおおおおお……腹の奥がこの匂いに反応するみたいにキューッてしてやがる……」
そんな声に少し喜びを感じ、ニヤッとしながら肉を裏返す。中に火が通るまでよく焼き、程よい具合になったら皿に乗せていく。
「さぁ完成しましたよ。みなさんで【食】を体験してみてください」
受け取った皿を持って【厨房 】を出て、一番大きな机の席についていく。
真っ先に座ったルーティがもの凄くソワソワしてる。
「さぁ皆さん、今までみたいにただお腹に入れるための物だと思わないでください。よく噛んで、肉の味を感じてください。私がここまで言う意味を分かっていただけると思います」
皆が一度頷く中、ルーティだけ肉を凝視しながら何度もコクコクと頷く。
「それでは、いただきます」
「「イタダキマス」」
綴文とエルティ、エルネは両手を合わせて軽く会釈する。フランツとルーティはよく分からなかったようだが、真似をして手を合わせて軽く会釈をした。
そして、肉にナイフを入れると……。
「な! なんだいこの柔らかさは! 全然硬くないじゃないかい!」
「うわー! すごーい!」
「まぁまぁ♪」
フランツは無言だったが、その柔らかさに手が震えている。
ゆっくりと口に運び、咀嚼。一噛み、二噛みとする内に、みんなの顔がだんだんと蕩けていく。
満足そうにそれを見届け、一切れ口に入れて頬張る。正直物足りなくはあるが、十分に美味しい。
「ふわぁぁぁあああ……これは本当にロケットボアの肉なのかい?」
「間違いなくロケットボアの肉ですよ。酒に漬ける事で、臭みの原因である血が抜け、肉を柔らかくしてくれます」
「そんな方法があったのねぇ♪昔からお肉の臭さが気になってたんだけどぉ、こういう物だと思って諦めてたわぁ♪」
「他にも方法はありますので、それは別の機会にでも。そのまま焼けば臭さは無くなっていますが、結局肉の味だけになってしまうので、今回は【塩】を使いました」
「【シオ】ってなんですかー?」
「味を付けるのに使う物で、先程ルーティさんに削ってもらった物がそうです。今回使ったのは【岩塩】と言います。削ったのが少し残ってるので、舐めてみてください」
削った岩塩が乗った小皿を机に置き、みんなに舐めるよう勧める。それぞれ少し指先に付け、ペロッと舐め、目を丸くした。
「うわっ! なんだコレ、口の中がジュワッとする」
「海の水に似てるけど、ちょっと違うね……これが【シオ】ってやつかい」
「ルーティさん流石です。色々工程はあるんですが、【塩】は海の水を火にかけて、サラサラの粉になるまで待った物です。【岩塩】は、地中に溜まった海の水が長い年月をかけて結晶化した物なんですよ。大昔、この辺りは海だったのかもしれませんね」
「なるほどね……この【岩塩】ってのを肉にかけて焼いたのが、コレなんだね。この口に広がるのは何なんだい?」
「【岩塩】だけを舐めて感じているのは、【しょっぱい】という味です。この【塩】を肉に降って焼くと、中の水分が逃げ出しにくくなり、より柔らかく焼けるんです」
「嬢ちゃんは凄いな……腹に入れるだけじゃない【料理】か。これを食べた時に湧いた感情が何か教えてくれるかい」
「それは【美味しい】といいます。甘い、酸っぱい、しょっぱい、苦い、渋い、辛い……味には種類があります。それらを口にして、湧き上がる喜びや感動を【美味しい】と表現します」
「……嬢ちゃん、凄く【美味しい料理】だった。あたしら……いや、世界がまだ知らない【料理】を広める手伝いをさせてほしい」
「私の方こそお願いします。私の持ってる知識を、少しずつ世界に伝えていきましょう」
ルーティとガッチリ握手を交わす。ようやく第一歩を踏み出せた事がとても嬉しかった。
エルネとエルティが微笑ましそうに眺めているが、表情を見るに、肉の味にも満足してくれたようだ。
フランツは……お腹をポンポンと叩き、とても満足そうな顔をしているが……ふやけた顔がなんかムカつく。
「さぁ、残りを食べちゃいましょう。冷めると美味しくなくなっちゃいますから。……あ、フランツさん」
「ん? どうした旅人さん」
「おかわりはありませんので、自分でお皿片付けてくださいね」
「そうだなフランツ、お前皿洗いして帰ってくれ。今日はタダで食ってんだからな」
ルーティの言葉にフランツが真っ白に燃え尽きる。
肉の味を感じてほしいって言ったのに、なんでがっついて一気に全部食べちゃうかな。
そんなこんなで楽しい食事は和やかに進み、明日またゆっくり話をしようという事になった。
皆きっと、初めて感じた美味しいを思い出しながら寝るんだろうな。
イノシシ肉の臭い消し(※あくまで一例です。
①水:日本酒(またはワイン)の割合で一晩浸け、調理する前に良く洗い流します。
②香味野菜等と一緒に低温で下茹ですると、臭いが目立たなくなります。
香味野菜は料理によって変えると良いです。
作中では水と酒を合わせた溶液だけで済ませていますが、魔法の力でしっかり臭みが取れている、ファンタジー補正がかかっています。
また、本当は一晩のところを一日としていますが、日付の概念が違う事を示すための変更です。
魔法を使う際は、周りに危ない物がないか確認してから行って下さい。
主人公の性能確認と初めての料理なので、だいぶ文字数多くなっちゃいました。
確認作業は大事ですからね、申し訳ないです。
第6話:初めての美味しい
鉱石屋から戻ると、店を出る時に居たお客さんの姿はなくなっていた。探したり移動したりで、思った以上に時間が経っていたようだ。
時間が分からないのは不便だ……っと、一応タブレットで見れるんだったっけ。
お金以外何も持ってないのか確認してないし、一旦部屋に戻って確認しよう。
「ルーティさん、【料理】の準備をしたいので、一度部屋に戻りますね」
「おう分かった、適当に寛いで待ってるよ」
ルーティに軽く会釈して階段を上り、真っ直ぐ部屋へと戻る。
窓際の机の上には、パッと見砂時計にしか見えないランプが置いてあり、触れる事で明かりを点ける。
どうやら触れたのを感知して点いてるようだけど、原理はよく分からない。
「こうして見ると、無駄な物が無くてシンプルで落ち着くわね。ゴテゴテしたのは好きじゃないから有り難いわ」
入り口付近の壁に、小さな額に入った絵が飾ってある程度で、他に特別な装飾は何も無い。
【地球】でも内装がシンプルなホテルを好んで選んでいたので、この文化レベルは肌に合っているのかもしれない。
まずは時間の確認をしておこうと思い、<タブレット>を呼び出す。見やすい丁度良い位置に現れ、ホーム画面が表示される。
いくつかアプリが並ぶ中から、時計が描かれたアイコンを発見してタップ。時計アプリを立ち上がり、デフォルトで世界時計が表示される。
「予想はしてたけど、この世界地図の形は明らかに地球のじゃないわね。現在位置の時間さえ分かれば良いんだけど……」
画面を三分割した最上部に世界地図が表示されており、今居る村があるであろう場所に点が打たれている。
画面下部には【プルミ村】の名前と時計が表示されており、【後一ノ頁前】と記載されている。表記はアノニーム基準か。
後で誰かに聞けるといいんだけど、外の暗さからして【後】は夜の事なのかな? 【一ノ頁】が時間にあたるっぽいけど……【前】は……よく分からないや。
考えてもそれ以上の事は分からなかったので、今は十分だろうと時計アプリを終了させる。
次は持ち物の確認をしないといけないんだけど、<アイテムボックス>が違う事だけは分かってる。正解はアプリにあるのかな?
「うーん、アイテムボックス以外だと……<インベントリ>かな?」
何気なく口にしてみると、タブレットのホームが二ページ目に勝手にスライドし、【持物アプリ】が自動選択され立ち上がる。
アプリが多いとホームが複数ページになるのを失念していた……普段から使ってたはずなのに……。
「まっまぁいいわ、こんな事もあるでしょうよ……。そんなことより、中身はっと」
若干の恥ずかしさを覚えながら【
・包丁/洋出刃
・包丁/牛刀
・包丁/ペティナイフ
・包丁/身卸包丁
・包丁/菜切
・包丁/骨スキ
・包丁/筋引き
・包丁/冷凍包丁
・フードユニフォーム/上服
・フードユニフォーム/下服
・フードユニフォーム/帽子
・フードユニフォーム/前掛
どれも【地球】で使っていた物で、命の次に大事な包丁も全て揃っている。まさかあると思っていなかったので、すごく嬉しい。
持ち物の確認は出来たし、機能の確認を試みる。
無難に【上服】をタップして選ぶと、画面全体が波打つように揺れ始める。恐る恐る手を伸ばしてみると、なんの抵抗もなく画面に吸い込まれていき、指に布が触れる。
手に乗せるようにして引き抜いてみると、スッと綺麗に畳まれた【上服】が取り出せた。上服が取り出されると、該当のアイテムもリストから消えていた。
「なにこれ凄い便利。右下の【×ボタン】をタップすれば、取り出すのをキャンセルできるのね」
収納は<収納>と唱えると勝手に画面に吸い込まれ、何もせずとも入れる事が出来た。
画面にはアイテムがまた表示されていて、きちんと収納されているのが確認できる。
触れずに、唱えたり念じるだけで【取出】と【収納】が出来ないか【ランプ】で試すと、あっさりと可能な事が確認できた。
【取出】も【収納】も視認できる範囲でのみ可能で、壁の向こうに出したりは出来なかった。一部分だけでも見えていれば、大部分が壁の向こうにあっても【収納】出来るようだ。
「最後は、私だけが見れるっていうステータスか……」
アプリの一覧を見た時から見当は付いていたので、迷わず【状態アプリ】をタップすると、画面に詳細なステータス画面が表示される。
想像よりもシンプルな見た目で、ごちゃごちゃしてなかった。スキルとかはタブで分かれているみたいだ……何これ優秀すぎ。
七節 綴文 人族 女 十八歳 Lv1
職業:料理人
称号:異世界料理人、神の御使い、食の探求者、食に愛されし者
体力:10
魔力:計測不能
攻撃:10
防御:10
素早:10
運:100
装備:異国の上服、異国の下服、異国の上着、異国の履物
スキル:
【身体強化】Lv10☆
【能力強化】Lv-☆
――閲覧権限が与えられていません――
【料理魔法】Lv-☆
○火炎術Lv-☆
・微火Lv10☆
・弱火Lv10☆
・中火Lv10☆
・強火Lv10☆
・火操Lv10☆
・熱操Lv10☆
○水氷術Lv-☆
・真水生成Lv10☆
・海水生成Lv10☆
・炭酸水生成Lv10☆
・氷生成Lv10☆
・水操Lv10☆
・氷操Lv10☆
・冷操Lv10☆
○風嵐術Lv-☆
・乾燥風Lv10☆
・湿気風Lv10☆
・撹拌風Lv10☆
・風操Lv10☆
○土木術Lv-☆
・樹木生成Lv10☆
・土砂生成Lv10☆
・岩石生成Lv10☆
・木材加工Lv10☆
・石材加工Lv10☆
・研磨術Lv10☆
○光聖術Lv-☆
・殺菌Lv10☆
・消臭Lv10☆
・光操Lv10☆
○闇邪術Lv-☆
・解呪Lv10☆
・隷属Lv10☆
・闇操Lv10☆
・魂操Lv10☆
○無重術Lv-☆
・物操Lv10☆
・重操Lv10☆
○毒癒術Lv-☆
・回復Lv10☆
・異常解除Lv10☆
・蘇生Lv10☆
・毒生成Lv10☆
・毒操Lv10☆
・解毒Lv10☆
○結界術Lv-☆
・防御結界Lv10☆
・封印結界Lv10☆
・魔力結界Lv10☆
○包丁術Lv-☆
・筒斬Lv10☆
・輪斬Lv10☆
・半月斬Lv10☆
・銀杏斬Lv10☆
・色紙斬Lv10☆
・短冊斬Lv10☆
・細斬Lv10☆
・千斬Lv10☆
・櫛斬Lv10☆
・拍子木斬Lv10☆
・角斬Lv10☆
・賽ノ目斬Lv10☆
・微塵斬Lv10☆
・乱斬Lv10☆
・薄斬Lv10☆
・笹掻Lv10☆
・削斬Lv10☆
・筋斬Lv10☆
○調理術Lv-☆
・皮剥Lv10☆
・種抜Lv10☆
・桂剥Lv10☆
・擦下Lv10☆
・面取Lv10☆
・鱗剥Lv10☆
・内蔵抜Lv10☆
・骨抜Lv10☆
・筋取Lv10☆
・潰砕Lv10☆
・叩伸Lv10☆
・満混Lv10☆
・揉込Lv10☆
・盛付Lv10☆
○調味術Lv-☆
・絶対計量Lv10☆
・絶対味覚Lv10☆
【記憶鮮明】Lv-☆
○五感記憶強化Lv-☆
・味覚記憶強化Lv10☆
・嗅覚記憶強化Lv10☆
・触覚記憶強化Lv10☆
・視覚記憶強化Lv10☆
・聴覚記憶強化Lv10☆
○記憶強化Lv-☆
・瞬間記憶Lv10☆
・空間記憶Lv10☆
○記憶操作Lv-☆
・記憶整理Lv10☆
・記憶引出Lv10☆
・瞬間引出Lv10☆
○記憶出力Lv-☆
・記憶保管Lv10☆
・記憶印刷Lv10☆
・記憶投影Lv10☆
・記憶共有Lv10☆
○記憶読取Lv10☆
【概念書換】Lv-☆
○概念創造Lv10☆
○概念操作Lv-☆
・概念連結Lv10☆
・概念切断Lv10☆
・概念融合Lv10☆
・概念解体Lv10☆
・概念施錠Lv10☆
・概念解錠Lv10☆
・概念複製Lv10☆
【魔眼】
○鑑定眼Lv10☆
○賢者ノ瞳Lv10☆
【タブレット】Lv10☆
ギフト:【変身】
「な……なんじゃこりゃ……」
スキルは軒並みLv10だし魔力は測定不能だし、明らかに料理の知識と関係ない属性魔法が混じってるし……解毒や殺菌はまだ分かる、土木術は食器とか作れって事なのか? 解呪って何? 回復とか蘇生も……頭が痛くなってきた。
包丁術の書き方が【斬】ってのも、戦闘でも使えって言ってるのかなコレ。何にしてもLv10ばっかで化物に見える。てか【閲覧権限】って何よ……。
「……思う所しかないし確認したい事ばっかだけど、全部明日に回そう、処理しきれない。…………ユニフォームに着替えて下に行こうかね」
一度大きく息を吐き、よし! と両手を握って気合を入れる。フードユニフォーム一式を取出して身に纏うと、とてもしっくりきて安心感が増した。
愛用の包丁を使おうにも、抜き身で持ち歩くのはかなり危ない。【
――白々亭:厨房――
「随分長いが、あの嬢ちゃん何やってんだ? ……なぁフランツ、お前あの嬢ちゃんとどういう関係なんだい?」
「え? なんで俺なんすか?」
「だーってお前だけ家族じゃねぇじゃん! なんでお前が居んだよ! エルティが居るからか?! あ゛?!」
「何がどうしてそうなるんすか! あの旅人さんが村に入る時、この宿紹介しただけっすよ!」
「おとーさん本当だよー? シラカミサマも、フランツくんから紹介されたーって言ってたものー」
「エルティが言うなら本当なんだろうな、うんうん信用してやろう。だが今居る理由にはならねぇよなぁ!!」
準備を終えて下りて来たが、何故か喧嘩上等な会話をしている……なんだこれ、すっごく話しかけ辛い。というか巻き込まれたくない……。
「あらぁシラカミサマァ♪とっても可愛らしいお洋服ですねぇ♪」
エルネの言葉で一斉に注目が集まり、三者三様の反応を示す。
「おぉ旅人さん、似合ってるじゃないか」
「シラカミサマかわいー♪」
「嬢ちゃん、その服は【リョウリ】ってのに必要なのかい?」
「はい、これは言わば【戦闘服】です。私の故郷では、料理をする時は専用の服を着て、食べ物と向き合うんです」
「なるほどね、戦士の鎧と同じってことかい。防御力には不安がありそうだがねぇ」
「いえ、猛獣と戦うための服じゃないですから、防御力なんて布を羽織ってるのと同じですよ」
なんとも戦闘狂らしい会話だが、理解してくれたみたいだから合わせておく。変に拗れて面倒になるのだけは避けたいし、ただでさえ早く料理したくてしょうがない。
「嬢ちゃん、始める前にいいかい? なんでフランツが居るんだい?」
「先程直感と言いましたが、村の入口で話した時に優しくしてくれたのと……目に【諦め】と【消えかけの燻った炎】を見た気がしたからです」
「がっはっは! 十分だ! さぁ、早速【リョウリ】ってのを始めてもらおうか! 【腹所】はこっちだよ!」
ルーティは心底満足そうな笑顔で【
一緒に中に入ると、思っていた以上に清潔に整理されており、【水場】【切場】【窯】が揃っている。衛生管理なんかされていない、適当な切る台と水場がある程度だと思ってた。
「とても失礼かもしれないですけど、綺麗にされているんですね。勝手に酷い状態をイメージをしていました、すいません」
「いいってことよ! 道も整備されてないような村なんだ、良くないイメージ持たれてもしょうがないと思ってるよ」
「旦那はねぇ? こう見えてすーっごく綺麗好きなのよぉ♪几帳面だしぃ♪」
突然の惚気……仲良きことは美しきかな。エルティも「ムフフ~♪」っと自慢げにしている。可愛い。
さて、早速料理を始めよう。冷蔵庫が存在していないから、早くしないと肉の鮮度が落ちてしまう。
「では、肉が悪くなる前に始めちゃいますね」
「あぁそうだね、頼む。あたしらは少し離れて見させてもらうよ」
そう言って手元の作業が見える位置に移動する。準備は整った。さあ【料理】を始めよう。
まずは、ルーティから買い取ったロケットボアの肉をステーキのように少し厚めに五枚切り出す。ついでに、用意してもらった酒も【切場】に出しておく。
「ルーティさん、この肉を全部入れられるような、深い器はありませんか?」
「それなら……これだな、切った肉を一旦置いとくのに使ってるやつだ」
石を削って作ったボウルのような容器を取り出し、切場に置く。ゴトリと音がして、かなり重いようだ。
切り出した肉を石ボウルに移し、酒と水を一:一の割合で入れる。
「本当はこの状態で約一日置かないといけないんですが、私にしか出来ないやり方で短縮する方法をとります」
「あー、嬢ちゃん【イチニチ】ってのはなんだい? 短縮ってことは、何かを短くするんだろうけど」
「え、あー……」
アノニームでは一日って言わないのか……急いで<タブレット>を呼び出し、【カレンダーアプリ】を起動する。
「すいません、故郷での言い方をしてしまいました。この状態で、【
「なるほど、置いておく事に意味があるのか……。嬢ちゃんは魔法使いなんだな。まぁ力全然無さそうだし、なくはないか」
「ははは。力があったら、ルーティさんみたいに鍛え上げてみたいですよ」
さり気なく筋肉を褒めると、「褒めるなやい♪」と頬を紅潮させながらマッスルポーズを見せつけてくる。
「今回はズル技なので、正しい方法は後ほど教えます」
成功するかは分からなかったが、スキル一覧を確認した時から試そうと決めていた事があった。
肉が入った石ボウルに両手を翳し、手の平に意識を集中させる。すると、石ボウルより少し大きめな魔法陣がポウッと浮かび上がる。
「上手くいって……<水操:浸透>」
唱えた直後、ゆっくりと石ボウルから溶液と肉が浮かび上がり、徐々に溶液に流れが発生し始める。
溶液が肉を貫通するように激しく流れていき、みるみる肉から血が抜けていく。見た目には分かり辛いが、肉がほんの少し大きくなった。
実際には五分と経っていないだろうが、初めての魔力消費と緊張から、かなり時間が経ったように感じる。次第に流れが落ち着き、ゆっくりと石ボウルの中へと戻り、魔法陣もスウッと消えていった。
「ふぅ……成功してよかった……」
激しく安堵し、ホッと胸をなでおろす。
初めて使う魔法への緊張からか、汗が額を流れる。ちらりと後ろを見ると、ルーティとフランツが驚愕の顔で硬直していた。
「な……なんだい今のは……」
「まぁまぁ♪とっても綺麗でしたねぇ♪」
「うわー! すごかったー!」
「旅人さん……凄いな……」
「先程も言った通り、これは魔法を使ったズル技です。私が知る真の【料理】は、魔法を使わないので……」
そう言いながら、用意してもらっていた清潔な布で肉の水分を拭き取り、浸かり具合を確認してから窯に火をつける。
火が十分に大きくなったら、肉を焼く時に使っているであろう鉄板を乗せ、温まるまでジッと待つ。
「そうだルーティさん、このとても脆い石なんですが、細かく削れる物はありませんか?」
まだ驚いた表情をしていたルーティは我に返ったようで、体をビクッとさせた。
「ひゃい! あ……あぁー! あー……削れる物かい? ちょいと待ってな、あたしのナイフで削ってやるよ」
ルーティが女の子みたいな驚き声を上げてしまい、顔が真っ赤になっている。なんだこの可愛い生き物。
奪うように岩塩を受け取って、平らな容器に削り出しているが、耳まで真っ赤なままだ。
他の三人はそれを見てニヤニヤしている。だがフランツ、テメーは駄目だ。視線が馬鹿にしすぎだ。
ガリガリと削る音が鳴り止むと、削った岩塩が乗った皿と残りを差し出す。
「このくらいで良いかい?」
「ありがとうございます。助かりました」
綺麗に並べた肉にパラパラと少量の岩塩をまぶし、熱せられた鉄板の上に乗せていく。
ジュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!
豪快な焼ける音と、立ち上る匂いと煙。胃袋を刺激する匂いが一気に【
グウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!
ルーティとフランツの腹の虫が鳴いたようだ。いや、四人共お腹を押さえていた。
「嬢ちゃん! なんだいこの匂い! なんて表現したらいいんだ……わからんが! すごく良い匂いだ!」
「うおおおおお……腹の奥がこの匂いに反応するみたいにキューッてしてやがる……」
そんな声に少し喜びを感じ、ニヤッとしながら肉を裏返す。中に火が通るまでよく焼き、程よい具合になったら皿に乗せていく。
「さぁ完成しましたよ。みなさんで【食】を体験してみてください」
受け取った皿を持って【
真っ先に座ったルーティがもの凄くソワソワしてる。
「さぁ皆さん、今までみたいにただお腹に入れるための物だと思わないでください。よく噛んで、肉の味を感じてください。私がここまで言う意味を分かっていただけると思います」
皆が一度頷く中、ルーティだけ肉を凝視しながら何度もコクコクと頷く。
「それでは、いただきます」
「「イタダキマス」」
綴文とエルティ、エルネは両手を合わせて軽く会釈する。フランツとルーティはよく分からなかったようだが、真似をして手を合わせて軽く会釈をした。
そして、肉にナイフを入れると……。
「な! なんだいこの柔らかさは! 全然硬くないじゃないかい!」
「うわー! すごーい!」
「まぁまぁ♪」
フランツは無言だったが、その柔らかさに手が震えている。
ゆっくりと口に運び、咀嚼。一噛み、二噛みとする内に、みんなの顔がだんだんと蕩けていく。
満足そうにそれを見届け、一切れ口に入れて頬張る。正直物足りなくはあるが、十分に美味しい。
「ふわぁぁぁあああ……これは本当にロケットボアの肉なのかい?」
「間違いなくロケットボアの肉ですよ。酒に漬ける事で、臭みの原因である血が抜け、肉を柔らかくしてくれます」
「そんな方法があったのねぇ♪昔からお肉の臭さが気になってたんだけどぉ、こういう物だと思って諦めてたわぁ♪」
「他にも方法はありますので、それは別の機会にでも。そのまま焼けば臭さは無くなっていますが、結局肉の味だけになってしまうので、今回は【塩】を使いました」
「【シオ】ってなんですかー?」
「味を付けるのに使う物で、先程ルーティさんに削ってもらった物がそうです。今回使ったのは【岩塩】と言います。削ったのが少し残ってるので、舐めてみてください」
削った岩塩が乗った小皿を机に置き、みんなに舐めるよう勧める。それぞれ少し指先に付け、ペロッと舐め、目を丸くした。
「うわっ! なんだコレ、口の中がジュワッとする」
「海の水に似てるけど、ちょっと違うね……これが【シオ】ってやつかい」
「ルーティさん流石です。色々工程はあるんですが、【塩】は海の水を火にかけて、サラサラの粉になるまで待った物です。【岩塩】は、地中に溜まった海の水が長い年月をかけて結晶化した物なんですよ。大昔、この辺りは海だったのかもしれませんね」
「なるほどね……この【岩塩】ってのを肉にかけて焼いたのが、コレなんだね。この口に広がるのは何なんだい?」
「【岩塩】だけを舐めて感じているのは、【しょっぱい】という味です。この【塩】を肉に降って焼くと、中の水分が逃げ出しにくくなり、より柔らかく焼けるんです」
「嬢ちゃんは凄いな……腹に入れるだけじゃない【料理】か。これを食べた時に湧いた感情が何か教えてくれるかい」
「それは【美味しい】といいます。甘い、酸っぱい、しょっぱい、苦い、渋い、辛い……味には種類があります。それらを口にして、湧き上がる喜びや感動を【美味しい】と表現します」
「……嬢ちゃん、凄く【美味しい料理】だった。あたしら……いや、世界がまだ知らない【料理】を広める手伝いをさせてほしい」
「私の方こそお願いします。私の持ってる知識を、少しずつ世界に伝えていきましょう」
ルーティとガッチリ握手を交わす。ようやく第一歩を踏み出せた事がとても嬉しかった。
エルネとエルティが微笑ましそうに眺めているが、表情を見るに、肉の味にも満足してくれたようだ。
フランツは……お腹をポンポンと叩き、とても満足そうな顔をしているが……ふやけた顔がなんかムカつく。
「さぁ、残りを食べちゃいましょう。冷めると美味しくなくなっちゃいますから。……あ、フランツさん」
「ん? どうした旅人さん」
「おかわりはありませんので、自分でお皿片付けてくださいね」
「そうだなフランツ、お前皿洗いして帰ってくれ。今日はタダで食ってんだからな」
ルーティの言葉にフランツが真っ白に燃え尽きる。
肉の味を感じてほしいって言ったのに、なんでがっついて一気に全部食べちゃうかな。
そんなこんなで楽しい食事は和やかに進み、明日またゆっくり話をしようという事になった。
皆きっと、初めて感じた美味しいを思い出しながら寝るんだろうな。
イノシシ肉の臭い消し(※あくまで一例です。
①水:日本酒(またはワイン)の割合で一晩浸け、調理する前に良く洗い流します。
②香味野菜等と一緒に低温で下茹ですると、臭いが目立たなくなります。
香味野菜は料理によって変えると良いです。
作中では水と酒を合わせた溶液だけで済ませていますが、魔法の力でしっかり臭みが取れている、ファンタジー補正がかかっています。
また、本当は一晩のところを一日としていますが、日付の概念が違う事を示すための変更です。
魔法を使う際は、周りに危ない物がないか確認してから行って下さい。