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第一章:独りきりの二人の旅立ち - 七節綴文編

第5話:ロケットボアとお願いを

 夜風がとても心地よく、不安な気持ちを攫っていくかのように優しく通り過ぎていく。
 そして、慰めてくれるかのようにお腹がグーッと鳴った。自重してください、マイ・ストマック。

「はぁ……感傷に浸ってても何も始まらないものね。このままだと空腹で倒れそうだわ」

 お腹が空いたのはいいが、今最も懸念している事が下の階で待っている。
 此処は爺神さまが言っていた【食に関心が無い世界】なのだ。どんな物を食べてるのかさえまだ分かっていない。
 調味料は無いし、肉も焼くだけ。野菜や果物は基本丸かじり……何度思い出しても、期待などできようもない内容だ。

「ふぅ……腹を括って受付に行ってみるか。机と椅子が並んでたし、何かは食べられるでしょ……何かは」

 期待一割不安九割で一階へと下りていくと、ザワザワと沢山の人の声が聞こえてきた。
 談笑する声に混じって食器の音が聞こえる。やはり、一階は食堂のような役割を持っているようだ。

「あっシラカミサマー! もう【腹入れ】できてるよー♪」

 パタパタと駆け寄ってきて、空いている席に案内してくれる。
 厨房であろう部屋から肉が焼ける匂いがする。匂いがする方を見ていると、優しい笑顔の女性が肉の乗った皿を目の前に置く。

「【腹入れ】って【食事】のことなのね……まぁ確かに食事はお腹に入れるものだけどさ……」
「はじめましてぇ、白々亭の看板娘の【エルネ】といいますぅ♪エルティの母ですぅ♪」
「エルネの娘の【エルティ】ですー♪」

 母娘揃って可愛らしくぺこりー。エルネの見た目が若すぎて、姉妹だと言われても信じそうなレベルだ。

「エルネさんはじめまして。一人旅をしている綴文といいます」
「えー? エルは無視ですかー?」
「エルティさんはさっき挨拶したじゃないですか。……しょうがないですね、特別に頭を撫でてあげましょう」

 少し背伸びをしてエルティの頭をポンポンと撫でてあげると、「むふふふ~♪」と表情を崩す。

「あらあら、仲良しさんですねぇ♪私にはしてくれないんですかぁ?」

 エルティ以上にポワポワしてる……放っておいたら何処かに飛んでいってしまいそうなくらいだ。かなり戸惑ったが、頭をポンポンしておいた。
 とても満足そうな笑顔がそっくりだ。

「今節の月の腹入れはぁ、ロケットボアの足肉焼きですよぉ♪」
「ロケットボア……イノシシの仲間ですかね?」
「そうなんですぅ♪ロケットボアはぁ、イノシシが【猛獣化】した一種なんですよぉ。ものすっごーーく足が速くてぇ、冒険者さんじゃないと狩れないんですぅ。この村では一般的なお肉ですよぉ♪」

 此処ら辺で一般的な肉なら、ちゃんと味を覚えておなかいとね。【料理】をする時によく使う事になりそうだし。
 改めて【焼いただけの肉】に視線を落とし、両手を合わせて祈りを捧げるように軽く会釈をする。

「いただきます」
「「……イタダキマス??」」
「あー、私の故郷の習わしで、【食事腹入れ】の前に感謝の言葉を言うんです。【猛獣】だろうと一つの命、私達が生きる為の糧とし【いただきます】と」
「へー、とっても素敵な言葉なんだねー」

 エルティが顔をほわ~っと綻ばせ、頬に両手を添えてクネクネ。エルネは顎に手を当てて、なるほどなぁうんうん、と頷いている。
 そんな二人を横目に、早速【焼いただけの肉】を一口大に切り、口に運ぶ。

「ん!!!」
「どうー? ちょっと硬いからしっかり噛んでねー?」
「獣クッサ!!! 本当に切って焼いただけの味!!!」
「そうよぉ? お肉はしっかり焼かないと食べられないからねぇ♪さぁさぁ、遠慮なくどうぞぉ♪」

 やばい! コレは本当にやばい! 
 肉もだけど、エルネの笑顔が悪魔の微笑みに見えてくる。こんなの我慢出来るわけない! 

「無理! 【料理人】としての血が、この皿を許さないって言ってる!」
「お? なんか騒がしい事になってるな……おいエル、お前何かしたのか?」

 綴文が叫んでいると、仕事が終わったであろうフランツが白々亭に入ってきた。
 エルネとエルティはオロオロとしながらも、フランツが来た事に気付き、助けを求めるような視線を向ける。
 何時も通りの何時もの肉を出しただけなのに、それを否定されてどうしたら良いのか分からないといった様子。

「エルネさん、此処ってお酒扱ってますか?」
「え、えぇ……お酒はありますよぉ? お仕事の後に飲みに来るお客さんもいますからぁ……」
「そうですか……失礼を承知でお願いします。【厨房腹所】を貸してください」
「急にそんな事言われてもぉ……ちょ、ちょっと待っててねぇ? 旦那に確認してみないとだからぁ!」

 漫画なら、『ピューッ!』と効果音が付きそうな勢いで、カウンターの向こうの部屋に駆け込んで行った。家も兼ねてるみたいだし、あそこが居住スペースなんだろう。

「よ、旅人さん。なんだか騒がしい事になってるみたいだな」
「あ、門番の人。お仕事終わったんですか?」
「まぁな。それで、この騒ぎはいったいなんだ?」
「エルネさんに【厨房腹所】を借りられないか聞いたら、旦那さんに確認してきますと……」
「【腹所】を? 何するつもりなんだ?」

 何故か期待を込めた顔と視線で私を見てくる……え? お祭り騒ぎが好きなタイプなのかな? 
 まぁ、悪い事を企んでるわけじゃないし、神さま達との約束を果たすためだし……でも、いきなり大きな騒ぎになるのは……まずいかな? 

「この後ご主人と話をする事になると思うので、二人も同席してください。とても大事な話です」
「えー? いいよー?」
「俺も構わねぇ。だが、周りの連中に聞かれちゃ困ることなのか?」
「今すぐはちょっと……話をした結果次第ですかね」

 フランツが「ふーん、そっか」とカウンター奥の扉に視線を向けると、丁度扉が開き、二人の女性が出てきたところだった。
 エルネと……誰だろう? 従業員かな? と思っていると、エルネの隣に立っている女性が声をかけてくる。

「あんたが【シラカミサマ】かい? あたしは【ルーティ】ってんだ。エルネの旦那で、エルティの父親だよ」
「…………え?」

 一瞬、背景に宇宙空間が広がったような気がした。
 忘れていた……この世界の人族は【性別変化】ってのがあるんだった。

「ん? どうしたんだい? 具合でも悪くなっちまったのかい?」
「あ、いえ、大丈夫です。とても逞しい腹筋をしているので、つい見とれてしまいました」
「がっはっは! この鍛え上げられた腹筋の良さが分かるのかい! ちみっちゃい嬢ちゃんのわりに、見る目があるじゃないか!」

 男前な笑いでバシバシと叩いてくるが、ちゃんと手加減をしてくれているのが分かる。
 たぶんこの人が本気で叩いてきたら、骨が折れて壁まで吹っ飛んでるだろうな……そう思えるくらい逞しい身体をしている。

「えーっと……【厨房腹所】を借りたいって話なんですが、人目の無い所で理由と目的を説明したいのですが……」
「あぁ、それは構わねぇよ。奥の部屋に行こうか」

 そう言うと、カウンター奥の扉に向かって歩きだす。後ろを追いつつフランツとエルネ、エルティも一緒に来るように促す。

「なんだい、二人で話すんじゃないのかい?」
「はい。皆さんには知っていてほしいと……直感がそう言っているので」

 エルネとエルティには知っていてもらわないと困るが、フランツは……なんとなくだ。
 ルーティは特に気にした様子は無く、扉を開けて中に入れてくれた。やはり居住スペースになっていて、入ってすぐは居間にあたる部屋のようだ。
 皆が席につくと、「それじゃあ聞かせてくれ」とルーティに促される。フランツをお誕生日席に座らせたが、特別な意味は全く無い。

「まず最初に、私の事をお話させていただきます。【厨房腹所】を借りる理由に関わってきますので」

 四人の視線が一斉に集まり、一度だけ頷く。

「私はツヅミ・ナナフシといいます。神さまの【神託】を受けて、物凄く遠い遠い場所からこの村にやってきました」

 うん、嘘は言ってない。神さまに頼まれたし、別の世界から来たし。
 四人は【神託】という言葉に反応し、フランツは「やっぱり……」と小さく呟く。

「神託の内容は、【其方の食の知識を広めよ。食に関心の無い世界を改変せよ】というものでした」
「ちょっと待っとくれ、その【ショク】ってのは何なんだい?」
「えー【食】というのは、肉や野菜を食べる事そのものを指す言葉です。みなさんが【腹入れ】と呼んでいる行為も、一応【食】にあたりますね」
「あたしらの知らないその……【ショク】? の知識を広めて、【腹入れ】以上の何かで世界を変えてくれ。そういう解釈で間違いないかい?」
「そうですね、ザックリ言えばそんな感じで間違いないです」

 ルーティ、エルネ、エルティは困った表情で顔を見合わせる。
 フランツは……何故か目がキラキラしてるな……ちょっと気持ち悪い。

「私の知る【食】は、生きる上でとても大事なものなんです。肉や魚、野菜やキノコを使って【料理】を作り、それを食べて血肉とする。しかしそれは、肉をただ焼くだけではなく、肉以外の物も使って、まだ皆が知らない【美味しい】を作る行為です」
「【リョウリ】ですかぁ……【腹所】を使いたいのはぁ、その【リョウリ】をしたいからですかぁ?」
「そうです。神さまとの約束を果たす、最初の一歩になればと思ってます」
「なるほどね、嬢ちゃんの考えは分かったし、【神託】だってんなら協力するのも構わない。だがね、肉だって無限にあるわけじゃないし、無駄にされるのも困るんだ。この意味は分かるね?」
「はい、よく分かってます。なので、使う肉は買い取らせてください。それを使った【料理】を食べて、満足いただければ【食】を広める手伝いをしてほしいです」

 ルーティは暫く悩んだが、エルネとエルティが後押ししてくれて承諾を貰えた。
 フランツは事の成り行きを見守っている……笑顔がムカつく。

 それから、五人分の【ロケットボアの肉】を切り分けてもらい、一塊二百ルピスで買い取らせてもらった。
 しかし調味料が無いのは問題だ……塩があるだけでも全然違うんだけど……。少し悩んだが、思い出した事があった。

「フランツさん、この辺りって鉱山ありますか?」
「ん? まぁあるな。規模は小さいけど、この村の産業の一つだし」
「じゃあ、鉱石売ってるお店なんてありませんか?」
「此処を出て、入ってきた大門と逆方向に歩いてすぐの所にあるぞ。なんだ、石なんか必要なのか?」
「【料理】にはとても大事ですね。目的の物が見つかれば、ですが」

 ルーティに買い物に行くことを伝え、目的の鉱石屋へと向かう。
 外観は他の家と大差無いが、石が描かれた板がぶら下がっていて鉱石屋だと分かった。
 扉を開けて中に入り、少し眠そうにしながら座っているおじいさんに声をかける。

「すいませーん」
「んあ……あぁいらっしゃい」
「変な質問かもしれないんですけど、ちょっと脆い石って売ってませんか?」
「ちょっと脆い石? んー……本当に変な物を欲しがる嬢ちゃんだね。脆いのなんて使い道がないから、そこの箱にまとめて入れてあるよ」

 おじいさんが指した方を見ると、大きな木箱が床に置かれている。
 中を見ると石がゴロゴロと入っているが、どれもそこら辺に落ちてる石にしか見えない。

「鉱石を掘り出す時に出た石の欠片だとか、小さすぎて役に立たないやつをそこに入れてあるんだ。そこらの石と変わらんから、全部持って行ってもらってもかまわないよ」
「あはは、ありがたく漁らせてもらいますね」

 ちょっと可哀想な人を見るような視線を向けられたが、そんな事は気にしちゃいけない……掘り出し物を探す方が大事じゃ。

 …………

 探し始めて五分くらいだろうか。そこそこなサイズの脆いピンク色の石が数個出てきた。
 人差し指で表面を撫でて口に運ぶ……間違いない、念願の【岩塩】を見つける事ができた。

「おじいさん、欲しいの見つけた。コレ貰っていくね?」
「ふむ、何に使うか分からないけど、役に立ったなら何よりだ。気を付けて帰んなさい」
「ホントにありがとー!」

 幸運な事に、必要な物がタダで手に入ってしまった。
 あったらラッキーくらいに思っていたけど、まさか本当に岩塩があるとは。
 もしかしたら、昔はこの辺り一帯が海だったのかもしれない。でないと岩塩なんて出てこないもんね。

 【料理】に必要なお酒はサービスで貰えるみたいだし、早く戻ってこの世界初の【料理】をしなければ。
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