第6界層 〜蛙鳴蝉噪なる罪過の湖〜
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___ギルド〈怪鴟と残花〉隠れ家
ユグドラシル教の集会は毎日行われる。
〈怪鴟と残花〉の隠れ家であるここは、ユグドラシル教の信徒達の集会場となっていた。
そこへゾロゾロと集まってくる信徒達。
その舞台裏では屈強な男がニヤニヤとし、舌なめずりをしながら腕の中の瑠璃色の少女を見遣る。
「何だかんだ、お姫サマを攫うのも慣れてきたなぁ?けへへ。攫い甲斐があるとは言ったが、こんなに可愛らしいお姫サマはなかなか居ねぇぜ?」
『……。』
「どうしたぁ?怖くて声も出せねぇか?ハハッ!」
白い鎖で体を拘束されているメルクは、逃げ出す事も出来ないまま男に抱かれていた。
男の力にか弱い少女が勝てるはずもなく、その男の腕の力は絶対に逃がさないとでもいうようにキツく少女を自身の腕に閉じ込めていた。
そんな2人の元にヴィスキントが現れる。
「お見事ですね、相変わらず。」
「けへへっ!あぁ、そうだろう?なんてったって、今回はこんな感じで既に縛られていたんだから簡単なもんよ。」
軽々と少女を持ち上げ、ヴィスキントに見せる男は舌なめずりをして少女を卑しい目つきで見上げた。
その視線に耐えられなかった少女は苦しそうに視線を逸らせた。
「……止めなさい。怖がっているでしょう。」
「けへへ。何せ、何回も攫ってる内に気に入っちまったもんでな。毎回毎回、お姫サマは攫い甲斐があるから困っちまう。止められねぇよなぁ?」
「いい加減になさい。」
半ば男から奪い取る形で少女を救出したヴィスキントは腕の中でじっとしている少女を見遣る。
やはりこの白い鎖の効果か、ぐったりしている少女の顔色は悪い。
風の噂で少女の病気は治った、と聞いていたがたかが噂である。本当かどうかは後で少女に聞くとして……。
「今回の報酬です。」
そう言って軽々と少女を片腕だけで閉じ込めると、懐から大金を取りだし男に投げ渡す。
それを受け取った男は妙な嗤いを零しながら去っていった。
ガヤガヤガヤ……
集会場は今日も大盛況。
賑やかになってきた教会の造りをしたホールでは、大勢の白装束の信徒達で埋め尽くされていた。
「……やっと帰ってきたな。」
はぁ、と大きな溜息を吐きながら教祖姿のヴィスキントは少女を見下ろす。
いつもの丁寧な言い回しではなく、素のヴィスキントになった彼は煩わしそうに前髪をかき上げた。
『この、白い鎖、は…』
「あぁ、それは対神子用の拘束具だ。神子が脱走を謀った時なんかに使われる〈
『はず、してくれません、か…。力が…抜けてしまっ、て…。』
「言っただろ。対〝神子〟用だと。今のお前は逃げる可能性があるというのに、外す馬鹿はいないだろ。」
呆れた口調で話すヴィスキントに絶望したような顔を見せた少女。
それを珍しいものを見たと、ヴィスキントは目を丸くさせた。
思えば、片腕で抱いているこの少女は、何処か震えている気がする。
いつもの微笑みは何処へやら、漸く人間らしい感情を見た、とヴィスキントは苦笑いを零していた。
「これからお前のお披露目がある。そのまま拘束されていろ。」
『ユグドラシル教とは、なんでしょう、か…?それに、お披露目、とは……?』
「ぶっつけ本番だ。後はこちらで上手くやる。お前はただじっとしていろ。」
ふるふると震える少女。
……顔色が悪いが仕方がない。
ヴィスキントが目深にフードを被れば、後ろからアビゴールとリコリスもやってくる。
初めて見る代理の神子に少女は目を奪われていた。
「ふふん♬ 初めましてよね!私リコリスって言うの!よろしく〜♪」
ふんふんと踊りながら挨拶をする女性に少女はタジタジと挨拶を返した。
『は、じめまして……メルク・アルストロメリア……と申します…。』
「えぇ、知ってるわ!う〜ん!なんて可愛らしい!」
ヴィスキントから半ば奪い取る形で少女を奪い取ったリコリスに、男二人は大溜息を吐く。
何がなんだか、と言った感じで慌てふためいた少女の表情にヴィスキントがフッと笑いを零した。
「よし、お前ら行くぞ。」
アビゴールの掛け声に、そのままメルクはリコリスに抱き締められたまま持ち運ばれ、慌ててヴィスキントに止められる。
「その少女は私が持ちますから、貴女は堂々としていて下さい。」
「えぇ〜?駄目なの〜?」
「薬師が必要である体、だと忘れないで頂きたいですね。」
『(薬師が必要な体…?何処か具合が悪いのでしょうか…?)』
そう言って再びヴィスキントの腕に収まったメルクはそのままぐったりとヴィスキントへと寄りかかる。
「(大分苦しそうだな…。白い鎖の効果は絶大、ということか。)」
歩き出したアビゴールの後をリコリスが追いかけ、そしてヴィスキントが歩き出す。
ホールに入ってきた教祖様や神子様がいる中、信徒達の視線はヴィスキントの腕に収まっている少女に釘付けだった。
「〝神子〟様のご登場だ!」
アビゴールがそう声を張り上げると、全員が頭を地面に伏せる。
「〝神子〟様、教祖様、万歳っ!!!」
『っ、』
怖いくらいに揃っていた言葉。
思わず身震いをした少女は、恐怖の色を表出させた。
それを黙認したヴィスキントはじっと前を見据える。
「ユグドラシル様を崇め奉る信徒達のお陰で、こうして瑠璃色の少女を手に入れることが出来た!ユグドラシル様に代わり、神子様からお礼の御言葉がある!」
そう言ってアビゴール様はリコリスの後ろに控える。
すると胸の前で手を組んだリコリスの背中から七色に輝く羽根が現れ、信徒達が恍惚な表情を浮かべる中、メルクだけは愕然とした顔でその羽根を見ていた。
それは〝神子〟である証明で…、証であるはず。
何故代理であるはずのリコリスが、この羽根を出現させる事が出来ているのか、と。
「(流石にこいつも驚いているな。これも〈
「───“神”ユグドラシル様に代わり、信仰深き皆様に御礼申し上げます。ありがとうございます。これで私は強い味方を手に入れ、更なる力に目覚めることでしょう。」
「「「わぁぁぁああああ!!」」」
「彼女……瑠璃色の少女はまだ聖なる鎖でその御身を清め中のため、こうして拘束した形で皆様に披露する事になり、神子である私としても大変心苦しいです。ですが、それも終われば神子である私の力になることをこの少女は誓ってくださいました。では、改めまして皆様も御一緒に。………新たな信徒の誕生に祝福を!!」
「「「祝福を!!!!」」」
ホールにビリビリと響く信徒達の声。
それにメルクが目を閉じてやり過ごす。
そして盛大な拍手喝采を迎え、
○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*
カバンを奪われたメルクは現在、ギルドの隠れ家であるこの場所の一角……、拷問室へと場所を移されていた。
辺りに広がる拷問具の数々。
それに顔を強ばらせながらメルクはヴィスキントに抱えられていた。
『(もしかして今から私は拷問されるのでしょうか……?……怖い…!)』
「……ひとつ言っておくが、拷問なんて面倒なことする訳ないだろ。それに本物の〝神子〟に死なれてはこちらも困る。」
『あの…リコリスさん、は……何故羽が…?』
「ん?あぁ、あれはちょっとした道具でそう見せてるだけだ。本物じゃない。だからそんなくだらない心配をするな。」
ヴィスキントが少女を片手で収めると何かを操作する。
そして彼は部屋の中央で少女を地面に置くと、天井の方を確認した。
メルクもその視線に合わせて天井を見ると、見てはいけないものを見てしまう。
『っ!? 白い鎖が、たくさん…!!?』
「あぁそうだ。お前を拷問する気は更々ないが……ある意味お前にとっては拷問になるかもしれないな。」
よく見れば天井には沢山の白い鎖が中央部分に向かって垂れ下がっているよう工夫されているし、横の壁にも沢山の白の鎖が垂れ下がっているのが見えた。
ヴィスキントが部屋の入口付近まで後退したのを見て、メルクが慌てて動こうとする。
しかし身体の力が抜けていて上手く動けやしない。
「動くな。」
『っ、』
ヴィスキントの一声で、メルクの動きが止まる。
絶望の顔をした少女に僅かにヴィスキントが顔を歪ませ、そして───
ガチャン、シャラシャラシャラ……
天井にあった白い鎖が……
壁にあった白の鎖が……
ヴィスキントの操作ひとつで地面に落ちてくる。
そしてまるで磁石のS極とN極が合わさるようにその鎖は中央にいる少女へと向かっていく。
それに恐怖して少女が悲鳴をあげる。
『きゃああああ?!!』
本当に一瞬の出来事だった。
少女は部屋中に散りばめられた白い鎖に雁字搦めにされ、拘束具はそのままに部屋の中央で吊るされている状態だった。
身動きひとつ取れず、メルクは苦しそうな声を上げる。
『うぅ…!』
「流石、対〝神子〟用の拘束具だな。神子を見つけた瞬間磁石のように引っ付き、絡まる…。拘束に特化した呪具だな。」
感心したように吊るされた少女と白い鎖を見たヴィスキントは、少女のカバンからとあるものを取り出す。
それは小さな宝箱で、それを見たメルクがハッと顔を青ざめさせる。
「第5界層で手に入る願い叶える宝石も手に入れていたんだな?まだ口にしてないのは……怖いからか?」
『それは……』
「まぁ、そうだろうな。普通なら怖いと思うぞ。」
ヴィスキントは遠慮なくその小さな宝箱を開け、中から宝石を取り出す。
黄色に輝く宝石───シトリンだ。
それを手にしたヴィスキントは宝石が仕舞われていた小さな宝箱をそのまま悪びれもなく床に落とし、中身のシトリンだけを持ちメルクへとゆっくり近付く。
カラカラと音を立てて宝箱が床に捨てられる。
先程から恐怖続きだったからか、少女が嫌がるように身を捩じらせその鎖から抜け出そうとしている。
……絶対に逃れられない鎖だというのに。
コツ…コツ…
『うっ、はな、して…!』
コツ…コツ…
『ヴィスキント様…!』
コツリ…
ヴィスキントが吊るされた少女の前に立つと、少女は恐怖の顔でヴィスキントを見る。
それに罪悪感が湧いてしまうヴィスキントだが、一度視線を逸らせ、そして───
「───残念だが、試練の時間だ。」
その手に持っていた黄色の宝石を遠慮なく少女の小さな口の中へと突っ込んだ。
そのまま宝石を口から出させないように手で塞いでしまえば、少女は涙を流しながら必死にそれを飲み込んだ。
するとすぐにその背中に七色に輝く羽根を出現させ、顔を苦しそうに歪めた。
「(やはり痛むか…。前みたいに吐血しないといいが……。)」
『(痛みはないのに…、何故……こんなにも、苦しいの……?)』
光り輝く羽根が更に輝き、光を放つ頃、それは急に止んで消える。
同時に少女は気絶したのか、ガクッと頭が下がる。
気絶しているというのに未だ苦しそうな顔で意識を失っている少女の頭へ、ヴィスキントが優しく置く。
そしてゆっくりとその頭を撫でた。
「────よく頑張ったな。」
そう言い残してヴィスキントは少女を置いてその場を後にした。
気絶した少女の耳には、残酷に響く扉の開閉音は聞こえなかったのだった。