第6界層 〜蛙鳴蝉噪なる罪過の湖〜
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___医師の仕事場である病院内
医師はメルクを抱き抱えたまま処置室へと飛び込む。
そして扉に鍵をかけるとすぐにメルクを処置台に降ろし、機械を操作する。
ウイーーーーン
『ひっ…!?』
メルクが恐怖するのも無理はない。
あれはかつて、メルクが大風邪を引いていた頃に使われていた機械なのだから。
問答無用でメルクを拘束している鎖に向かってその機械を振り下ろすが───
ガキンッ
激しい金属音が響き、機械が壊れてしまった。
部品が取れ、カラカラと転がっていく様をメルクは真っ青な顔で見ていた。
『(あの機械が…壊れるほどの硬さ…?!)』
「ふむ、これでは無理でしたか。」
物珍しそうにそれを見つめ、医師は部品を持って眺めた。
冷静な医師のその様子に、僅かに我を取り戻したメルクは大きく深呼吸をした。
それでも力が抜けるのは変わりない。
『取れ、そう…ですか…?』
「正直に言ってしまえば難しい所です。ですが諦めるつもりは毛頭ありませんよ。…ムフフッ!これはこれは大層興味深いものです…!メルクさんにだけ反応するこの鎖…。まるで意思そのものがあるような鎖ではありませんか!」
『(あ…。お医者様のスイッチが入ってしまったかもしれません…。覚悟した方が良さそうです…ね。)お、お手柔らかに…?』
「フフフフフフフフフフ…」
『(もう私の声も聞こえていません…!)』
ズガガガガガ…
ピーー、ドゴンッ!
絶え間ない機械音が病院内に響いている。
メルクの安否を心配して帰ってきたユーリ達は、病院内に響くその音に顔を顰めさせた。
ユーリ「またやってんのか…。」
エステル「メルク、どこか怪我でもしたんでしょうか?この音がするということはそういう事、ですよね?」
フレン「悲鳴をあげてましたから、何かしらあったんだと思います。」
3人はメルクが医師と一緒に戻った後、何とか白装束を掻い潜り戻ってきたのだ。
そしてここでは危ないのでメルクを連れて城へいこうと提案するつもりだったのだが…。
フレン「危険は承知で彼らの目を掻い潜るため、夜中に動きましょう。エステリーゼ様、大丈夫ですか?」
エステル「はい!このままではフレンもメルクも危ないので!」
ユーリ「何自分は大丈夫だと思ってんだよ…。お前も入ってんだよ、危ないのは。」
3人はお互いを見て決意を新たにし、大きく頷く。
後はメルク達が出て来るのを待つだけだ。
しかし、肝心の2人が出てきたのは意外にもすぐだった。
「おや、皆さんお揃いで。」
『皆さん、無事でしたか…!』
エステル「え?!メルク、その鎖解けないんです?」
「どうも、この白い鎖はメルクさんに反応しているようです。解き方が分かるまで安全な所にいた方が良いと判断しました。メルクさんにも確認済みです。」
ユーリ「よし。なら今すぐ城に向かうぞ。城の方がここよりは安全だろうしな。」
医師もメルクも、それを聞いて肯定するように急いで頷いた。
奴らがここに来るのも時間の問題かもしれないからだ。
フレン「急ぎましょう…!今動けば、夜中彼らと鉢合わせする事もないでしょう。」
ユーリ「善は急げ、だ。あんた、そのままメルクを抱えて走れるか?」
「勿論ですとも。こう見えて体力はある方ですので、ご心配には及びません。」
ユーリ「そ、そうか。」
フレン「では行きましょう!」
初めに動き出したフレンを筆頭に、メルク達は帝都に向かって走り出す。
午後とはいえ、もう夕方になりかけている。
夕日がメルク達を照らす中、メルク達は帝都に向かうこととなったのだった。
*.○。・.: * .。○・。.。:*。○。:.・。
帝都に向かう道中、ようやく闇夜に紛れられる夜となっていた。
白い鎖の所為で力が抜け、歩くこともままならないメルクは医師に抱えられ、ユーリ達と共に移動していた。
フレン「相手は素人とはいえ、油断は禁物だ。」
ユーリ「本当の一般人が俺達に寄ってたかってるって訳だな。それほどまでにユグドラシル教ってのは信仰心の深い宗教団体らしい。」
エステル「はぁ、はぁ、メルク、大丈夫ですか?!」
『大、丈夫、です…』
ユーリ「…それを大丈夫とは言わないんだが、な……。」
白い鎖に拘束され、身動きも取れず弱りきっているメルクを見て、ユーリ達は走りながら顔を歪める。
何故かメルクにだけ効果を発揮する白い鎖。
メルクが〝神子〟という事と、何か関係があるのだろうか。
「ともかく安全な所に! この鎖についてはそれからですよ!」
フレン「えぇ!そうしましょう!」
闇夜を走る一行の前に突然現れた異様な白い集団。
……例の白装束のやつらだった。
「逃がすかよ…!ここまで来て、やっと騎士を殺せるチャンスなんだ…!」
フレン「……そんなに僕が嫌いかい?」
エステル「フレン!!」
フレン「皆、先に行っててくれ。ここは僕が。」
ユーリ「行くぞ!」
ユーリはフレンを見て、エステル達へと叫ぶ。
幼なじみの2人の事だ。
引き際は一番お互いが分かっている。
走り出したユーリを追いかけるように医師とエステルが走り出す。
それを横目に見ていたフレンは笑いながら健闘を祈った。
どうか、彼らが無事に辿り着きますように。
……しかし、そう甘い事を言ってもいられないくらい今回は運が回ってこなかったらしい。
「よォ?久し振りだなぁ?」
ユーリ「っ!お前ら…!!」
エステル「こんな時に…!?」
ユーリ達の周りを囲う男たちは下卑た嗤いを浮かべて舌なめずりをする。
その瞳にはメルクだけを写して──
『っ、』
「おーおー。相変わらず攫い甲斐のあるお姫サマだなぁ?今回はちゃーんと攫って下さいと言わんばかりに鎖で拘束されてらぁ!!ハハッ!……なぁ?か弱くて病弱なお・姫・サ・マ?」
ユーリ「てめぇっ!!」
「おっと!」
男はユーリの攻撃を軽く避けて嗤いを零した。
そしてそれぞれが武器を持ち、狙いをメルクに絞る。
それを見たユーリは舌打ちをして医師を見る。
ユーリ「ここは俺がやる!エステルと一緒に向かってくれ!」
エステル「で、でも一人では…!」
ユーリ「狙いはメルクだ!この人数を相手に庇いながらだと上手く攻撃出来ねぇ!だから先に行け!」
エステル「わ、分かりました!」
エステルが走り出すと医師も走り出す。
去り際にお礼を言われ、ユーリがニヤリと笑いそれに応えた。
ユーリ「全員まとめてかかってきな。ここから先は通させねぇ!」
「……けへへ…。面倒だな。あんたが一番あのお仲間の中では強いって聞いてるからなぁ。つー事で、俺達も分散させて貰うか。大事なお姫サマを帝都に行かせる訳には行かないんでね!!」
男とは別の野郎がユーリに攻撃を仕掛ける。
その間に何人かがユーリの横を通り抜けようとして、それをユーリが武器を振りかざし引き止める。
「実力は伊達じゃねぇってことだ。」
ユーリ「そりゃどうも。」
「だが、それで勝ったと思うなよ?」
ユーリ「…何だと。」
エステル「きゃああああ!!」
ハッとしてユーリが振り返れば、エステル達の周りに別の屈強な男達が囲っていた。
別に仲間を呼んでいたらしい盗っ人集団に、ユーリが舌打ちをして助けに行こうとする。
しかし今日はなんと言ってもツイていない。
周りにいた男共に囲まれ、流石のユーリも身動きが取れなくなっていた。
「けへへっ!あばよ、黒髪の青年。」
ユーリ「待てっ?!」
「だから言っただろー?そんなに大〜事なお姫サマなら籠の中に大事に入れとけってなぁ?」
余裕を見せて攫いに行こうとするリーダー格の男を止めようとするが、周りの男共が邪魔で動けない。
取り敢えず周りを蹴散らしながらユーリはメルクを助けに行こうとした。
「───攫いに来たぜ?お姫サマ?」
『っ、』
「メルクさん、目を閉じていてください。」
『…?』
医師に言われた通り、目を閉じたメルクは急な浮遊感に襲われる。
しかしそれは直ぐに止み、しっかりと抱え直された。
辺りに響く男性の短い悲鳴の後、倒れた音がするので気になって仕方がない。
しかし医師から言われた約束を破る訳にもいかないので、じっと目を瞑ってその時を待つ。
「へぇ?医者のくせにやるじゃねえか。ハハッ!」
そんな男の声が聞こえ、僅かに目を開く。
すると何人かは地面に伏していて、驚きに目を見張る。
一体あの短い時間で何が…?!
「だが、これでもまだいけるか?」
指をパチンと鳴らした男に合わせて周りに沢山の屈強な男達が集まってくる。
それを見て私は無意識に身体を震わせていた。
『お、医者さま…私のことは、良いです…!』
「大丈夫ですよ、メルクさん。大丈夫です。」
「───殺れ。」
エステルも医師も健闘したが、あまりの男の数に流石の2人にも疲労が見え隠れする。
ここまで走ってきた分、余計に疲労困憊であろう事が容易に分かった。
『もう、いいっ…!もういいからっ…!!下ろして、ください…!』
泣きそうになりながら私は医師に訴えた。
しかし医師は諦めなかった。
寧ろ私を抱える腕の力が更に強まっていた。
「大丈夫ですから。」
そんな時、
「「はぁっ!!!」」
頼もしい2人の声がした。
先程白装束の人達に囲まれていたフレンと、屈強な男達に囲まれていた筈のユーリがこちらに駆けつけたのだ。
「チッ……もう来やがったのか。」
ユーリ「残念だったな?お姫サマとやらを攫えなくてなぁ?」
フレン「メルクさんは渡さないぞ…!」
エステル「2人とも!」
ユーリ「悪い!遅くなった!」
「……ほら、言ったでしょう?大丈夫ですから、と。」
こんなに安心出来ることはない。
2人が駆けつけてくれた事で安堵していたのも束の間。
医師の後ろに人影が現れる。
それはリーダー格の男が舌なめずりをしてこちらを覗き見ている姿だった。
『後ろっ…!?』
その瞬間、医師は頭を殴られて気絶していた。
落ちそうになった私を掬いあげたのは、あの屈強なリーダー格の男だった。
「けへへ!お姫サマ、つーかまーえた。」
「「「!!!」」」
『はな、してっ…!!!』
「ハハッ!こんなに態々縛られてくれてるのに離せなんて、つれねぇこと言うなよ。なぁ?お姫サマ?」
『っ!いやっ…!!』
ユーリ「メルクっ!!」
「じゃあな!騎士様とそのお仲間御一行サマ!」
そう言って姿を消したリーダー格の男に愕然とする3人。
エステルは急いで医師の容態を確認する。
そして息をしている事を確認したエステルは回復しながらユーリ達に向けて大きく頷いて見せた。
フレン「くそっ…!またやられた…!!」
ユーリ「チッ…!メルク…!!」
居なくなってしまった少女に誰もが思いを馳せる。
朝になってから全員を招集し、メルクの捜索が行われたが、その姿を探し当てることは出来なかったのだった。
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