第6界層 〜蛙鳴蝉噪なる罪過の湖〜
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私は医師から体力測定をする、と宣言された翌日───陽の当たる青空の下、医師と共に街中を歩いていた。
いつものリハビリと変わらない様子の測定方法に目を瞬かせながら、私は横で手を繋いで海風から守ってくれている主治医に目を向けた。
「良い天気ですねェ?絶好の散歩日和です。」
『はい。』
「そんなにご緊張なさらず。大丈夫ですよ。メルクさんを取って食ったりしませんから。」
『いえ、その……いつものリハビリと変わらないな、と思いまして。それで無意識に緊張していたみたいです。』
「あぁ、なるほど。そうでしたか。これもこう見えて一応計測中なんですよ。以前のメルクさんとどれ程違うのか、というテストになります。……ちなみに、今まさに新記録達成していますので大風邪の時よりは大分体力が戻ってきていますよ?」
『あ、そうなんですね。まだまだ今の私なら歩けそうです。』
「それはよろしい…。では次の測定に移りましょうか。」
そう言って医師は踵を返し、自宅兼彼の仕事場へと戻ってきた私達は、診察室へと向かっていた。
医師は何処からか機械を取り出すと、私の手に置いてまた探し物を探している。
私は物珍しくその機械を見つめると、そんな私に気付いた医師が説明をしてくれる。
「ムフフッ…!それは、握力を測定するための物ですよ?」
『これで…握力を…?』
「試しにやられてみますか?」
使い方を教わり、私は右手に持った握力測定器を思いっきり握り締めた。
キュッと顔を引き締め、ぷるぷると体を震わせる私を見てお医者さまは笑いを堪えた顔をした。
そして計測器の数字を見て、暫くそれを見つめると再計測のお願いをされた。
……そんなに悪かったのでしょうか?
それとも握力がありすぎて驚いている、とかでしょうか?
私がもう一度ぷるぷると体を震わせて精一杯力を込めるとお医者さまの顔が僅かに歪んだ。
そして持っていたカルテに何かを書き込む。
『どうっ、でしたかっ…?!』
「ムフフッ…。年頃の女性にしては少々……いや、かなり弱いですねェ? 体重が羽のように軽い分、何かしらの影響が出ている可能性もありますから一概に悪いとは言えません。ですから、安心してください。」
『……やはり弱かったんですね…?』
何となくそっちの方じゃないかと勘づいてはいましたが、実際言われるとしょぼんとしてしまいます…。
私は肩を落として、お医者さまの言葉に落胆していると「大丈夫ですよ。」と肩を叩かれた。
「では次へ行ってみましょうか。」
『次は何ですか?』
そう言ってお医者さまが取り出したのは様々な機械だった。
身長や体重などの基礎的な測定もあるかと思えば、長座体前屈などのよく分からない測定も行い、一通り機械での測定が終わった私達は昼食を摂った。
『……。(やっぱり…味は感じませんね…。)』
「……。 メルクさん。味はやはり難しいですか?」
昼食を一緒に摂っていたお医者さまは私を見るとそう聞いてくる。
それに無言で頷くと、「ふむ。」とカルテに軽く書き込んでいく。
「この食事…、熱いか冷たいか分かりますか?」
『……いいえ。』
横に首を振りながらそう答えると、お医者さまはカルテに再び何かを書き込んでいく。
それを見ながら私は首を傾げる。
『これも体力測定の一環でしょうか?』
「そうですねェ。メルクさんが何処まで出来て、どこまで出来ないか、日々症状が変わっていけば何か糸口が見つかるかもしれませんからね。」
そう言ってカルテを見ながら「ふむ」と悩んでいるお医者さまにお礼を言えば、ニッコリと笑顔で返された。
「ご飯が終わって少し休憩を入れたあと…。最後の体力測定と行きましょうかね。」
『はい。』
そうして私達は談話しながら楽しい食事を終えた。
……一体最後の測定はなんでしょうか?
今までの測定が簡単なものばかりだったりするので、ちょっと楽しみにしている私が居た。
「メルクさんは現在、痛みが分かりませんね?」
『は、はい…。』
「ですから、無理はなさらないで貰いたいので先に言っておきます。少しでも気になるような事があれば中止してください。いいですね?」
『はい。気をつけますね?』
「はい。では気をつけてもらいながら最後と行きましょう。…最後は、七色に輝く羽を出して体力測定をします。所謂、どれくらいの時間それに耐えれるのか、といった測定です。」
意外な測定に目を丸くすれば、お医者さまは大きく頷いていた。
真剣な顔に私も顔を引き締めて大きく頷いて見せた。
きっとこれからの私の事を思っての測定だと思う。
七色の羽を出すのはかなり疲れるので、それで目安の時間を知っておこうという魂胆なのだ……と思う。
後はお医者さまの興味もあるのでしょう。
胸に手を置き、大きく息を吸って───
『……•*¨*•.¸¸♬︎...♪*゚♬*°』
私が歌うと、いつも背中の方に違和感が出る。
いつも皆から聞いていた、七色に輝く羽は背中に違和感があったから、今もきっと出来ていると思う。
『♬*°.・*’’*・.♬』
「……メルクさん。もう良いですよ。」
私が歌を止めるといつの間に浮いていたのか、コトリと音を立てヒールが地面に着く音がした。
すると痛みも何も無いのに体がふらついて、視界もぼやけてくる。
すぐにお医者さまが支えてくれた為、事なきを得たが……どうやってお医者さまは私の不調を見分けたのだろう?
「顔が苦しそうでしたよ、メルクさん。」
『え?』
「途中、顔が次第に険しくなっていました。それはそれは必死そうに歌っていたのですが…それでもまだ歌い続け、羽根を出していたので私が止めるよう声を掛けたんですよ。」
『そう…だったんですね…。気付きませんでした。』
「痛みがあればメルクさん自身も気付いていたかも知れませんが、やはり難しいものがあるかと。因みに、大体10分くらいは出せるようですよ?」
『分かりました…。参考にしますね?』
10分とは、なんと短い…。
まぁ、この羽根を出し入れする理由も、必要性もないので良いとしよう。
そのまま私は抱き抱えられ、診察室のベッドへゆっくり下ろされる。
今日の疲れからか、私はいつの間にか目を閉じて寝てしまっていた。
「……見ているのでしょう?そろそろ出てこられたらどうですか?」
医師が扉を見れば、そこから何食わぬ顔をしたユーリが現れる。
その視線はすぐに寝てしまったメルクへと向けられた。
ユーリ「…やっぱ、あの羽根を出すと疲れるんだな。」
「〝神子〟の証とはいえ、通常人間には無いものですから。恐らくそれの所為かと。」
ユーリ「痛みが分からない状態で出すのは危険だな。さっき扉向こうから様子を見てたが、いつ倒れるかとヒヤヒヤしたぜ…。」
「だから止めたんですよ。……あのままでは内臓に響いてもおかしくはないので。」
ユーリ「でも、なんでまたいきなり体力測定なんてする気になったんだ?」
「今のメルクさんは確かに元気そうに見えます。ですが、それはあくまで外側から見た診断結果。なら本当の内面はどうなっているのか、メルクさんの主治医として知っておかねばなりませんから。」
2人の視線はすぐにベッドで寝息を立てている少女に。
可愛らしい寝顔を見て2人が笑みを零せば、どちらともなく安堵の息が漏れる。
「……これから先、どんな副作用が表れるか…。」
ユーリ「…そうだな。」
「あの宝石を食べる時は必ず、私の前でやるよう伝えなくてはいけませんね。」
ユーリ「寧ろ、俺としては食べて欲しくないんだがな?」
「彼女としては、そうもいかないでしょう。あれを食べなければ、メルクさんは願いを叶える事も出来ず、元の身体に戻る事も出来なくなってしまうのですから。」
ユーリ「……そうだよな。メルクの願いを叶える為に、自分自身の体を壊さないといけないなんて……、信じられるかよ…。」
グッと拳を握りしめたユーリだったが、メルクの穏やかな顔を見てその手を開く。
…早く、メルクが穏やかに過ごせる時代になればいい。
そうじゃないといつまでも、こんな小さな体で嘘をついてでも頑張ろうとするから。
ユーリ「…あと何回、宝石を食べれば良いんだろうな。」
「それについては私も分からないですが…。彼──ベンなら分かるかもしれませんね。彼は少なからず〝神子〟について知っている様子でしたから。」
ユーリ「やっぱ敵に聞くしかないってな…?」
天を仰ぐユーリだったが、すぐに踵を返し扉へ向かった。
それを医師が止めたが、ユーリは止まる事なく扉向こうに消えてしまった。
ユーリ「(メルクの為にも、早い所ケリをつけねえと…。)」
廊下に出たユーリは、大きな溜め息を吐くとすぐに外へ向かったのだった。
無論、一人で敵地には行かない。
…まだ敵の居場所が掴めていないから。
白装束の町人を見て、ユーリは今日何度目か分からない溜め息を吐いたのだった。