第5界層 〜不朽不滅の幽鬼の塔〜
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次の日も少女は医者から診察を受けていた。
こんなにも体調が良いのは久し振りで、少女も嬉しい気持ちで医者の診察を受けていた。
聴診器を宛がい、心音や肺音を聞く医者だったが、暫くすると静かに頷き聴診器を胸元へと戻した。
「ふむ。以前より明らかに良くなっています。正常の範囲内でしょうが、一応他の様子も診させてもらってもよろしいですか?」
『はい。断る理由はありませんから。』
「では、外出しましょうか。」
『?? はい。』
急な外出の言葉に首を傾げた少女だったが医者の言う通りに、一緒に外出をすることにした。
その手はしっかりと握られ、今日も海風からの強風に少女が飛ばされないようにと医者が配慮していた。
いつもなら少しずつ息が上がっていく少女も、今日ばかりは健康になったのが要因なのか息が上がることもなく街中を医者と共に歩いていく。
健康になったことで己の中の視野が広がったのか、街中を見渡せる元気まであるようだ。
それに医者が静かに頷いた。
「そういえば、メルクさんの好きな飴の新商品が出たようですよ?」
『!!』
ぱあ、と嬉しそうな顔で医者を見る少女は、まるで子供のような無垢な笑顔で医者を見つめていた。
それに笑いを堪えながら医者が手を引き、飴の売っていた店まで連れて行く。
店の中に入れば飴を探しているのか、キョロキョロと視線を動かす少女が愛らしく、遂に医者は声に出して笑ってしまった。
それに恥ずかしそうに俯いた少女だったが、それでも新商品という魅力に憑りつかれているのか再び新商品の飴を探し、目を右往左往させた。
「確か奥の方にあったはずですよ。」
医者の言葉にすぐ反応し、今度は少女が医者の手を引き奥の方へと引っ張っていく。
されるがままに少女の後を歩いていくと、お目当ての飴に辿り着いたのか少女の足は速くなった。
商品棚に陳列されている飴を見ると目を輝かせ、手に取っていく少女。
本当に好きなんだな、と感慨深く見ていると少女は何個か手に取り会計の方へと一人進んでいったので医者が後ろから追いかけ、少女よりも先にお金を出す。
それに驚いた表情で医者を見た少女だったが、流石にここは大人の常識が分かったのか大人しく会計を見つめていた。
「本当にメルクさんは飴が好きなんですねェ?」
『はい…。宝物みたいなものなんです。』
「感性は人それぞれだと言いますが、飴を宝物というのは中々珍しいですねェ。」
『よく言われます。』
はにかみながらそう零し、商品を店員から大事そうに受け取る少女。
店から出たので医者は再び少女の手を取り歩き出す。
今度は、少女にとっては危険区域であり港へと足を動かす。
やはりというべきか、少女には港が危険なようで風に何度も煽られては吹き飛ばされそうになる。
『っ、』
「やはり秘薬と霊薬を以てしても副作用は治りませんか。神子というのは中々厄介ですねェ。」
『すみません。ご迷惑をおかけします。』
「いえいえ、興味深いですよ、実に。……それから、メルクさんなら気付いているとは思いますが、第3の副作用…」
『!!』
「その反応。やはりですか。」
ちらりと見た少女の反応を窺っていた医者は少女を海風から守りつつ嘆息した。
少女の第3の副作用は味覚と感覚器官だ。
それも暑さや寒さだけの感覚器官。
痛みは変わらずあるかは今のところ不明だが、恐らくこの二つだ。
「……厄介ですねェ?味覚障害。それに感覚器官の麻痺、ですか。」
『流石です…。』
「昨日の見て分かったんです。メルクさんが味付けを間違えるなんてあり得ませんからね。ましてや、あの熱いスープを飲み干せていた事にも驚いていたんです。」
『…皆には…。』
「言ってませんよ。メルクさんとお話してからだと思っていましたから。」
海を眺めていた医者だったが、少女を連れ港から離れていく。
ようやく人心地ついた少女は、医者の手を握りながら黙り込んだ。
主治医である医者には話しておいた方が良さそうだが、ユーリ達に知られるのはまずい気がしていた。
口止めしておきたいと思う一方、どうした方が自分のためにも彼らのためにもなるのかと考えてもいた。
「別に、彼らに言おうとは思っていませんよ。ご安心を。」
『はい…。』
「他に何か感じることはありますか?例えば…、痛みがないとか。」
『痛み…?』
考え込む少女だったが、急に誰かにぶつかってしまい転びそうになったところを医者が手を引き阻止した。
「大丈夫ですか?メルクさん。」
『は、はい…。』
すぐにぶつかった人に謝ろうとした少女だったが、もうぶつかった人など見当たらなくなっていた。
街中の人に紛れてしまい、誰にぶつかったのか分からないのもあったが…。
「全く…ぶつかったなら謝ればいいものを…。」
『私は大丈夫ですから…。』
「それでも謝るのが常識だと思いますが。まぁ、メルクさんが無事なら私も文句はありません。取り敢えず戻りましょうか。」
『はい。』
「帰ったら痛みの有無の確認ですねェ?…ムフフッ…!」
『お手柔らかに…?』
「勿論ですよ。お手柔らかに、ですよ。ムフフッ…!!」
その笑顔の裏では一体何を考えているのだろう。
その子供が泣き出そうな笑顔を見つつ、これからの事も想い馳せると身震いが起きる。
怖いながらに少女は帰路についた。
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帰宅後、すぐに痛みの確認に入った二人。
少女の期待とは裏腹に、痛みはいくらやっても少女の体にやって来なかった。
病室内で目を瞬かせた少女と、ぶつぶつと呟きながら何かを考えこむ医者。
相対するその光景に、病室へと入ってきたユーリ達は目を丸くさせた。
ユーリ「なんだ?取り込み中か?」
カロル「もしかして、大風邪が治ってなかったとか?」
エステル「それは大変です!」
リタ「やっぱり具合が悪いわけ?あんたも災難ねー。」
レイヴン「こうなったら、もう一回材料取りに行かないとな。」
皆が気遣ってくれる中、少女が首を横に振った。
『秘薬エリクシールの効果…、というより副作用が強すぎるからどうしようか、って話なの。ごめんなさい?驚かせてしまって。』
ユーリ「ならいいけどな。」
少女を見るユーリの表情は少しだけ険しい。
言い方は悪いが、この少女は息をするように平気で噓を吐く。
しかも誰にも気付かれないように、表情も変えずに。
疑いたくはないが、少女には何度も前科があるのでユーリは疑っていたのだ。
ユーリ「こうなったらこの医者、長いってどっかの誰かさんが言ってたな。」
レイヴン「ほっといていいんでない?」
カロル「ねえ、メルク。聞かせて欲しい事があるんだけど…いい?」
『はい、なんでしょうか?』
長くなりそうな気配を察知し、少女が病室内の椅子を皆に勧める。
そこへ座る者もいれば立って話を聞く者もいるようで、ユーリ達は各々、様々な反応を見せた。
そして少女も改めて聞く態勢になれば、声に出したのは意外にもレイヴンだった。
レイヴン「ねえ、メルクちゃん。もう一度聞きたいんだけど……今のメルクちゃんの願いって何?」
努めて優しく尋ねるレイヴンに少女は少しだけ考える。
何時かは聞かれると思っていたことだ。
少女は表情を変えず、皆に向きあい話し始める。
『私の願いは――』
誰かの喉がごくりとなる音がした。
一体どんな答えを期待されているのだろう。
少しだけそう思って、再び口を開いた。
『〈
「「「「「 ?? 」」」」」
少女の願いが変わっている。
一体どういうことだと先を促すように誰も口に出さず、そのまま沈黙する。
『この体は…とても不便ですから。どこかに行くにも、誰かと一緒でなければ風に流されてしまいます。それが〈
少女の願いは自分の命と引き換えに世界樹を生成すること。
そうすれば誰にでも優しくなれる世界に変わってくれるから…。そう、ユグドラシルは言っていた。
でも、それをいってしまえばきっと優しい彼らに止められてしまう。
だから別の意味で願いを伝えることにしたんだ。
絶対に、彼らに知られてはいけない。
自らを犠牲にするなどという、その言葉だけは。
『もちろん…皆さんと居たいという願いは、変わらずあります。ですが…この体では皆さんに迷惑をかけてしまう…。ですから皆さんと一緒に居たいという願いは後に取っておきます。』
レイヴン「その願いを叶える対象は…今でもやっぱりギルドマスターなのかい?」
『出来れば、そう在りたいと思っています。…でもその前に、ギルドマスターの願いを聞いておきたいのです。どういう願いをされるおつもりなのかを…。私の当面の目的は、〈
アビゴール様の願い…。
気にならなかったわけではなかった。
だけど聞いてどうする、”神”のいうことは絶対なんだ。
そういう気持ちが勝って聞くに聞けなかった。
でも今は、その願いを聞いてから〈
もう、アビゴール様にもヴィスキント様にも……これ以上の深い業を負わせたくないから。
その少女の願いを聞いた一行はお互いの顔を見合わせていた。
最初はフレンが〈
でも今は保護対象の神子も見つかり、〈
その為に、視線はフレンとユーリに向けられていた。
今後どうするのか、どうしたいのか。
それぞれ思うところはあるものの、結局その答えは、騎士団長であるフレンとギルドの要であるユーリの二人に委ねられていた。
『一人でもやり遂げて見せます…。例え…どんなに厳しい戦いになろうとも…。』
少女の覚悟を見た二人は、お互いを見て頷いた。
どうやら、こちらの覚悟も決まったようだ。
ユーリ「俺たちも一緒に行くぜ?」
フレン「騎士団は保護対象である神子を探していました。それがメルクさんというのであれば、騎士団はメルクさんをお守りします。…それに、ココやロロ、サリュとカリュにも頼まれていますからね。」
ユーリ「それでいいか?うちの首領?」
カロル「うん!!ボクもそう思ってたんだ!メルク!一緒に行こうよ!」
リタ「神子としての能力も見ておきたいし、あたしも一緒に行くわ。」
エステル「リタったら素直じゃないです…。…メルク!私もメルクと一緒に行きたいです!メルクの覚悟を聞いて、余計にそう思いました。ですから、一人で何もかも抱えないでください!私も…私たちも一緒に居るんですから!」
カロル「そうだよ!それに、ボクはメルクに約束したしね!メルクが悪い道に行こうとするなら止めるんだって!」
レイヴン「おっさんも、メルクちゃんの覚悟聞いたからお手伝いするわよ?」
ジュディス「まずは、貴方とメルクが二人で第5界層に挑まないとね?私たちはもう踏破したんだもの。」
レイヴンはメルクの様子を見に行ったため、お化けの布を取りに行った面々とは別行動だったのだ。
そしてメルクも自身の体調から第5界層は未踏破なのだ。
二人が第5界層を踏破すれば、後は皆で踏破すればいいのだから。
『…一緒に…いてくださるのですか…?』
驚き、そして唖然としたような少女の声音に、仲間たちはきょとんとした顔で少女を見遣る。
当然一緒に居ると思っていたし、何を以て少女がそんな顔をしているか一行には分からなかったからだ。
ユーリは少女がどうしてそんな顔をしたのかすぐに分かったようで、笑いそうになり堪える。
カロル「え?何で驚くの?当然じゃん!」
リタ「こいつらがどうであれ、あたしは勝手についていく気満々だったわよ?」
皆が皆、笑顔でいる中少女は未だに信じられないといった顔で一行を見ていた。
あれほど嘘を吐き、仲間たちを裏切ってきた少女を何故こんなにも信じられるのか。
いや、少女は今まで見てきたはずだ。
仲間たちのお人好しさ、そして何でも受け入れる素直さや人を助ける優しさを。
一度俯いた少女だったが、ゆっくりと顔を上げた。
その顔は、少女にしては珍しく不安げな表情であった。
瞳は揺れ動き、明らかな”不安”を表出させている少女に対し、ユーリが前に出て少女の手を取る。
ユーリ「(メルクは自分の居場所が無くなる事に対して、かなり臆病だ…。だったら…その手を取ればいい。安心させればいい。)…行くぞ、メルク。」
『…!』
優しく大きな手に、メルクは泣きそうになりながらそっと握り返した。
目を閉じて、その暖かさをずっと感じたいのに…
『(もう…貴方の手の温もりも……私には分からないのですね…。)』
泣いたら駄目だ。
_困らせてしまう。
__少女の背負っているものについて、勘ぐられてしまうかもしれない。
_______”悲しい”
『……暖かいですね?ユーリの手は…。』
ユーリ「??」
何か違和感を覚えたようにユーリは一瞬だけ瞠目した。
ユーリ「(今は…俺の手の方が冷たいのに…”暖かい”…?何かの比喩か…?)」
そんな中、少女はユーリの手を堪能するように握る。
そして、優しくはにかんだ。
それは何故かユーリの心を不穏にさせるもので、胸騒ぎを起こさせるものだった。
何か、見落としてはいけないものを見逃しているような、そんな感覚。
焦る気持ちを前に、ユーリはじっと少女を見つめた。
ユーリ「(何か…何かないか…?見落としてるもの…。)」
『…ユーリ?』
ユーリ「!! ん?どうした?」
『…いえ、なんでもありません。よろしくお願いします。皆さん。』
お辞儀をした少女に仲間達もそれぞれの反応を返す。
一人、ユーリだけは考え事をしながら、それをじっと見ていた。