第5界層 〜不朽不滅の幽鬼の塔〜
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
朝早くに起きたのは言うまでもなくメルクだった。
ここ最近は体調のせいで遅く起きることもあったのだが、本当なら皆よりも早く起きるのがメルクだった。
実際、第1界層の船の中ではいつも朝早かったのだから。
『……。』
欠伸を噛み殺し、辺りを見渡すと面白い光景が見られて思わず声に出して笑いそうになる。
メルクの病室は割と広い。
そこへビッシリとベッドが敷き詰められ、皆が寝ていたのだ。
しかしただ寝ているなら何も普通だったのだが、人によってはベッドから落ちていたり、人のベッドとの架け橋になっている者も居て、それがメルクにはおかしかったのだ。
クスクスと笑いつつベッドから降り、ベッドの迷路を抜けて病室を出た。
「ふぁーーー…。おはようございます……メルクさん……」
まだ寝ぼけ眼で頭をかきながら廊下に現れたのが、メルクのかかりつけの医師だった。
挨拶を返し、メルクも医者を見れば、暫く医者がメルクの様子を見て、そして大きく頷いた。
「体調は大丈夫そうですね。」
『はい。ありがとうございます。これも単にお医者様のお陰です。』
「いえいえ。私は大した事はしていませんよ。さて、メルクさん。他に体調は悪くありませんか?」
『?』
「彼から副作用の治療もお願いされてるので、確認です。」
一度目は視力が低下し、二度目は身体が軽くなってしまい……さて、今度はどんな副作用なのやら。
メルクでもまだ自身の副作用については分かっていなかった。
見た感じや自身でも分からないくらいだから今回は何も無いと願いたいが。
『今のところ分からなくて…。すみません…。』
「いえいえ。お気になさらず。案外副作用がないかもしれませんが気を抜かないような気を付けますね。何かあればすぐに相談してください。」
『はい。そうさせて頂きますね…?』
一緒に洗面台に向かえば、先にどうぞと医者から洗面台を明け渡されたので遠慮なく使わせてもらう。
医者も使い終わった後、今日の予定を医者が話し始める。
今日はようやく念願叶う、秘薬エリクシールの作成。
そして、秘薬エリクシールと霊薬アムリタを掛け合わせ、メルクの大風邪を治すまでが今日の予定だ。
「〝神子の祈り〟が必要なのでくれくれも無理はされないように。途中、気分不良あれば中断しますから貴重な素材だからと遠慮や迷いなどないように。これもメルクさんの体調を治すためですから、メルクさんが倒れては元も子もないのですから。」
『はい…。ようやく、ここまで……』
「長かったですね。でも、まだここから出す気はありませんよ?秘薬エリクシールと霊薬アムリタが完全ではないからこそ経過観察が必要なのですから。……ムフフっ…!」
元は別世界の調合レシピを見ていた2人。
そこから代替品を使ってやるのだから、気は抜けない。
これがもし、本当の効果とは違う作用をしたのなら洒落にならない。
「柄にもなく緊張しますね」
『お医者様でも緊張なさるのですね…?』
「初めての事ですからね。それに使う相手が相手ですから慎重にもなりますよ。私の大事な患者なのですからね。」
時折独特な笑いをしつつチラリと見る医者の瞳には、笑顔の少女の姿があった。
何も恐れてはなさそうな、無垢な瞳。
自分が被験者なのに、まさかここまで笑顔でいられるとは。
それとも、その瞳と同じく無垢なだけなのか。
いや、きっと前者だろう。
少女は医者の事を信頼しているのだ。
だから笑顔でいられるのだと、すぐに勘づいたお陰で医者が自分の頬を掻く。
気恥しい一方、失敗は出来ないなというプレッシャーも少しだけ。
「……今日の調合、成功させますよ。」
『はい。』
いつもは自信なさげな尻すぼみの声も、今回だけはハッキリと返事が返ってきた。
✽+†+✽――✽+†+✽――✽+†+✽――
調合器具を机に置き、確認が終わった医者は大きく頷く。
「それでは、これから秘薬エリクシールの調合に入ります。メルクさん以外の皆さんは一応離れて見ていて下さい。不純物が混じると失敗するので念の為です。」
カロル「あぁ…!遂にだね!」
リタ「秘薬エリクシールなんて、初めて見るわ。これが出来たらかなり医療界に貢献するわね。」
エステル「失敗しないことを祈ります…。」
ユーリ「大丈夫だろ。問題はメルクの方だが…」
当の本人も緊張したように机の前に立っている。
医者とは反対の場所で手を合わせ、いつでも祈れるように準備しているメルクは、上手く行くのか、と自身の事で一抹の不安を覚える。
「大丈夫ですよ、メルクさん。そんなに緊張なさらず。」
『は、はい……。伝説の薬が出来るのをこの目で見れるとなると緊張してしまって……。』
カロル「そっちなんだ……」
ジュディス「仮にも彼女、薬剤師だものね。興奮より緊張が勝ったのね。」
ぎこちない動きでいる少女だったが、いざ調合が始まるとその顔は真剣になっていく。
「……行きます」
医者が手に取ったのはお化けの布だった。
ユーリ達が第5界層で頑張って取ってきた素材だ。
蒸留水にお化けの布を浸して、その後シュクレローズの花弁と粉末にした聖なる角を慎重に蒸留水へと入れていく。
途中眠り草も入れていくと医者は少女へと目配せをした。
『……〜〜•*¨*•.¸¸♬︎...♪*゚』
胸の前で強く両手を握り、医者のアイコンタクトを受け、歌い始めた少女。
メロディが進んでいくにつれ、その背中には七色に輝く妖精の羽が出現する。
ちょうどその時、医者が調合している容器内の液体が少女の羽と同じく七色に光り輝いていく。
その液体をろ過しながら小瓶へと移していくと、ろ過されたはずの液体はそのまま七色に輝きながら小瓶へとゆっくり移っていく。
医者が、最後とばかりに乙女の涙とやらを慎重に入れていった。
そして──
「「「「「「 !!! 」」」」」」
光が収束し、小瓶の中をキラリと光らせると医者が蓋を急いで閉める。
そして小瓶を軽く振ると、振った影響で小瓶の中の液体が光って踊るように液体が跳ねる。
「……成功です…!!」
『〜〜...♪*゚』
歌が終わり、背中の羽が消えると途端にその場に倒れる少女を慌ててユーリが支えた。
顔色悪く倒れる少女を見て、ユーリが医者の持っている小瓶に目をやる。
ユーリ「それ、もう使えたりしないか?」
「理論上可能ですよ。早速ですからやってみましょうか。」
霊薬アムリタを白衣の何処かから取り出した医者は少女へと近付き、2つの小瓶を器用にも片手ずつで開けると少女へとその2つを振りかける。
2つの光り輝く液体が少女へと降り掛かる。
その瞬間、少女自体までもが光り輝き、僅かに苦しそうな表情を見せたもののその後は穏やかな表情になり、顔色も断然良くなっていた。
それこそ、素人目で見ても分かるくらいには顔色が違ったのだ。
医者が触診や診察に入ると静かに頷き、例の子供が泣き出しそうな笑顔を見せた。
「成功ですよ。」
カロル「や、やった…!!」
エステル「ここまで長かったですね…!!!」
パティ「これで一安心なのじゃっ!!」
嬉しそうに言葉を交わす仲間たちを見ながら、ユーリもホッと息を吐いた。
ようやく少女の体調を治す事が出来た。
これが嬉しくなくて、なんと言うのだろう。
腕の中にいる少女を見遣れば規則正しい寝息を立てていて、それにも安堵する様だった。
「ふむ。改良の余地有り、ですね。通常であればここまで強い眠気はないはずなのです。眠り草を入れすぎましたね。」
ユーリ「でもこれでメルクの風邪は治ったんだろ?」
「えェ。勿論です。霊薬アムリタと秘薬エリクシールを使って治せない病気なんて存在しませんからねェ。ムフフゥ…!!」
ユーリ「…あんた、まだその笑い克服出来てないんだな。」
「癖ですからねェ?仕方がありませんよ。」
それでも嬉しさを堪えきれないのか、医者はその後も度々独特な笑いをしていた。
ユーリは再び、自分の腕の中で眠っている少女を見つめ微笑みをこぼしたのだった。
*.○。・.: * .。○・。.。:*。○。:.・。*.○
少女が眠りについた翌日。
いつもなら早いはずの少女の起床も、今日に至っては中々お目にかかれず、時間はもう午後へと突入していた。
目が覚めるまでは時間が掛かるだろうという医者の診断から、仲間たちは少女が目覚めるのを待つことにしたのだ。
「暫くはまだここで様子見です。私が完全回復と診断しない限りはここから出しませんから、そのつもりで。」
ユーリ「分かってるさ。」
何人かは街へと繰り出しており、また何人かは少女の目覚めを近くで見守っていた。
この間にも敵に攫われてしまっては元も子もないのだから。
レイヴン「結局…。メルクちゃんが目が覚めた時に何を願うかなんだよなぁ…。」
フレン「やはり、自身のギルドマスターであるアビゴールの願いを叶えたいと願うのでしょうか…?」
ユーリ「そんなの本人に聞かなきゃ分からないだろ?」
ユーリの視線は少女にのみ注がれていた。
不安げに映るその瞳と同じく、フレンやレイヴンにもその瞳が映し出されており、その視線の先にはやはり少女が居た。
少女の願いを無碍にする訳にもいかないが、此方としても放っておけないというのが本音である。
もうそれほど、ユーリ達はこの件に関して深く入り込んでしまったのだから。
『…う、ん…』
その時、丁度タイミングを計ったかのように少女が目を覚ましたことにより、皆の視線は一気に少女へと引き込まれる。
目を開けた少女が最初に目線を合わせたのが、目の前にいたユーリだった。
柔らかな笑顔を浮かべ、ユーリを見遣る少女にユーリも笑顔で少女を見遣った。
ユーリ「メルク、気分はどうだ?」
『…はい。大丈夫そうです。』
上体を起こす少女の横に医者が立ち、診察を始める為ユーリが席を譲る。
暫く黙っていた医者だったが少女へ向けて笑顔で頷いた。(その笑みは怖いが…)
「良くなっています。やはり秘薬エリクシールと霊薬アムリタの効果は絶大ですねェ。ただ、副作用として眠り草の睡眠効果は防ぎきれませんでしたか…。」
『それなら眠り草ではなくて別の物で代用してみますか?』
「ふむ。面白いですねェ!どうです?この後ご一緒に研究に没頭でも──」
ユーリ「それはまた今度にしてくれ…」
医者を遮るように話すユーリ。
その隣ではレイヴンもフレンもコクコクと頷き、ユーリに賛同していた。
それにやれやれと肩を竦めた医者だったが、じっと少女を見て体に触れる。
「メルクさん。聞いてもよろしいですか?」
『? はい。』
「あの宝石を食べた後、副作用とか起きていませんか?その治療も私の領域なので聞いておきたいのです。」
『…そう言えば、今のところ無いですね…?』
暫く考え込んだ少女だったが、思い当たる節が全くなく、素直にそう伝える。
医者も不思議そうにしていたが、無いと言われれば特にする事もないので了解し、席をユーリ達に譲り渡す。
「もう少ししたら夕食の準備をしたいと思っていますが、皆さん何が宜しいですか?」
ユーリ「そこは任せるさ。」
フレン「居候の身ですから何でも大丈夫です。」
『あ…、私も手伝います。』
医者がベッドから降りた少女を見て頷く。
「ふむ。そこまで体調が良さそうなら手伝ってもらいましょうかね。どれ程体調が良くなったのか確認もしたいですしね。」
医者と共に消えていった少女を見届けながらユーリ達は嘆息した。
逃げられてしまったが、あれは仕方ない。
優しい少女の事だからいつまでも寝てる訳にはいかないと思ったのだろう。
だから自ら手伝いを申し出たに違いなかった。
容易に想像出来たユーリ達は夕食の準備を2人に任せて、他の仲間達に起きた事を伝えに行ったのだった。
゚+o。◈。o+゚+o。◈。o+゚+o。◈。o+゚+o。◈。o+
『大変、お騒がせしました。お陰様で元気になりました。』
ぺこりとお辞儀する少女。
それにユーリ達や医者も呆気に取られる。
時は夕食時で、皆それぞれ食事をよそっている時だった。
急に少女が殊勝になってそう言うものだから、ユーリ達にとってはただただ驚くしかない。
少女を助けるなんて当然の事でお礼を言われるようなことでは無い、とユーリ達はそう思っていたからだ。
ユーリ「急にどうしたんだ?」
『こんなにもお世話になって、いつもいつも申し訳ないと思っていたので報告を兼ねて、と思いまして…。』
またまた目を点にさせたユーリ達だったが、すぐにそれぞれに笑顔をその顔に浮かべていた。
本当に謝らなくても、その気持ちは十分に伝わっているのだ。
カロル「メルクが無事で良かったよ!」
リタ「あんた、本当に体調治ったの?あたしも一応効果が気になってたし…」
『はい。もう大丈夫ですよ?』
微笑みを浮かべ、以前のように笑う少女。
懐かしさと嬉しさで仲間たちの顔も余計に綻んでいった。
「ともかく早いところ夕食を頂きましょうか。スープはメルクさんが全て作って下さったので味の保証はしますよ?それに熱い内に食べないと勿体ないですからね。」
カロル「へへっ!じゃあ頂きます!」
カロルが勢いよくスープを飲むとアチチ!と声を上げ舌を出す。
その隣では平気そうな顔でメルクがスープを少しずつ飲んでいる。
カロル「え?!メルク、スープ熱くないの?!」
『?? 私には大丈夫でしたよ?』
リタ「がきんちょってば、猫舌なんじゃないの?」
レイヴン「そうそう。いくら熱いのが良いからって一気に煽ると火傷するわよ?」
カロル「えぇ…?じゃあ皆も飲んでみてよ。」
恐る恐るスープを口にするとそれぞれに反応を見せる。
熱がるものが大半だが、大丈夫そうなのも数人見受けられた。
しかしその中でも今度は口元を押さえ、必死に感情を押し殺そうとしている者もいた。
レイヴン「〜〜〜〜〜!!(あれ?これ、辛くない?メルクちゃんの味付けならそんなハズないんだけど…)」
ユーリ「……?(これ、本当にメルクが作ったのか?それにしては味付けが雑というか、辛いっつーか…)」
「……。」
医者もスープを飲んで沈黙した。
何度か少女の料理を食べた事はあるが、こんな味ではなかったはずだからだ。
しかしそのスープを少女は平気そうに飲んでいる。
「……!(もしかして、味覚が…?それにあの熱い物を平然と飲めるそれも…もしや……)」
皆の様子を見て少女が首を傾げる。
しかし、辛いもの好きのフレンが納得したように少女へと賛辞を述べる。
フレン「とっても美味しいよ。良い味つけだね?」
リタ「え?あんたが良い味付けっていうことは辛いの?このスープ」
カロル「え?!熱くて飲めないけどもしかして…」
恐る恐るスープを見る子供組にフレンは大丈夫だと伝えるが、冷めている途中のスープをこれまた恐る恐る口にすると子供組は卒倒した。
リタ「〜〜!!何よこれ!辛過ぎるわよ?!」
カロル「あれ…、これって本当にメルクが作ったんだよね…?」
『!!』
目を見張った少女。
自身のスープを見遣るが、確かにおかしいかもしれない。
『(……そういえば、熱さや味が伝わってこない…。調理している時も味がぼやけてると思って香辛料を足した…!いつもならあんな量を入れたりしないのに…!もしかして、今回の副作用って…味覚と暑さ寒さの感覚器官…?)』
一度黙り込んだ少女だったが、咄嗟にお得意の嘘でその場をやり過ごす事にした。
『香辛料を間違えて入れてしまったかもしれません。ごめんなさい?作り直しましょうか?』
カロル「うーん…。メルクでもそう言う事あるんだね!作り直すなら食べたい!」
エステル「あ、私手伝いますよ!」
食堂へと引っ込んでいく三人を見送っているとフレンが不思議そうな顔でそれを見送っていた。
フレン「美味しいと思うけど…」
ユーリ「それ…お前だけだからな?」
ユーリは呆れた表情で幼馴染を見る。
医者は少女と同じく気付いたことに無表情ではあるが、内心で顔を歪める。
医者でさえもその症状例はあまり見たことがなかったからだ。
「(こればっかりは…どう治したものですかねェ…?)」
結局少女と医者以外は誰もそのことに気付かず、何だかんだ夕食も賑わって終わりを告げた。
『……。』
「……。」
そんな中、沈黙をした医者と少女は内心どう思っていたのだろうか。
今日も夜は更けていく。