第5界層 〜不朽不滅の幽鬼の塔〜
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___カプワ・ノール
高熱も下がり、体調が良くなりつつある少女の前にヴィスキントが現れる。
暫く会っていないから、少女もヴィスキント相手に笑顔で他愛ない話をしていた。
それにヴィスキントも少しだけ笑顔になって相槌を打ったり、会話をしていく。
それはユーリ達の居ない時間だからこそ、彼はそういう顔を少女へと向けれたのだ。
そんな二人を医者が目を伏せ、悲しそうに笑った。
”友人”の説得に失敗した自分に出来ることは何もない。でも、何とかしてあげたいのも自分の心情だ。
どうすれば二人が…いや、アビゴールも含めて三人が幸せになれる世界になるのだろう。
「そういえば、あいつから贈り物を預かっている。」
『あいつ…。アビゴール様ですか…?』
「あぁ。これだ。」
取り出したのは小さな宝箱。
見覚えのある宝箱に一瞬息を詰まらせた少女だったが、その瞳は覚悟の色へと染まっていた。
少女はその宝箱を受け取ると、蓋を開け中身を取り出す。
そして迷いなくそれを口に運んだのを見て、少しだけ安堵したヴィスキント。
断られると思っていただけに、杞憂で終わったのはかなり好ましい状況だ。
『…う、う…!』
胸を押さえ苦しそうに呻き出した少女に、医者が目の色を変え慌てて駆け寄る。
「メルクさん!?」
「…これが、〝神子〟の体に作り替えるための試練らしい。」
「だとしても、この様子は異常ですよ?!ここまで酷いのは今のメルクさんにはかなり負担です!」
「だが、やるしかないんだ。」
苦しそうに胸を押さえる少女の背中に七色に輝く妖精の羽が出現する。
そして、耐えきれないとばかりに少女の口から悲鳴が上がった。
『う、あ…あぁ…!!ああああああああぁぁぁあああ!!!!』
「っ、」
「……。」
その時、突然扉が荒々しく開けられ、中に入ってきたのは驚いた顔をしたユーリ達一行だった。
少女の様子を見て顔を青くした仲間たちが近くに居たヴィスキントを見つけ、武器を手に取った。
ユーリ「お前っ…!!」
「今、この瞬間。貴方たちは彼女に何も出来はしないでしょう?黙って見ていなさい。」
カロル「ベン…!どうして…!!」
「彼女が望んだことです。私はただ、贈り物を差し上げただけですよ。」
すぐに敬語へと戻りユーリ達を睨むヴィスキントだったが、少女の様子がおかしいことに気付く。
悲鳴を上げた少女の口からは多量の吐血を繰り返され、明らかにいつもと違う。
すぐに医者が懐から注射器を出し、その注射器を少女の腕へと突き刺した。
中の液体が少女の体へと打ち込まれると、少女の背中からは綺麗な羽が消失し、その体は前へと傾いていった。
目の前に居た医者が少女をキャッチすると、すぐに診察に入る。
脈、血圧、呼吸…。
どれを見ても異常だ。何なら少女は今、この状況で死にかけている。
「っ、そこを空けてください!!」
少女を抱きかかえ、扉近くに居たユーリ達へ叫ぶ。
すぐさま横へ移動し、道を開けると医者が奥の部屋へと駆けていき、そして余裕がないのか扉を閉めずにあの妙な機械音が始まる。
少女は医者に任せられるが、今は目の前のこの男をどうにかしてやりたいという気持ちが勝ったユーリがヴィスキントへ寄り、胸ぐらをつかんだ。
ユーリ「てめえ…!」
「言ったでしょう?あれは少女が望んだことです。仕方がない事ですよ。」
ユーリ「あいつに毒でも盛ったんだろ?!」
「何故そんなことをしなければならないのです。態々私自ら秘薬の素材を集めてきたというのに、無駄な時間になってしまいますよ。」
ユーリ「っ、くそ!」
ヴィスキントを投げ捨てたユーリだが、腹の虫がおさまらないのか軽々と着地したヴィスキントを睨みつけていた。
他の面々も困った顔や、怒りの顔を表しており、それぞれがヴィスキントに対し思うところがあるようだった。
特にカロルは複雑な顔でヴィスキントを見ていた。
カロル「ベン…。ボクはベンにそんな事して欲しくないよ…!!」
「…。貴方が何と言おうと、我々にはもう残された選択肢などないのですよ。ええ、”私達”には。」
”私達”を強調させ、ユーリを睨むヴィスキント。
しかしそんなヴィスキントの言葉に全員が首を横に振った。
まだ、出来る事があるはずだ。まだ何か。
何故こんなにも、すれ違ってしまうのだろう。
互いの想いがこんなにもすれ違って、ぶつかり合って、何の得も生まないのに。
カロルは何も出来ない自分自身に対し、悔しそうに唇を噛んだのだった。
レイヴン「自分たちで始末しなきゃならんことを、メルクちゃんに頼るっていうのは虫が良すぎる話なんじゃないのかい?」
「そこに利用できるものがある、ならばそれを利用するまでです。この世界はそうやって出来ているのですから。」
ユーリ「あいつを、物みたいに扱いやがって…!」
リタ「こんな馬鹿どもには黙らせてから、分からせてやらなきゃね!」
「戯言を。」
目を見開き、戦闘態勢に入ったヴィスキントにユーリ達も武器を構えた。
その時だった。
「皆さん!メルクさんを見ませんでしたか?!!」
慌てて入ってきたのは医者だった。
その表情からも冗談じゃないようで、訝し気な顔をした後ヴィスキントは慌てて先ほど医者と少女が入っていったはずの治療室へと入る。
そこはもぬけの殻で、少女が居た形跡もない。
どういうことだ、と目を見張ると後ろから医者がやってくるのでそいつに問いただす。
「おい、どうなっている?!」
「急にメルクさんの体が光って…そしたらもう目の前からいなくなっていたんです!」
今までと違い過ぎる現状に、ヴィスキントは荒々しくため息を吐いた。
何でこうなるんだ、と頭を掻くとユーリ達が治療室に入ってきたので、少女の行方に思い当たる節はないが建物の外へと飛び出した。
光り輝いて消えた、となると〝神子〟の何かなんだろうが…。
そうだとすれば、一番可能性として高いのは少女が〈
〝神子〟である少女…。そして〝神子〟に力を与える世界樹ユグドラシル。
そのすべては〈
少女が界層踏破後にいつも聞いていた女性の声というのも、恐らくだが世界樹ユグドラシルの声だ。
ならば死にそうになっている〝神子〟に、ユグドラシルがなにかしら力を分け与えていてもおかしくはない。
後ろからヴィスキントを追いかけてきたユーリ達がヴィスキントを問い詰めようとしたが、その前にヴィスキントはカプワノールの街の中へと消えてしまった。
人ごみに紛れるのが上手いヴィスキントだからこそ為せる技というものだ。
見失ってしまったヴィスキントに仲間達は愕然とする。
医者も、考察に考察を重ねていったが、今一つ情報が足りなかった。
彼…ヴィスキントが行く場所とはどこだろうか。
カロル「ベン…」
フレン「ともかく、彼らは必ず秘薬を作りにここに戻ってくるはずだ。僕たちは大人しくここで待とう。変に動いてすれ違ってもいけないからね。」
ユーリ「そうするしかないよな…。」
ジュディス「気持ちは分かるけど、ここは待ちましょうか。何か思い当たる節が彼にはあるようだもの。」
エステル「メルク…無事だったらいいんですけど…。」
レイヴン「大丈夫だって!メルクちゃんは帰ってくるさ。今までがそうだっただろ?」
エステル「そう、ですね。」
「……。」
その様子を医者は不健康そうな目元や猫背はそのままに、じっと見つめていた。
彼らだったら、あの少女を、そして自分の”友人”をどうしてあげるんだろうか。
と内心で思い悩みながら。
◆───────────────────────────◆
《私の神子…、起きなさい…》
『……。』
《目を覚ますのです…。さあ、早く…。》
『……ぅ』
真っ白い空間で、少女は一人横たわっていた。
誰かの声がして、少女は目を覚ましたのだ。そして不思議なことに気付いた。
『…痛くない…。』
先程まであんなに辛かったのに、苦しかったのに何事もないかのように体が元気だ。
倦怠感もなく、熱っぽさもなく、喉奥からこみ上げてくる鉄の味がする液体もなくなっている。
身体を不思議そうに見ていたからか、声が再びメルクに向けて発せられる。
《私の神子、身体の方はどうですか?》
『痛く、ないです…。』
《それは良かったです…。危ないところでしたね。》
『あの…貴女は…?』
《そうですね。私のことは知らないのでしたね。私は世界樹ユグドラシル…。貴女に力を分け与える存在…、そして世界を救う存在です。》
『世界を救う…?私に力を分け与えてくれる…?』
《混乱しますね。順を追って説明しましょう。》
《ここは、〈
そして貴女はあの世界において、〝神子〟に選ばれた唯一の存在。
〝神子〟とは人の願いを叶える存在で、私ユグドラシルの力を唯一受け継ぐことが出来る存在なのです。
ここまでは大丈夫でしょうか?》
『は、はい…。』
《では私の事を話しましょう。
私は世界を救う役目をしている者です。
聞きなれない単語…いえ、最近になって聞き始めた単語かもしれませんが、〝マナ〟と呼ばれる生命に必要なエネルギー源を世界へと流している存在でもあります。
貴女の世界ではエアルが主流でしたが、そのエアルと物質の中間に位置するエネルギーにあたるもの…それが〝マナ〟です。
あの世界には未だマナが少ない…。
そこで私はあの世界にマナを流すため、私の体の一部である世界樹を作るのです。
マナを流す媒体として世界樹を作り、あの世界を救うために私は〈
『????』
《難しい話でしたね。
早い話が、世界を救うための世界樹をあなたの世界に作り出すこと。これが私の目的です。
マナはどの世界にも必要なものですから。》
『神子が居る必要はあるのですか…?』
《そうですね。そこが疑問だと思います。
私の力はあまりにも強大で、私が世界に赴いてしまうと悪影響を及ぼす可能性があるのです。
そこで、世界樹を作り出すために私の力を宿した人の子がいるのです。
それが、あなたですよ。メルク・アルストロメリア?》
『私の名前…。』
《私は全てを見ていますよ。
勿論あなたの願いもすべてお見通しです。》
『私は…』
《分かっています。彼らと共に居たいのでしょう?
ですが、それは叶わないのです。》
『…どうして、でしょうか。』
《神子は私の力を受け継ぐために、その力に耐えうる体へと作り替えなければなりません。
そして、〈
『……え?』
《〈
〈
ですが、私がその世界に干渉するための力を持つためにも、神子という存在は必要になるのです。
分かってもらえますね?》
『…犠牲……』
《人の子にそれは酷だと分かっています。ですが、これも世界を救うためなのです。
分かってください。》
『……私は…、皆と居れない…のですね…。』
《そうなってしますね。神子は最終的に犠牲になりますから。
ですがその犠牲の上で、世界は救われるのです。
そして、なんとしても〈
だから、人の願いを叶え踏破に向けてのモチベーションを上げてもらうのです。
それは世界を救うための過程と言えます。
ここまではよろしいですね?》
『……はい。』
《では、続きを。
貴女は生まれつき、鍵を持ち歩いているのではないですか?》
『!!』
少女が肌身離さず持っている正体不明だった鍵を取り出す。
透明なその鍵は豪華な装飾が施されており、見るものを惹きこむような見た目をしていた。
この鍵の正体が分からず、どこかで使えたらと思っていたがまさか、こんなところで判明することになろうとは。
『この鍵は…一体…』
《神子が人の子の願いを叶える際に必要な鍵です。
神子の体を媒体とし、その者の願いを叶えるために私の力を注ぎこむための鍵ということです。》
『力を注ぎこむ…為の鍵…。(なんだか、遠い国の話を聞いているみたいですね…。実感が湧かない、といった方がいいのかもしれません…。)』
《どうですか?
実感が湧かないかもしれませんが、全ては世界を救うためなのです。
何個かは世界を滅ぼされてしまいましたが、貴女の居る世界は救済を求めている。
私には分かります。人々の救済を望む声が…。
苦しみから解き放たれたいという人々の願いが。》
『!!』
少女の脳裏にはヴィスキントの言葉が浮かんでくる。
もう後には引けない、といった彼の言葉が。
苦しそうに、逃げたいと心の中では思っているのに表に出さなかった彼の言葉が。
『誰でも…救えますか?』
《マナさえあればその世界はマナで満たされ、世界は潤沢し、救われます。
安心してください。》
『分かりました、やります。やり遂げますから、どうか…誰もが優しい世界を・・・・・』
《貴女の望みは叶います。
マナに満たされた世界によって。
……それから、これをどうぞ。》
少女の前に、宝箱が現れる。
それは見覚えのあるもので、〈
前まではアクアマリン、エメラルド、そしてルビー。
今度は何の宝石なのか。
『……』
《第4界層踏破おめでとう。それはその贈り物です。》
ユグドラシルの言葉にメルクが恐る恐る宝箱を開ける。
中にはアンバー…、琥珀が綺麗な輝きを持ち、入れられていた。
《ひとつ言い忘れていました。クレイマンという男に注意してください。あの男は、神子を殺す悪党です。彼に心を許してはなりません。》
『クレイマン…、男…。』
《あと、〈
こことは違う”図書館”のような場所や、憩いの場など沢山あるから試してみてもいいかもしれませんね。束の間の私からのお礼です。》
『図書館…、憩いの場…?…少し興味が出てきました。』
《いろんな種類の本がありますから、神子である貴女の好きな本もきっとありますよ。植物の本だったり、神子に関する書籍もありますから自由に使ってください。》
『!!』
それを聞いて嬉しそうにするメルクに、ユグドラシルが笑う。
そして話は終わったとでもいうように、世界が白く眩しくなって目が開けられなくなる。
思わず瞑った目を薄く開きながらその眩い光を見つめる。
《では、貴女が人の子の願いを叶えるその日を楽しみにしていますよ。》
瞬間、何かに引き寄せられる感覚がしたかと思えば、すぐに体に倦怠感が襲ってきて少女はその場に倒れた。
そのまま気絶した少女の近くに誰かが駆け寄る。
「お、おい?!嬢ちゃん?大丈夫かよ?!ま、待ってろ…今、医者を……って、俺この世界に来てから医者に行ったことがないから場所が分かんね~!!」
そう。駆け寄って声をかけたのはクレイマンだった。
少女を抱き上げ、辺りを見渡すも〈
ここまで来るのに使っていた船へ少女を乗せ、一緒に乗ったクレイマンは慌てて漕ぎ出す。
「待ってろよ…!!俺が医者の所まで連れてってやるからな…!!」
よく言えば正義感の強い人、悪く言えば体力馬鹿。
やけに力強く漕いだ船はあっという間に近くの島へと着いてしまった。
しかしそこは、ウェケア大陸にあるレレウィーゼ古仙洞と呼ばれるダンジョンで、人など当然居ない。
そう、こいつは馬鹿なのだ。
明らかに人の居ない場所にたどり着いたにも関わらず、少女を抱え、どこかへ走り出す。
体力だけは有り余っているのでどこまでもどこまでも走っていく。
「医者~~~~!!!!」
どれほど彼はこのウェケア大陸を走り回っていただろう。
ぜえぜえとクレイマンが息を切らした時には、もう夜中になっていた。
この大陸に辿り着いたのは日中、そして現在は夜中…。
分かる通り、そして何度も言う通り、こいつは体力馬鹿だった。
脳筋なクレイマンに船に戻るという芸当も出来るはずなく、その場で野宿するしかなくなったクレイマンはしょぼんとしながらその場で胡坐をかき、その長い足の上に気絶している少女を乗せた。
流石に床で寝かせるのは可哀想だという思考は働いたらしい。
『……ん、』
「!!」
少女が僅かに身動ぎしたのでクレイマンは目を見開き、嬉しそうに少女を見守る。
ゆっくりと開かれた瞼の下からは綺麗な瑠璃色の瞳が現れる。
それを見たクレイマンがあまりの瞳の色の綺麗さにハッと息を飲む。
それはまるで、ラピスラズリの宝石のような輝き。
クレイマンの胸がズキュンと高鳴るのが分かった。
『ここは………』
「はっ!!お嬢さん…!体の方はどうですか…?」
思わずかっこよく決めたような口調になってしまったクレイマンだったが、少女はぼんやりとした表情でようやく男性の足の上で寝てしまっていることに気付く。
しかし倦怠感から体を動かせないでいると、目の前の男の人は心配そうに少女を見た。
「やっぱり、体がどっかおかしいのか…?」
心配するあまりすぐに素が出てしまうクレイマン。やはり先程の口調は慣れないのだろう。
その大きな手で少女の額へ宛てがい、熱を計るようにもう片方の手を自身の額にあてがったが、熱は無いようにみえた。
「うーん……熱は無さそうだけどなぁ?」
『すみません……、今…退きますから……』
「え?!いや、お嬢ちゃん、具合が悪いならそのままでいいぜ?!」
頑張って体を起こそうとする少女を慌てて横にさせようとするが、どうしていいか分からず、あわあわと手を宙に漂わせる。
そのまま身体を起こそうとしたが、あえなく撃沈した少女にクレイマンの心配度がMAXになる。
「や、やっぱ医者に連れてくべきだ…!!ちょっと待ってな、お嬢ちゃん…!!」
器用に少女を抱き上げると、そのままの勢いで立ち上がる男に驚くように目を少しだけ見開いた少女。
それにクレイマンがニッと笑い「すごいだろ?」と笑顔を向けた。
ようやく安心した様子で笑顔を見せた少女だったが、すぐに辛そうな顔になり、体調が悪そうな少女を見て、クレイマンも慌てて周りを見渡してみる。
船への帰り道なんて覚えていない。
かといって辛そうな顔をしている少女をこのままにしては置けない…!
「あー…くそ…!わっかんねえ…!!」
片腕だけで少女を収め、頭を搔くクレイマン。とにかく歩いてみなければ始まらない、と男は闇雲に歩き出した。
……しっかし羽のように軽い少女である。
倒れたのはもしかしたら栄養不足とか言うやつかもしれない、と頭に浮かんだ男はポケットを探ると、何枚かビスケットが見つかったので少女へとそれを渡す。
しかし申し訳ない、と首をふるふると横に振りやんわり断る少女に「気にすんなって」と食べさせるとモグモグとゆっくり咀嚼していく。
まるで小動物のような可愛さに、男も満足して笑顔になっていく。
あとしかし、魔物が出た時にどうするか。
こんな羽のように軽い少女をこの切り立った崖のような所に立たせてしまえば、風で吹き飛びそうだ。
「(今は片腕だけで収まってるし…、下手に下ろすよりか利き手だけで闘った方が無難か。)」
頭の中で思い描く戦闘でシミュレーションをしたクレイマンは、ひとつ頷くとまた歩き出す。
ともかく歩いてそれらしき船を探さなければ。
「……そうだ。自己紹介がまだだったよな!俺の名前はクレイマン!以後お見知りおきを、お嬢さん?」
『…クレイマンさん……ですね…』
「あぁ…!是非俺のことはクレイとお呼びください…!」
またしても決めた顔でそういう男に、目を瞬かせた少女だったが、何度か名前を反芻する。
『クレイ…、クレイ……。はい分かりました、クレイ…。』
「あぁ…!!その可憐な声で名前を呼ばれると胸がドキドキするようです…!」
大袈裟に言っているが、要は嬉しいという事なのだ。
少女はすぐにそれを察知し、微笑みを返した。
『私は…、メルク・アルストロメリア。どうぞ、メルクとお呼びくださいませ。』
「メルク…!ああ、なんて素敵な名前なんだ…!!」
『あらあら?…ふふ、ありがとうございます。』
どうやら少女もそのような性格の男に馴染んできたみたいだ。
少女は落ち着いた笑顔になると、その場で軽い咳をしてしまった。
「!!」
そうなのだ。
自己紹介もいいが、早く船を見つけて他の大陸へと行かなければこのままだと2人共餓死…。
嫌な想像をしてしまったクレイマンが頭を大きく振り、歩こうとした。
『…クレイ、そこは先程行かれたばかりですので、左へ行ってみて貰えませんか…?』
少女が先程までの道を覚えており、道案内を買って出てくれたのだ。
これほど頼もしい事はない、とお礼を言いつつ迷いなく道を歩いていく。
時折少女からのアドバイスを受けながら歩いていたが、夜も深いから野宿しないか、という少女の提案を男は有難く受け入れることにしたのだった。
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