第1界層 〜変幻自在なる翻弄の海〜
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__次の日。
メルクは昨日部屋の前に置いておいたカレーが空になっているか心配で見に来ていた。
そっと覗き見るように壁の所から少しずつ顔を出し、床を見てみるとそこには空になった皿が置いてあった。
それも──全員分だ。
それに嬉しくなったメルクは皿を持ち上げ、扉の向こうにいる住人に笑顔でお礼を伝えた。
返事を聞かないまま離れたので、こっそりと扉を開け、メルクの事を様子見していたことなど気付いていなかったのだろう。
すぐにその扉は閉ざされた。
*.○。・.: * .。○・。.。:*。○。:.・。*.○。
甲板ではユーリ達一行が〈
注意点があれば、ここで共有しておきたい。
そして、1週間も船内で共にする仲間であるが故に昨日の部屋にこもった男性達についての愚痴も自然と出てくる。
無論、メルクのカレーについても議論されていた。(なんだかんだ一番盛り上がったのは料理の話だったが。)
そんな中、ようやく話の中心となっていたメルクが甲板にお目見えした事で話が中断される。
『おはようございます。皆さん。』
「「「「「「「「「おはよう/おはようございます」」」」」」」」」
昨日と同じ柔和な雰囲気で挨拶をするメルクに、仲間たちも挨拶は惜しまなかった。
これが昨日の立てこもっていた奴らなら考えたが。
今日の予定を話すつもりでいたメルクはユーリ達の方へ近付き、簡単に今日の予定を話しておく。
『本日、自室にて薬の調合をするつもりでしたので、その報告に、と思いまして。』
「薬?なんかの病気にかかったとか?」
リタが訝しげな表情でメルクを見やる。
一見すると元気そうではあり、何の薬の調合か聞かされていないため心配で聞いたのだ。
『いえ。私ではありません。』
「私では、って……。もしかしてあいつらの誰か怪我でもしてんの?」
『今はまだかかってはいないようですが……もしかしたらこれから…発症する可能性もあるので作っておきたくて。』
「……ふーん。あたしも行くわ。その工程、興味があるの。」
リタが徐ろに立ち上がるとメルクの側へと寄る。
それにエステルも興味を示し、着いていくと駆け寄って行った。
……そんな事言ってしまえば、全員が全員、調合が気になっているが、女性の部屋に押しかけるのは…ということと、船内の狭い個部屋に何人も入らないと分かっているからだった。
「じゃ、あたしたちは行ってくるわね。」
「薬師による調合…!私、見てみたかったんです…!」
『そうなんですね…………では……なので……』
徐々に遠ざかっていく声を聴きながら、ユーリ達は肩を竦めた。
結局彼女が作るのは、何の薬だったのだろう。
*.○。・.: * .。○・。.。:*。○。:.・。*.○。
「んで?何の薬よ?」
思っていた疑問を解消すべく、部屋に入ったリタは近くにあった椅子に無遠慮に座り、なんの迷いもなくすぐに自身の疑問を口にした。
メルクはカバンから何かを取りだし2人の前に見せる。
それは名前の知らない、何処にでもありそうな草。
『トモシリソウ……というのはご存知ですか?』
「トモシリソウは断崖絶壁に生える植物で、白い花を咲かせますが、とても小さく、その全長は人間の足首程度にしか成長しないのだとか。」
『エステルさんは博識なんですね?』
手を叩き、感嘆するメルクに嬉しそうに頬を染めたエステル。
しかし先程のエステル説明だけでは、何の薬なのかは検討がつかない。
リタが再び同じ質問をすると、ひとつ大きく頷きメルクが答えた。
『トモシリソウはその花や茎に多量のビタミンを含んでいます。ビタミン不足により生じやすい病気……脚気や壊血病です。』
「ビタミン不足は分かりますが……、壊血病は数ヶ月の航海でようやくかかる病気だと聞いています…。1週間程度の航海でかかる病気だとは思えませんが……」
『でしたら、船に乗る前の状態からビタミン不足が起こっているとしたら、どうでしょう?』
優しく問うメルクに2人はハッとする。
メルクの言わんとしている事がようやく分かったのだ。
もし、あの引きこもっている男達の誰かが、その2つの病の内のどちらかに罹っているのだとしたら…?
それを治す為に今、調合していると分かり、2人は同時に頷いた。
『脚気や壊血病の症状として、苛立ち、抑うつ、食欲不振、手足の痺れがあるんです。』
「あー…あいつらのあのイライラ感。まさにそれよねー?」
あの無視した男達を思い出したリタは顔をしかめ、エステルもあまり良い顔はしなかった。
一度は無視をされた手前、やはりいい感情を持ってないようだった。
それでもメルクは笑顔を絶やさなかった。
何故なら、朝の出来事があったからだ。
皆の前に出てこなくても、ちゃんと残さず食べてくれたあの出来事が、メルクの中では嬉しい出来事であった。
「私もメルクを見習わないと…!」
「あんたも大概お人好しよね。」
調合が終わり、今度こそ雑談へと変わる。
他愛ない話で、ほぼほぼエステルの旅の話が多かったが、それでも3人は楽しい時間が過ごせたようだった。
「あれ?なんだか良い匂いがしますね!」
『もしかして、誰かが作って下さってるのでしょうか?』
メルクが立ち上がり、扉外を確認すると丁度呼びに来たパティとカロル、ユーリに出会った。
「薬作りは終わったのか?」
「あ!メルク!丁度ご飯出来たからエステル達も呼んで!」
「ふふん♪今日はジュディ姐の料理なのじゃ!足の早い食材を中心に使っておるから安心せえ。」
『ありがとうございます。今2人も呼びますね?』
中にいる2人に声を掛けると、リタは年寄り臭く「よっこいしょ」なんて言っているのでエステルに窘められる。
2人も扉外に出てきた事で全員で食堂へと向かう。
「今度は純粋にメルクの手料理を食べたいのじゃ~。」
『楽しみにしてくださって、ありがとうございます。今日の夕方は私が作りますから皆さんは休んでいてくださいね。』
「ボク、メルクが作ってるところ見てもいい?」
「お、そりゃあいい案だな。俺も覗いてみっかな。」
そんな会話をしていると食堂へと辿り着く。
そこにはユーリ達の分に加え、メルクの分も用意されていた。
しかしキョロキョロとするメルクに、厨房からジュディスが顔を見せ、3人分の食事をメルクに手渡す。
「どうせ、私たちが言っても聞かないでしょう?貴女。だから……はい、これ。持って行ってあげる分よ。」
『ジュディスさん…!ありがとうございます。行ってきますね。』
3人分の食事を抱え、笑顔でお礼を言ったメルクはすぐに踵を返し、彼らの部屋の扉前へ。
『……。』
一度立ち止まり、昨日よりはしっかりとしたノックをする。
しかしその扉が開くことはなかった。
そんな時、横から別の人の手が伸びて再び扉をノックする。
誰かと思い、メルクが横を見るとユーリがノックをしていたことに気付く。
「おー、こりゃ完全に無視されてんな。」
『ユーリさんはどうしてこちらに?』
「そりゃあ、メルクが頑張ってるってのに何もしないのは良心が痛むもんでね。」
そこまで言うとユーリは再びノックをした。
しかし中から人が出てくる気配はない。
肩を竦めメルクの肩に手を置いたユーリは、一瞬扉に視線を向けたが首を横に振った。
「出てこねぇんじゃあ、仕方ねえ。ここに置いといて俺たちもさっさと食べに行こうぜ。折角の飯が冷めちまう。」
『そう……ですね…』
メルクはゆっくりと扉前にご飯を置き、ユーリに連れられその場を後にした。
食堂へ向かう間、ユーリはメルクと話していたのだが、どこか違和感が拭えない。
「メルク。俺の名前言ってみてくれねえか?」
『??はい。ユーリさん?』
「それだ。」
立ち止まると指を立てメルクに向ける。
何が「それだ」なのか分かっていないメルクも足を止め、次の言葉を待った。
すると、ユーリから話されたのはメルクにとって意外なものであった。
「さん付けなんていらねぇよ。呼び捨てでいいって。」
『ユーリ?』
「そうだな。そっちの方が俺にはしっくりくるわ。」
『分かりました。以後気をつけますね。』
「それもだ。敬語もなしにしようぜ。堅苦しいのは苦手でね。」
『ええ。分かったわ?これでいいかしら。』
柔和な雰囲気は変わらないが言葉使いが変わるだけでこんなにも雰囲気が変わるとは…。
メルクのその物言いは決して高圧的ではなく、本当に優しく、そしてゆっくりとした喋り方で、聞く者全てを癒すような……そんな話し方だ。
もう、そういった話し方が本人には癖なのだろう。
「よし。じゃあ行こうぜ。」
ユーリも嬉しそうに言葉を交わし、メルクの頭を撫でると食堂へと歩き出す。
撫でられた事に嬉しさを感じたメルクは恐る恐る手を頭に当て、笑った。
そしてユーリに追いつくように駆け寄り、隣を歩いた。
また後で、食べたかどうか確認しに来よう。
メルクは再び笑ったのだった。