第5界層 〜不朽不滅の幽鬼の塔〜
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___カプワ・ノール
散歩へと出掛けたメルクちゃんと医者は、カプワノール内を歩き回っていた。
恐らく筋力低下を防ぐためのメルクちゃんへのリハビリだろう。
しかしノール港が近いここは、やはり時たま海風が強く吹き荒れることもある。
そして羽のように体重の軽いメルクちゃんがその風で飛ばされそうになると、横にいる医者がすかさずメルクちゃんをその腕に難なく収めていた。
「大丈夫ですか。メルクさん。」
『あ、ありがとうございます。』
意外と紳士な所もあるみたいで、下ろした彼女の手をしっかりと握り歩き出した。
しかし追い掛けている身としては、後ろから見ていると2人とも白衣を着ているので、どちらも医者なのかと錯覚してしまうようだった。
一人は医者だが、もう一人は研究員だからなぁ。
仕方ないが、何だか不思議な構図だ。
「ムフフ…!やはり羽のように軽いですね。医者である私からすると不思議な感覚です。」
『自分の事ではありますが自分では軽くなったと分からないので、時折忘れてしまいそうになりますね…。』
……会話も良好らしい。
どうやら、おっさんが来るまでのところでメルクちゃんとの信頼関係を構築していたようだ。
それでも少女はいつもよりも自信なさげな声音ではあるが…。
いつもの柔和で微笑みかけるような話し方ではない。
最後消え入りそうな、そんな声音だ。
「まぁ、自分の事でも体重に関しては体重計に乗ってみないと分からないものですから。それは誰も一緒ですよ。ムフフ…!」
レイヴン「(あの変な笑いさえなければ、変人扱いされないだろうがなぁ……。)」
『……わ、』
「おっと。」
またメルクちゃんが風に流されそうになり、繋いでいた手を引き自身の胸へと抱き寄せる医者。
……青年に見せたかったなぁ。
どんな反応しただろうなぁ……。
「そろそろ帰りましょうか。風も強くなってきました。」
『はい。』
「そうだ。何か欲しいものはありませんか。メルクさんは栄養不足気味なので何でも。……あぁ、心配しないでください!お金はベンにちゃんと払ってもらいますから。」
『ベン…。ヴィスキント様…ですよね…?』
「あぁ、そう呼ばれてましたね。そうです。その人です。ちゃんとその人に請求するので迷わずどうぞ。」
全く迷いなくそう言うので、メルクは目を瞬かせ声に出して少しだけ笑った。
久しぶりに笑顔を見て、レイヴンもほっとする。
まるで花が咲いたような、そんな笑顔だ。
そう、前までいつもの様に見せてくれたあの笑顔だった。
「……。漸く、笑えましたね。」
『??』
頭を撫でる医者にメルクが眉根を下げ困った顔で医者を見上げる。
どういう意味だろう。
言われた言葉のその意味を計りかねているのだ。
「いえ。あまりにもメルクさんが笑顔を見せなかったものですから心配しておりまして。でも。見られて良かったです。儲け、というやつですね。素敵な笑顔です。」
医者が頭を撫で終わると、メルクがそっと頭に触れていた。
ボーッと下を見ていたが、ようやく言葉を飲み込めたのか、医者を見上げ少しだけ困った様にはにかんだ。
「ふむ。自然に笑えるまでは、まだまだ時間を要しそうですね。これからですよ、メルクさん。」
『……はい。』
「で。何が良いですか?今なら選び放題ですよ?」
『……ふふ。』
話が元に戻るとまた笑うメルクに医者も嬉しそうに笑う。(それでも子供が見たら泣きそうな笑い方ではあるが。)
そしてメルクが選んだのは、お菓子屋さんだった。
その中でもやはり飴玉を手に取って医者の所に持っていく。
「メルクさん。これでは栄養が……」
『これで…、いえ、これがいいのです…。』
「ふむ。分かりました。栄養は食事で期待することにしましょう。」
さっさと会計した医者は買った飴玉をメルクへと渡すと、嬉しそうにそれを受け取るメルク。
レイヴンはメルクが飴を好きだということも、その理由もユーリから聞いていた。
複雑ではあるが、本人があそこまで嬉しそうにするので止める訳にはいかない。
飴玉を口の中に入れ頬張ると、メルクの手を繋ぎ帰り道を歩き出す医者。
こうしてリハビリを兼ねた散歩は終わりを告げた。
*.○。・.: * .。○・。.。:*。○。:.・。*.○。・.: * .。○・*.
病院なのかは分からないが、医者の自宅へと戻ると病室へと迷わず向かう2人。
そして医者が優しくベッドへと誘導し、メルクちゃんも医者に促されるままにベッドへと座る。
「ふむ。徐々にですが筋力も戻りつつあります。……立ちくらみくらいですか。後は。」
『……はい。』
「なるほどなるほど…。分かりました。後で少しだけ輸血しておきましょう。」
『はい…。』
そして去っていった医者をいい事に、俺はベッド近くの椅子へと座った。
すると途端に気まずそうに俯くメルクちゃん。
何を話していいのか分からないようで、ずっと少女は無言だった。
まぁ、先程の散歩の時も医者から話しかけて答えていただけのようなので、自分からは話し掛けてはいなかったが。
レイヴン「メルクちゃん。」
『……はい……』
レイヴン「そんなに怖がらないでよー。おっさん傷付いちゃう!」
『……。』
こりゃあ相当だな。
頭を掻いて困った顔でメルクちゃんを見つめる。
……罪悪感、不義理、後悔、恐怖…。
色んな感情や想いが混じっている顔をしている。
若者らしい顔だ。
おっさんになるとあれこれ考えなくなるからねー?
レイヴン「メルクちゃん。俺達は誰もメルクちゃんを責めていないよ。」
『……』
レイヴン「メルクちゃんが俺達を裏切ろうとした事も、全部知ってるよ。でも、それがどうした?」
『……?』
レイヴン「メルクちゃんは知らないだろうけど、おっさんだって青年達を裏切ったり騙したりしたものよ?あー、懐かしいわーー。」
視線を逸らし棒読みで最後言ってしまったが、懐かしいのは本当だ。
少し前ではあるけど色々とあり過ぎて懐かしささえ感じる。
レイヴン「おっさんはね……メルクちゃんの何倍も悪いことをしてきたんだぜ?」
『……わたし、より……』
レイヴン「あぁ!そうさ!お姫さんを攫ったり、青年達の前に立ちはだかったり……それはそれは悪の限りを尽くして来たものよ!」
『レイヴンさんが……?』
レイヴン「よしてちょーだいよ!そんな呼び方!…ほら、少し前みたいに呼び捨てで呼んでみ?」
笑顔でそう言えば、少女は言葉を詰まらせる。
しかし、レイヴンを見てしっかりと名前を呼んだ。
今度こそ、また前のように呼び捨てで。
『……レイヴン…』
レイヴン「そうそう!メルクちゃんはそれでいーの!」
おちゃらけて、そう言えば少しだけ笑顔が戻ってくる。
……きっと、あと少しだ。
レイヴン「メルクちゃんの願いは青年から聞いたよ。まだ迷ってるんだよな、きっと。」
『……』
レイヴン「おっさんはさ。青年達を裏切る形になったけど……、あの時はおっさんも病んでたのよ。でもひたすら前を見続ける青年達を見てて、このままじゃいけないって思った訳。だから、メルクちゃんには間違えて欲しくないのよ。」
『……。』
レイヴン「メルクちゃんにとってはどっちも悪いことだとは思わないだろうけど……、やっぱりおっさん的には青年達と一緒に居てくれたらって思うけどな。そのギルドマスターが何を思って、何を願うか分からないからなぁ…。悪いことだとして、メルクちゃんはその人を止められる?」
『……私達は…もう後戻り出来ないのです…。もう進むしか…方法はありません。例え、破滅の道だとしても…私は……アビゴール様の判断に従います。』
レイヴン「…メルクちゃん…。」
やはり、そうなってしまうか…。
子供を100人近く殺しているというメルクちゃん達のギルド…。
そこに所属しているメルクちゃんは責任感もあれば、同時に人に対して優しすぎる傾向にある。
だからこそ、思うのだろう。
償いきれない罪を身内がしてるならば、自分も背負うと。
そして優しい少女は、その身内の願いさえも叶えてあげたいのだろう。
だからその優しさに、そしてその強い正義感へと悪い奴らに付け込まれるのだ。
罪を認めれば処刑が免れないと思っているからこそ……、その判断なのだろう。
『……私には、もう選択肢なんて残されてなかったんですね…。ギルドに戻るという選択肢しか……。熱に浮かされて世迷いごとを言ってたみたいです…。お気になさらないでくださいね……?』
レイヴン「メルクちゃんっ!!」
まずい。
そっちはマズイ方向なんだ。
この少女に自分と同じ辛い思いをして欲しくない。
だが、どう言えばこの少女に伝わる…?
少女の肩を掴み、上を向かせる。
俺の真剣な表情を見て、答えを変えてくれないか?
レイヴン「そっちはダメだ…!!……こうなったらハッキリ言うわ。あのギルドはメルクちゃんを駒のひとつとしか思っていない。使い捨てられる未来しかないんだ。俺達と行こう。そうすれば、メルクちゃんは犠牲にもならないし、他の道にも歩んでいける。それこそ、メルクちゃんの好きな植物研究だって好きな程出来る!」
『……でも、私達は……許されない罪を…』
レイヴン「それはメルクちゃんがやった事じゃないだろう?別にメルクちゃんが罪を被る必要なんて何処にもないんだ。ギルドに戻ればメルクちゃんはもう戻ってこられない。だから俺はここまで説得をしてるんだ。」
……どうだろう。
少しは俺の思いが届いただろうか。
『……皆と……また…前みたいに過ごせるのでしょうか…?』
レイヴン「あぁ!そんな事幾らでも出来るさ!」
『……』
恐る恐る俯いていた顔を上げて、懇願するような顔をする少女。
でも、その瞳は未だに揺らいでいた。
「今、大丈夫でしょうか。」
急に真横に現れた医者に驚き、思わず後退りする。
少女は分かっていたのか、すぐにその瞳に医者を写していた。
医者の手には点滴台らしきものがあり、そういえば先程輸血をすると言っていたな、と自己完結する。
輸血の準備を進めていく医者は器用な事に少女を横にさせながら輸血の準備もしていた。
少女の左腕に針を刺し、輸血を開始すれば暫く様子を見るかのようにじっと少女を凝視する。
同時に腕の脈を触診しながら異常がないか、見ていた。
取り敢えず俺は邪魔にならない所まで下がり、その様子を見守る事にした。