第4界層 〜進退両難なる黒雨の湿原〜
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「……来たか。」
案内所裏手で待ち構えていたのは案内人のベン……基、ヴィスキント・ロータスその人である。
いつもの黒衣の姿ではなく、案内人としての格好で待ち構えていたヴィスキントの前にガタイの良い男が少女を小脇に抱えてやって来る。
少女は顔を真っ青にし、ぐったりとして気絶している様子である。
「……死んでないですよね?勿論。」
「あぁ。大切なお姫サマを死なせる訳ねぇだろぉ?」
「なら、良いです。よくやってくれました。」
少女を受け取り、肩に担ぐヴィスキント。
「ヘヘッ。アンタ、気をつけた方がいいぜ?奴らかなり情報を仕入れてるみたいだからなぁ?」
「………何処からですか?こちらの情報の管理は徹底しています。そんな筈──」
言いかけた言葉を飲み込み、遠くに見える厄介な連中を見て顔を顰める。
まさか、こんな早くここに辿り着くとは…。
「貴方、尾けられたのでは?」
「ヘヘッ、俺がそんなヘマするかよ?だから言ったろ?かなり情報を仕入れてるってよぉ?」
「……面倒な。」
「素顔が出ちゃってるぜ?ヴィスキントさんよぉ?」
「まあいいです。どれ程彼らが情報を持ってしても、こちらが優勢なのは変わりないのですから。……足止め宜しくお願いしますよ。」
「ハハッ!!任せとけ。」
近付いてきた彼らを一瞥して、ヴィスキントが歩き出す。
それを庇うようにガタイの良い男が立ち塞がる。
ユーリ「メルクっ!!」
「よぉよぉ?待ちくたびれちまったぜぇ?そんなにも大事な大〜事なお姫サマなら、ちゃんと籠の中に入れとくんだったなぁ?ハハッ!!」
フレン「何が目的だっ!!彼女をどうする気だ!」
「アンタ達なら知ってんじゃねぇのか?あのお姫サマは、ただのお姫サマじゃねぇって事をよぉ?」
フレン「……どういう事だ。」
「ハハッ!答え合わせ、といきてぇ所だが残念だったなぁ?これも仕事なんでな。秘匿にさせて貰うぜ。」
カロル「メルクを助け出す!絶対にっ!!」
リタ「早い所倒してしまうわよ!!」
エステル「はい!!メルクは返してもらいますからね!!」
各々武器を構えると、男が先頭に立つユーリへ武器を振るう。
ガタイが良いのもあり、かなり重い攻撃だ。
その上、以前よりもパワーが増している。
ユーリ「くっ…!馬鹿力が…!!」
「ハハッ!!お褒めに預かり光栄だなぁ!!!」
大きく振り回し、ユーリを吹き飛ばすと次にフレンへと攻撃を仕掛ける男。
その後ろで後衛組が男へと反撃を仕掛けていく。
パティ「フェイタルサーキュラー!!」
パティもレイヴンもそれぞれに攻撃を仕掛けていき、男の体力を減らしていく。
もう見えなくなってしまったベンとメルクにユーリが舌打ちすると、フレンが声を張り上げ、ユーリへと指示をする。
フレン「ここは僕達でやる!ユーリ、先に行くんだ!」
カロル「うん!早くメルクを助けてあげて!!」
リタ「こいつ1人なら余裕よ。早く行けば?」
それを聞いてユーリは軽く礼を言い、彼らの去っていった方向へと走り出す。
遠くからだったが、明らかにぐったりした様子で具合が悪そうだった。
早く助けないと大変な事になるかもしれない。
暫く走っていると船に入っていくベンと肩に担がれているメルクを発見する。
慌ててその船に向かい走っていくと、勘づいたのかベンがこちらを振り返りユーリを視認した。
そして顔を歪ませると、渡りきった船への橋渡しを足で蹴落とす。
そのまま船の中へ消えていくベンに声を張り上げた。
ユーリ「ヴィスキント!!メルクを返せっ!!」
返事がないまま、船が動き出す。
させるか、とユーリがそのまま走る速度を上げ船へと飛び乗ると隠しもせずベンが舌打ちをした。
「往生際が悪いですね。さっさと諦めればいいものを。」
ユーリ「ははっ、遂に本性を出しやがったな。ヴィスキント・ロータス。」
「何処でその情報を?こちらの情報の管理は完璧なはずですが?」
ユーリ「それより、そいつを返してもらおうか。」
「何を馬鹿な事を。貴方たちは私達を処刑するでしょう?困るのはそちらですよ。この少女を殺せば沢山の死人が出ますからね。」
ユーリ「どういう意味だ?」
「流石にそこまで情報は出回ってないようですね。まぁいいでしょう。貴方はここで海の藻屑となりなさい。」
メルクを下ろし、武器を構えるヴィスキントにユーリも武器を構えた。
ヴィスキントの素早い攻撃に暫く防戦一方だったユーリだが、すぐに攻撃へと転じる。
どちらも譲らない闘いだったが、一度だけユーリが隙を見せる場面があった。
『う…ん…』
ユーリ「!!」
「隙ありですね。」
ヴィスキントの武器がユーリの肩を斬りつけた。
そこから流れ出る血を手で押えながら一度大きく後退する。
互角の戦いをしていて少しでも隙があれば、やられるほど互角であった。
だからこそ集中力を切らす訳にはいかなかったのに、メルクの声を聞いて隙を作ってしまったのだ。
ユーリ「く、」
「余所見とは感心しませんね。そんなにも彼女が気になりますか?」
この会話の間にもヴィスキントは素早く攻撃をユーリへと繰り出しており、躱すので精一杯だった。
「彼女は我々の物です。決して貴方達に渡したりはしません。(例え、この少女が願いを叶える為の生け贄だとしても、もう止まることは出来ない…。)」
ユーリ「お前達の目的は何だ?何故そこまでメルクに拘る?!」
「それはこちらの台詞です。貴方達こそ、彼女への執着が強いと思いますけども?」
一度手を止めたヴィスキントが、大きく溜息を吐く。
そしてメルクを見ると、目を覚ましている途中だった。
『こ、こは…』
「メルク。起きましたか?」
『!!』
具合が悪そうにしながらも、ゆっくりと上体を起こしヴィスキントを見るメルク。
その瞳には困惑の感情が表出していた。
『!! ユーリ…!』
ユーリ「待ってろ、メルク。今助けるからな。」
『……肩に傷が……!!怪我を…!?』
「メルク。彼の心配をするのですか?」
『っ、』
俯き黙り込む少女は、何も出来ない無力感を表すかのように床についた手をグッと握り締めた。
ユーリ「…脅しか。」
「なんとでも仰ってください。元より彼女は我々の仲間で、貴方達を裏切る存在ですから。」
『!!』
ユーリ「あぁ、知ってたさ。」
『……え?』
「知ってて尚、彼女を助ける理由は?貴方達には邪魔な存在……いや、処刑するための見せしめ用ですか。」
ユーリ「そんなんじゃねぇよ。俺たちが助けたいと願うから助けるんだ。何が見せしめ用だ、何が処刑だ。くだらねえな。そんな事の為にあいつを助けたりなんかしない。あいつが、助けを求めるから助けるんだ。」
『……。(ユーリ…、皆……)』
「妄言はそこまでにしてもらいましょうか。彼女が他人に助けを求めるなど、有り得ないのですから。」
武器を構え、ちらりと少女を見たヴィスキント。
いつも笑顔の少女が俯き、顔を上げない。
その表情は一体どんな顔をしているのか…。
ユーリ「ははっ!そりゃあ、お前さん達が信用ならないから助けを呼ばなかっただけだろ?……お前達がメルクを物として、それとしか扱わないからだ。」
「………話しても分からないなら結構。メルク、“神”を裏切る気ですか?」
『!!』
ユーリ「“神”…?」
「分かったなら死なない程度に支援術をこちらに掛けなさい。こいつを蹴散らします。」
『……』
「どうしました?早く支援を──」
その時、強い風が吹き荒れる。
誰の術でもない、ただの自然現象での荒い海風だ。
ユーリとヴィスキントは腕を顔の前へと持っていき、その海風を耐えた。
しかし、体重の軽いメルクは違う。
あの宝石を食べて以降、体に変化が起きたメルクの体重はそこら辺の少女よりも軽いのだ。
その為にその荒々しい海風如きに羽のようにフワリと浮かんでしまい、海へと転落してしまったのだ。
「「!!! メルクっ!?」」
2人が慌てて船から下を見ると海に転落し、ぷかりと浮かんでいる少女の姿。
通常なら沈むだろう体重でもない少女はぷかぷかと浮かんでいたのだ。
しかし、元々具合が悪いのもあってか少女は海に浮かんだ状態で意識が朦朧としていた。
『(体が…冷たくなっていく……。寒い、寒いの…。誰か、温めて……欲しいの……。)』
ユーリ「っ、」
ユーリはすぐに海へと身を投じ、メルクを掴む。
しかし肩の傷が海水に浸かり、激しい痛みとなってユーリを襲っていた。
ユーリ「っ、体が冷たくなってやがる…!おい、しっかりしろ!!メルク!!」
そんな2人をヴィスキントが縄で掴み、勢いよく持ち上げる。
どんな力があるというのか、ヴィスキントのお陰で船へと戻った2人だったが、それよりもメルクの体温の著しい低下が2人を恐怖させた。
「チッ…!低体温症か…!!」
ヴィスキントが簡単に少女へ触れ、診察すると、船内へと入り大量の毛布を少女へと被せる。
ここで少女に死なれては困る。
アビゴールや自分の今までの計画が無駄骨になってしまう。
毛布で包んだ少女を船内へと運ぶと、ヴィスキントは大量の薪木を暖炉へと焚べ、火をつける。
その近くへ少女を連れていくと後ろからユーリがやってきて、一瞬嫌そうな顔をしたがヴィスキントは視線を逸らせ、ユーリへと声を掛ける。
「……今だけは停戦です。今はともかく彼女を治す事だけを優先します。」
ユーリ「あぁ、それでいいぜ。」
ユーリもメルクの近くに寄り、暖を取る。
肩の傷が痛むが、今のメルクよりは大丈夫だろう、と隣へと座った。
「まさか、ここであの弊害が出るとは……。」
ユーリ「弊害?」
「貴方は知らなくて宜しいです。……まぁ、でも貴方達がどんな情報を仕入れたかは気になる所ですね。どうです?ここで答え合わせでも。」
ユーリ「そんな事していいのか?そっちの事情が筒抜けになるぜ?」
「フッ、舐めないで頂きたいですね。こっちの情報量は貴方達の何倍もあるのです。微々たる情報など、そちらにくれてやりますよ。」
ユーリ「一々言い方が嫌味なやつだな。」
「それはそちらもでしょう?さ、最初の情報どうぞ?」
メルクの両端で睨み合いをしていた2人だが、どちらともなく折れ、ユーリが情報を吐き出す。
ユーリ「そうだな…。先ずはメルクが〝神子〟の情報をこっちに言ってきたが、あれは嘘だろ?」
「どんな情報ですか?」
ユーリ「〝神子〟がギルド〈怪鴟と残花〉に囚われてるって話しだな。」
「なるほど…。半分正解で、半分不正解、と言ったところですね。では次。」
ユーリ「答え合わせじゃねえのかよ。」
「正解かどうかを言うだけでも十分答え合わせだと思いますが?」
ユーリ「……。」
不満そうな顔でユーリがヴィスキントを睨む。
全く意に介さない様子のヴィスキントは、ユーリを見て次の質問を催促する。
ユーリ「慈善団体〈白夜〉……それは2人のギルドメンバーによって作られたギルドだ。その2人が〈怪鴟と残花〉のギルドマスターであるアビゴール・ジギタリスとヴィスキント・ロータスの2人…だったか?」
「……ほう?よくそこまで辿り着いたものです。正解、というやつですね。」
拍手を贈るヴィスキントにユーリが視線を逸らせ不満を零す。
本当、気に食わない奴だ。
ユーリ「そして慈善団体〈白夜〉を現在管理しているのが、ヴィスキント・ロータス。そこでは案内人としての顔を持ち合わせ、ベンと名乗っていた。」
「なるほど。正解ですね。(流石にベンという名前の由来は知らなかったか…。)」
ユーリ「それから〈
「ほう、そこまで知られていたのですか。正解です。流石にどうやって管理してるかまでは突き止められなかった様ですね。」
ユーリ「まぁな。……大体、もう少し教えてくれないのか?こんなに正解してるのにな?」
「そこまで突き止められるなら要らないでしょう?」
再び睨み合いが起こりかけたが、それは少女の声により中断される。
目を覚ましたか、と期待した2人だったがただ声を上げただけの様で、2人して溜息を吐き、同時に怪訝そうな顔を浮かべた。
ユーリ「……(1回カマをかけて見るか…?)」
ちらりとメルクを診てユーリがふと思ったことを口にする。
奴らがここまでメルクに執着する意味……、そしてその理由……。
考えなかった訳では無い。でも確証がなかった。
こうなれば一か八かで聞いてみるしかない。
ユーリ「アンタらがそこまでメルクを必要とする理由……。メルクが〝神子〟だからだろ。」
「……。」
静かにユーリを睨むヴィスキント。
冷たく射抜くようなその視線にユーリも負けじと睨み返す。
そしてハッと笑ってやる。
ユーリ「図星で言葉も出ないか?」
「……チッ。そこまで掴んでいやがったか…」
急にヴィスキントの言葉遣いが変化し、ユーリが目を丸くする。
こっちが本性だったのか、とヴィスキントを見ていると、頭をガシガシとさせ立ち上がるヴィスキント。
「あぁ、そうだ。こいつこそ、正真正銘の〝神子〟だ。…正解だ。」
ユーリ「……そうか。」
だから奴らがここまでしてメルクを欲しがっているのだ。
メルクのついたあの嘘が半分正解で、半分不正解だったのは、メルク自身はギルドに監視され、心は囚われてはいるがその反面、体は自由だったからだろう。
漸く分かってきた。
メルクが〝神子〟ならば、全てに納得が行く。
ユーリ「メルクの視力が急に悪くなったのは〝神子〟が関係しているのか?」
「その答えでは残念だが答えしかねる。」
ユーリ「そんなに甘くないか。」
「当然だ。世間はそんなに甘くない。」
ユーリ「〝神子〟と〝願い叶える者〟は同意義だな?」
「……正解だ。」
暖炉の焚き木を崩しに行くヴィスキント。
追加の焚き木を入れていき、軽く風を送れば火が再び燃え上がる。
暑いと感じる温度よりも上の温度で調整したヴィスキントは暑さから逃げるように暖炉から離れた。
ユーリはそのままメルクの隣に居て暖を取り続ける。
何となく逃げられた気がしたが、気配はするのでまだそこには居るのだろう。
寝てしまったら背後を取られて殺されそうだ。
おちおち寝れやしねえ、と嘆息すると横の少女が毛布の中から再び声を上げる。
瞼を震わせて、ゆっくりと上がるその瞼の裏からは、瑠璃色の綺麗な瞳が顔を覗かせた。
『……あた、…た、かい……』
ユーリ「そうだな。」
「……。」
声を聞いたヴィスキントも近寄ろうとしたが、暫くは遠くから様子を見る事にした。
ともかく今は少女の体調を万全にしなければならない状態だ。
余計な心配を増やす必要もないだろう。
あの時、少女の様子に気付けなかった自分を少しだけ憎んだ。
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