第4界層 〜進退両難なる黒雨の湿原〜
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___第4界層、最終地点
『……ん…』
私が目を開けると視界いっぱいに草で編まれた何かが見える。
良く目を凝らして見れば、それは私の下に敷かれているもので恐らく寝床として作られた物なのだろうと予想出来た。
だからか、背中に少しだけ冷や汗が伝っていく。
もしかして、食べられる前の準備段階なのではないか、と。
それはマズイともう一度寝たフリをして機会を伺おうとしたが、カエルの鳴き声が聞こえそういう訳にもいかなくなってしまった。
恐る恐る目を開け、身体を起こす事にした私はレインコートが脱がされ、布団代わりにされている事に気付く。
そして黒雨と呼ばれる激しい雨が、大きな葉っぱ一枚で凌げている事にも気付き、僅かに驚いた。
こんな大きな葉っぱが世の中にはあるのか、と感心してしまうほどだ。
『……皆、は…』
辺りを見渡せば期待していた風景ではなく、身体を桃色に染め、こちらを目を細めて見ているカエルの魔物の姿があった。
どことなく、その桃色カエルの魔物の頬は赤く染まっている気がして首を傾げる。
そして、ジュディスの言葉をその時、私は思い出したのだ。
〝「そういえば一部のカエルって、求愛行動で体を染めるって聞いたことがあるわ。」〟
まさか──
『あの、私を元の場所に帰しては貰えませんか?』
ダメ元で聞いてみたが人間の言葉が分かるらしく、私の言葉を聞くや否やフルフルと悲しそうに身体を震わせる桃色カエルの魔物。
それに困った笑顔で見遣ると、桃色カエルの魔物は私に近付き、頬をスリスリとしてくる。
本当に懐かれているようで、その身体はカエルなのでヌルヌルとはしているが危害を加えようとしている物ではないと分かるくらいに優しい。
どうしよう、ともう一度辺りを見渡して見れば遠くの方から他のカエルの魔物が現れる。
あのカエルの色…、私を攫ってきたカエルかもしれない。
泥色のカエルがこちらに飛び跳ねてやって来ると、桃色カエルが何か会話を始める。
《ゲコゲコ♪》
《ゲロゲロゲーロ。》
《ゲーコ!》
……全く、分からない。
彼らの言語は複雑で理解するのは無理だろう。
泥色カエルがこちらを見て、お辞儀のような物をするので思わず慌ててお辞儀を返してしまう。
近くで見れば、その泥色カエルは桃色カエルよりも二回り違うほど体が大きかった。
あの時は気付かなかったが、これ程の体躯であれば私を飲み込むなど造作もないんだろうな、と心の中で思った。
《ゲコゲコ、ゲコゲーコゲーコ》
《ゲロロ。ゲロゲロ。》
二匹は会話に夢中になっているのか、こちらに見向きもしない。
好機だと、私はその場からゆっくりと移動を開始する。
早く彼らの所に戻らなければ心配させてしまう。
それに一人で第4界層を踏破出来る自身は今の所見えないし、彼らと一緒に踏破してしまいたい、という気持ちが強かった。
じわじわと草の寝床から抜け出し、後退する。
ある程度離れたが油断は出来ない。
あの大きさの体躯ならひとっ飛びで私のこの場所に辿り着けるだろうから。
ゆっくりと、ゆっくりと後退していき湿原を囲むようにある木々の後ろにでも隠れようと思った瞬間。
ドロリ……
私の体がドロドロとした何かに捕まってしまい、体を動かすのが困難になった。
まるで人の手のような握り方で私を捕まえていたのはここの主である
気付いた時には既に遅く、逃げようとした罰なのかその泥の手は徐々に力を強めていき私を圧迫してくる。
『うっ…!』
また息がしづらい。
カエルの舌に囚われていた時もだったが、力加減が尋常ではない。
それにこの泥の手は私の身長よりも遥かに大きい。
私を握るなど、小動物を握っているものなのだろう。
圧倒的に力が強くなり身体がミシリと嫌な音を立て身体自体が悲鳴を上げてきた頃、私は遂に我慢出来なくなって思わず悲鳴を上げてしまう。
『きゃああああっ!!』
《!! ゲコゲコ!!》
桃色カエルの魔物が近付いて、この泥の手を説得しているのか握られている力が徐々に弱まってくる。
……危なかった。
もう少ししたら骨まで逝っていただろう。
力を弱めた泥の手は桃色カエルの背中に私を乗せると、徐々に沈んでいき、また泥沼と一体化してしまった。
暫く桃色カエルの背中で息を整えると泥色カエルの魔物が近付き、呆れた様な鳴き声を出した。
何故か私はその鳴き声だけで何を言われているのか分かる気がして、その言葉の意味に体中に戦慄が走った。
〝逃げても無駄だ〟
そう、言われている気がしたんだ──
それでも逃げるという事を諦めなかった私は何度も逃走を試みた。
しかし、あの泥の手が私をすぐに見つけて泥沼から顔を出し、私を簡単に捕らえてしまう。
そうこうしている内に、遂に逃げられないようにか、泥の手と泥色のカエルは大きく太い支柱を立てるとそこに私を縛り上げてしまった。
レインコートもどこかに消えてしまった今、黒雨に直に晒され続けている私は時間の経過とともに徐々に心も身もボロボロになりそうだった。
だがそれでも、あのお方の願いを叶えるまではという心の奥底にある願いだけはずっと消えなかった。
荒い息を繰り返し、身体の末端付近はもう冷え切っている。
なのに、身体はとても熱いのだ。
徐々に私の意識も朦朧としていた。
結局、このカエルたちは私をどうしたかったのだろう。
縛り上げるだけ縛り上げて、もしかしてこちらが諦めるのを待っているのだろうか。
もう放して、もう許して。
そんな気持ちが徐々に湧き上がってきた時だった。
ユーリ「メルクっ!!」
___今の私にとって、希望の声が聞こえた気がした。
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第4界層の最終地点に辿り着いたユーリ達は、直ぐにメルクの捜索に乗り出していた。
時折沼地に嵌りこみながらも一生懸命捜していると、奥地の方に行っていたユーリが遂に見つけ出す。
奥に桃色カエルと泥色カエルが佇んでいるその中央に、太い支柱に磔にされているメルクを発見する。
この激しい雨の中、レインコートも着ずに雨ざらしにされて、更に拘束されて俯いている彼女の表情は窺い知れない。
だが既に彼女は見ただけで弱弱しく、遠くから見ても危機的状況だというのは間違いなかった。
ユーリ「メルクっ!!」
そう叫んだユーリの声に僅かに反応したメルク。
俯いていた顔を僅かに上げ、その視界にユーリを入れるといつもの笑顔ではなく、本当の泣き顔を見せたのだ。
それを見たユーリが本能的にまずいと感じさせるような、そんな弱々しい表情だった。
いつも笑顔の彼女、泣き顔でさえ微笑んで一切泣き顔を見せなかった彼女があんなに弱っているなんて思っていたよりも厳しい状況かもしれない、とそう思ったのだ。
その瞬間、ユーリの胸に込み上げて来るもの感情があった。
〝怒り〟だ。
仮にも自分の好きな女性がそんな顔を自分に見せたのだ。
仲間として、そして一人の男として、好きな女性のそんな顔を見てしまえば、彼女にその顔をさせた敵に怒りが湧き上がってくるというもの。
その上、あの時に助けられなかった自分自身にも腹が立ってしまう。
ユーリ「メルク、今助ける。」
拳を握ったユーリがすぐに泥色カエルに攻撃を仕掛けた。
しかしその前に、巨大な泥の手が進行方向を塞いでしまう。
漸くお出ましか、とユーリは顔を険しくした。
巨大なカエルに、巨大な泥の手。
この界層の最終地点にいる主に間違いなかった。
ユーリの声を聞きつけた仲間たちがメルクの状態を見て息を呑んだ。
そして各々武器を構えた。
早く助けなくてはまずい、と皆も瞬時に状況が分かったのだ。
リタ「早く助けるわよ?!」
レイヴン「かなり弱ってる…。早くしねえと、ちとまずいかもしれんな…。」
カロル「メルク!待ってて、今助けるから!!」
ユーリ「行くぞ!」
ユーリはフレンと、ジュディスはパティと共に例の作戦通り別の敵を攻撃しあう。
他の仲間たちは敵の状況を見ながらユーリ達に合わせる様に敵を攻撃していく。
しかし界層が上がる度に主の強さも比例していく。
メルクが居ない今、この敵はユーリたちにとってかなり厄介であった。
いつもの感じで行けば、メルクが支援系の魔術でバフを付けてくれるのだが今回だけはエステルのみの支援に限られる。
いつもよりも非効率的で、更に仲間たちに襲い掛かる黒雨と足場の悪さ、そして視界の悪さという悪条件。
改めて鑑みなくても明らかに苦戦は必至で、その所為もあってかユーリ達は徐々に押されていることに気付いた。
カロル「ま、まずいよ…!」
ジュディス「これじゃ、助けるどころか私たちが負けてしまいそうね。」
レイヴン「ジュディスちゃん?!冷静過ぎない?!」
泥沼に嵌まりながらも仲間たちはとにかく攻撃を仕掛けていた。
しかしジリ貧すぎて、決め手に欠けるのだ。
フレン「早くしないと…メルクさんが…!」
ユーリ「あれはやべえよな…。死にそうになってるぞ。」
二人が見る先には、もうこちらに顔を向けずにぐったりしている状態の彼女。
ピクリとも動かない様子に不安が掻き立てられるのは言うまでもなく、時折エステルが彼女に回復を使っているのかたまに魔術特有の光源を帯びているのが見えていた。
しかしその回復でさえも微々たるものなのか彼女が反応を見せる様子がない。
カロル「うわあぁぁぁあああ!!」
巨大な泥の手の攻撃によって大きく吹き飛ばされ、倒れたカロル。
遂に仲間が一人やられたのだ。
これは尋常じゃない事態だ。
ユーリ達に絶望という感情が徐々に湧き上がってきたのだった。
しかしその時、ユーリ達の立っている地面に大きな魔方陣が現れる。
仲間が全員入れるような大きな魔方陣で、それは大きく吹き飛ばされ動かなくなったカロルでさえも入れるような魔方陣だ。
リタ「っ!?この魔方陣…回復系…?それも、水属性だわ…!!いったい誰が…?!」
リタが驚きの眼差しを辺りに向けたが最終的に向けた人物はメルクだった。
こんな半端ではない魔術は自分が知っている限りエステルか、メルクしかいない。
見る限りエステルは呆然としている為、論外。
ということは、磔にされている彼女しかいないではないか。
リタがメルクに視線を向ければ、本当に弱々しい笑顔を浮かべてはいるが僅かに口元が動いている。
恐らく何度も何度も掛けていたエステルの回復技が少しでもメルクに効いていたのだ。
この激しい雨の中で聞こえないのか、それとも弱々しい彼女だから声が出ていないのか分からないがこれがリタ達にとって好機なのは間違いなかった。
魔方陣が青色に光り出した瞬間、魔方陣内にはあの黒雨がかかってこらず代わりに光り輝く水滴がユーリ達に降りかかる。
その瞬間、全員の体が暖かい光に包まれ奪われていた体力が完全に回復していく。
それは倒れたカロルでさえも効果があるもので、急に起き出したカロルは何事だと呆けた顔で忙しく辺りを見渡していた。
〝ディフュージョナルドライブ〟
水属性の技で、仲間を回復しつつ敵を攻撃できる上級魔術。
だが、こんなに万能且つ優秀な技ではないのだ。
この尋常じゃない回復量や範囲は〝神子〟であるメルクだから可能だったのだ。
そんなことは露と知らない全員はリタの視線の先のメルクへと視線を向け、大きな声でお礼を言う。
伝わったのかは不明だが、最後に今の彼女の精いっぱいの笑顔を一瞬見せるとまた気絶したようにがくりと顔を下に向けてしまった。
フレン「ここまで頑張ってもらって、やらない訳にはいかないね?」
ユーリ「ああ…!やるぞっ!」
渾身の二人の攻撃が泥色カエルと泥の手に襲い掛かる。
気力も体力も回復した二人の攻撃は壮絶なもので、二匹の魔物はそれに堪らず悲鳴を上げた。
そこへパティとジュディスの攻撃も炸裂する。
パティ「さっきまでのお返しと、メルク姐を痛めつけた仕返しなのじゃ!!」
ジュディス「後で改めてお礼を言わないとね。」
そして、最後の攻撃とばかりにユーリとフレンの攻撃が二匹の魔物へ直撃し、二匹の魔物は倒れ、その場から光り輝き消えていった。
いつもならこの時にメルクも消えていたのだが、今回はその場で残っていたのでユーリ達が慌てて磔にされているメルクの元まで駆け出す。
近くに居た桃色カエルはユーリ達を攻撃することもなく、メルクを拘束している蔓を切っている彼らを見ている。
その表情はどこか心配そうにメルクを見ていた。
拘束から解いたメルクはそのまま倒れそうになってユーリに支えられる。
その体の熱さたるや、明らかに異常であった。
ユーリ「こりゃやべえぞ…!」
エステル「これは…早く医者に見せた方がいいです!かなり衰弱しています!」
カロル「ユーリ!門が出たよっ!!」
〈
ユーリ達は迷わず門を潜り、元の世界へと戻っていった。
今回は昼に帰ってきたようで、いつもの賑わいを見せる〈
そこへベンがやってきて、メルクの様子に顔を険しくした。
「お、おい。そのお嬢ちゃんどうしたんだ?!びしょ濡れじゃないか…!」
ユーリ「そんなことはどうでもいいから医者を呼んでくれ!!もう危ないんだ!!」
「分かった!!あそこに休憩所がある!!そこでお嬢ちゃんを休ませな!!」
ベンが慌てて医者を呼びに行く間にユーリ達は休憩所に行き、メルクを寝かせた。
虫の息状態のメルクに仲間の皆が心配そうにそれを見遣る。
リタ「まったく…無茶し過ぎよ…!普通あんな魔術、並みじゃない精神力や集中が居るのに…!」
エステル「すごい技でしたよね…。体の奥底から湧き上がってくる力の源がまだ体に残っているようです。」
フレン「すごい魔導士なのは分かりますが、無理は感心しません。こうして死にそうになっているのですから……。」
カロル「でもあれがなかったら、と思ったらゾッとするよ…。」
レイヴン「結局いつもメルクちゃんに助けて貰ってるわね。」
ジュディス「あそこの敵は歯応えがあり過ぎて困っちゃうわ。到達できた人の気が知れないわね。」
ユーリ「それでも俺たちも踏破できたんだ。今は喜ぼうぜ。」
ラピード「クウーン……」
フレン「大丈夫さ。きっと目を覚ますから。」
ベンが連れてきた医者が到着し、メルクの容態を診ていく。
固唾を呑むユーリ達の前にベンも現れ、状況を聞いてきたのでカロルやフレンがそれを伝えていた。
ただユーリだけはベンに対して疑心の目を向け、そこへ口を挟む事はなかった。
「フレン騎士団長!」
今度は城の兵士が慌てた様子でフレンへと声をかける。
席を離れるフレンに、まだまだ往診が終わりそうにない医者を見てユーリもそれとなく彼の後を追う。
フレン「どうした。こんなところまで来て。」
「実は…フレン騎士団長の部屋に不届き物が入ったみたいでして…。」
フレン「…なんだと?」
「フレン騎士団長の自室に荒らされた跡がありました。何かを探していたようですが、何を盗られていたかまではフレン騎士団長でないと分からず…。」
フレン「空き巣か…。僕の自室に侵入者……まさか…!」
思い当たる節があるのか口元に手を当てていたフレンだが、顔を険しくするととある方へと視線を向ける。
フレン「ユーリ。僕は一度帝都に戻る。彼女のための医師も確保しておくから後でゆっくりと帰還してくれ。」
ユーリ「気付いてたのかよ。へいへい、分かりましたよ。」
フレン「…彼女が良くなることを祈っている。」
ユーリ「あぁ。…ちなみに何を盗られたか予想がついてんのか?」
フレン「あぁ…。だが…”あれ”が盗られたとあればかなりまずい状況になってきた。」
ユーリ「なんだよ。その”あれ”って。」
フレン「ここでは言えない。帝都へ戻ってきたら君たちに言うよ。」
ユーリ「…ご苦労なこって。」
フレン「ふっ。いつものことだ。」
フレンが兵士と共に踵を返し、帝都へと向かっていく。
ユーリはそろそろ往診が終わったであろう休憩所へと足を向けた。