第3界層 〜窮猿投林の流転の森〜
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___????建物内
「あの騎士共が……宝石を……?!」
例の噂は直ぐに広まっていた。
噂を聞き付けたアビゴールは直ぐにヴィスキントを呼び出していた。
情報収集ならヴィスキントの方が上手だからだ。
アビゴールのその言葉に静かに頷くヴィスキント。
「騎士団が持っている宝石はどうやらルビーのようです。…何処から出土した物かは不明ですが。」
「チッ、厄介な…!」
「ですが、こんな状態であの噂……、怪しすぎます。まるでこちらに挑戦状を叩きつけているかのようです。」
「……。」
アビゴールは机の上の酒を手に取ると一気に煽り、ニヤリと笑った。
「こうしよう。」
アビゴールの考えた作戦はこうだ。
あちらの条件を呑む代わりに、そのルビーを貰う。と言った具合だ。
「向こうの交換条件は恐らくメルクだと思われますが……?」
「その時はあいつらに預けておけ。……今はな?」
喉奥で笑うような声にヴィスキントが顔をしかめる。
この人はとことん面倒を押し付けてくれる。
どうせ、後で攫ってくればいいと思っているのだろうな。と他人事のように思う。
しかし、向こう側の思考が読めない。
何故メルクにそんなにも拘るのか、そして〈
〈
「……もしかして、ですが……」
「あ?」
「向こうに〝神子〟の存在が知られているのでは?」
「なに?」
途端に訝しげな顔になるアビゴール。
しかし、アビゴールにも思い当たる節は何度かあった。
執拗にメルクを追い回し、庇うような行動を見せる。
それに〈
「……帝都側にも譲れない〝願い〟があるということか。」
「恐らく…そうではないかと。それか〝神子〟の存在を帝都内で隠す気なのかと。狙われてもおかしくはない存在ですから。」
「ふん。やってくれるな、向こうも。だが、こちとら何年も前から準備してるんだ。向こうに抜け駆けされる訳にはいかねえよなぁ?」
ニヤリとヴィスキントを見て笑うアビゴールにヴィスキントがお辞儀で返す。
最近運がついていない。
だからこの作戦が功を奏すかは、五分五分だとヴィスキントは感じていた。
「ちなみに、そのルビーが偽物の可能性は無えのか?」
「恐らく本物かと。」
「理由は?」
「文献によると、何処かの界層でルビーがあったはずですから。恐らくは…」
「奴らめ、宝石を誰から手に入れたんだ。全く…。」
再び酒を煽るアビゴール。
その顔は酒を煽っているにも関わらず全く赤くなっていない。
素面みたいな状態な彼にヴィスキントは気付かれないように溜息を吐いた。
「ともかく奴らにメルクが〝神子〟だと気取らせるな。全てが台無しになる。」
「界層踏破はいかが致しましょう。」
「メルクにはそれもやってもらわなければならないからな…。まぁいい。時期を見てやらせろ。」
「承知しました。」
部屋を出たヴィスキントは少女の様子を見に、別室へ移動をした。
宝石を食べ、七色に輝く妖精の羽を出した後気絶した少女。
ベッドへと近寄ると未だ目覚めていない少女に少しだけ安堵した。
まだ作戦は遂行しなくても良さそうだ。
横たわる少女の髪をひとすくい持ち上げれば、少女が反応を示し呻き声を上げる。
……触らなければ良かった。
あまりにも触り心地が良さそうな髪だったので思わず触れてしまったことを早々に後悔したヴィスキント。
そのまま少女の目覚めを待つと、瞼が震え、ゆっくりと目が開けられる。
「…身体はどうだ?」
『……だ、いじょうぶ、そうです…』
「…はぁ。それを大丈夫とは言わん。」
近くにあった椅子に腰かけ、足を組む。
静かに少女の様子を見ていたヴィスキントだが、何処か少女には違和感があった。
……少女の目の焦点があってないのだ。
「…おい、本当に大丈夫なのか?」
『……』
これは闇医者か?
今の自分たちでは普通の医者は呼べない。
だから闇に身を潜める同業者の出番というわけだ。
一応目の前で手を翳してみるも反応がない。
「(…何が起こっている?こんなにも急に視力が悪くなるか…?)」
思い当たる節と言えば、少女が口にした宝石位だが…。
ともかくアビゴールに説明して判断を仰ぐしかないだろう。
椅子から立ったヴィスキントに反応を示す少女に、少しだけ目を丸くする。
どうやら音には反応するらしい。
「俺の声が聞こえるか?」
『……はい。』
「目が見えてないのか?」
『……』
静かになってしまった少女に溜息を吐くと、何を勘違いしたのか謝られる。
謝る必要などない、と言い離れようとしたが少女がそれをさせてはくれなかった。
目が見えてないにも関わらず、手探りで自分の服を握ってきたのだ。
『…行かないで、』
「……。」
少女に求められるのは、ヴィスキントにとってこれが初めてだった。
子供の我儘のようなそれに暫く思案していたヴィスキントだが、椅子に座り足を組む。
「……少しだけだぞ。」
『……ありがとう、ございます……』
いつもと比べ大分弱々しい少女の身を案じながら、ヴィスキントは暫くそこに留まっていたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
あの後、暫くすると寝てしまった少女を見て部屋を出たヴィスキントはそのまま自室に向かった。
あの状態を報告するのは後でもいいか、とそう思ったからだ。
恐らく少女は怖がっていたのだ。
自分が要らないと言われる事を。
だからあの時、部屋から出ようとした自分を止めたのだろう。
「……逆に要らないと言われて逃げた方が、楽だとは思わないのか…」
あいつの洗脳に成功した少女。
あいつの為に頑張り、あいつの為なら命だって差し出すだろう。
だが、要らないと言われるのはあの少女としては許せないのだろうな。
不憫な少女を思い、1人愚痴る。
“早くここから逃げてしまえ”と。
一人の人間として、そして少女がすくすくと育つ姿を見ていた一人として、そう願わずには居られなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その後目を覚ました少女は何も変わってはいなかった。
少女の視力は、戻って来なかったのだから。
『……。』
「……。」
ヴィスキントと少女の間に重い空気が流れる。
流石にここまで作戦を伸ばしておいて、報告をしない訳にはいかないだろう。
ヴィスキントは立ち上がると、部屋を出ようとした。
しかしまたしてもその行動は、少女によって止められてしまう。
「大丈夫だ、悪いようにはしない。お前はどうせ〝神子〟だ。あいつもお前を悪いようにはしないだろうさ。」
『分かりました。』
渋々といった声音ではあるが、提案を受け入れた少女を一瞥しそのままヴィスキントは部屋を出た。
そのままアビゴールの部屋へと向かい、現状を伝えるがやはり少女を悪いようにはしないようで何かをしばらく考えていた。
「…作戦を変える。」
そう言うと立ち上がり、部屋を出ようとする。
それに着いていくと少女の部屋の前で止まった。
一瞬、逡巡する様子を見せたアビゴールだがノックもせず中へと入る。
「メルク。話がある。」
『…!はい。』
「そう怯えるな。真面目な話だがお前をどうこうしようと言う話ではない。」
すぐに少女の声音に勘付いたアビゴールはそう訂正する。
すると少女の顔も笑顔へと変わっていく。
花が咲いたように笑う少女の頭を撫で、近くにあった椅子へと腰かけると先ほど言っていた作戦変更の件についての話を始める。
「お前の視力低下は恐らくだが一時的なものだ。だが、戻らなかったことを考慮して医者に見せた方がいいと判断した。」
『はい。』
「しかし、闇医者に見せれば多額の金が必要になるし、あいつらの手捌きは見てて不安になる。それにあいつらに診せて視力が戻るという保証もない。そこでだ。お前には一度あいつらの元へ行ってもらう。」
『あいつら…?』
「お前を心配し、付け回している輩たちの事だ。嘆かわしい…。」
恐らくアビゴールはユーリ達の事を言っているのだとすぐに判断したメルク。
しかし何故彼らの元へと…?
「いいか?奴らは〈難攻不落の門〉の宝であるルビーの宝石を手に入れている。お前とその宝石を交換条件にし、先ずはルビーを手に入れる。お前は奴らと行動を共にし、向こうの正規の医者に診てもらえ。恐らくだが奴らはお優しい仲間の集団だ。お前の姿を見てすぐに医者に診せるに決まっている。」
「どうせ後でお前も回収しに行く。そこは心配するな。」
少女の心配点だろう事をヴィスキントが伝えれば、曇った顔が少し元に戻る。
今日の少女はえらく表情が分かりやすい。
珍しいその現象に僅かに驚いていると、アビゴールは再び説明を始める。
「お前が本物の〝神子〟だと気取らせない為に別で偽物の〝神子〟を用意しておく。お前は向こうに行った後、その偽の情報を流せ。そうすればお前への警戒も薄くなろう。しばらくはこちらからもお前へのアプローチを控える。油断するなよ。」
『はい。その別の〝神子〟は具体的にはどのような方で…?』
「あぁ。別の女を用意しておく。無論、お前意外興味はない。分かったな。要らぬ心配は不要だ。」
『承知しました。』
ここまで用意周到ならば向こうも撹乱出来よう。
アビゴールはほくそ笑み、ヴィスキントを見た。
後はヴィスキントがメルクを無事に向こうまで送り届ければ作戦は開始する。
ここで何もかもを失敗する気はない。
アビゴールのその瞳には、久しぶりに闘気が漲っていた。
「後、勿論だが向こうにお前が〝神子〟だと気取らせるな。そうすれば余計にお前を手放さなくなる。」
『はい。』
「それから、暫くは向こう側の偵察もして来い。向こうが何を知っていて、何を知らないのか。……あわよくば視力が戻ればあいつらと界層突破してこい。いいな?」
『はい。承知しました。』
「良い返事だ。」
頭を撫でるアビゴールに嬉しそうに目を細めるメルク。
そしてヴィスキントに目配せすると、ヴィスキントは辞儀を一つ入れ、メルクを抱きかかえる。
___作戦決行の時だ。