第2界層 〜恒河沙数たる火蛾の街道〜
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__約十数年前。
「なぁなぁ!ベン!」
「なんだ?アビゴール。」
「その呼び方止めろって!アルって呼べって言ってるだろ?!」
「アビゴールの最初と最後でアル、ね…?そんなの誰が分かるんだよ。」
「お前さえ分かってりゃ良いじゃねえか!」
「!! 馬鹿だな…!」
2人の子供は無邪気に笑いながら話していた。
__アビゴール18歳。ヴィスキント17歳。
まだ若い2人の話である。
アビゴールがベンと呼んでいたのはヴィスキントだった。
彼の名前が長いという事でアビゴールが(勝手に)付けた愛称で〝ベン〟と呼んでいたのだ。
「だって、俺たち親友だろ?名前なんてお互い分かってたら良いじゃねえか!」
「それもそうか。」
元気いっぱいなアビゴール、そして冷静なヴィスキント。
2人は親友である。
まだまだ若い2人は貧乏ながらも、日々を楽しく過ごしていた。
「俺、ギルドを立ち上げる!お前は俺の側近な!」
「側近って何するんだよ。」
「色々だよ!俺の命令聞いたりとか、俺の命令聞いたりとか…」
「お前の事ばっかじゃねえか。他にないのか?」
「後、会計!」
「雑用じゃねえか。」
そんな言葉だろうが、2人は笑って話しているのだ。
でもアビゴールの話は冗談ではないことはヴィスキントには分かっていた。
ギルドを立ち上げ、その傍に自分がいる。
何か夢みたいな話だ。
「宜しくな!親友兼側近!」
「まぁ、お前一人だとすぐに潰れるだろうしな。俺も居てやるよ。」
「言ってろ!!」
それがギルド立ち上げの話。
それからはトントン拍子に事が進んでいた。
若くしてギルドを立ち上げた2人。
順風満帆に思えた門出だが、やはりそれをよく思わないやつもいたのだ。
「こんな若ぇ奴がギルドなんて立ち上げて、何も出来ねぇだろうがよ。」
「何を…!」
「ベン。良い、言わせとけ。」
後ろ指さされようが、アビゴールはしっかりと前を向いていた。
ちゃんと隣には側近を引き連れて、夢に向かって歩んでいた。
だからか、いつの間にか彼の周りには沢山のギルドメンバーに囲まれて、楽しい日々を過ごしていた。
ギルド〈〈
彼らのギルド名はそれに決まっていた。
いつまでも落ちない太陽のように、ずっと明るく照らすギルドとなれ。
そういう意味を込めて名付けられた2人のギルドも、今じゃ沢山のメンバーに囲まれていた。
活動なんて個々に任せるから好きにやれ、というアビゴールの方針の元、皆好きなことをしていた。
ある者は魔物退治、ある者は研究員、ある者は料理人。
その誰もをアビゴールとヴィスキントは応援していた。
2人は2人でお互いを支え合い、日々苦しくとも必ず2人で乗り越えていた。
そんなある日の事だった。
若くしてギルドホームを持っていた〈白夜〉は、ギルドメンバーの憩いの場となっていた。
誰もが休まる、そんな場所だったのに……。
「ベン!?」
「早く行けっ!!ここは俺が食止める!!」
そのギルドホームは炎の海に囲まれていた。
信じられるだろうか?
あんなにも安らぐこの場所が、今じゃそれも見る影もない。
「ベン、お前を置いて行けるか!!」
「馬鹿か!?ここで仲良く、2人で死ぬつもりか!!」
ギルドホームは魔物の襲撃を受けていたのだ。
元々2人は戦闘の才能に溢れていた。
通常ならばこんな魔物2人にかかれば直ぐに討伐出来た。
だがそれが出来ないのは何故か。
ギルドホームの中へと魔物を引き連れていたのは……人間だったからだ。
魔物を倒せばすぐに新たな魔物が放たれ、次々と魔物が2人に襲いかかってくる。
倒しても倒してもキリがなかった。
それだけじゃない。
その魔物を引き連れていた人間は、ギルド〈白夜〉のメンバーもいたのだ。
あんなに仲良くやっていたのに、仲間だったのに。
そんな言葉が若い2人の頭にチラついて、攻撃出来ないのだ。
「ギルドマスター!ここは俺たちに任せてください!!」
ギルドホームにいた別の仲間達が駆けつけ、ギルドマスターであるアビゴールを守ろうと武器を手にやってきたのだ。
しかしもう仲間を減らしたくないアビゴールは、その仲間達を必死になって止める。
何故なら彼らは非戦闘員。戦えるはずもないのだ。
次々と倒れていく仲間達。
襲いかかる火の手と魔物……そして、昔の仲間。
若い2人には辛い現実だった。
「っ、早く逃げるぞ!」
「だが…、あいつらが!!」
「あいつらの思いを無駄にする気か…!!お前のために身を呈して守ってくれてるんだぞ?!」
ベンのその一言に「くそっ!」と悪態をつき、泣きながらその場を後にしたアビゴール。
その隣にはベンが武器を持ち、親友であるアビゴールを守ろうと必死になって一緒に逃げていた。
命からがら逃げたその先は、名前のない洞窟だった。
疲労困憊の中、洞窟内で倒れ込んだ2人は涙を流していた。
誰がこんな結末を予想出来ただろうか。
神は残酷だ。
何も悪いことなどしていないのに、何故こんな目に遭わなければならない?!
2人の心は誰にも慰められることなく、どんどんと荒んでいく一方だった。
そんな時___
「•*¨*•.¸¸♬︎.・*’’*・.♬」
「「……??」」
こんな何の変哲もない洞窟内で、まだまだ拙いが子供が歌っている。
澄んだような、そんな声で……。
言語の分からない歌だが、今の2人の荒みつつあった心には充分染み渡る歌声だった。
「……ベン」
「どうした?」
「俺、間違ってたのかな…。頑張ってきたつもりだったけど、何処かで……間違えたのかもな…」
「っ、そんな事は無い!」
ベンが勢いよく立ち、アビゴールの前に立った。
それに力なく笑い、ベンを見るアビゴール。
そんなアビゴールを必死に説得しようと、ベンは彼の肩を掴み揺すった。
「お前は何も間違っちゃいない!!俺や皆…ギルドの奴らの事を1番に考えてくれていただろうっ?!」
「……ベン」
「俺は…お前の親友兼側近だ。その俺が隣で…近くで…!ずっと見てきたんだ!お前が間違ってるというなら、こんな世の中腐ってるだけだ!!…そうだろ、アル…!!」
荒い息を繰り返し、尚も肩を掴むベン。
少しは伝わってくれただろうか。
暫く黙り込んでいたアビゴールだったが、袖で思いっきり目元を拭った後、顔を上げいつものニカッとした笑顔でベンを見た。
「……ついてきてくれるか?ベン」
「っ、当たり前だっ…!馬鹿…!」
「馬鹿とはひでえな!?」
前のようにまたそう言い合った2人は懐かしさと、悔しさと、友の友情を感じて顔をクシャクシャにしながら笑いあった。
あの歌を心に刻みながら、2人は暫くその拙い歌声を誓い合うように、お互いの手を握りあいながら聞いていた。
♪゚゚+.・.。*゚♪゚゚+.・.。*゚♪゚゚+.・.。*゚♪゚゚+.・.。*゚♪゚
あれから数年。
人生とは上手くいかないものである。
足掻いて、足掻いて、足掻いた2人に待っていた現実は辛いものだった。
一つ、あの襲撃事件は意外な理由から襲撃された事件だった。
まだ若い2人がギルドを建て、ホームまで持つなんてこの世の中、珍しいことこの上ない。
お金があると勘違いした人間がギルドに入ったがとんだ貧乏くじだった、と……。
たったそんな理由で襲われたのだ。
勝手な勘違い。
それなのに、仲間も失い、憩いの地だったホームまで奪われたのだ。
だが、ギルドホームを襲った奴らはユニオンによって厳しく罰せられた。
悔しいがそれで我慢するしかない2人は、亡くなった勇敢な仲間達のお墓を立て、事ある毎に墓参りに来ていた。
しかし、上手くいかない現実に徐々に耐えられなくなっていったアビゴールは遂に仲間達の墓参りを行かなくなってしまう。
そして彼らに待ち受ける厳しい現実は、やはりお金だった。
何にしても金、金、金…。
貧乏であった2人にはその現実は酷く辛いものだった。
どんなに頑張って工面しても、それを崩されてしまうかのようにお金に苦労し、その度に頑張っていたアビゴールも遂に、心が壊れてしまう。
お酒に溺れ、女に溺れ……、遂にアビゴールはそんな自堕落な生活を送ることになった。
隣に居た親友は頑張って説得を続けた。
だが、その親友の言葉にも耳を貸さなくなったアビゴールに、ベンも段々と事務的に接するようになった。
それでも離れないのは、二人の間にある過去の、大事な親友としての思い出があるからだ。
ギルドの立て直しも上手くいかないまま、時間だけ過ぎる。そんな日々を送ってる時だった。
神は2人を見放さなかった。
そんな2人の元に古い文献が渡ってくる。
……例の文献だ。
「……あ?文献?」
「はい。かなり珍しい文献のようです。」
酒焼けしたその声で、その文献を訝しげに受け取るアビゴール。
それを事務的に渡すヴィスキント。
自分もまだ見ていない文献なので、どういった内容なのかは分からないが、どうせ今のアビゴールには振り向きもしない内容だろう。
そう思っていたのだ。
「……」
だが、そんな彼が真剣にその文献を読んでいたのだ。
ヴィスキントが驚かないはずがなかった。
あの何にも見向きもしなかったアビゴールが何かに真剣になるなど、ここ数年無かったからだ。
先に読んでおくんだった、と内容を気にするヴィスキントを他所に、アビゴールはその文献に魅入られるように凝視していた。
おとぎ話のような、そんな嘘くさい話だ。
こんな話、この腐った世の中にごまんとある。
……なのに、何故かそれに魅入られる自分が居た。
不思議な感覚だった。
そこには〈
〝神子〟の事や、〈
〈
門の開け方、中での様子……全てがこと細かく書かれていた。
そして……そこには最後に色付きで絵が書かれていた。
七色に輝く妖精の羽を持つ〝神子〟の姿と、その近くにある〝鍵〟、そして、大きな大きな樹の絵が。
暫くその絵を見ていたアビゴールは立ち上がるとヴィスキントに何も言わず出て言ってしまった。
どうせまた、酒と女だろう。
ヴィスキントはそう思っていた。
しかし、そんなヴィスキントの予想は大きく外れる事になる。
1ヶ月行方を眩ませていたアビゴールが帰ってきた。
酒と女に溺れて1ヶ月行方不明などざらにあったアビゴールに、ため息を吐きながら出迎えたヴィスキントはアビゴールと手を繋いでいる少女を見て目を見張る。
まさか……遂にやったのか?こいつ。
そんな言葉が頭にダイレクトに響いてくる。
鈍器で殴られたような衝撃に頭を押さえ、いやしかしまだ事実確認が終わってないと、重い口を開く。
「どう、されたのですか…?その子は?」
「拾ってきた。」
「は?!何を言ってるのか分かってるのですか?!」
「あぁ。」
さっさと少女と共に中に入ろうとするアビゴールに、ヴィスキントは慌てて彼を止めた。
いやいや、拾ってきたなんておかしいだろ?!
「この少女をどうするつもりですか?!」
「ここで育てる。」
「何を言ってるのか分かってるのですか?!子育てなんて貴方に出来るのですか?!」
「当然だろ。でなければ端から連れてこねぇ。」
「っ、………その子の親は?」
「身寄りの無いガキだ。行く宛てがなさそうなのを救ってやったんだ。感謝されてぇくらいだ。」
「………。」
もう何も言えなかった。
さっさと中に入る親友に、ヴィスキントは頭を抱えその場で崩れ落ちた。
一体親友が何を考えているのか分からない。
そんな時、ヴィスキントはあの文献のことを思い出した。
急いで閉まった場所から取り出し、中を見る。
そこには〈
もしかして……そういう事なのか?
ヴィスキントの予想は的中することとなる。
アビゴールはあの少女を自分の娘のように育て始め、そして数ヵ月後には新たな子供を連れてきていた。
……いや、攫ってきたと言っても違いなかった。
新たに来たその子は「帰る、帰る」を繰り返しまるで手が付けられない。
そんな子供をアビゴールは酒瓶片手に思いっきり殴ったのだ。
そんな様子を見て看過できなかったヴィスキントは子供を庇うが、アビゴールは冷たい瞳で子供を射抜き言い放つ。
「俺の言うことを聞かねえガキはこうだ。」
当然、子供だから泣き出すのは当たり前だ。
その子供はそれを境に病んでしまい、遂に亡くなってしまった。
そこからは攫ってきては調教をし、言うことを聞かなければ殺す、という残忍な日々が続いた。
その頃だろうか、自分たちのギルド名をあの名前へと変えていたのは。
……唯一、アビゴールが目にかけていた少女はアビゴールの調教…、いや洗脳が効いているようでアビゴールを前に笑顔を絶やさないようになった。
最初は言うことを聞かない子供になりたくなくて、ただただ笑顔の振りをしているかと思っていた。
しかしヴィスキントの予想は大きく外れていた。その少女はアビゴールにご執心だったのだ。
何かある度にアビゴールを探し、抱き着く少女。
……何も知らない少女に悪寒がするようだった。
裏の顔を知らないその少女は時間の経過と共にすくすくと育ち、アビゴールが育てたとは思えないほど美人に育った。
……その間にヴィスキントやアビゴールが殺した子供は数知れず。
もうヴィスキントもアビゴールに逆らえなかったのだ。
子供を殺すという暴挙に、何度も逃げ出したくなった。
だが、この少女を残して逃げるのは可哀想であった。幾ら少女がアビゴールの洗脳に成功していて、なんの不自由もなく過ごしていたとしても、罪悪感があったのだ。
せめて、この少女の最期を見届けるまでは。
不思議とヴィスキントはそう思っていたのだ。
だって、あのアビゴールが手塩にかけた少女だ。
その最期くらい看取ってやりたい、と思うのはあいつの親友をしていたからだろうか。
それとも……全てを止めれなかった自分への贖罪だろうか。
その少女は遂に3人分の生計を立てれるくらいの大黒柱となっていた。
植物研究、そして薬剤師となった少女は世間に見たことも無い薬を発明すると一躍昇進し、ギルドは金に困らなくなった。
それを見たアビゴールが植物園を少女に与えるくらい、それはかなりの儲けであった。
だからか、アビゴールは少女に余計に目をかけるようになった。
浮いたお金で酒を飲み、しかし女遊びは無くなっていた。
そして、時は来た。
〈
その管理をヴィスキントにするよう、アビゴールが命令をする。
闇ルートを作り出したのも、〈
ここまで本気だとは……と改めて畏怖を抱くヴィスキントだったが、ここまで来て止まれない3人はやるしかなかったのだ。
そして、物語は続く。
果たして、この3人の運命は……
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