第2界層 〜恒河沙数たる火蛾の街道〜
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__ユーリ達が少年と出会った日の夜、ギルド〈怪鴟と残花〉ギルドホーム内
「はぁ。色々と厄介な事になりそうだ…。」
『大丈夫ですか?』
「一体誰のせいだと……」
ヴィスキントとメルクはギルドの外へと向けて、迷路のような廊下を歩いていた。
侵入者対策用に、そして子供たちが奥まで入り込まないようにする為の構造になっており、ギルドマスターへの部屋へ行けるのはほんの少数しか居ない。
その構造は子供には難しいし、大の大人でも覚えきれるはずが無いのだから。
ヴィスキントが例の少年達を取り逃してしまい、その報告をするとすぐにギルドホームを捨てる事を決めたギルドマスター。
あの人なら簡単に逃げ切れそうだ、と溜息を吐きながらメルクを連れていく。
彼女のバックアップを頼まれている手前、ぞんざいに扱えないのでこうして2人で外へと向かっているのだ。
「(貴女が〝神子〟で嬉しいのやら、悲しいのやら……。)」
幼い頃から見てきた彼女。
それ程長い付き合いをしているのもあるので、彼女が選ばれた者だと分かった時は色々な感情が湧き上がったものだ。
__呆れ、喜び、悲壮感。
アビゴールによって唯一洗脳出来た彼女が実は選ばれし者だったと知って皮肉だと呆れや悲嘆を抱き、同時に殺さなくて済むという安心感や喜びに苛まれる。
あぁ、神とは時に残酷だ。
チラリと隣を歩く少女を見遣ると、こちらの事など何処吹く風で高いヒールをコツコツと鳴らしながら廊下を歩いている。
この少女もまた、このギルドの構造を覚えている内の1人。
だから案内は必要ないのだが、先程も言った通りぞんざいに扱えないというのと、バックアップを頼まれているお陰でとある場所へと連れていかなければならないからだ。
「準備は大丈夫なのか?」
アビゴールの前での話し方とは打って変わって、男らしい口調になったヴィスキント。
表の顔や裏の顔など使い分けてはいるが、これが彼の通常の話し方なのだ。
『はい。第2界層、必ずや踏破してみせます。』
「他の奴らが第2界層に踏み入れられないよう、サポートするように言付かってる。……中で死ぬなよ。」
『はい。マスターの顔に泥を塗る訳にはいきませんから。』
この少女の忠誠心やら心酔の度合いと来たら…、時折狂気なるものを感じる。
ヴィスキントはふとそう思い、再び重い溜息を吐いた。
「逃げ出そうとか思わないのか?自由になりたいとか。」
『……考えたことはあります。』
「ほう?」
それは意外だ。
この少女に自由を求める心があったとは。
あんなにもアビゴールに心酔してて笑顔を絶やさない、何を考えているか分からない目の前の少女がそんな事を思っていたなんて。
……何を考えているか分からないからこそ、そんな考えを持っていたなんて自分には想像がつかなかったのだろうが。
「なら、逃げ出してみるか?…ま、逃げようとしても拘束して連れていくだけだが。」
自分の仕事なのだ。
みすみすこの少女を逃がす訳にはいかない。
そっと腰にある拘束用の縄に触れれば、隣の少女はゆっくりと首を横に振った。
やはり逃げる気は無いのか。
杞憂だった、と縄にかけていた手を外し普通に歩く。
『マスターの言葉は〝絶対〟ですから。』
「……そうか。」
嫌悪感すら湧き上がるその言葉。
自分も似たような境遇だと言うのにな。
自嘲したヴィスキントに視線を向けたメルクは、優しい微笑みで彼を見る。
『貴方は逃げ出したいと思いますか?』
「……どうだろうな?」
敢えて答えをはぐらかす。
だが、この少女は答えが分かっているかのようにくすりと可愛らしく笑って見せた。
それに気まずくなって視線を逸らせると、再びくすりと笑う声が聞こえた。
何もかもを包み込むような、聖母のような少女。
この少女に懺悔をすれば、今までの罪は浄化されるのだろうか?
そんな馬鹿な考えを浮かべた事に再び悲しそうな顔で自嘲したヴィスキントは前を見据えた。
『……誰だって逃げ出したくなる場面の1つや2つありますから。』
「まるで自分の過去にそんな事があったかのような言い草だな。」
『あらあら?そうですか?』
笑顔を浮かべる少女の心を読み解くのは至難の業だ。
やめだやめだ、と静かに歩き出そうとしたが少女はそうさせてはくれないようだ。
『逃げても良いと思うんです。例え、貴方が今逃げても私はマスターには言いませんし、私自身も貴方には逃げる事で幸せになれるのならそうして頂きたいです。』
「……。……それも自分が逃げるための口実か?」
『いえ。私はこのまま1人でも〈
「……馬鹿だな、お前も。」
『子供達からもよく言われるんです。』
困った顔で笑う少女にヴィスキントは鼻で笑った。
お互い馬鹿だからこそ、奴に付き従うのだろう。
少女は洗脳されて心酔しているのだから当然として、自分は奴の側近として逃げられないのだから。
しかしもう、後戻りは出来ない。
このギルドを嗅ぎ回る犬共がいる限り、我々に平穏な日々などないのだから。
「お喋りは終わりだ。行くぞ。」
『はい。』
ギルドを抜ければ一寸先は闇。
ここを通り抜け、〈
「……。(〝願い叶える者〟、そして〝神子〟か……。俺なら、どんな願いをこいつに叶えてもらうんだろうな。)」
天を仰ぐヴィスキントを何時までも待つ少女。
その優しさが今だけは胸に沁みるようだ。
しばらく歩き続け〈
ここからは誰にも見られてはいけないし、知られても行けないのだから。
「声を出すなよ。直ぐにバレる。」
『分かりました。』
2人で寝静まる町を急いで渡りきり、〈
第1界層までは船での出発だが、第2界層からは〈
何故なら第2界層は第1界層と違い、陸地続きだからだ。
船なんかで行ったら船が木っ端微塵だ。
折角自分が裏ルートで入手しているお金がパァになる。
「……帰ってこいよ」
『あらあら。大丈夫です。任せてください。』
フードで見えやしない少女の顔はやはりいつもと同じで笑っているのだろう。
大きな門が開き、その中に吸い込まれていく少女。
それを見届けたヴィスキントは表の顔へと変える。
慈善団体所属であるベンへとその顔を変えるのだ。
もうすぐで日の出……。
そうなれば彼はいつものように初心者に案内するだろう。
しかし、誰も第2界層へは行かせない。
その事を胸に刻み、彼は仕事へと戻って行った。