第1界層 〜変幻自在なる翻弄の海〜
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__ギルド〈
『ただいま、帰りました。』
「よう……帰ったか。」
メルクがギルドマスターの部屋に入ると、ニヤリと下卑た嗤いを浮かべる男がいた。
その男こそ、このギルド〈
__名を、アビゴール。
酒焼けした声で迎えた男、アビゴールはメルクに近寄るとニタニタと気持ち悪い顔を近付ける。
〝分かってんだろうな?〟
そんな顔で見遣るその顔は残忍で、そして気持ち悪いにも関わらず、メルクはアビゴールを見ると嬉しそうに笑った。
『こちらになります。』
メルクがカバンから石版と宝箱を男に渡す。
それを見て一際大きくニヤリと笑った男は、2つのアイテムを掴んだ。
しかし男が持つ事が出来たのは宝箱だけで、石版に関しては手が石版をすり抜けてしまい、持つことが出来ない。
「ん?こいつぁ、なんだ。持てねえじゃねぇか。どうなってやがる?」
『すみません。私には分かりかねます。』
「まぁ、いい。例の箱を持ってきて偉いじゃないか。なぁ?メルク?」
ニタニタと嗤い、メルクの肩に手を置く男。
そして手を離すと直ぐにその手は宝箱を開けた。
輝く宝石に目を輝かせ、それに触れる。
それはもう恍惚な顔で。
「これだ…!探していた宝…!!願い叶える宝石!!!」
男はウットリとした顔でその宝石に擦り寄る。
その宝石に男が頬を寄せてスリスリとしていると、宝箱の中から一枚の紙が落ちていく。
それを見た男は無造作にそれを取り、読み上げる。
「この宝石を願い叶える者に食べさせるべし……。〝願い叶える者〟?一体そりゃあ誰だ……。」
しばらく思案していた男だが、ふとメルクの手元にある石版を見た。
メルクに近寄り、その石版を見せるようにメルクへ命令する。
「……チッ、読めねえじゃねえか。」
『私なら読めますが…読みましょうか?』
「お前……これが読めるのか?どこで覚えた?」
『それが覚えがないのです。見たことも無い文字のはずなのに…何故か読めてしまって…』
「…ふむ。聞かせろ。」
男は部屋にある豪華なソファにドカッと豪快に座ると、メルクを見遣り顎をしゃくる。
それを見て、メルクは石版を見ながら言葉にする。
『[その石版持つ者、そして石版の文字が読める者、特別な者なり。この世界の願いを叶える存在である。この門を踏破した者だけの願いを叶える存在。決して殺すことなかれ。殺した者には裁きを与える。但し、門の中での魔物に倒された場合はその限りではない。]』
「……」
顎に手をやり、しばらく考え込む男。
しかし、直ぐにニタリと嗤った。
「メルク。お前は最高の女だ…!こんな所で例の物が両方手に入るとはな!!」
男はソファから勢いよく立ち上がり、メルクに近寄る。
そしてあの気持ち悪い嗤い方をすると、メルクを見据えた。
「メルク。このギルドで一番偉いやつは誰だ?」
『アビゴール様です。』
「じゃあメルク。幼かったお前を助けたやつは誰だ?」
『もちろん、アビゴール様です。』
「じゃあ最後だ、メルク。……お前が崇め奉るべき“神”は……誰だ?」
『言うまでもありません。アビゴール様です。』
「くっくっく…!!アッハッハッハッハッ!!!!!!そうだよなぁ?!!!メルク!!!」
メルクの答えに満足した様に男は、顔に手をやり豪快に嗤い、下卑た嗤いをする。
それは誰が見ても気持ち悪いものだ。
だが、メルクだけはそれを気持ち悪いと思わないようで、いつもの笑顔でその姿を見ている。
「“神”の命令は〝絶対〟だよなぁ?メルク。」
『はい。』
「なら命令だ、メルク。今からお前は俺の女だ。身も心も全て…!!!お前の“神”である俺の願いを叶える為に、その身を全て、俺に委ねろ。」
『元より、この身は“神”の為に。』
「くっくっく、アッハッハッハッハッ!!!良いっ!良いぞっ!!メルク!!!お前は最高の女だ!!!」
それはそれは満足そうに、外まで聞こえそうな声で嗤い続けるアビゴール。
そして手元に持っていた宝石、アクアマリンを見てニタリと笑う。
「この宝石を願い叶える者に食べさせるべし。……メルク、これを今俺の目の前で食え。〝命令〟だ。」
『はい。』
メルクは宝石を受け取ろうと手を伸ばすが、アビゴールは下卑た嗤いを浮かべると宝石をメルクの口に突っ込む。
急な男のその行動で、流石に表情が崩れたメルクだったが、“神”の命令に従い、必死に宝石を食べようとする。
すると宝石であるはずのそれは、まるで飴玉みたいに口の中で溶けて喉の奥に入っていく。
するとドクンと身体が反応を見せる。
『うっ!』
身体が熱い…!!
心臓が焼けるように痛い…!!!
苦しくて胸を掻き毟ったメルクに、男は目を見開き狂気の顔を見せる。
メルクの一挙一動見逃すまいとするその瞳は、じっとメルクの行動を監視していた。
苦しそうに胸を掻きむしり、苦痛に歪めるメルクの顔を見てはニタリと嗤い、そしてゴクリの生唾を飲む。
早く、早く……!
その〝願い叶える者〟になるお前の姿を俺に見せてくれ…!!!
その願いはすぐに叶ったようだ。
メルクが胸を掻きむしり、苦しそうな顔をしているとその背中から七色の輝きを持つ妖精の羽が現れる。
僅かに足が浮くという現実では有り得ないその現象に、アビゴールは歓喜の声を上げた。
「アッハッハッハッハッ!!!!メルク…!!お前は、俺の物だぁぁあああ!!!」
その瞬間、メルクの背中にある七色の羽は消え、その場に倒れる。
荒い息を繰り返すメルクを見て、アビゴールが近寄り、ニタリと笑う。
「苦しいか?痛いか?」
『はぁっ!はぁっ!はぁっ!』
そんなメルクにアビゴールは一度笑うと、わざとらしくメルクを抱き起こし、そのまま自身の腕に抱き寄せた。
そしてわざとらしく優しさをチラつかせる。
「そうか、そうか。辛かったな?」
『はぁ、いえ……はぁ、大丈夫、です…!』
「無理をするな。少し休んでいろ。」
軽々とメルクを抱き上げ、自分のベッドへと寝かせてやるアビゴール。
メルクが自分に心酔していることは端から知っている。
だが念には念を、だ。
ここで優しくすれば、こいつはきっと俺には逆らえなくなる。今以上にな!
「いいか?メルク。お前はもう俺の女だ。だが、俺を恨む奴はごまんといる。そんな奴らの目にお前が映り込むなど、俺は耐えられん。分かるな?」
『…はい。』
「つまりだ。この世界にいるお前の存在を今この時から抹消する。」
『??』
「要はお前は誰の目にも触れないように行動しろ。ギルド内ではお前の存在を行方不明者扱いとする。……俺の願いの為に、お前はその身を全て俺に委ねてくれるんだ。それが他に知られてはお前の身が危ない。分かってくれるな?」
『アビゴール様の為なら。』
「くっくっく…!良い返事だ!」
頭を撫で、ニタニタと嗤う。
これで、こいつはもうこれ以上他の奴らに知られることはない。
こいつを何としても隠し通さなければ。
全ては俺の願いのために…!!
七色の妖精の羽を持つ者は特別な証。
〝願い叶える者〟の証!!
メルクがそれならば、話は早い。
今まで子供という子供を攫ってきたり、身寄りのないガキを連れ去ってきたり……。
俺の思惑に気付いた勘の鋭いガキには粛清をしてやったし、役に立たないガキも使い捨ててきた。
それももうお終いだ。
だって、もう手に入ったのだから。
だから、
「ヴィスキント。」
「……ここに。」
「ギルドに居るメルク以外のガキ共、全て殺せ。もういらん。」
「……見つかったのですか?」
「あぁ。メルクが〝願い叶える者〟だ。この事は他の奴らには言うなよ?」
自分のベッドの上で寝息を立てるメルクの髪を撫で、恍惚の顔を浮かべるアビゴール。
それに顔を顰めたヴィスキントと呼ばれた男。
このヴィスキントという男、アビゴールの命令ひとつで暗殺を担う役割を持つ男だ。
裏の顔は暗殺、そして表の顔は慈善団体に所属するベンという男。
聞いた事があるだろうか?
初めにカロル達に初心者への案内をし、船を貸したあの男だ。
「メルクが…〝神子〟ということですか?」
「あぁ、そうだろうな。あの石版には〝願い叶える者〟と書かれていたがな。」
顎で石版を指すと、ヴィスキントが石版に近付きその石版へと手を伸ばした。
しかしその手を擦り抜け、まるで存在してないかのように石版に触れることが出来ない。
それに目を見張り驚くヴィスキントに、アビゴールが笑う。
「お前でもダメか。まぁ、それは〝願い叶える者〟にしか触れないようだからな。」
「メルクは触れるのですね。」
「そういうことだ。七色に輝く妖精の羽も発現済みだ。」
「……なるほど。」
ヴィスキントは石版に触れるのを諦め、アビゴールの近くに寄った。
するとアビゴールが思い出した様に口を開いた。
「そうだ。これから、こいつの存在をこの世から抹消する。ヴィスキント、これからメルクのバックアップに務めろ。」
「はぁ?急にどうしたのですか。」
「他の奴らに奪われたくはないからな。こいつは俺の女だ。」
「……相変わらず勝手な方ですね。」
小さな声でそう呟くヴィスキントだったが、すぐに頷きアビゴールに肯定を表した。
彼女が幼い頃。両親を亡くし身寄りがない状態だった小さな少女をアビゴールがこのギルドに連れて来たのを思い出す。
初めは自分だって反対した。
そんな子供どうやって養っていく気だ、と。
子育てなんて出来るのか、と。
それでもあいつの答えは変わらなかった。
自分の言うことを聞くようにと手塩にかけ、甘い言葉を掛け続け、すくすくと成長した少女。
両親を亡くし不安そうな顔をしていたのにも関わらず、アビゴールの言葉には嬉しそうに聞いていた少女。
いつしかアビゴールの為に、と笑顔しか見せなくなった気味の悪い少女。
他人の心配を優先する、優しい心の持ち主である少女。
……そして唯一、アビゴールの洗脳が成功した少女である。
そんな少女がアビゴールの目的の人物だったとは……。
「皮肉なものですね……」
ギルドマスターの部屋を出たヴィスキントは、悲しげにそう呟いた。
そして、ヴィスキントは翌日から次々と子供たちを殺していく。
ただひたすら、心を無にして。
そして、ギルドにある名簿へと次々と✕が書き込まれていく。
そこにはギルドマスターの自室に軟禁状態の少女の欄にも、そのマークが付けられている。
もう少しすれば彼女のバックアップにつく。
第2界層へと向かう彼女へのバックアップだ。
誰にも第2界層へ行かせないように、彼女が行ったと気取らせないように。
……先程、彼女の行方を心配していた子供がいたな。
早く潰さなければ厄介な事になりそうだ。
あの子供達は、何かに気付いていそうだったから。
それに、このギルドを嗅ぎ回る犬も居ると来た。
「……面倒ですねぇ?」
闇に消えたその言葉を境に、再びヴィスキントは闇へとその身を隠した。