第8界層 〜蜿蜒長蛇なる深淵の懸河〜
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城の中の毒薬が盗まれた事件をきっかけに、パーティを組んだヴィスキントと少女。
まずは犯人の逃走経路を炙り出す、と言った彼に合わせて少女もそれに乗っ取って思考に耽ける。
果たしてどんな人が犯人で、どんな理由で毒薬を持ち出したのだろう。
そしてその逃走経路は?
『お城の兵士さん達の目を掻い潜れる人物ですよね…?』
「なら、身内による犯行と考えるのが妥当だが……。なにぶん、ここの警備の薄さは折り紙付きだ。お前を掻っ攫われた挙句、犯人の手がかりも何も無いという前科があるからな…。」
険しい顔で前を見据えるヴィスキントに対して、少女は手元の紙を見ながら歩いていた。
何か手がかりになるような物があればいいが…、そう簡単には思いつかなさそうだ。
少女は紙から顔を上げ、横を歩くヴィスキントを見上げた。
「こんな、何処でも入り放題な城も中々ないと思うが…。」
周囲を見回していたヴィスキントが、ふとそう零す。
窓やら、中庭やら稽古場へと抜ける長い廊下…、それらを鑑みるに、犯人の侵入経路は何処でも入り放題なのだ。
だが、そうとは言え、薬品庫のあるあの場所は城の中でも奥まった場所にある為、誰かに見られずに侵入が出来たのなら大したものだろう。
あのフレン騎士団長が考え抜いた警備体制は騎士たちからすれば良案だったものの、悪人から見るとどうにも簡単な警備だったらしい。
こうやって簡単に盗人が入ってこられているのだから。
「(少し癪ではあるが…警備体制の見直しにあいつを参加させてみるか…?だが向こうが悪知恵つけられても困るな…。こいつを簡単に捕まえられなくなる、か…。ハイリスクハイリターンではあるが…。)」
『ヴィスキント様。』
「ん?どうした。」
『もしかしたら犯人は植物の知識に長けている人かもしれません。』
「何故だ。」
『この毒薬たちは確かに薬効が高く、毒の効力も強め…という点が際立っているのでそこに注目されがちですが…。これらの毒は全て植物から精製できる毒の種類なんです。』
「…だからお前が詳しかったのか。」
『はい。植物については任せてください。』
紙を見ていた少女も、そう言ってヴィスキントを見る。
そんな少女の言葉を聞いて、思案するヴィスキントは歩みを止めて立ち止まる。
そして一つの仮定を思い浮かべる。
「(まさか…外部の人間か…?この城の中で植物に詳しい者といえば庭師か薬師、もしくは医師だけだ。だが、いずれも犯行動機はない…。なら外部と考えるのが妥当か…。)」
ヴィスキントは顔を上げて、ふと中庭を見る。
そして少女の手を掴み、中庭への道を歩き出した。
『どうされたのですか?』
「確認したいことが出来た。ついてこい。」
そう言って中庭を抜けたヴィスキントは、少女と共に城を出て貴族街へと向かう。
すると少女を抱き上げて、急に建物の屋根へと飛び乗ると少女をゆっくりと下ろし、その軽い体重が風で飛ばされないように腰を抱いた。
少女が恐る恐るヴィスキントと同じ方向へと目を向けると、目を丸くさせた。
そこに広がっていたのは、あの広大な城を一望出来るほどの絶景であった。
息を呑んで感嘆する少女に対し、ヴィスキントはつまらなさそうにそれを見遣る。
しかしその視線は何処か真剣味を帯びていた。
「もしその毒を持ち去るなら、瓶であっても運搬に知識が必要そうか?」
『……そうですね。瓶をひっくり返せば取り返しがつかない毒薬もありましたから、そうだと思います。』
「ふん。なら外部の人間の仕業だな。……見てみろ。あの場所は特に警備が薄く、そして城の者は誰も知らない絶好の侵入ルートだろうな。」
そう言って指を差した場所を少女も見たが、確かに騎士や兵士たちの数が極端に少ない場所がある。
それは中庭の一部分であった。
ヴィスキントの鋭い洞察力に瞠目した少女は、ヴィスキントを見上げて僅かに驚いた顔を見せた。
「それに、内部の人間で植物に詳しい者と言えば…お前か、庭師だけだが、どちらも盗む動機がない。その上、あの庭師がそこまで毒物に詳しいとも思えん。なら外部の人間だと考えるのが自然だ。こんなにも絶好のルートがあるなら余計に、な。」
『……流石です…!ヴィスキント様…!』
高い場所特有の突風が来ても、バランスを崩すことなく少女を支えて見せるヴィスキントは暫く目を細めて城の様子を見ていた。
そしてとある人物を視認し、その顔を歪める。
その人物は、今絶賛仕事中のはずのユーリだった。
どうも何かを探している様子のユーリを見て、ヴィスキントが顔を歪めたのだ。
やつの目的はどうせ、この少女だろうからだ。
今毒薬探しの最中で、薬学に詳しい者がいなくなるのは痛手である上に、少女はもしかするとあの男に恋をしている可能性だってある。
これ以上関係性を発展させればややこしい事この上ない。
「……。」
『ヴィスキント様?』
「……チッ。気付いたか…?いや…違うか。」
ユーリがこちらを見ていたが、ここまで遠いのに見えるはずもないだろう。
それこそやつが場所を特定していて、この場所を知ってなければ、注視などしない様な場所なのだから。
ヴィスキントは少女を強く抱き寄せるとそのまま一歩足を踏み出す。
しかし、そこに屋根はない。
少女は息を呑んで事を見守ると、必然的に浮遊感に襲われる。
咄嗟にヴィスキントへとしがみついた少女だったが、いつの間にかなんの問題もなく地面へと辿り着いていた。
恐る恐る目を開ける少女にフッと笑ったヴィスキントは、ようやく腕を退かした。
「フッ。そんなに怖かったのか?」
『まさか…落ちるとは思いもしませんでした…!』
「まぁ、事前に言ってなかったしな。」
腕を退かしても未だにヴィスキントにしがみついている少女が、どうやらヴィスキントには可笑しかったようだ。
喉奥で笑っては少女を見つめていた。
「もし仮に、変な風に落ちたとしても怪我するのは俺だけだ。お前は羽根があるだろう?」
『それはそれで嫌ですね…?』
「嫌?」
『見知った方が怪我をするのは誰であろうと嫌ですから。』
「……。」
なんて心優しい少女だ、と呆れた顔を見せたヴィスキントだったが、とある方向を一瞬だけ見るとすぐに移動を開始する。
ヴィスキントの服を掴んでいた少女もまた、慌ててヴィスキントの歩調に合わせて歩き出すのだが、その足取りは何処か急いでいるような様子であった。
『ヴィスキント様!何かあったのですか!?』
「厄介なやつが近付いてきている!早くここから離れるぞ!」
後ろを振り返ったヴィスキントはそのまま少女の手を掴んで、早足で歩き続ける。
まるで少女に配慮されてないその歩幅に、遂には少女の足は浮いてしまう。
絵に描いたような引っ張られ方をされても、少女は相変わらず怒らないし、何ならその浮いている状態を楽しんでいる節さえある。
そんな事を知らないヴィスキントは相変わらずの歩調で歩き続け、後ろから迫る危機を回避すべく歩く。
その人物とは…。
「ツイてないな…!」
『????』
「あのガキだ。茶髪でデカいカバンを肩にかけてる…」
『カロルですか?見られたんでしょうか?』
「どうも、俺達が屋根から地面に降りたのを見て気付いたようだな…。話し掛けてこようとしてるのが丸わかりだ。」
『あらあら、まぁ…?駄目なんですか?』
「時間の無駄だ。」
そう言って遂には少女を抱えて移動を開始したヴィスキントは、そのままカロルを振り切るようにして走り出した。
そしてそのままヴィスキントは帝都を出てしまう。
流石に帝都を出るとは思ってなかった少女は、ヴィスキントを不安げに見上げる。
しかしその少女の不安を解決させるかのように、ヴィスキントは少女を抱く強さを強めた。
たったそれだけの行動だけで、少女は彼が何を言わんとしているのか分かったようで自身の頭をそのまま彼の胸へと預けた。
一瞬だけ少女を見下ろしたヴィスキントだったが、すぐに前を見据え移動を続ける。
目的地は────"この少女の育てていた植物園"だ。
★+。。。+★+。。。+★+。。。+★+。。。+★+。。。+★
___メルクの植物園。
そうそう時間をかけずに辿り着いて見せたヴィスキントは、息一つ乱さずに少女を下ろし植物園を険しい顔で睨みつける。
そして期間の空いてしまった分ボロボロになってしまった植物園の扉に手を掛ける。
「今からこの中に入るが…決して俺から離れるな。それから、ここを管理していたお前に命令する。ここにある植物や物品で、少しの異変や盗品があるならすぐにその場で俺に言え。分かったな?」
『はい…。』
緊張した面持ちでヴィスキントの傍に寄った少女を確認した彼は、そのまま重い音を立てて開く扉を押し続ける。
最後まで開いたヴィスキントは先を歩く少女の後ろを追いかけながら辺りを警戒し、不審物や不審者がいないか気を張っていた。
すると意外にも早い段階で少女が疑問の声を出す。
ヴィスキントが少女を見下ろせば、少女がすぐにその疑問について語ってくれる。
『……植物が大量に盗られています…。それも…毒が少しでも含んでいる植物ばかりです…。』
「…正解だったか。」
『どういうことですか…?』
「以前、ここを縄張りにしている盗人が居ただろう?お前を狙ってたあの馬鹿どもだ。話にならないくらい雑魚すぎて記憶に残ってなかったんだが…今回の件でふと疑問に思った事があってな。────"何故奴らはここで霊薬が作れる事を知っていたのか"とな?」
『…確かに…誰にも話してませんのに…何故でしょうか?』
「それはあいつらがどっかでお前の会話を傍聴していたからにすぎない。そしてここを縄張りにし、毒のある植物を盗む理由…。何か裏があるんだろうな。そして城の中の毒薬に手を付けるまで発展していった理由もな。」
武器を手にしたヴィスキントはとある方向を向いて、鋭い瞳を向ける。
その冷たい視線は何かを射抜いているようだった。
少女が不安そうに胸の前で手を組めば、ヴィスキントは少女の細い腕を掴んで自分の後ろに引っ張った。
そして冷たい声音で何かに話しかけた。
「コソコソと陰に隠れてこちらを覗く前に、自ら姿を見せたらどうですか?」
「「「………。」」」
数人のコソ泥が静かに二人の前に姿を現す。
その手には武器を持ち、いつでも攻撃が出来る準備をして二人…特にヴィスキントに向けて威嚇をしていた。
しかしそんな事で彼が怯むはずもなく、逆に鋭い視線で射貫かれてしまえばコソ泥はその場で完全に震えあがっていた。
「相変わらずの小心者ですね!こちらに向かってくる勇気もありませんか?」
「う、うるせえ!!!」
「毒物を盗む理由を話しなさい。場合によっては見逃して差し上げますよ。」
「こ、これは…その…。」
「口止めされてんだ…!!」
「……裏で繋がってるやつらが居るか…。」
『組織的な犯行でしょうか…?』
「その可能性が出てきたところだな…。まぁいい。一人ずつ捕らえて吐かせるまでだ。」
ヴィスキントが敬語をやめ、腰を落とすとすぐにコソ泥へと走り出す。
そのスピードについてこれるはずもないコソ泥は、ものの数分もかからずにヴィスキントの手によって捕らえられ、まとめて縛り上げられてしまった。
コソ泥を捕獲するまでの短時間という時間を唖然としていた少女は、彼の見事な手腕に思わず拍手を贈ると呆れた顔で見られてしまった。
しかしその視線もすぐにコソ泥の方へと向く。
「…さて。吐いてもらいましょうか?貴方達に窃盗を指示した者は誰ですか?」
「い、言えるわけねえだろ…!!?」
「そんなこと吐いたら俺たちが消されちまう!!」
「…今、この場で貴方がたを消して差し上げてもいいんですよ?」
ヴィスキントが手に持っていた武器を見せつけると男共は泣きべそをかき始めた。
そんな男どもを不憫に思ったらしい少女が、そっとヴィスキントの手に自身の手を重ねれば、それを煩わしそうに見遣ったヴィスキントが少女へと睨みを利かせる。
“一体なんのつもりだ”────そんな意味を込めて。
『もう少し待って貰えませんか?私が彼らに聞いてみます。』
「無駄な足掻きを。貴女を捕らえようとする悪いやつらですよ?そこまでの慈悲を、狙われている貴女自身が与えるというのですか?」
『それでも…私はヴィスキント様のそんなお姿を…見たくは無いのです。』
「……チッ、馬鹿な物好きが…。」
少女の必死さを見て、ヴィスキントがバツが悪そうに……それでも忌まわしく、胡乱げに少女を見る。
複雑な気持ちを抱えながらもヴィスキントがコソ泥たちから離れていくのを見て、少女が安堵する。
そしてコソ泥に近付き、優しく言葉をかける少女の背後では、ヴィスキントがそっと武器を構えていた。
少女に何かあったのでは、今までやってきた全てが台無しになるのだから。
「(何かあればすぐに殺す…。そいつの無駄な慈悲に、今は浸ってろ。)」
武器を強くヴィスキントが持ち、少女が優しく犯人を問い質そうとしたその瞬間────少女の目の前にいたコソ泥たちは動かなくなっていた。
それを見た少女が驚き唖然とする中、ヴィスキントが急いで少女を強く自身の方へと引き寄せる。
そして少女の頭を自身の胸に押し当てたヴィスキントは「耳を塞いでろ」と端的に言い放ち、武器を構えた。
少女が耳を急いで塞げば、少女には何が起こったか分からない。
だが目の前の状況をヴィスキントは冷静に見ていた。
「(……毒か? だが、誰がやった…?)」
既に息の根を止めた目の前のコソ泥と周りを警戒しつつ、ヴィスキントはそのまま少女と共に後退りをしていく。
耳を塞いでいる少女は疑問を持ちつつも、ヴィスキントの行動に従った。
こういった時にヴィスキントを頼るのが正解だと少女も頭では分かっていたからだった。
「(扉まであと10歩…。その間にけしかけて来たら…犯人の顔を拝みつつ交戦してやる。)」
一歩、一歩と確実に後退していくヴィスキント。
敵の気配を探しながら歩いていたが、どうやら敵はもう逃げ果せたようである。
……気配がここにひとつも無い。
それに気付いた瞬間、ヴィスキントは武器を下ろしていた。
「……もうここに用はない。引き返すぞ。」
『あの…先程の方々は…?』
「知らん。気絶したふりをして逃げていった。」
『そう、ですか…?』
「行くぞ。」
有無を言わせずに扉の方を向かせ、少女の背中を押したヴィスキントは、そのまま少女と共に植物園を後にする。
最後に一度だけ振り返り、見えた光景に鼻を鳴らしては無感情にそれらを見遣ったのだった。
“もう見慣れた光景だ。”
そう、心の中で零して。
ただ、あれを少女に見せるのは面倒な気配を察知したからだ。
決して少女に優しさを見せた訳では無い。
……そう、断じて。
○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:
植物園を出た二人は休憩を挟む為に、植物園の近くにあった少女の自宅へと身を潜める。
久しぶりに自宅の中に入った少女だったが、そこにあった光景に苦笑いをする。
その反対でヴィスキントは少女の自宅の中を見て、驚いた顔を見せた。
何故ならば、そこはまるでジャングルのように植物があちこちに蔓延っていたからだ。
「……お前、整理整頓が苦手なタイプだったのか?」
『いえ…、その……家にも植物を持ち込んでいまして…。それが手入れをしなかったが故に…こんな状態となってしまいまして…。』
「……あれほど公私混同するな、と言っていた筈だが?」
〈
しかし植物好きな少女のことを知っていたアビゴールとヴィスキントは少女にちゃんと話していたのだ。
“公私混同はするな”
“植物園があるから自宅に植物はいらないよな?”
“自宅は人間が住むための物だ”
と、あれほど忠告をしていたにも関わらず、少女は勝手に家に植物を上げていたのだ。
呆れて頭を押さえるヴィスキントに申し訳なさそうにする少女は、すぐに植物の手入れを始めていた。
『奥の自室には植物がありません。ヴィスキント様、そこでおやすみになられてはどうでしょう?』
「俺はお前のために休憩を挟むつもりだったんだが? 何故俺が休憩を欲しがってると勘違いしている。」
『申し訳ありません…。てっきり、ずっと気を張られていたので休憩を提案されたのかと…。』
「ともかくお前が休んでろ。俺は俺で気楽に過ごす。」
鬱蒼と茂る植物を煩わしそうに避けながら奥の方へと進もうとしたヴィスキントだったが、直ぐにその足は止まる。
そして怪訝な顔をさせて少女を振り返った。
「……この家から勝手に出るなよ?俺が休憩終わりというまではこの中にいろ。」
『はい。分かりました。』
少女の返事を聞くとサッサと踵を返して、植物をかき分けながら奥の部屋へと入っていった。
それを見送りながら少女は久しぶりに会う植物たちの手入れに奔走するのだった。
その表情の嬉しそうなこと。
誰が見てもそう見えるほど、今の少女の顔には幸せが溢れている。
そんな少女の姿を振り返ったヴィスキントが見て、舌打ちをした。
無感情にその感情を押し込めて、足を進めた。
今は少しでも考える時間が必要だった。
先程の植物園でのことや、毒物の持ち運ばれた場所など……考えることは数多にあるのだから。
「…馬鹿だな。俺も…お前も…。」
____一時間後…
粗方植物の手入れが行き届いた頃、額の汗を拭うようにして少女が一息つく。
鬱蒼としていた家は再び人が住める程の植物の量となっていた。
枯れた植物は泣く泣く捨て、生きている植物だけを置いてもまだ有り余るほどである。
達成感のある顔をした少女は、この家の中に居るはずのヴィスキントを探すことにした。
恐らくお腹を空かせている時間なのかもしれない────そう思いながら。
『……?』
奥の部屋へ向かったのを見たので、少女もまた奥の方へと向かう。
扉のドアノブに手をかけた瞬間、中から聞こえる安らかな寝息を聞いて少女はピタリと手を止めた。
……そろそろ夕飯も近付いてきた頃だ。
夕食の準備をしようとしていたのだが、これでは外に買い出しに出るのは無理なのかもしれない。
これ以上、彼を疲れさせる訳にもいかないからだ。
ここで休めているなら少女にとっても安心出来る。
『…………おやすみなさい…。』
少女はそっと扉から離れ、台所へと向かう。
ここを空けて大分経ってしまってるので、中の食材はもう駄目だろう。
そう考えながらヴィスキントが起きた時の為に何か作ろうと少女は意気込んだ。
少女が彼に出来るのは、せめてこれくらいでしか無いから。
『……さぁ、やってしまいましょう。』
家の中の植物から採れた様々な物を用いて、少女が簡易的な食事を作る。
良い匂いを放つそれが奥の部屋へも行ったのか、台所へとヴィスキントが現れる。
その表情は珍しく少し眠そうだ。
「……何をしてる…。」
『あらあら、まぁ…?』
「“あらあらまぁ”じゃねえ。何してんのか聞いてんだよ。」
『ヴィスキント様が起きた時に何か食事が食べれたら、と思いまして。それで簡単な料理をしていました。』
「……食材は?」
『家の中の植物で補いましたよ?』
「……食えるのか、それ…?」
欠伸をかみ殺すヴィスキントは少女からすれば珍しく、ちょっとした表情が見れて少女は嬉しくなり、柔らかく微笑んだ。
そんな少女には目もくれず、リビングの椅子にドカッと座ったヴィスキントは、倦怠感そのままを表した座り方で座り、目の前に出された食事を億劫そうに見る。
しかしお腹は空いていたのか、すぐに手を出してそれを口に放り込む。
すると目を丸くさせて少女を見た。
「…………………………美味い。」
『味付けも全てここの植物で賄ってるんです。』
「これは驚いたな。まさか、植物だけでここまでの味が出せるとはな。」
『はい、可能なんです。畑のお肉とも呼ばれる大豆もふんだんに使っていますからタンパク質も取れますし、男の方でも満足いただける品かと。』
「お前のは?」
『もう食べましたよ?』
「……本当か?この家の中にこれほどの量があったとは思えないが…。」
『ヴィスキント様が起きられるまで時間がありましたから。沢山採取して、食べてしまいました。』
胡乱げな視線を向けられた少女だが、笑顔でそれを見つめれば大きなため息をつかれてしまった。
「……後で腹が空いても知らないからな。」
『大丈夫ですよ。ちゃんと食べたんですから。』
「……。(嘘つけ…。)」
どうやら信じていない様子のヴィスキントは一度疑いの目を向けたが、出された食事をあっという間に平らげてしまう。
そして外を見て僅かに顔を険しくさせた。
「(……寝すぎたな。最近溜まりに溜まっていた仕事を片したのはいいが…少し気負いすぎたか…。)」
『今日はここで休まれますか?』
「……そうだな。まだ頭の中の思考も纏まってないしな。明日から動くぞ。」
『はい!』
やる気満々の少女を見て、そしていやに綺麗になっていた家の中を見渡す。
この少女がこの家をここまで綺麗に出来るほど自分は寝ていたのか、と呆れてさえいた。
普通に住むには充分過ぎるほど綺麗である。
「先に風呂に入ってこい。」
『いえ、私は後で大丈夫ですからお先にどうぞ?』
「なら、そうさせてもらう。」
軽く汗を洗い流すか、と立ち上がったヴィスキントを見送り、少女は皿を片付ける。
初めて彼を自宅に招いて食事も食べて貰えた。
今日は初めてな事が沢山あったな、と少女は胸を躍らせていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一方ユーリ達。
メルクの姿が見当たらず、宛もなく歩いていたユーリだったが、そこへカロルがやって来る。
ユーリ「おー、カロル。どうしたんだ?そんな慌てて…」
カロル「ユーリ!メルクなら外だよ!」
ユーリ「は?」
カロル「いや、なんか見たんだけどさ。ベンと一緒に帰属街を歩いてたよ?」
ユーリ「……あいつと?」
そこへ、丁度医師もやってきて二人を見ては目を丸くさせた。
「おやおや…。お二人とも、こんな所で立ち話ですか?」
カロル「あ、お医者さん!さっきメルクを外で見たんだけど…大丈夫なの?」
医師がその話か、と子供が泣きそうな顔で笑う。
「えェ。ベンと一緒だったのでは?」
カロル「うん!そう!なーんだ、知ってたんだ!」
ユーリ「何であいつなんかと。」
「まぁ、彼らにはちょっとだけ調べ物をして貰ってるんですよ。云わば、今の彼らは探偵業に勤しんでいる…と言った感じですかねェ?」
それを聞いたカロルが不満げに口を尖らせて医師を見る。
ユーリも怪訝な顔を医師に見せていた。
カロル「え!?なにその面白そうなの!なんで僕たちも誘ってくれなかったのさ!」
「メルクさんでないと危険なものでして。皆さんには報せてなかったんですよ、えェ。」
ユーリ「それ、ヤバいやつなんじゃないのか?」
「えェ、そのヤバいやつですよ。ですからメルクさんとベンがペアを組んで調べ物をして下さってるんです。……危険物ですから。」
「「え?」」
そこへ今度はフレンとエステルも集まってきた。
二人はユーリ達を見ると駆け寄って、さっき起きたことをユーリたちに知らせていた。
勿論それは、ヴィスキントが少女を抱え、そして偽神子と追いかけっこをしたあの事件である。
騎士団としては少女をまた誘拐されるかと思って動いた事件だったが、少女が大丈夫というものだから大人しく引き下がったのだ。
その事をエステルもフレンも不安そうに話したが、医師は初めて聞いたとばかりに僅かに驚いた顔を見せた。
「初耳ですが…。まぁその後に探偵業に励むことになったんだと思います。」
エステル「探偵業?誰がです?」
「ベンとメルクさんですよ。今おふたりで探偵業をやってましてねェ?」
フレン「……大丈夫なのか?それは…。」
ユーリ「な?お前も心配だよなぁ?」
エステル「一番心配してるのはユーリでは…?」
カロル「だよねー。」
ユーリ「お前らまで…。」
フレン「で?なんで探偵業なんてやってるんですか?」
「この城の薬品が盗まれていたんですよ。もう一人の城付き医師も知らなかったようで…。」
フレン「それは大事件じゃないですか!!なんで私たち騎士団に言って下さらなかったのですか!」
「気付いたのは今朝で、メルクさんとも話していたんです。そこへベンも知って、犯人を探してくださるというのでお任せしたんです。ベンも一緒なら私としてはメルクさんを任せられますから。」
フレン「そういうことじゃなくてですね…?」
カロル「じゃあ、メルクじゃないと危険だって言ってたのは?」
「薬物の扱いは薬剤師であるメルクさんの隣に並ぶ者はいません。それでベンも安心して犯人探しが出来る、と思ったのでしょう。今頃どこを探しているのやら…。」
カロル「ユーリ!僕たちも犯人探そうよ!」
「いえ…皆さんはここにいてください。その薬品は全て毒物ですので、大変危険なものですから。えェ…。」
ユーリ「余計に心配になるじゃねえかよ…。」
カロル「逆に…二人はどこまで犯人を暴いてるんだろ…?一緒に手伝うなら行って良いでしょ?」
「くれぐれも、メルクさんの指示の元お願いしますねェ?人体にかかると一瞬で天に召されますよォ?」
カロル「き、気を付けるよ…。」
ユーリ「お前らはどうする?城を離れられないだろ?」
フレン「僕達は兵士たちに聞いてみる。城の中での事なら、まずは近くから捜索したい。」
エステル「私もフレンに従います。ですからメルクのこと、よろしくお願いしますね?」
カロル「分かった!!あとはパティとかジュディスはどうするのかな?」
ユーリ「そこら辺にいるだろうしな。聞いてみるか。仕事が忙しいなら俺たちだけで探しに行くか。」
カロル「うん!行こう!ユーリ!」
ユーリ「はいはい。」
こうしてユーリ達の他、パティやジュディス、レイヴンとラピード、リタも加わり、2人の捜索が始まったのだった。
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