第8界層 〜蜿蜒長蛇なる深淵の懸河〜
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医師の手伝いを頼まれた少女は、医師と共に薬剤の片付けや薬剤管理の為の日誌を書いていた。
薬の数や足りない薬の数、そしてここに無い薬で少女としてはあった方が良い薬の見当など、薬剤師としての仕事を任せられていた。
勿論、医師にそうやって薬剤師として頼られるのは嬉しく、少女は文句も言わずに仕事をこなしていた。
そんな少女へ、医師が少し考え込んでから話し掛ける。
「……メルクさん。」
『はい。なんでしょうか?』
「先程の事で少し気掛かりなことがありまして。それについて少々伺っても?」
『?? はい。』
「先程メルクさんは、あの飴細工を食べて“甘い”と仰られてましたねェ?それに、王冠の玩具を口にした時に痛みの訴えも…。」
『……はっ!』
「……どうやら、気付いてらっしゃらなかったようで。」
『どう、して…?私、ユーリとまだ副作用を半分にしてないのに…?』
「やはり、そうでしたか。彼を見ても同じ反応だったので、もしや…とは思ってましたが…。メルクさんまでもそう言われるのであれば、否定は出来ませんねェ…?」
医師は口元に手を当てて考え込む。
この医師がこうなると暫くはずっとこのままの状態でいることも、少女は知っていたので、少女自身も考え込む。
自分が気絶している間に、もしかしてユーリが勝手にやってしまったのだろうか。
なかなか答えを出さない自分に辟易してしまって…。
いや、ユーリがそんな事をするはず…
「ニャー。(神子様、少々宜しいですか?)」
『え?あ、はい。どうしたんですか?マオ。』
「ニャー。(神子様の身体の不調が一時的にでも治った理由は、私にあります。)」
『……ぇ』
慌てて少女は声を小さくして黒猫の方を向き、しゃがみこむ。
そしてそのまま小声で黒猫へと話し掛ける。
先程の言葉の真意が知りたいから。
「ニャー(治った、と言っても…半分の効果までしか打ち消せてはいませんが、それでも神子様の身体は人間の時の身体に近くなってるはずです。)」
『……どうしてですか…?』
「ニャー(あの花畑の時のことを覚えているでしょうか?私の首元にある紋章に神子様が口付けをして下さった時、私の背中には神子様と同じ羽根が現れたはずです。)」
『……確かにそんな事もありましたが…。それだけで……?』
「ニャー(あの行為自体、神子様の不調を治す効果があるのと、私に力を分け与えて下さる効果の二つがあるんです。元々神子様はその身から常にマナを放出されておられる体です。そのバランスを元に戻す、と考えて頂けたら何となくでも納得出来ますか?)」
『……なるほど…?』
「ニャー(後は私自身が神子様の近くにいることによって神子様のマナのバランス……いわゆる均衡を保っているといっても過言ではありません。ですから私からあまり離れられないよう…、と言っても私がずっとお近くにいますのでご安心を。)」
『……それは貴方が勇者だから…ですか?』
「ニャー(そうですね。勇者である私の特権かと。)」
「────メルクさん?」
『はい。』
医師から声をかけられたことに内心は驚きつつも、つつがなく平常心で医師の方へと顔を向けた少女。
医師も黒猫を可愛がっている少女へ声を掛けただけで、先程の会話を聞いていた様子ではないようである。
「変わらず黒猫が側にいますねェ?ここ、動物禁止なんですが…まぁ、良しとしましょうか。」
『そうですよね…?薬品も置いてあるから、地面に落とした時にかかったりして危ないですもんね。』
「いえ、むしろ薬品に手をかけないかと心配していましたが…。大人しいのでそっとしておきましょう。私が触れようとすると……この通り、威嚇されてしまいますので。」
医師が黒猫に触れようとすれば、威嚇をし始め、諦めた様に医師も手を引っ込めた。
そんな黒猫に医師がやれやれと言葉を零す。
「これでは幾ら待っても飼い主が現れなさそうです。メルクさんにばかり甘えては、構って欲しいようですから。」
『……。(そうでした…。皆さんはこの黒猫がマオだと知らないから…。)…………あの、お医者様。』
「はい。なんでしょうか?」
『この子を、私が飼っても良いですか…?』
「……えェ、城の方々が良いと言われれば大丈夫かと…。ただ…医師としてどんな心境の変化か、聞いても?」
『この子を見ていると、何故か落ち着く気がするんです。(これなら嘘ではないわよね…?)』
「ほう…。“落ち着く”ですか?(何かメルクさんの中で感じるものがあるのでしょうか。この黒猫はメルクさんの副作用に反応する報告も上がっていますし……ここは様子見ですかねェ…?)」
お互いに感じる事が多いながらも、決してそれを口にせず、心の中で収める二人。
その間にも黒猫は少女の足元に擦り寄り、甘えた様子を見せる。
そんな中、騒々しく扉を開け放つ者たちがいた。
パティ「たのもー!!」
カロル「ねぇ、それ道場破りの時の文句じゃない?」
パティ「そこは黙って見送るのが男じゃろがい!」
カロル「えぇ…?」
二人がそんなやり取りをしている最中、横を通って中に入ってきた他の仲間たちは少女と医師を見て首を傾げる。
どうやら「取り込み中か?」と勘違いしたようだ。
少女が首を振り、立ち上がればユーリやジュディスが近寄っていく。
ジュディス「ねぇ王様?」
『??』
ユーリ「今日一日は王様なんだろ?」
『あらあら…ふふ。そうでしたね。でもそんな大層な呼び方されたら困ってしまいます。』
少女は眉根を下げて困った顔をさせて笑う。
そんな少女の顔を予想していた二人は気にせずに言葉を交わす。
「今から出掛けないか?」────そう言って。
断る理由もない少女は返事をしかけて、言葉に出す直前で医師を見る。
すると医師は暫く考えたあとに、何処に行くか聞いていた。
「どこへ行かれる予定なんですか?」
ユーリ「ちょいと遠出だな。」
「ふむ。ならば私も出掛ける準備をしましょうかねェ。今のメルクさんの体力検分や食事指導など、やる事は山ほどありますから。」
『すみません。ご迷惑をおかけします。』
「いえいえ…。これもメルクさんの医師として当然のことです。どうか、お気になさらず。」
「ニャー(神子様、私もついていきます。)」
『……ありがとうございます。ユーリ、この猫も一緒でも良いですか?』
ユーリ「は?……まぁ、そりゃあ構わないが…。」
エステル「大丈夫なんです?その猫、鳴くとメルクの体が心配になるんですが…。」
『はい。大丈夫ですよ。マオは大人しい子ですし、鳴いても大丈夫かと思います。』
「「「「マオ?」」」」
聞きなれない言葉に全員が言葉を重ね、反復する。
仲間達の反応に笑った少女は、足元にいた黒猫を抱き上げて皆に見せる。
そしてこの子が先程言ったマオだと、そう伝えた。
すると、仲間達はそれぞれの反応を示す。
渋い顔をする者もいれば、喜んで黒猫の名前を呼んで迎えいれる人もいる。
エステル「結局、飼うことにしたんです?」
『はい。…やはりお城の中では動物禁止でしょうか?』
エステル「いえ、大丈夫だと思いますよ? 特にこの黒猫は兵士さんの目を掻い潜ってはこの城の中に入ってましたし…。皆さん暗黙の了解じゃないでしょうか?」
フレン「そうですね。まさにそんな感じだと思います。」
ユーリ「どういう風の吹き回しなんだ? あれほど里親探したがってただろ?」
『何だかんだ、私自身が気に入ってるのもあるんですが……。この子がいると、落ち着くんです。』
ユーリ「ふーん?(落ち着く、ね…? これが何かの暗号じゃなければいいが…。メルクの場合、何かを見逃すと後々おおごとになるからなぁ…。)」
パティ「そんな事より、早く出発するのじゃ!」
カロル「急がないと見れないよ!」
『……? “見れない”とは…?』
ユーリ「ま、ちょっと立て込んでてな。見れるか見れないかは五分五分だそうだぞ。だから早い所行こうぜ。」
そう言って仲間達は少女の背中を押す。
医師も首を傾げる中ついて行けば、仲間達が向かった先はエフミドの丘の上だった。
慌てて護衛の双子も一緒に行くことになり、更にはメルクを慕う子供たちもついて行くことになり、ドタバタの中エフミドの丘へと向かった一行。
夕方も通り過ぎて夜になりかける頃、何が何だか分からないまま外での晩餐となり、皆で食事を囲う。
美味しい食事に舌鼓を打って、誰もが楽しい夕食を過ごしていた。
『美味しいですね…!』
カロル「食堂の料理人の人達がくれたんだよ!」
パティ「おぉ!豪勢じゃな!」
レイヴン「誰か~~、酒は無いわけ~?」
ユーリ「おっさん…、こんな場でくらい酒我慢しろよ…。」
ジュディス「そうよね。本当、デリカシーのない人。」
レイヴン「ガーーーン…!」
フレン「エステリーゼ様、肉はしっかり焼かれた方が…。」
エステル「え?どれくらいです?これくらいレアな方が美味しいかと思ったんですが…。」
リタ「あんた、それは城の中でだけよ。こんな外まで持ち歩いた肉は、レアなんて焼き加減だと下手したら当たるわよ?」
エステル「えぇ!?そうなんです?!」
ラピード「クゥーン…。」
それぞれが料理を堪能しつつ会話を楽しむ。
そんな周りを見て、少女が眩しそうに目を細めて少しだけ呆然としていた口をゆっくりと弧にする。
少女のその様子に気付いたユーリが、目を丸くさせ、少女を見つめる。
いつだったかのパーティと同じ状況になっている少女に、ユーリは迷いなく声を掛けにいった。
ユーリ「よっ。楽しんでるか?」
『あらあら、ふふ…。それ、いつだったかも同じ事を聞いてきたわよね?あれは……そう、皆が私のパーティを開いてくれた時。』
ユーリ「だな。ていうか、また壁の花を決め込む気か?今日の王様は。」
『そんなつもりじゃなかったのだけれど…。……何だか皆が眩しくて。』
ユーリ「だから、一緒に中に入ればいいだろ?何でそんなに遠慮するんだよ。今日は王様のための外出だぜ?」
『うん…。そう、よね…。』
頬に手を当てて困った顔をした少女は、何処か憂いを帯びた顔をさせていた。
そんな少女の額を指でピンッと弾いたユーリは、すぐに笑う。
額に手を当てた少女も、そんなユーリの笑顔に思わず一緒になって笑顔になり、そのまま声に出して笑った。
すると向こうが急に騒がしくなる。
ユーリが少女の手を握り、皆の元へと駆け出す。
慌ててそれについて行こうとする少女は驚いた顔を少しだけ顔に出して走る。
すると少女やユーリ達の頭上に広がる、光の波が空に映し出されていたのに気づく。
そう、それは緑や紫に光るオーロラであった。
エステル「予想が当たりましたね!!」
カロル「流石エステルだよ!晴れ間だとか、なんとかかんとかの条件下でしか出ないって言ってたから、てっきり出ないかと思ってたけど…。」
リタ「全然覚えてないじゃない。」
ジュディス「まぁ、それでも見れて良かったじゃない。」
パティ「うむうむ!見れたから良いのじゃ!」
仲間達がそんな話をしていると、仲間達は示し合わせたかのように一人ひとり頷いて手を繋いでいく。
すると仲間達は、オーロラを見ていた医師の手まで繋いでいく。
不思議そうにそれを受け入れた医師の手は、続いてユーリに繋がれて、そして最後にもう片方を少女へと繋ぐ。
少女がその様子を見ながら、他の仲間たちの繋がれた手を見ていく。
すると全員の視線は最後に繋がれた少女へと向けられる。
カロル「……ねぇ、メルク?」
『はい、何でしょうか?』
カロル「僕達のギルド…“凛々の明星”はね?とある信念があって行動してるギルドなんだ。」
『……とある、信念?』
カロル「うん。〝一人はギルドのために、ギルドは一人のために〟───そういう理念や信念を持って行動しようって誓いあってるんだ。」
『あらあら、まぁ。素敵な信念ね?』
突然話し出した話題なのに、少女は気にした様子もなくカロルの話に耳を傾ける。
ただ、少女の内心では何を言われるのかと少しの警戒心もあった。
彼らに対して臆病になり過ぎていたのだ。
“裏切ってしまった自分”
“嘘をついている自分”
“もう後戻り出来ない私達”
罪悪感や後ろめたさが、少女の心の中でずっと燻っていた。
それでも、今はその罪悪感も顔に出さないまでに戻ってきたはずだ。
だからこそ、仲間達の言葉が今の少女には怖いものがあった。
────それは、自分や“神”達を詰ったり、罵ったりする言葉なのではないか、と。
カロル「だからね?メルク。僕達凛々の明星は、メルクを助けたいんだ。」
『(…今、なんと…?)』
カロル「〝一人はギルドのために、ギルドは一人のために〟────その信条を守るために。」
『……でもそれなら、私は当てはまらないんじゃないかしら。私は、他のギルドである“怪鴟と残花”のメンバーだから。』
カロル「うん、そうだけど。でも違うんだ。僕達はもうひとつの理念も掲げてる。……〝義をもって事を成せ、不義には罰を〟っていう厳しい規律を課してるんだ。」
『……。(やっぱり、そうよね…?それなら私は悪人だから…)』
ユーリと繋いでいた手を離そうとして、逆に強く掴まれる。
少女は皆を見ながら、そのままそれを受け入れる。
決して顔には出さずに。
カロル「僕は、メルクを助けたい。それはユーリもジュディスも、ラピードもそう。なら、ギルドの方針として僕達凛々の明星は、メルクを助けるってことを改めて考えたんだ。」
ジュディス「勿論、不義には罰よ?」
ラピード「アォーン!」
カロル「だから今回メルクが皆が幸せならそれで良い、元気ならそれでいいって願いを何かの形で叶えられたらって考えたんだ。」
ユーリ「俺たちがそんな話をしてたらエステルが今日の夜にオーロラが見られるかもしれないって言うからここに来た、って訳だな。俺たちも珍しいオーロラ見られて、メルクも皆のそんな様子を見て幸せと感じるなら一石二鳥だろ?」
『……一つ聞いても良いですか?』
カロル「うん!なんでも聞いてよ!」
カロルが快活に笑って鼻の下を擦る。
それはいつも見せる彼の癖だ。
そんな彼の癖を見ながら少女はいつもの微笑みで自らの疑問を解消すべく、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
『“不義には罰を。”────それを言うならば、私は皆さんに助けてもらえる資格は始めからありません。それなのに何故…私を助けたいと思われたのですか?あなた方の信条や理念に反している私を…。』
カロル「そんなの決まってんじゃん!っていうか、さっきも言ったけど、僕達はただメルクを助けたいだけなんだよ!」
ジュディス「どっかの困ったお姫様のように、困った人全てに手を伸ばしては助けてあげたい、と簡単に言うつもりはないけど。でも今回ばかりは私も皆の意見に賛成なのよ。」
ラピード「ワッフ!」
ユーリ「ラピードもそうだってよ?」
皆が少女の方を見る。
それは信念のこもった瞳をもってして、そして願うようにその瞳は決意へと変わっていく。
少女が少しでもこの思い出を思い出して、未来の幸せへと変えられるように。
決して、少女の辿るだろう悲しい道へと行かないように。
“不義”の道へと踏み外さないように。
それらの気持ちがこもって、少女を見つめる。
……それは何も凛々の明星だけではない。
リタやエステル、フレンもそうだ。
サリュやカリュ、ココやロロも同じ気持ちだった。
ココ「メルク姉…。」
ロロ「メルクお姉さん…。」
ココとロロが少女に抱きついて強く抱きしめる。
その強さは、子供たちの願いが込められたかのような強さを見せていた。
強く、強く抱き締めて離さなかった。
そんな二人に少女は優しく抱きしめる。
そしてそっと目を閉じれば、他から見ても優しい母親のようである。
そんな少女へと二人は更にギュッと強く抱き締めた。
ココ「……最初から助けてもらえない、とか…そんなこと、言うなよな…!?」
ロロ「たとえ、誰もがメルクお姉さんを見捨てたとしても…!ぼくたちは絶対にメルクお姉さんと一緒にいます…!!!」
ユーリ「おいおい。そんな物騒なこと一言も言ってねぇーぞー?」
ココ「ていうかさ!? メルク姉はもっと周りに助けを求めろよ!!!何でだまっていつもいつもさらわれるんだよ!!?」
ユーリの言葉を無視したココが少女に説教をする。
ロロも首を縦に振りそうになって、慌てて止める。
ロロ「ぼくも……お姉さんはもっと周りを頼ったほうがいいと思います…!」
『あらあら、まぁ。』
ココ「いつもみたいに、そのセリフでごまかそうとすんなよな!?」
『あらあら、ふふ。』
ロロ「ココ…。これはメルクお姉さんの口癖だから…。」
頬に手を当てて笑う少女に、子供たちは抱きしめながら長いため息をつく。
そんな子供たちに更なる拍車をかけるように、少女が口癖を口にするものだからココが再び説教を入れ、ロロは心配そうに少女を見上げる。
そんな構図が出来上がってしまえば、ユーリ達は仲間はずれにされて何も言えなくなってしまう。
ただひとつ言えるのは、仲間はずれにされて皆が不貞腐れていることだ。
いくら昔から一緒にいる三人だとはいえ、仲間はずれはよろしくない───そう思っているのだ。
すかさずレイヴンやパティがそんな三人へと声を掛け、近づいて行く。
繋いでいた手は離れていき、全員が離していけばその足は勿論少女の方へと向かっていく。
そうして夜が更けていく。
オーロラはいつまでも光り続け、それを堪能した仲間達は少女と話しながらいつまでもカーテンのような緑や紫の光を見続けた。
明日はまた、それぞれで仕事へと向かわないといけないから。
今だけは少女と共にいれる喜びを噛み締め、少女との大切な思い出作りに奔走するユーリたちだった。
___全員で夜空見上げ中。
ユーリ「……なぁ、メルク?」
『はい?なんでしょうか?』
ユーリ「何だかんだ説教じみた話が続いたが……要は、アイツらがお前のことをすっげえ心配してるってことだ。それを覚えといてくれよ?」
『はい、もちろんです。王様らしくは振舞えませんが、それでも皆さんのしてくださったこの束の間の休息に私も嬉しくなりました。本当にありがとうございます。』
ユーリ「今日は助けを求めないんだな?」
『そうは言いますが、あれは間違えて口にしてしまった、と言いますか…。』
ユーリ「間違いだろうがなんだろうが、あの時は助けが必要だったから咄嗟に出たんだろ? 実際に、その日の夜に攫われてるしな…。」
『あれには驚きましたし…。……何だか、納得いく言葉だったと痛感してるところです。“不幸にしか出来ない”って言葉が……。なんだか、それが時折辛く感じるんです。こうしてる間にも皆を苦しめてるんじゃないかって…。』
ユーリ「あの間抜けな顔っ面が並んでるのを見てもそんなことが言えるか?」
『誰も内面なんて分からないじゃない?それで不安になるのかも…しれないわね…?』
ユーリ「そうか?俺は、メルクがただ単純に考え過ぎだと思うけどな。今のあいつらの顔は"オーロラが綺麗だな"って顔してるだけだろ。」
『あらあら、ふふ…。それはユーリが、彼らと一緒にいた長い時間で培ってきた経験則ね?だからすぐに分かるんじゃないかしら?』
ユーリ「なら、そろそろメルクの感情も分かってきてもいい頃だと思うけどな? お前、全然顔に出さねえから感情が読み取りづらいんだよ…。」
『あらあら、まぁ…。』
ユーリ「……ガキどもが言ってた事が分かる気がするわー。全部それで済ませようとしてるだろ?」
『そんな事はないわよ?ちゃんと顔に出してるじゃない?』
ユーリ「そんな、のほほんとした顔で言われてもなぁ…?」
『あらあら、ふふ。』
ユーリ「……。」
『…ねえ、ユーリ?』
ユーリ「あ?」
『幸せの形って…人それぞれよね。でも万人が思う幸せの形って…一体何なんでしょうね。』
ユーリ「そういう難しいこと聞いてくるなら、医者に聞いた方がいいんじゃないか?哲学とか、医学とか…俺は専門外だぜ?」
『あらあら、ふふ。だってその万人にはユーリも含まれてるのよ?聞いたって罰は当たらないじゃない?』
ユーリ「まぁ、そうだけどよ…。そうだな…? こんな平和な日が続くことじゃないか?」
『争いはいらない────そう言いたいのよね?』
ユーリ「まぁそうだな。カロルの奴から聞いてるかもしれねえけど、ちょっと前まで俺達は大変な目に遭ってたからな。だから余計にそう思うのかもしれねえが…。まぁ、万人っつーならそうなんじゃねえか?」
『そう…。そうよね…。』
ユーリ「何だよ。不穏な質問だな?」
『そんなに身構えないで?ユーリ。ただ幸せを噛み締めてるから聞いただけよ?』
ユーリ「ホントかよ?何かの前触れじゃねえだろうな?」
『あらあら、まぁ?信じてくれないのね?』
ユーリ「お前、前科があり過ぎるしな?」
『あらあら、ふふ…。私には身に覚えがないけれども?』
ユーリ「言ってろ…。」
『あらあら、まぁ?(やっぱりそうよね。万人に等しく幸せだと言ってもらうには、この世界を優しい世界に変えるしかない。なら私のやるべきことはただひとつ…。界層踏破をして…誰かの願いを叶えて…、そして私が死ぬことだわ?…だから、それまでは誰にもこの想いは知られてはいけない。……………決して。)』
ユーリ「(なーんか、嫌なこと考えてそうだけどな。だが中々踏み込みづらいな…。あの口癖、何とかならねえか…?)」
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