第8界層 〜蜿蜒長蛇なる深淵の懸河〜
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____何処かの花畑
少女は目覚める。
その広い……広大な花畑で。
『……ここは? 猫さん…?』
確か黒猫を追いかけて、何処かに辿り着いたような気がする。
しかしそこからの記憶がない。
少女は上体を起こし、花畑を見渡す。
すると近くには端正な顔立ちの男の子が居住まいを正しては、こちらを見て、静かに瞳を合わせる。
『(…なんて綺麗な金色の瞳なんでしょう…。)』
思わず少女がそう思うほど、男の子の瞳は金色で染まっており、その瞳はジッと少女を見つめ続けていた。
異国の服を着こなす男の子を見て、少女は口を開こうとしたが、先に男の子の口から言葉が発せられる。
「神子様。お身体の方、大丈夫ですか?」
『……え?』
何故、この男の子は私が〝神子〟だと見破ったのだろうか。
羽根が出ている訳でもなく、かと言って別の〝神子〟の証など聞いた事もない。
少女が男の子を不安そうに見ると、男の子は「安心してください。僕は神子様の味方です。」なんて言葉を発して僅かに微笑みを見せる。
金色の瞳が笑顔によって細められ、少女を優しく見つめる。
壊れ物を扱うように少女の頬へそっと手を伸ばした男の子は、そのまま少女の頬へ手を当てる。
「申し遅れました。私は“マオ”と申します。以後お見知りおきを。」
『あ、はい…。メルク・アルストロメリアと申します。』
「存じ上げておりますよ。神子様。」
男の子は相変わらず優しい響きで少女へと声を掛ける。
しかし少女にとって、この男の子に見覚えはない。
だからこそ少女の心の内は、困惑している気持ちの方が大きかった。
『以前、お会いしましたか…?』
「神子様が覚えていないのも無理はありません。ですが、以前確かにお会いしています。その時に私は、神子様に命を救われているのです。神子様は私の命の恩人なのですよ。」
ゆっくりと言葉を紡ぐ少年は、まるで過去を懐かしむ様に言葉を丁寧に紡いでいた。
見覚えのない少年、そして命を救われたのだという少年……。
少女は頭を出来うる限り回転させては記憶を遡ってみるも、やはり少女にはそういった記憶は無かった。
申し訳無さから少女が素直に謝れば、少年は気にした様子もなく首を横に振る。
そして少年は首元の服を緩めると少女へ見える様に首元を見せてきた。
そこには虹色の妙な紋様が描かれた肌が見え、少女は口元に手を当てて驚いた顔を見せた。
『それは…?』
「これは神子様に仕える者の証────〝勇者〟の証です。」
『え…。』
そんな事があるだろうか。
少女としてはキュアノエイデスを使いこなすユーリこそ勇者だと思っていただけに、今の少年の発言には目を見張るものがあった。
何故、この少年がその様な証を持っており、そして今頃現れたのだろうか?
それに昔助けられたとも言っていたが、何度も言うとおり、少女はこの少年に身に覚えが無い。
余計に混乱する頭を無意識に押さえれば、少年が心配そうに少女を気遣う。
優しく頭を撫でられても少女は頭の整理をするのにいっぱいで、気持ちが追いつかなかった。
「驚くのも無理はありません。ですが…信じて頂きたいのです。私は神子様を守る為にここにいるという事を。」
『……。』
少年はそんな少女の様子を見て苦笑いを浮かべたが、すぐにその顔を少女が安心できるように笑顔へと変え、そっと抱き寄せた。
それはそれは……大事そうに。
「神子様…。」
『……あの、私の事はどうか…メルクと呼んでください。その…他の方に神子だとバレる訳にはいきませんので…。』
「はい。分かりました。そのような理由があれば私も善処いたします。メルク様。」
『えっと……“様”もいらないと言いますか…。』
「それは出来ません!私の大事な神子様を呼び捨てなど。」
そう言って暫くはその押し問答が続く予感がして、二人は顔を見合わせる。
そしてどちらともなく笑った。
さっきまであれほど頭を混乱させていた少女も、少女を大事そうにする少年も、どちらも可笑しそうにその場で笑っていた。
きっとどちらも譲らないって事が何となく分かってしまったから。
『ふふ…!』
「はははっ…!」
『あぁ…、目一杯笑わせてもらいました…。』
「神子様が強情なんだって、今初めて知りましたよ。何だか新鮮で、神子様の素の一面を垣間見た気がして嬉しい気持ちです。」
『そんな…、私は大した存在では……。』
「私にとっては大事な方です。そんな悲しいこと仰らないでください。」
離れていた体を再び少年が抱き寄せて、強く抱き寄せる。
すると少年の首元の虹色の紋様に、少女の唇が咄嗟に触れてしまう。
慌てて離れようとした矢先、少年の背中から虹色に輝く妖精の羽根が現れた事で少女が言葉を失う。
『(これは…!あの図書館の本に書かれていた記述と同じ現象…!)』
「あぁ……力がみなぎってきます…。」
抱き締めながらそう言い放つ少年に少女が目を瞬かせる。
これはどうやって仕舞うのだろうか、またはどうしたら良いのだろうか、と悩んでいればそっと少年は体を離して少女へと笑顔を向ける。
「私が神子様の勇者だと、これでようやくお分かりになりましたでしょうか?」
『……はい。』
もうそう答えるしか、残された選択肢は無い。
困った顔をした少女を、少年は頭を撫でて「大丈夫です」と優しく言葉にする。
その瞬間、背中にあった虹色の羽根は消えてしまい、その羽根は光の粒子となって風に流れて行った。
少年はそのまま胸に手を当てて頭を下げる。
「どうぞこれから、よろしくお願いします。メルク様。」
『あ、はい……。……あの、』
「……? はい、何でしょうか? 私に出来る事ならば何でも申し付けください。」
『その……ここは、何処でしょうか…?』
気まずそうに、そして申し訳なさそうに俯く少女は消え入りそうな声音で話す。
こんなキレイな花畑がある場所に、少女は覚えが無い。
……いや、一つだけあった。
以前少女に懐いている黒猫が何処かに行こうとして、それを追いかけた先にあったのが丁度こんな花畑だった気がする。
ぼんやりと花畑を見渡した少女に、少年は口元に人差し指を当てて片目を瞑る。
「私と神子様の秘密の場所ですよ。」
優しい面影を写す少年に、少女も大きく頷けば少年は立ち上がって手を差し伸べる。
その手を取った少女を軽々と立たせれば、少年は空を見上げた。
「……私は神子様と共に…。」
『……? マオ?どうしたので───』
少女が少年の名前を呼ぶと突然、突風が吹き荒れる。
咄嗟に腕を顔の前にやり、この突風で飛ばされると思った少女だったが、それは何かによって阻まれていた。
よくよく見れば、それは例の黒い猫だった。
少女の白衣の裾を口に銜えて、少女を突風から守ったのだ。
しかし黒猫はいるが、先程までいたマオの姿は何処にも見当たらなかった。
それに一抹の不安を覚えた少女が、不安げに一歩踏み出すと足元の黒猫が可愛らしく鳴く。
「ニャー。」
『……。』
そっと抱き上げた猫は、嬉しそうに少女の頬にすり寄る。
そして前足で何処かを指した。
「ニャー。」
『……もしかして、道を教えてくれるの?』
「ニャー。」
単一な返事だが、鳴き方が多少違う。
指された方へと向かおうとする少女だが、先程の少年の行方が心配になり、振り返る。
しかしそこに広がるのは、綺麗な花を咲かせるただの花畑だけだった。
少女が心配そうに少年の名前を呼ぶと……
「ニャー?(神子様?)」
『え?』
猫の声に被さるようにして少年の声が聞こえてくる。
慌てて腕の中の黒猫を見れば、不思議そうな顔で少女を見上げている。
その“金色の瞳”が真っ直ぐと少女に向かっていた。
「ニャーニャー?(私はいつも神子様と共に…と、そう言ったつもりですよ?)」
『そ、そういう事だったんですね…。』
こればかりは驚くしかない。
まさか人間だと思っていた人が黒猫だったとは誰が思い、そして分かるというのだろうか。
ホッとした反面、何だか複雑な気持ちにさせられて少女がようやく緊張を解く。
そうすれば後はこの黒猫……もとい、少年が道案内をしてくれて、少女はその案内通りに花畑を駆け抜ける。
そうして植物の合間を縫って出てきた場所は、少女にとって馴染み深い場所であった。
『ここは…。』
そう、ここは少女が双子の護衛と一緒に、度々休憩に訪れる庭園である。
机や椅子の数がまさにそれで、尚且つ、辺りの植物も少女にとっては見慣れた植え方のされた植物たちであった。
呆然とその場所を歩いていれば、向こうの茂みからガサガサと音が立つ。
一瞬身を引いた少女と、毛を逆立てて威嚇をする黒猫。
その二人の前に現れたのは……
サリュ「あぁ…、今日も見つからない────って…!?」
カリュ「メルク様…!?」
そう、噂をしていればなんとやら。
あの双子が音を立てながら茂みから姿を現したのだ。
少女を見て驚いた顔をさせた双子は慌てて少女の元へと駆け寄り、体調を聞いたり、誘拐されて何かされなかったか、といった心配をし始める。
しかしその心配は少女に身に覚えのないものだ。
何故そんなにも心配されているのか分からず、首を傾げる。
サリュ「えっと……メルク様。犯人の顔は見てませんか?」
『犯人…?何の…ですか?』
カリュ「無論、メルク様を攫った犯人です!気絶したメルク様を、病室から攫った犯人がいるはずです!」
『……病室? あの…私は確か…おふたりとお茶をしてましたよね…?』
「「あ…。」」
驚く双子だったが、すぐに合点がいった。
確かに、少女が気絶する前の記憶は“双子とお茶をしたあとに猫を追いかけた”記憶しかないのだ。
病室という単語に不思議がるのも無理は無い話だった。
双子がお互いに困り顔で見合わせると、ゆっくりと説明をしようとする。
その前にサリュがメルクの体調を気遣い、いつもの庭園の椅子へと座らせる。
カリュ「えっと…そうですね…?どこから話したものか…。」
サリュ「私共とこうしてお茶したことまでは覚えてますか?」
『……はい。』
カリュ「その後、猫が急に飛び出してそれをメルク様が追いかけたことも…」
『はい。覚えてます。ですが……そこから先の記憶が無いのです。気付いたら外で倒れていまして……。』
「「え?」」
それはおかしい。
だって、少女は誰かによって攫われてしまっていて、外で倒れてるだけなんて妙な事は起こらないはずなのだ。
サリュ「もしかして……その黒猫も近くに…?」
『はい、私が目を覚ました時に近くに居てくれてたんです。』
カリュ「もしかしたら、攫った悪党からメルク様を守ったのかもしれませんね…!流石です!」
そう言ってカリュが黒猫に触ろうとしたが、すぐに毛を逆立て威嚇をされてしまい、あえなく断念する。
相変わらずこの黒猫は少女以外の他人に懐かない。
肩を竦めた双子と苦笑いを零した少女は、そっと少女の腕の中で未だに威嚇をする黒猫を見つめる。
そして少女は優しく「敵は居ないよ」と言い聞かせる様にして黒猫の体を撫でた。
するとウットリと恍惚な顔を浮かべて、大人しくなったのだ。
双子からすれば相変わらずの光景ではあるので、やれやれと首を振る羽目になる。
しかしそんなにもゆっくりしていられないのも事実だ。
他の騎士や兵士、ユーリ達はまだ、少女が攫われて何処かに監禁でもされていると思っているのだ。
早く皆にこの吉報を報せなくてはいけないだろう。
双子が少女を連れて中へと戻れば、途端に城の中を警備していた兵士達が集ってきて、少女の無事を祝ってくれる。
それに擽ったい気持ちになりながら、少女はお礼を伝える。
何がなんやら少女自身も分かってはいないが。
「…! メルクさん!」
そこへ少女かかりつけの医者も現れて、すぐに駆け寄る。
そしてやる事と言えば、すぐに触診や診察である。
何故ならば、少女にとってはたったの数分の出来事だったかもしれないが、実は彼らからすると、その攫われた出来事は4日も前の話なのだから。
「(脈も安定していますし…顔色も悪そうではない様子からしても大丈夫だとは思いますが……念には念を入れますかねェ…?)……メルクさん、体調の悪い所はありませんか?」
『いえ…、特には…。』
「ふむ…。ですが少々検査をしましょうか。4日も行方不明で栄養バランスや体の中はどうなっているか分かりませんから。(それに、メルクさんは痛みが分からない…。メルクさんの医師として、危険信号を見逃す訳にはいきませんからねェ?)」
『ひっ…!検査────って、さっき何て仰いましたか…?』
「?? 4日も行方不明で体の状態がどうなってるか分からないので検査をしましょう、と…。そう言ったはずですが……。」
『……4日前…?私…そんなに、居なかったんですか…?』
「「「!!」」」
双子や医師、そして周りの者全てが驚いた顔でメルクを見る。
犯人の顔を見てない、何日行方不明かも知らないこの少女を途端に不憫に思ったのは言うまでもないが、それを顔に出せば少女が気にすると思った周りの人達は取り繕って笑顔で接する。
「大丈夫だから」、「無事で良かった」と声を掛け、唖然としている少女を励まし合う兵士や騎士達。
医師は暫く思案した後、少女を抱き上げては逃げられないようにと足早に検査室へと向かう。
その瞬間黒猫は少女から降りてしまい、肝心の少女は顔をサッと青ざめさせた。
『お、お手柔らかに…!』
「あっははァ…!大丈夫ですよォ?メルクさん。私はいつも、優しいではありませんか。」
『は、はい…。』
この後、城中に少女の悲鳴が響き渡り、少女が無事に見つかった事が否応なしに広まって行った。
勿論、城の中にいたフレンやエステルでさえもその悲鳴に驚いて駆けつけたくらいだ。
双子から事情を聞き、二人がホッとした顔を見せる反面、結局犯人の姿が分からないのが一番の難問であった。
一体、誰が少女のことを攫ったのだろう。
その犯人像が分からなければ、対策など夢のまた夢なのだから。
エステル「あ、お医者さま…。」
フレン「彼女の容態はどうでしたか?」
「ふむ…。特別悪い所はありませんでした。まぁ…4日も行方不明だった分、十分な食事は貰えなかったのか栄養面が少し心配な数値ではありましたが…。……ですが、今は検査をして気絶されてるのもあり、点滴で補っていますのでご安心を。起きられたら食事指導に入ります故…。」
フレン「…分かった。彼女の事をお願いします。」
「えェ…勿論ですとも。」
エステル「……気絶するほど、検査が凄かったんですね…。毎回見てて不思議です……。」
「ぐふふ…!姫様も受けられてみますか?」
エステル「け、結構ですっ!私には城付きの医者がいますので…!!」
そう言って慌てて後ずさったエステルにフレンは苦笑いをし、医師は子供が泣きそうな例の笑顔を向けては口に出して笑っていた。
そこへ扉を蹴破らんとする勢いで診察室へと入ってきたのはユーリとヴィスキントだった。
少女の事を何処からか聞きつけ、慌ててやってきたのだ。
ヴィスキントがすぐに医者に寄り、険しい顔をして話し掛ける。
「……彼女は?」
「おやおや、早いですねェ? メルクさんなら検査で気絶されて今は点滴中…といったところですねェ。」
「点滴? 何処か悪いのか?」
「栄養面が少し…。十分な栄養は摂らせて貰えなかったようで…。」
「犯人の顔は?容姿は?男か、女か?」
「いえ、それが……メルクさん自身、覚えていないそうなんです。4日も行方不明だということを知らなかったみたいですし、何より……起きたら外で倒れていた、と言っています。我々も何がなんやら…。」
「はぁ?外で倒れていた、だと?」
「どうも、メルクさんと一緒に攫われていた黒猫が、メルクさんの危機になんとかしたようですねェ。起きた時に一緒にいたそうです。」
「……またあの猫か…。どうなってやがる…?」
頭を抱えたヴィスキントの後ろから、フレンやエステルから事情を聞いたユーリも近寄ってくる。
それを横目に、ヴィスキントが溜め息を吐いたが医師に視線を戻した。
「……私の情報網を以てしても、彼女の誘拐された経緯や攫われた際に使われた経路……全てが把握出来てません。他に彼女を欲しがる輩がいるのが分かったくらいですね。…そちらは何か情報を掴んでいないのですか?」
フレンやらエステルがいる為か、敬語に戻ったヴィスキントはユーリ達の方を見てそう告げる。
フレンやエステルが残念そうに首を横に振る中、ユーリもまた、知らないと言った顔をさせてヴィスキントを見ていた。
それを見て、静かに嘆息したヴィスキントは医師へと視線を戻す。
「……彼女が起きたら話を聞きます。ですから、暫く私は城にいますので、彼女が起きたら私を呼びつけるように。」
「えェえェ…。分かりましたよ。」
返事もせずに踵を返したヴィスキントにユーリが話し掛ける。
ユーリ「あんたらがいつもメルクを攫う時に使う、あのガタイの良い男じゃねえのか?」
「……いえ、彼らは違いましたし…何なら彼らは怒っていました。……“自分たち以外でお姫サマを攫う奴がいるとは、なんて不届き者だ”とね…。」
ユーリ「ふーん? そいつらのやる事って、誘拐することしか無いのかよ。」
「彼らは誘拐のエキスパートですからね…。“攫い屋”、“奪い師”、“誘拐屋”…など、数多の二つ名がついているくらいですから。」
フレン「そんな奴らが…。」
エステル「怖いですね…?」
それで話は終わりだ、とでも言った様子で足早にその場を去るヴィスキントを見送るユーリ達。
結局は誰もが少女が起きるのを待つしか、今やるべきことは残されてなかった。
そして翌日、少女は目を覚ます。
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