第8界層 〜蜿蜒長蛇なる深淵の懸河〜
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図書館へと行った翌日。
ヴィスキント様の日程調整が合わず、〈
相変わらず今日も、双子の護衛さんと一緒にお茶をしたり、調べものをしたりで一日を過ごしている。
たまに会う仲間達と一緒に過ごしたりすることもあるが、やはり彼らにも日常というものがあって…日々の生活のために仕事は欠かせないのだ。
保護してもらっている身であるために、あんまり皆に負担を強いたくは無かった少女は何も言わずに皆と過ごしては別れという工程を繰り返していた。
アビゴール様やリコリス様は信徒たちのお相手が忙しいらしく、最近はあまりそのお姿を見ない。
ヴィスキント様がたまに様子を見に来ては私の状態を聞いて、また仕事に繰り出していくのを黙って見届ける。
『……本当に申し訳ないですね…?』
サリュ「メルク様?」
カリュ「どうされましたか?」
双子の護衛さんが今日も一緒に居てくれて、そして庭園で一緒にお茶をしている。
そこには例の黒猫も一緒で、最近では皆はこの黒猫を煙たがるようなことはしなかった。
どうもこの猫は私の副作用の一つである、"耐え難い強烈な眠気"に反応してくれるらしく、他の仲間たちが黒猫にお礼を言っているところを私は不思議な気持ちで見ていた。
何故この猫さんはそういった事が分かるのだろう?
ヴィスキント様はこの黒猫を忌み嫌っておられる様子だったが、眠気が来るのが分かるというので渋々傍に置いてくださっていた。
『皆さんには迷惑しかかけておらず…。その上、この子の里親も中々見つけられていません…。不甲斐ない自分に嫌気がさしてしまいまして。』
「「…。」」
目を丸くした双子は黒猫を見てから少女を見た。
憂いている様子の少女に双子は同じタイミングで首を振ると、少女へと向き直る。
サリュ「それは違います。メルク様。」
カリュ「この猫に至っては、メルク様にしか懐いておられないのですから無理もありません。」
サリュ「それに、お仲間の皆さんもメルク様が頼られるのを待ち望んでおられました。こうしている今も、お仲間の方はそう思ってらっしゃるはずです。」
『二人は、言葉選びがお上手ですね…?ありがとうございます。少し元気が出ました。……本当であれば、私がお二人を労わないといけませんね。』
落ち込んだ様子の少女に双子はお互いに顔を見合わせ、「どうする?」とアイコンタクトをしていた。
すると猫が急に少女の膝の上に飛び乗り、ひとつ鳴き声を上げる。
それに優しい手つきで撫でる少女の表情は少しだけ和らいでいるような気がした。
サリュ「メルク様。前にも言いましたが、私どもはメルク様がいなければこうして仕事も出来ずにいた二人です。」
カリュ「個人では発揮できないものを、メルク様の護衛として抜擢されたおかげでこうして活躍出来ているのですよ?」
サリュ「ですから、どうかご自身を責めないで上げてください。」
カリュ「そうしたら私どもの居る意味はなくなってしまうのですから。」
『…。』
今度は少女が目を丸くする番だった。
二人の言葉にこころ打たれたように、少女は微笑んで二人へと笑顔を向けていた。
『ありがとうございます、お二人とも。私はお二人が居るからこうして安全に過ごせています。ですから、心の底から感謝しているのです。いつもありがとう、何かしてほしい事があれば言ってくださいね?』
「「はい!」」
ようやく少女にも笑顔が戻り、三人でお茶をしあっていると猫が唐突に少女の足から降りて何処かへと駆けていく。
少女が慌ててそれを追いかけていくと、双子も慌てて少女を追いかける。
『待って!猫さん!』
庭園を掛けていく黒猫は少女を振り返りながら何処かへと駆けていく。
まるでそれは、少女をどこかに
そしてそれを追いかける少女もまた、必死に猫を捕まえようとして追いかける。
『(もしかして飼い主がいるのでしょうか…?それとも違う何かを知らせようと…?)』
少女は走る。
ただひたすら猫を追いかけて。
庭園の向こうに何があるかも知らず、少女は走り続ける。
『(何処へ…?)』
不安がよぎる中、開けた場所に辿り着くとようやく黒猫も止まってくれる。
金色の瞳が少女を捉え、じっと見上げていた。
「ニャー。」
───たった、その一言だった。
黒猫のその一言で、少女の体は不自然に傾く。
そして少女の視界が黒に塗りつぶされたのだった。
◇:*:☆:*:◇:*:☆:*:◇:*:☆:*:◇:*:☆:*:◇:*:☆:*:◇
双子が少女を追いかけていたが、途中で見失い、焦燥に駆られていた。
一体、少女は何処へ行ったというのか。
奥地の方へと駆ければ、いつぞやみたいに貴族街にでてしまい、そこに少女の姿は無い。
だからこそ、不思議でたまらない。
少女は何処へ消えてしまったというのか、と。
「ニャー。」
ふと、猫の鳴き声が聞こえ、双子は顔を見合わせる。
そしてその猫の声のした方へと慌てて駆け出せば、何処か分からないが開けた場所へと出る。
そこで見た光景に双子は顔を真っ青にさせた。
「「メルク様!!!」」
最近は眠気の症状も起きずに安定していた少女が、花畑の上で倒れている。
そんな光景を見て、双子は慌てて少女に駆け寄り、呼吸の確認をする。
息はしているようだが、何故倒れたのか分からず双子は大急ぎで城へと帰り、医師に少女を預ける。
唐突な急患に、医師も顔を険しくさせ少女の具合を診ていくと、ただ気絶しているだけだと分かり安堵の息を零す。
しかし何故少女は気絶したのだろうか?
サリュ「分からないんです。急に猫が走り出してしまい、それをメルク様は追いかけられたのです。」
カリュ「見失ってから必死に探すと黒猫と一緒に居て、メルク様だけ倒れている状態だったのです。」
医「猫が居た場所で…。ふむ…。」
あの猫は少女の眠気が来るときに分かるという、重要な猫だったはずだが…それが急に走り出し、少女が追いかけて気絶していた…。
謎に包まれたその真相は分からないままだったが、少女を病室へと戻し、暫く経過観察として病室に居ることにした医師は少女をじっと見つめていた。
本人からも何か聞かなければ分からないだろうと踏んでいた医師はただ少女の目覚めを待っていたが…、そんな二人だけの病室に扉を蹴破る様にして入ってくる人物が居た。
ユーリ「メルク!!」
医「激しいですねェ…。」
医師の近くに寄り、ユーリは少女を見る。
どうやらあの双子から少女の様子を聞いたようで、彼女の様子を見に来たようだ。
医「お仕事早かったのですね?」
ユーリ「まぁな…。で、どうなってるんだ?お医者さんよ?」
医「本人から話を聞かない事には…分かりませんね。あの黒猫が近くに居たという事で、例の猛烈な眠気かと思いましたが……どうやら違うようで…。」
ユーリ「…。」
心配そうに少女を見下ろすユーリに、椅子を持ってきた医師はそのまま椅子を勧める。
緩慢な動作で座ったユーリに体を向けて、医師は話し続ける。
医「メルクさんの体は、現在痛みを感じません。それがどうして気絶するまでに至ったのでしょうねェ?」
ユーリ「…猫が何かしたって言いたいのか?」
医「あり得る話ではある、と思いますよ?それに、それ以外に思い当たりません。…もしかしたら急にメルクさん自身が、アレルギーの類を発症したか…。」
ユーリ「猫アレルギーか?なら、黒猫を遠ざけないといけなくなるが…。」
医「元より、あの猫は不可解な事が多すぎます。貴方の胸に飛び掛かったあの時も…、貴方の症状だけは治まっていた。それを直接見ているので、何とも言えませんね。」
ユーリ「症状を治す猫、ね…?」
少女が目覚めぬまま、時間だけが過ぎていく。
医師はゆっくりと立ち上がると、いつもの様に気だるげな恰好をしてユーリを見下ろした。
医「メルクさんが起きたら呼んでください。くれぐれも歩かせない様に。いいですね?」
ユーリ「あぁ。分かった。」
医師はそう言い残すと、病室を去っていった。
後に残されたユーリは静かに少女を見つめ、心配そうに顔を歪ませる。
…自分の居ないところでばかり、少女は何かが起こっている。
それが怖くて仕方がない。
なるべく様子を見る様にしていたので、今日の朝も少女に会った時は特別何がある訳でもなく、至って普通だった。
それが何故急に……。
ユーリは少女の目覚めを待ったが、そのまま夜もその病室で過ごすこととなる。
途中医師が帰ってもいいと言ったが、ユーリはこの場に残ると言ってくれたので医師も安心して診察室へと戻って行った。
翌日の朝、少女は目覚めぬままベッドに横たわっている。
その隣にはユーリが椅子に座ったまま目を閉じてひたすら少女の目覚めを待っていた。
そこに窓から例の黒猫がやってきては、少女のベッドの上にそのまま飛び降り、少女の頬へと擦り寄っていた。
それに気付いたユーリが、少女から黒猫を遠ざけようと立ちあがったが、黒猫に威嚇をされてしまう。
「フシャ―――――っ!!」
ユーリ「この間は飛び掛かってきた癖にな…?」
少女の為だと何とか黒猫を捕まえようとしたが、するりするりと躱されてしまう。
そして極めつけに「フシャ―!」と威嚇をされ、ユーリはその場で大きなため息を吐いた。
ユーリ「こいつの為なんだ。分かってくれねえか?」
「フゥ――――!!」
ユーリ「ダメか…。」
何か網でも持ってくるか、とユーリが扉に手を掛けた瞬間、何故か嫌な予感がして少女の方を振り返る。
しかしそこには威嚇をしている黒猫と、気絶したままの少女の姿があるだけだった。
何を弱気になってるんだ、と自分を叱咤しユーリが扉奥に消えれば双子と視線が合うため挨拶をする。
ユーリ「ちょっと猫が入り込んだから、網持ってくるわ。」
サリュ「?? 網ですか?」
カリュ「あの黒猫の捕獲指令でも出たんですか?」
ユーリ「もしかしたらメルクが猫アレルギーかもしれねえんだとよ。」
サリュ「それはいけませんね。」
カリュ「急に発症するもの何ですか?そういうのって。」
ユーリ「さあな?でも一応遠ざけるに越したことは無いだろ? っつー訳で、メルクのこと、少しほど頼むわ。」
「「分かりました!」」
そう言って双子が中に入りかけたその時、双子は目を丸くする。
サリュ「あれ…?メルク様?」
カリュ「お姿がないですね…?」
ユーリ「っ?!」
嘘だ、さっきまでそこに居たのに。
ユーリは慌てて病室の中に入る。
そこには窓が開け放たれ、もぬけの殻となった病室がそこにはあった。
どういう訳か、あの黒猫も見えなくなっている。
ユーリ「メルク?!」
サリュ「まさか…」
カリュ「誘拐…?」
双子も事態に気付き、顔を険しくさせる。
あの黒猫ごと攫う理由は分からないが、ユーリ達が話していたあの一瞬の間に、静かに犯行が行われたのは言うまでもない。
ユーリは窓の外を見てみるがそこに足跡などはなく、誰かが居た形跡もない。
どうなってる、と頭を抱えたユーリだったがすぐに窓に手を掛け、窓の外へと飛び出す。
そして見当もつかないままユーリは少女を探しに走り出す。
ユーリ「メルクっ!!」
双子も周辺を探している様子で、遠くから少女の名前を呼ぶ声がした。
……さっきのユーリの嫌な予感が見事的中してしまったわけだ。
当てもなく彷徨っていれば、カロル達も集まってきて事態に気付き少女を探す。
しかしとうとうその日、ユーリ達は少女を見つけ出すことは出来なかったのだった。