第1界層 〜変幻自在なる翻弄の海〜
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__第1界層、六日目の朝
皆目の下にクマを作って起床してくる。
メルクは変わらずいつもの時間に起き、朝食の準備をしていた。
今日も皆が美味しいって言ってくれるように、頑張らなくちゃ。
「良い匂いがする……」
カロルがクンクンと匂いを嗅ぎながら厨房へと入ってくる。
やはり目の下には特大のクマを作って。
『あらあら?眠れなかったの?』
「逆によくメルクは寝れたよね…。すごいや…。」
ポヤンとした顔でそう言うカロルに、一度調理の手を止めた後ゆっくりと近付き、頭を優しく撫でる。
照れくさそうにしているカロルに笑顔を向ければ、頬を掻いて余計に照れくさそうにするものだから、可愛くてくすくすと笑ってしまった。
その後ろからユーリが姿を見せ、挨拶をしてくれる。
「おはようさん、2人とも」
「ユーリも目の下にクマがあるよ」
「逆に無ぇやついないだろ…」
「ここにいるよ?」
『あらあら?私のことね?』
頬に手を当て、ふふと笑うメルクにユーリが注目した。
確かにクマがないように見える。
ともかく健康そうな体で安心したユーリは、腰に手を当て息を吐いた。
『もうすぐで朝食が出来るから、席についていてもらえますか?』
「うん!分かった!」
『他の人はまだ眠そうなので、三人でこっそり先に食べちゃいましょうか。』
「さんせーい!!ボクお腹ペコペコだよ!」
すぐに食堂へと向かうカロルの背を見送り、朝食を皿に盛り付けているとユーリの視線が刺さる。
それに笑顔で振り向けば、ばつが悪そうに頬を掻いていた。
「なんだか昨日の嵐が嘘のようだな、って思ってよ。」
『確かに…そうかもしれないわね…?でも、あの嵐を超えられたのは本当だわ?だからこそ奇跡なんでしょうけど、その奇跡の上に立てる喜びを噛み締めるのは、別に悪いことじゃないわ?』
「朝から難しいこというんだな。」
『ふふ。だってユーリの顔が、そんな顔をしてたんだもの。何か言わないと、と思って。お節介だったかしら?』
「いや…。気ぃ使わせたな。」
『ふふ、そんなことないわ?』
相も変わらず笑顔で応えてくれるメルクに僅かに笑顔を浮かべると食堂の方から声が聞こえてくる。
「ちょっと!ユーリ早くしてよ!ユーリがこっちに来ないと朝食来ないじゃん!!」
「まったく…カロルのやつ…」
『あらあら?』
一度メルクを見て苦笑いした後、ユーリも食堂へと向かっていった。
◆─────────────────────────────────◆
__第1界層、六日目の昼
「メルク!!」
『•*¨*•.¸¸♬︎.・*’’*・.♬』
船上で魔物と交戦中、メルクが援護に回る。
ユーリの掛け声で魔術を発動させ、敵を攻撃していく。
徐々にメルクも凛々の明星の皆と連携が取れるようになっていた。
……下っ端ABCは隅で震えているだけだが。
支援系の術を全員にかけ、すぐに攻撃系の術へと切り替える。
船の上に上がってくる魔物たちをその攻撃術で一掃すれば、ようやく戦闘を終わりが見えてくる。
『•*¨*•.¸¸♬︎.・*’’*・.♬•*¨*•.¸¸♬︎.・*’’*・.♬』
メルクの歌が途切れることはなく、その一曲だけで攻撃も支援もこなすのだ。
「うちらの勝ちなのじゃ!」
「よーうやく終わったわねー…。」
パティの掛け声で戦闘が終了し、リタが疲れた様子でサブウェポンである本を閉じる。
同時にメルクの歌も終わり、振るっていた短杖をゆっくりと下ろすと閉じていた目をゆっくりと開ける。
そこにはいつもの笑顔があった。
『お疲れ様。』
「メルクもお疲れー!」
誰も怪我がないことを確認して、ホッと安堵の息を吐くメルク。
大分、皆と戦闘するビジョンが見えてきた。
これなら明日か明後日に出てくる第1界層の主にも勝てるだろう。
明日へ思い馳せるメルクは、照り付ける太陽を目を細めながら見上げた。
今日も暑くて……、そして快晴だ。
昨日の夜の嵐が本当に嘘のようで、ユーリとそういった話をしていたのが、ようやく現実味を帯びてくるようだった。
「明日か明後日にはこの旅も終わりなんだね。なんだか想像つかないや。」
「うむ、ウチもそう思うのじゃ。それにー…!メルクの手料理がもう食べられなくなるのは惜しいのじゃー!!」
「本当、そうですよね!私もメルクにまた会いたいです!会って、料理を作ってもらいたいです…!!」
余程美味しかったのか、皆の顔を見れば喜んでもらえたのが一目瞭然だった。
それにお礼を言うと、下っ端たちも会話に入る。
「確かギルド所属なんすよね?メルク姐さん。」
「しっかし、メルク姐さんも見た目に寄らないっすね!まさかあのギルドなんて!」
下っ端の言葉にカロルやパティ、エステル達が首を傾げる。
ユーリたちは以前にその話をしていたので、お互いの顔を見合わせた。
「え?知ってるの?メルクの所属しているギルド。」
「知ってるも何も…、あそこはユニオンに入っていないギルドだからある意味有名っすよ。知らないんっすか?」
『……』
その言葉に全員がメルクに注目する。
当の本人は笑顔のままで、何を考えているかは分からない。
「え、ユニオンに入ってないの?!どうりでボク聞いたことないなって思った…」
「いいっすか?〈怪鴟と残花〉っていうのは、ユニオンに入ってないギルドっすけど、そのギルドメンバーの総数、なんと100人以上なんすよ!そうっすよね?!メルク姐さん!」
『はい。私は全員と顔合わせしたわけではないのですが、それくらいいるみたいです。』
「それから何と言ったって、ギルドメンバーの平均年齢がこれまた若い!」
「20後半よりは下だったよなー?」
「何でか子供たちに人気のギルドなんすよねー?」
『はい。当のギルドの活動目的や理念が〝個々に任せる〟なので、その自由度の高さから子供には堪らないみたいですね?』
「へえー!ユニオンに入ってないギルドってあんまりいいイメージないけど、そうやって聞くと確かに良いよね!メルクの研究費も全部ギルドが出してくれてるんでしょ?いいギルドじゃん!」
『ふふ。ありがとうございます。』
うんうんと頷くカロルに、嬉しそうに笑うメルク。
ユーリやレイヴン、フレンもそれを見て僅かに顔をしかめた。
聞くだけならいいギルドのように思える。
だが、子供だけというのは…?
年齢偽装しているにしても、何か裏があるような気がして堪らないのだ。
だが、メルク本人は全く意に介した様子はない。
これは…もしかして白なのか?杞憂で終わるのか?
『凛々の明星もいいギルドだと思うの。だって、こんなに楽しい方々なんですもの。毎日がきっと星のように輝いているんだと思います。』
「メルク…!うん!ボク、そんなギルドを目指してたから嬉しいよ!!」
「あんた一人のギルドじゃないけどねー」
「わ、分かってるよ!」
リタがからかうように言えば、慌てて訂正するカロル。
そんな二人を見て、メルクは再び空を見上げた。
『………明日が…決勝戦……』
まだ、何も手に入れられてない。
例の箱も、なにも……。
そうなれば私は、あのギルドをクビになるのだろう。
クビになったら私はどこに行けばいい?
神の命令は〝絶対〟
でも、こんな何もない大海原では探すことも困難だ。
『……神よ…。』
あぁ、愚かな私をどうか、お許しください。
「メルクって神を信じるタイプなんだ?意外かも」
「あたしは信じないわね。そんな非科学的なもの居る訳ないじゃない。」
「ウチも神は信じない質なのじゃ。いざって時は自分の力が求められる。だからこそ日々鍛錬が必要なのじゃ!」
「パティが鍛錬している姿って、私、見たことがないです。」
「いつもしておるじゃろ?こうやって、な?!」
腕を前にシュンシュンと伸ばしたり引いたりと、パンチを繰り出すパティに皆が疑いの眼差しを向けていた。
「そんなところ、見たことがないぞ」と。
そんな皆の視線が気に入らなかったのか、一気に頬を膨らませるパティ。
異議あり、とでも言わんばかりにパティが皆を説得しに入った。
そんな賑やかな喧騒の中、メルクは一人ずっと空を見上げ続けた。
肌身離さず持っている鍵が太陽の光で輝いた気がした。
☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆
「釣り大会なのじゃ!!!」
急に行われた釣り大会。
開催を宣言したパティの前には釣竿を持った全員がずらりと並んでいた。
何故今頃になって釣り大会など始まるかというと、事の発端は例のギルドの話をした直後のことだった__
「っていうか、食料って足りてるんすか?」
下っ端ABCがメルクに尋ねるので、空を見上げていたメルクは顔を戻すと少しだけ考える素振りを見せる。
野菜などの足が速い物については冷凍保存が出来ているし、問題はないと思うが、ここまで来て不足している栄養と言ったらタンパク質だった。
肉や魚がこれに該当するのだが、肉は干し肉などの保存食があるので問題はない。
問題はないが、〝飽きる〟という問題が出てくる。
そうなるとそろそろ皆には魚を食べさせたいとも思っていたが、魚は海から獲るしか方法はなかった。
『……お三方、少し協力してくださいますか?』
「「「はい!よろこんでっス!!」」」
「「「「「???」」」」」
下っ端三人が喜んでメルクに近寄る。
ユーリたちはメルクたちのその様子を不思議そうに見ていた。
メルクは船から身を乗り出すと魚が居るのを確認し、下っ端の一人に紐を持ってくるようお願いすると、下っ端は紐の在処を知っていたのか船内からすぐに紐を持ってくる。
その紐をメルクが受け取ると、自身の体に巻き付け固く縛り、もう片方の紐を下っ端に持たせた。
紐を持たせられ、下っ端がよく分からない顔をしている中、メルクは船の欄干へと上る。
そして船の欄干に上ったメルクが海に飛び込もうとしたので下っ端が慌ててその体に抱きつき、止めに入った。
「ちょちょちょ姐さん!!?」
「なにする気っすか?!!」
『え?魚を取りに行こうと__』
「それなら自分たちがやりますから!!メルク姐さんは船に居てくださいよ!!?首の傷が開きますよ?!!」
流石に看過出来なかったユーリたちも慌てて駆け寄り、メルクを止めに入る。
「ちょっと!あんた何無茶してんのよ!!そんなのこいつらにやらせればいいでしょ!!こいつら何にもしてないんだから!!」
「でもさ、この海って大丈夫なの?魔物がウロウロしてそうで怖いんだけど…」
「流石に無茶すぎるのじゃ!!…そうじゃ!魚なら__」
__そうして今に至る。
簡潔に作られた釣竿を持ち、皆が所定の位置につくと誰ともなくため息が吐かれた。
その溜息の持ち主はレイヴンだ。
その後、リタとカロルまで溜息を吐いた。
「おっさん、魚釣るの苦手なんすけど…」
「あたし…魚苦手なんだけど…」
「ボクも…。」
「文句を言うなー?文句を言ったらメルクがまた無茶をして海に飛び込むぞー。」
「「「頑張ります!!」」」
ユーリの鶴の一声でやる気を取り戻した三人は釣り糸を海に垂らした。
エサは魚に似せたものだが、これなら釣れるとパティが自信満々に言うので皆それに従い、釣り糸を垂らしたのだ。
そして…静寂な時間が訪れる。
「あー…暇…」
「釣れないね…。」
上から見ても魚影は見えているのに、肝心の餌にくっつこうとしない。
しばらくそうしていると遂にリタが本を手にし、釣りをし始めた。
そしてその横に居るカロルは目がうつろになっていき、眠そうな瞼を擦る。
しまいには、レイヴンから鼻提灯が出来始め…。
「……釣れないね。」
「あそこには期待しない方がよさそうだな。」
フレンとユーリがその様子を見て、頑張ろうと心に誓う。
一人、ジュディスは黙々と釣りをしていた。
逆に下っ端三人衆とパティは他の人とは違うようで、釣りを楽しんでいた。
こういう地味なやつは性に合っているようで、下っ端三人衆は特に楽しそうに釣り糸を垂らしていた。
「メルク姐さんの役に立つっス!」
『もし釣れたら、その場で刺身にしましょうか。釣りたてが美味しい、といいますからね?』
「「「頑張ります!!」」」
「ウチのも刺身にしてほしいのじゃ!!」
『ふふ。もちろん?』
「よしっ!!そうと分かれば釣るのじゃ!!」
意気込む四人に、羨ましそうな視線を向けるユーリとフレン。
あんなに楽しめるならあいつらだけに任せればいいんじゃないだろうか。
『……』
じっと魚影を見つめるメルク。
いつ魚が掛かってもいいように、じっとその瞳に映しているのだ。
そんなメルクを見たユーリは、一度釣り糸を上げ、メルクの隣に移動すると再び釣り糸を垂らした。
「そんなに見つめてると魚も恥ずかしがって、釣られてくれないぞ。」
『…やっぱりお魚さんも、そういう気持ちはあるわよね…。』
じっと見ていた視線を外し、少しだけ照れた様子で笑うメルクにユーリもにやりと笑った。
「そんなに魚が食べたかったのか?」
『う~ん、というより……栄養バランスを考えたらやっぱり魚も取らなくちゃダメだし…、皆に飽きさせない料理を、と思ったらやっぱり魚は候補として考えちゃうわよね?』
「なんだそういう事か。じゃあ、メルクの好きな食べ物ってなんだ?」
『私?』
「他に誰が居るってんだよ…」
『私…の好きなもの…』
暫く考えるメルク。
食べられるものなら何でも摂取してきたし、栄養バランスのことも考えれば何かを残すということもしてこなかったので、好き嫌いを考えるのはメルクにとっては難しいことだった。
しかし、一つ思い出したことがある。
あれは両親を亡くした私に手を差し伸べてくれたギルドマスターが、幼い私に一つ手に渡してきたものがあった。
それが__きれいな〝飴〟だった。
子供ながらにその飴の綺麗さは子供の記憶の中に残るほど鮮烈で、とても思い出深いものだ。
だからか、ぼんやりと答えを口に出していた。
『……飴…』
「あめ?」
『昔、貰った飴が…すごくきれいで……。もったいなくて舐められなかったの。でも、食べ物だからいつかは食べなきゃって思って、渋々食べた記憶があるわね…。その時の飴が…とても好きだった。』
前を見るメルクにユーリが「ふーん?」と頬杖を突く。
昔を思い出すメルクは本当に大人びていて、きれいな女性に見えた。
海風が彼女の髪を攫っていく。
サラサラ、と靡く髪に視線を奪われ、そしてまた彼女の横顔を見る。
哀愁漂う女性はどうしてこんなにも綺麗で、そして……儚いんだろう。
ふとユーリはそう思う。
彼女に惹かれていく自分に気付きながらも、彼女から目を離すことが出来ない。
無論、そういったものは大人になった自分にはすぐ分かる。
これが、恋慕なのだと。
「……安いな」
『??』
「いーや?何でもない。」
安っぽい台詞しか思いつかない自分も、安価な飴が好きだといった彼女も、どちらも安っぽいのだ。
ふとそう思った。
『!!?』
彼女の体が急に前のめりになり、ぐんと海に引っ張られていく様子を見て慌ててその体を抱きしめ、落ちないように支える。
しかしその重さたるや、いつだったか嵐で船が揺れた時に支えた彼女の体重とは遥かに違う重さだ。
その証拠に大物の魚が食いついたのか、彼女の釣竿はピンと張っていて今にも糸が切れそうだ。
『ぱ、パティ!!釣れたのですがどうしたらいいですか?!』
「え?!釣れたのか?!!」
珍しく慌てた様子の彼女を片腕で支えながら、反対の手で彼女が握りしめる釣竿を持つ。
近寄ってきた下っ端三人衆に「手伝え!」とユーリが叫ぶと、その後ろから大きな網を持ってパティが現れる。
「これで掬い取るのじゃ!!」
下っ端三人衆が網を持ち、海に居る魚に向けてそれを伸ばす。
しかし、先に音を上げたのは意外にもメルクだった。
『うう…!!もう、だめ……ですっ!!』
「諦めるな…!俺も、今、竿を持ってるから…!」
正直、この体勢もいつまで持つか分からない。
あの三人衆には早く引き上げてもらわないと、一緒に海にドボンだ。
それだけならいいが、落ちた先に魔物がいたらシャレにならない。
フレンも慌ててユーリとメルクを支え始め、ユーリの心に少しだけゆとりが出来る。
「「「せーの!!」」」
三人衆の声が聞こえた瞬間、網で魚が引き上げられる。
しかし、その反動で船の方へと釣竿を引っ張っていたユーリたち三人は甲板に転げまわることになった。
メルクを支えていた二人の上に綺麗にメルクが乗った状態になり、目を瞬かせたメルクだったが、横たわった二人を見て口元に手を充てる。
そして、
『ふ、ふふ…!あははははっ!!!』
目に涙を浮かべ、本当に可笑しそうに笑ったのだ。
何が可笑しいのかは分からない二人だったが、声に出して…それもこんなに無邪気に笑う彼女を初めて見たものだから二人も声に出して笑った。
肝心の魚は甲板に打ち上げられ、ピチピチと活きが良い様子を見せていた。
「おお!!これは大物なのじゃ!!マグロなのじゃ!!」
「流石メルク姐さん!!」
「これで刺身が食べられるッス!!」
未だにユーリたちの上で笑うメルクを見て、目を瞬かせた四人だったが、その四人もまた初めて見るメルクの様子に嬉しくなり、一緒になって笑っていた。
今日だけで彼女の色んな顔を見た。
それがユーリにはとても嬉しく、宝物となったのだった。