第7界層 〜永久不変たる薄霧の鍾乳洞〜
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
結局ヴィスキント様を見つけられず、あの事件が起きてから4週間目に突入しようとしていた頃…。
それは突然訪れた―――
『(あれ、今日はいつもに比べて体が軽い…?)』
以前あったような体の軽さを覚え、目を瞬かせる。
しかしそれもすぐに考え直して、まずは今日の朝食を食べに行こうと思い直す。
…今日の朝食は何でしょうか?
早朝の清々しい気持ちで廊下を歩けば食堂へと辿り着き、そこへ軽々と身を滑らせると既に何人かの騎士たちが朝食を食べ終えているところだった。
挨拶をしながら横を通り、朝食を頼んで出来上がるのを待つ。
最近は料理の手伝いも断られてしまい落ち込んでいたのだが、皆が私を心配してくれているからこそそうやって断られるのだ、と思えば気持ちは楽になった。
顔馴染みの城の料理人が朝食を渡してくれ、それをテーブルに着き食べ始める。
今日も美味しい―――
『(……あれ、味がしない…?)』
あの事件以降、味が少しでも分かるようになっていたのだが、どうやら例の副作用は完全に元通りになってしまったようだ。
それに安心するような、安心しないような…。
ともあれ、副作用が元通りになったのであればユーリの方もきっと私の出ていた副作用が薄れたであろう事を信じて、今は味のない目の前の食事に集中する。
特に感情のないままそれを食べ終え、いつもの様に美味しかったです、と伝えれば料理人たちが嬉しそうに返事を返してくれる。
…そう、これが普通なのだ。これで……元通りなのだから。
そう言い聞かせて、私は食堂を出る。
そのまま双子の護衛と合流して、今日もヴィスキント様探しが始まろうとしていた。
サリュ「…しっかし、今日は一段と暑いですね…?」
カリュ「メルク様は大丈夫ですか?白衣を着られ、さぞ暑い事でしょうに。」
『(そういえば、暑さも感じなくなってる…。やっぱり元通りになったんだわ…?)お二人よりは薄着ですのでそこまで暑くはありませんよ?』
サリュ「そうですか…。暑かったら言ってくださいね。」
カリュ「うちわで扇ぎますよ!」
『いえ、そこまでは…。』
流石に可哀想である。
暑いと言っている二人に扇がせるなど、何処の暴君だというのだ。
双子の言葉に断りを入れた私は、そのまま歩を進め目的の人物を探す。
例の如く双子も一緒に探してくれ、たまに声を出してヴィスキント様の居場所を突き止める。
しかし今日も今日とて、そんなに上手くは行かなさそうである…。
『……何処にいらっしゃるのでしょうか…?』
サリュ「リコリス様に聞いてみますか?」
カリュ「彼女なら、きっと居場所を知ってるかと思います。」
『それもひとつの手、よね…?』
「「はい!」」
二人の言葉に頷き、ヴィスキント様ではなく、リコリスさんを探すことにした私たちは城内を宛もなく彷徨い続ける。
しかしそんな私に突如、例の異変が起きる。
『あ、れ…?』
「「…っ!!」」
フラリとした少女を支えた双子の護衛。
その顔は驚きに満ちていたが、それよりも再び少女に眠気が来てしまった事に愕然とした気持ちでいた。
すぐさまカリュが断りを入れてから問答無用に少女を抱き上げて、医師の所へと走り出す。
サリュも合わせて走り出せば、少女は驚いた様に声を上げる。
『二人とも…!私は大丈夫ですから…!!』
サリュ「大丈夫ではありません…!」
カリュ「また倒れられたらどうされるのです…?!」
「「どうか、ご自身のお身体を大事になさって下さいませ。」」
双子の息の揃った言葉に、少女は感動する。
そして結局双子に甘える事にした少女は、カリュの体の方へと頭を預けた。
するとすぐに瞼が落ちそうになり、意外にも限界が近い事を知る。
『(ごめんなさい……二人とも……。)』
少女はそのままカリュの腕の中で眠りについたのだった。
*.○。・.: * .。○・。.。:*。○。:.・。*.○。・.: *
___ユーリのいる病室。
医師と話していたユーリの元へ、扉が荒々しく開け放たれる。
何事だ、と二人で扉を見ればいつも少女を護衛しているハズの双子───そして、その腕の中にはぐったりした状態の少女が抱かれていた。
二人してハッと息を詰めると、双子は医師を確認し慌てて中に入ってきた。
サリュ「お医者様!!」
カリュ「メルク様が…また眠気を…!!」
医「…!! なんと……!」
ユーリ「(どういうことだ…?俺が半分、メルクの副作用を貰っているから今まで眠気が来なかったはずなのに…?)」
ユーリが少女を見れば、寝息を立てて眠っている少女がいた。
医師もその事をすぐ確認し、双子へと検査室へ向かうよう伝えた。
その後すぐに移動を開始した双子を見送り、医師が口を開く。
医「……貴方の方はどうですか?」
ユーリ「……確かに体が軽いかって言われたら、元通りになった様な感じはするな。」
医「やはり、一時的なものだったんてすね。ある意味では良かったような、良くない様な…。」
そう言い残して医師がその場を後にする。
それを見届けたユーリはふと思い出す。
メルクが副作用が戻ったなら、この拘束具は要らないのではないか、と。
慌てて出て行った医師に向かって大声で解き放つよう知らせるが、もう既に少女の検査中なのだろう、全く反応が帰って来ない。
それに嫌な顔ひとつし、結局検査が終わるまではそのままになったユーリだった。
___数十分後。
検査から戻った医師がユーリの病室まで戻ってくると、首を押えながら動かし、ボキボキと嫌な音を立てていた。
それよりも早く結果を知りたいユーリは医師へと視線を向ければ、医師は拘束具を外しながら説明に入った。
医「……貴方の思っている通りですよ。メルクさんは、前の生活に逆戻りです。今は眠気が強く、起きられませんが恐らく……痛覚もないのかと。」
ユーリ「……。」
以前切り付けられた場所は既に修復済みだが、そこへ目をやれば医師も何か考え込んでいるのか黙ってそれを見届けた。
そして口元に手をやりながら何かを呟いていた。
医「……もしや、」
ユーリ「なんか分かったのか?」
医「いえ、ただの憶測に過ぎませんから…。今はまだ、ですが…。」
そう言って、拘束具を外し終えたユーリに何処にでも行きなさいと伝えてサッサと病室から出ようとする。
ユーリ「なぁ、お医者さんよ?」
医「はい。なんですか?」
ユーリ「やっぱ、酷い副作用ってのはそいつにとって体の負担も大きいんだよな?」
医「えェ…。ですが、半分にするのもどうかと思いますが。どちらにせよ苦しまなければならない上に、……メルクさんの心の方の問題も出て来ます。以前の様にまた塞ぎ込まなければいいですが…。」
ユーリ「要は、説得してからならやってもいいって事だろ?」
医「……あまりオススメはしませんよ。貴方の身体のためにも。」
ユーリ「メルクが辛い思いをしないなら、俺の体なんて安いもんだろ。」
医「……。」
顔を顰めさせ、胡乱げな顔をした医師にユーリはにやりと笑った。
医「……私は止めました。ですが、それでもやると言うのであれば、私のいる所でして下さいよ?どちらにせよ負担が二人に掛かっているのは明白ですから。」
ユーリ「分かった。肝に銘じておくさ。」
医師はそのまま扉を潜り抜け、姿を消した。
ユーリはメルクの居るであろういつもの病室へと向かい、扉前の双子に声を掛ける。
カリュ「ユーリ様、今はまだメルク様も寝ておられますが…。」
サリュ「……また眠気が起きてしまったみたいでして。この間まであんなにも元気そうな姿を見せて下さっていたというのに…。」
ユーリ「……。」
双子が心配そうに病室の方を見遣る。
この二人は例の副作用のことは知らない。だからこそ、少女にまた眠気が来た事に驚きを隠せないんだろう。
二人に中に入っていいか聞くと、渋々ではあるが中へ通してくれる。
……というより、怪訝な顔の方が大きかったが。
あれはまるで謹慎終わったのか、という顔だったな。
それに笑いながら手を挙げて応えると、病室の中は窓が開けられて涼しかった。
そう言えば暑さも感じるようになったし本当に元通りになったんだな、と他人事のように感じてしまう。
それまでが長い期間だったし、正直治るとも思ってなかったからだ。
ユーリ「……。」
眠っている少女の横に立てば、すやすやと寝息を立てていて気持ち良さそうに寝ているではないか。
夢見が良いのか、その表情はいつも眠りに入っていた表情と比べて幾分良い。
風で靡く髪に触れればサラサラと指通りが良く、いつまでも触っていられそうだ。
そしてサイドで結ばれた髪に着けられた、ユーリがあげた髪飾りが太陽の光でキラキラと反射し、燦然と輝いていた。
それに触れれば少女の体温と同化していて、少しだけ温かい。
……熱も感知出来るようになってしまったか。
ユーリ「……メルク。」
少女の名前を呼ぶが、一向に起きる気配はない。
昔に戻ったみたいだ、と顔を顰めさせれば誰もそれを心配することもない───ここには、自分と少女しか居ないのだから。
ユーリ「メルク。」
飽きもせずに少女の名前を呼ぶが、返事もなく過ぎ去っていくばかり。
その柔らかな頬へと触れれば、すべすべとして肌触りがとても良い。
普段から手入れをしている証拠だろう。
少女のお腹の前に組まれた手に触れれば、それは途端に抱き締めたいという衝動に変わってしまう。
だが、今はまだ説得も何もしていない状態で抱きしめる訳にはいかない。
……そう、抱きしめる訳にはいかないのだ。
それがユーリにとって、とても歯痒いことだった。
今までは気兼ねなく抱き締められたり、触れられたりしていたのに、それが簡単には出来ないなんて。
ユーリ「……はぁ。」
思わず声に出して溜息を吐いてしまうというもの。
何故そんな簡単な事が難しくなってしまったのだろうか。
それが歯痒くて歯痒くて……仕方がない。
椅子に座り少女が起きるのを待っていたユーリだったが、その日、少女が目覚める事はなかった。
しかし少女が目覚めたのは早い物で、翌日の早朝であった。
『.•♬.・*’’*・.♬』
身体が軽くなり、目覚めもスッキリしていた事から思わず気分良く鼻歌が飛び交う。
道行く騎士達もその鼻歌に満足して挨拶もそこそこに、その歌を聴き入ってしまえば少女の鼻歌は止まることを知らなかった。
『♬.*゚♬.*゚.•♬』
朝食へ向かう少女の元へ、ユーリが不思議そうな顔で少女を見て挨拶をする。
ユーリ「こりゃまた、随分とご機嫌だな?眠り姫さんよ?」
『ユーリ。おはようございます。』
ちゃんと挨拶を交し、ご丁寧にお辞儀まで入れる少女に苦笑したユーリはそのまま少女へと挨拶を返す。
頭を上げた少女の顔は綻んでいて、とても上機嫌な様子である事は火を見るより明らかだ。
しかしながら、一緒に食堂へと向かう二人の間は……やはり、ひと一人分程は空いていた。
それにユーリが気付かないはずもなく、そのままの位置で食堂まで歩けば、少女は食堂に入るなり驚いた様に立ち止まったのでつられてユーリも立ち止まり中を見れば直ぐに納得してしまった。
ユーリ「今日は珍しく満席だな。」
『これでは座れる場所は無さそうですね…?どうしますか、ユーリ?』
ユーリ「なら、外で食べようぜ?」
ユーリはニヤリと笑い、少女の手を掴むと城の外へと歩き出す。
慌てた様子の少女だったが、強く握られた手を見て複雑そうな顔を一瞬浮かべていたが、次の瞬間にはいつもの微笑みを湛えていたのをユーリはしっかりと見ていた。
……やはり、少女は何かしら知っている。
でなければ、ユーリを避ける理由も無いし、ユーリが触れてあんな顔をするはずもない。
……前みたいに“抱き締めて?”なんて小悪魔的な事を言われても堪らないが。
『ユーリ?何処まで行くの?』
ユーリ「ちょっとそこまでな?」
少女の疑問に答えず、ユーリは下町の方へと行くとおじいさんに話しかけていた。
そのおじいさんはユーリには馴染みのある人らしく、二人の会話からして知り合いなのだと分かるような口調だった。
『????』
ユーリ「で、こいつはメルク。」
『メルク・アルストロメリアと申します。…以後お見知りおきを。』
綺麗な辞儀を入れた少女に、おじいさんは感心したように声を上げた。
そしてニヤリとユーリを見れば、肘で小突いてからかう様子を見せる。
「なんじゃ、お主も隅におけんの。」
ユーリ「違うって。なんでそんな話になんだよ…。」
「分かっとるわい。“今は”じゃろ?」
ユーリ「……やっぱ、帰るか。メルク」
『え?あ、はい…?』
ユーリの嫌そうな顔を見て少女は不思議そうに二人を見る。
本当に踵を返すユーリに少女が戸惑っていれば、おじいさんは冗談だ、なんて言っていたのでユーリに声を掛ける。
「どうせ、前の所じゃろ?まだそのままにしてある。好きに使え。」
ユーリ「ん。サンキュな、じいさん。」
ユーリはそのまま下町を歩き出し、何処かの建物の階段を上るとその先にある扉を開け放ち中へと入ってしまう。
強く握られていた手を離され、少女が扉前で立ち尽くしているとユーリが苦笑いをして少女を振り返る。
ユーリ「大丈夫だって。中に入っていいぜ?」
『えっと……、ここは…?』
ユーリ「俺ん家。」
『え、』
それに驚いた顔をした少女は目をぱちくりとさせ、暫く瞬いていた。
しかし現実を呑み込んだのか、家全体を見渡して呆然と立ち尽くしている。
それにユーリがもっと中に入るよう言えば、少女は床を見つめ、恐る恐る一歩を踏み出していた。
それに堪らなくなったユーリが声に出して笑えば、ビクリと身体を震わせ少女はユーリを見つめた。
ユーリ「くく…。あー、おもしれぇ。」
『??????』
頭にハテナを浮かばせて困った顔をしている少女に、ユーリが近くの椅子を勧めれば、それを見て再び恐る恐ると言った感じで歩き出し、椅子にちょこんと座り、居心地悪そうに萎縮してしまっていた。
ユーリ「そんな緊張すんなって。」
『は、はい…、すみません…。他人の家にあがるのは初めてなもので…どうしていいか分からず……。』
ユーリ「あぁ、そういうことか。」
適当にご飯を作り始めたユーリを不思議そうに見て、手伝いを申し出たがすぐに却下されてしまい、再び萎縮して椅子に座り続けていた。
そんなド緊張ど真ん中の少女を見て、朝食を作りながらユーリは世間話を持ち掛ける。
ユーリ「メルクの家はどんな感じなんだ?」
『……私の家は、ギルドホームの近くにある植物園の…そのまた近くに建てられていたんです。ギルドマスターやヴィスキント様とは別にされるよう、各ギルドメンバーはそれぞれ家を配置されるんです。』
ユーリ「へえ?そりゃまたなんで?」
『お二人はいつも忙しそうにされてましたから、子供である私たちが邪魔にならないように、だと思っていました。また、あのギルドホームは迷路のようになっていますから、子供たちが間違って迷い込んで、更に迷子にならないよう配慮されていたものと思います。』
ユーリ「そんな理由かねぇ?」
『??』
ユーリ「ただ単に秘密がバレたくなかった、からじゃないのか?あんなに複雑な建物にしてるんだぜ?」
『?? ユーリ、入ったことがあったのですか?』
ユーリ「あぁ、一回な。ココとロロに頼まれてお前を探しにあのギルドホームに行ったんだ。あの迷路はもう行きたくねえ。」
『あらあら、ふふ。覚えれば簡単ですよ?』
ユーリ「いや、覚えたくもないっつーか…。」
とても良い香りがする中、料理の音が今は心地よい。
ユーリがそうやって世間話を持ち掛けてくれたからか、少女の緊張も幾分か解けていた。
外からは賑やかな市民の声がし、家の中は調理の音…。
暫しの安息を感じて肩の力を抜けば、ユーリがそれを見て笑顔になる。
ユーリ「つーか、この間植物園に行ったときにそんな建物あったか?折角ならメルクの家、俺も拝みたかったんだがなぁ?」
『植物園の近くと言っても、裏手のようなところですから見えなかったと思います。…もし、今度植物園に行くことがあれば紹介しますね?』
ユーリ「ん。楽しみにしてる。」
『お恥ずかしい限りの家です…。植物ばかり飾ってあって…ユーリの家の様にシンプルな見た目をしてないんです。ここは物がきちんと片付けられていて、羨ましい限りです。』
ユーリ「へえ?意外だな。メルクの事だから、ちゃんと整理整頓はしてるのかと思ってたが…。まぁ、あんなに植物の事で周りが見えなくなるようじゃ、そういう事だよな。」
更に盛り付けられた食事を持って、ユーリが少女の近くに寄る。
テーブルに運ばれた食事は湯気が立ち、食欲を湧かせるようなそんな匂いと見た目をしていた。
『まぁ…!美味しそうですね?』
ユーリ「んじゃあ、朝食にしようぜ?」
『え、私も…ですか…?』
ユーリ「他に誰が居るんだよ。俺たちの他に居たら、そりゃ幽霊だろ…。」
二人分の食事を見て不思議だとは思っていたが、まさか自分のために作ってくれているとは思わず、感謝のために無意識に手を合わせていた。
そして、二人で食事を食べ始めれば、お互いに再び世間話に花を咲かせていた。
なんてことない時間だけど、それはユーリにとっても、少女にとってもかけがえのない時間になろうとしていた。
大切な思い出の、そんな一頁に。
肩の力なんて既に抜け切れている少女に、ユーリは安心しながら話を振る。
意外にも話題は尽きそうにない。
ユーリ「へえ?飲んだくれのギルドマスターねぇ?そりゃ大変だな、メルクも。」
『いえ、そうそう会う事もありませんでしたし…。…でも、ギルドマスターの酒焼けしている声の日と、そうではない日の違いがたまに面白いんです。酒焼けさえしていなければ、とても良い声をお持ちですのに…残念ですとお伝えした所、ギルドマスターは暫く酒をやめてくださったんです。…それでもたったの1週間ほどでしたが。』
ユーリ「いや…そんなに我慢できたなら凄い方だろ。酒に慣れてるやつは毎日でも飲まないと気が済まないって聞くしな。」
『そう、ですか…。そうなんですね…。』
嬉しそうに顔を綻ばせた少女を見て、ユーリは失敗したと反省する。
何故敵に塩を送らなければならないのだ。
『あ、美味しかったです、こちら。』
ユーリ「?? 味覚、戻ったのか?」
『……。』
そうだった、と一瞬だけ目を見張った少女だったがすぐに苦笑を滲ませて、寂しそうにゆっくりと首を横に振った。
そして喉を押さえて、視線を逸らせた。
『…少し前まで、味覚が少し戻っていたんです。……その頃の感覚を覚えてしまって、それで咄嗟に美味しい、と…言ってしまいました。すみません、そういうつもりではなかったのです…。』
ユーリ「いや…気にしてねえけど…。 …………。」
『……。』
二人して沈黙してしまい、少女は気まずそうに視線を逸らしたままだ。
そんな少女に、ユーリがとある提案を持ち掛ける。
ユーリ「……そういえば、まだヴィスキントの野郎は捕まってないんだろ?」
『あ、はい…。聞くところによると、今はギルドマスターの命により、忙しくされてるんだとかで…。』
ユーリ「んじゃあ、俺たち二人だけで行くか。」
『え、』
その顔にはユーリから見てもありありと心配が見て取れた。
未だ少女は、ユーリの眠気が治った事を知らない。
それに少女としては、自分の代わりとして神子に成りうるかもしれない人物と二人きりで居たくないという心境の方が大きかった。
…リスクは冒したくは無かった。
『いえ…それは大丈夫です。…というより、ユーリは急な眠気が治ってないので行くとなると他の方を呼ばなければ、私だけでは…その…、男の人を持ち上げられないと言いますか…。』
ユーリ「あぁ、それについてはもう大丈夫だ。もう治ったからな。」
『え、』
やっぱりそうだ。
あの副作用の移り変わりは、一時的なものだったのだろう。
それにホッとした様な顔を見せた瞬間、ユーリの眼が鋭く少女を捉える。
ユーリ「…やっぱ、何か知ってんのか?」
『え、何を…でしょうか?』
ユーリ「誤魔化すなって。俺の眠気の事聞いて、何か思い当たることでもあるんだろ?…例えば、副作用のこととかな?」
『副作用、ですか?それは私の事だと思いますが…?』
至って冷静に対処した少女に、ユーリが僅かに顔を歪ませる。
やはりそう上手くはいかないか。
ユーリ「何時だったか、身体が軽くなったってメルク言ってたよな?俺もそれに似たような事が起きてから、眠気が来るようになったんだ。…メルクと同じだよな?」
『本当ですね…?お体、大丈夫ですか?』
ユーリ「あぁ。今はもうピンピンとしてるけどな。でも…お前の体は違うだろ?また、酷い副作用に苛まれてる。」
『どういう事でしょうか…?ユーリ、忘れたのですか?元々、私はそういう体になっているのですよ?副作用に苛まれているのはいつもの事───』
ユーリ「少なくとも、少し前は違ったんじゃないのか?味覚も戻ってるし、眠気だって来ていなかったって報告を受けてる。…どう考えたって、副作用が一時的に無くなったって思う方が筋なんじゃないか?」
今日だけはユーリがしつこく聞いてくる。
それに内心焦燥感を掻き立てられるが、ここでボロを出すわけにはいかないのだ。
『…本当ですね。不思議です…。』
ユーリ「……また、嘘を吐くんだな。」
『嘘なんて──』
ユーリ「じゃあ、俺の思った事を言わせてもらうから聞いててくれ。もしそれが合ってたら、嘘を吐かずに頷いてくれないか?」
『……。』
少女は恐る恐る頷いて見せる。
それを見てから、ユーリは話し出した。
ユーリ「思えば、あの〈
『…。』
ユーリ「まるで"メルクの副作用が俺にも移ったように"な?」
『……。』
全く反応しない少女を見つめ、ユーリが続きを話し始める。
ユーリ「もしかしたらあの行為自体、そういう効果のあるやつではないかって思うんだが…。合ってるか?」
『…………。』
ユーリがそう言い終えた途端、少女は俯いた。
しかし頷くのではなく、ただ俯いただけだ。
そして唇を噛んだ少女に、ユーリは驚いて目を見張る。
今まで少女のそういう表情を見たことが無かったからだ。
暫く沈黙していた少女だったが、呟くように…ぽつりぽつりと言葉を口にしていった。
『……私がヴィスキント様を探していた理由は……まさにそれなんです…。』
ユーリ「??? どういうことだ?薬草を取りに行くってやつは嘘だったのか?」
『その理由もなくはなかったのですが……一番の理由は、ユーリのその症状のことと副作用の事をユグドラシル様に聞く為……。その為に、〈
ユーリ「…なるほどな。そういう事だったのか……。」
なるほど、これで辻褄が合う。
必死になって探していた少女のことを不思議に思わない訳ではなかった。
そして自分が行こうとすると拒否をする、その理由がこれでなんとなく分かったのだ。
『私が分かっていることは何一つありません…。ユーリのその疑問にも…応えてあげられないのです……。ですから、私はどうしても行かなければならないのです。…〈
ユーリ「…そういう事なら、俺も行くわ。」
『…いえ、それは…』
ユーリ「じゃあ、俺を避ける理由を聞かせてくれないか?」
『…気付いて、いらっしゃったのですね…?』
ユーリ「気付かない方が無理あるだろ?明らかに俺が近付こうとすれば、一歩下がってたしな?」
庭園での出来事がフラッシュバックする。
ちょっとショックだったのもあるが、ちょっとどころか、トラウマになりそうな映像だ。
顔を顰めさせたユーリを少しだけ見て、少女は再び俯いたまま話し始めた。
『…副作用が移るだけ…ならまだマシです。ですが…もし、神子としての力が移っていたのだとしたら…?そうしたら、ユーリは…苦しむ羽目になる…。それだけは……どうしても避けたかったのです…。』
ユーリ「……はぁ。やっぱ、お前ってそういうやつだよな。」
優しい少女。
か弱くて時に儚く、しかし誰にでも分け隔てなく接しては、皆を喜ばせることが上手で、素敵な少女…。
そんな少女が誰かを避けるようなこと、あるはずもない。
あったとするならば、それはきっと少女にとって優しい理由があったはずだ。
だからこそ、先ほどの理由を聞いてユーリは納得してしまったのだ。
自分が苦しい使命に立たされているにも関わらず、他人にそれが移る事を危惧したのだ。
自分じゃない、誰かが苦しむと分かって…少女は必死になって拒んだのだ。
ユーリは大きく息を吐いて、外を見た。
窓から見える外は変わらず景色は悪いけど、それでも懐かしい景色に変わりない。
チラッと見た少女の顔色は少し悪いように見える。
それほどまでに少女にとっては、先ほどの一件は知られたくなかったことなのだろう。
俯いて顔をあげない少女にユーリは、テーブルに頬杖をついて少しだけ笑って見せた。
ユーリ「…もう怒ってないから、顔を上げてもいいんだぜ?」
『…。』
それでも少女は顔をあげずに暗い表情のまま俯いていた。
どうしたら少女を笑わせてあげられるだろうか?
少女にとってキツい事を聞いてしまったが、それでもユーリの心に後悔は無かった。
これでようやく先に進めた、と信じているから。
ユーリ「なぁ、メルク。」
『…。』
ユーリ「人間だれしも、心配って心はあると思うんだが…。それって何も、お前だけが持ってるものじゃないんだぜ?」
『…?』
何が言いたいのかハッキリとしないような言葉に、ようやく少女が恐る恐るではあるが、顔を少しだけ上げた。
ユーリ「俺だって持ってる。…その意味、分かるか?」
『……?』
ユーリ「だよな? だったら改めて言わせてもらうが…。メルク、俺はお前の事こう見えて、すげえ心配してるんだぜ?」
『…。』
ユーリ「お前が俺の事を心配するように、俺も、お前の事が心配なんだよ。だからこそ副作用を一人で抱え込むお前を見て、俺はどうにかしてやりてえ、って思うし、その肩代わりならいくらでも引き受けるとも思ってる。」
『…!』
目を見張った少女はようやく、その綺麗な宝石のような瑠璃色の瞳にユーリの姿を映し出す。
揺れ動く瑠璃色の宝石を、ユーリが頬杖をついたまま優しく見つめ返した。
ユーリ「これが赤の他人ならどうだっていいって話を蹴るだろうな。それがメルクだから、俺は何とかしたいと思ってる。…俺は、メルクの様に優しくないからな。」
『…ゆー、り…。』
ユーリ「もし、痛みを半分に出来るなら…その方法があるなら、痛み分けってことで一つやるってのはどうだ?痛みも半分、苦しみも半分。これならお互いに悪くないだろ?相手の痛みを知るってのは、大事なもんなんだからよ。」
『……。』
瑠璃色の宝石が水を纏い、光り輝いてるように見える。
静かに目に涙を浮かべた少女へと手を伸ばして、頭に手を置いたユーリは優しく言葉を連ねる。
ユーリ「怖がらなくていい。お前だけが苦しまなくてもいいんだ。お互い、苦しい思いをするんだからな。全てを半分に分けて、少しは楽したってバチは当たらねえよ。誰かがそれを否定するなら俺がそいつをぶっ叩いてやる。だから、もっと楽に生きろ。お前は十分頑張ってる。」
遂に決壊したように瞳から流れる一つの雫。
それでも、
ユーリ「だから…そうだな…?改めて言葉にして言うのも恥ずかしいし、可笑しな奴だと思われるかもしれないが…。………"呼吸が出来なくなるくらい強く抱きしめ"させてくれないか?」
『─────────』
涙は見せられないとでもいうのだろうか。
少女はすぐに顔を手で覆うと、身体を震わせる。
そんな少女を見て、遂に苦笑を零したユーリは少女の頭を優しく撫でる。
少女が泣き止むまで、ずっとそうしていた。
本当なら胸を貸したいけど、今やれば少女を怖がらせてしまうだろうから。
『今後…どんな、副作用、が、くるか……分からないの、ですよ…?』
ユーリ「あぁ、そうだな。」
『いつだったか、みたい、に、…失明、だったら…!』
ユーリ「逆にそれなら、半分にして怖いものなしだろ?」
『魔物、と戦う、時…、危ない、のに……』
ユーリ「ま、それはその時考えようぜ?だって目を閉じたって支援をちゃんと飛ばしてくれる、こんなにも心強い後衛がいるんだからなぁ?前衛としては嬉しいもんだぞ?」
『でも、でも…!』
ユーリ「…大丈夫だって。何があっても大丈夫だ。何とかなる。」
気楽すぎるユーリの言葉に、少女が黙り込んでしまう。
そのまま静かに泣いている少女に、ユーリが困ったように笑い、頭を掻く。
結局少女が泣き止んだのは数分後の事だった。
赤く泣き腫らした顔を押さえながら、恥ずかしそうに笑っている少女に手を伸ばしたユーリ。
それを不思議そうな顔で見つめた少女は、ユーリの顔を恐る恐る見た。
ユーリ「どうせ、まだ決められてねえんだろ?だったら早いところユグドラシルの所に行って、聞いてしまってからやろうぜ?その方がメルクには良いんだろ?」
『…はい!』
しっかりとユーリの手を握った少女。
そしてそんな二人の耳に、とある人物たちの声が聞こえる。
サリュ「メルク様~!!」
カリュ「どちらにおられますか~!!!」
「『あ…』」
二人してその声を聴いて固まる。
そして可笑しそうに笑いあった。
そう言えば、二人して護衛の事すっかり忘れていた。
くすくすと笑いあう二人だったが、メルクが困ったように笑い、例の双子の方へ歩き出したのを見てユーリが手を引き、歩みを止めさせる。
ユーリ「…ちょーっと、悪い事してみっか。」
『?? 悪い事?』
ユーリ「こうすん、だよっ!!」
少女を勢いよく抱え上げて外に出たユーリは双子に見える様に姿を現し、そしてニヤリと笑うと何処かへ走り出す。
…いや、この方向は〈
それを慌てて追いかける双子に、少女は驚いたようにユーリを見る。
『良いのですか…?!こんなことをして…!』
ユーリ「あいつらの体力なら大丈夫だろ。」
『いえ、そういう事では…』
「「お待ちください!メルク様、ユーリ様ー!!」」
ユーリ「ほらな?余裕そうについてこれてるだろ?」
『え、えっと…、そう……ですね…?』
少女は困った顔をして双子とユーリを見比べる。
果たしてどっちの味方に付いた方が良いのか、思案しているのだ。
しかし流石に双子を可哀想に思えた少女は、抱かれながら双子へと大きな声で伝えてあげる。
『サリュ、カリュ!!二人で〈
「「えぇ?!!」」
そう言ってようやく止まった双子を振り切る形で、ユーリが笑って下町を走り抜ける。
そんな逃走劇があった裏では、双子が帰還してこっぴどく騎士団長に怒られたのだとか、なんとか…。