第7界層 〜永久不変たる薄霧の鍾乳洞〜
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あの事件以降、ユーリはベッドに拘束されるという不自由な日々を送る羽目になってしまっていた。
…こうしている間にも少女がヴィスキントの野郎と接触しているかもしれないと思うと、気が気じゃないってのに。
そんなことを思いながらユーリは今日も諦めずにベッドの拘束から抜け出そうと足掻いていた。
ユーリ「くそ、あの医者…本当に医師免許持ってんのかよ…!!人の事、実験台みたいに拘束しやがって…!!」
ガタガタとベッドが軋み、肝心の拘束具は一向に取れやしない。
身体を動かすのを一旦止め、荒く息を吐き出す。
…はぁ、メルクに会いたい…。
そう思いを馳せ、しかし思い出すのは庭園で会った少女が自分を拒否していたあの映像。
一歩自分が少女に近付いただけで、その少女は一歩距離を取ったあの出来事。
…何か、何か重要なヒントが隠されてないか…?
暇な時間を潰そうと、必死に頭を働かせる。
何故、少女は自分を避ける…?俺が何かをしたか…?
頑張って思考を割いても、何一ついいアイデアなど思い浮かぶこともなく消えていく。
ただひとつ、思い当たると言えば…
あの少女が優しいが故に、俺が傷つこうとするのを拒否するきらいがある。
だから、あの"呼吸が出来なくなるほど強く抱き締める"行為についても、一度拒否されたことがあった。
…いや、待てよ?
だとしたら、少女があの時…俺の傷を見て近付けたのはそういった事が
だからあの傷が無ければ恐らく少女は俺を避けていたはずだ。
ユーリ「くそ、確かめてぇが…!これが、取れねえ…!!」
肝心の医者も現れないし、どうしたものかと悩ませていると扉前で医者に言われて俺を監視している騎士たちの言葉が聞こえてくる。
それは少女の話だった。
「いやぁ、メルクさん、元気になってよかったよなぁ?」
「んだんだ。本当、良かったズ…。」
…一人訛った奴がいるが、聞き取れないほどではないため黙認する。
「でも体の倦怠感は変わらずあるんだろ?大丈夫なのか、それ。」
「んん~?でも、元気そ~に今日も歩き回ってるず~?誰かを探してるそうだず?」
「誰だ?そんな幸運な奴は。俺だってあんな美少女に探し回られてえよ…。」
「一生無理ず…。もっとイケメンじゃないと…って、そういえば、今日って歌のコンテストじゃなかったず?」
「あ~。たしか、そんなのあったな?メルクさん、参加するのかな?」
「いや、参加しないって言ってたず?」
「…おまえ、メルクさんとお喋りしたのか?」
「んだ。ヴィスキントっていう人を探してたらしいから、見てないって答えたず?」
……やっぱりまだヴィスキントの奴を探してるのか…。
誰か、早く帰ってこないか…?
ヴィスキントの野郎にメルクを任せたくねえ…!
「羨ましい~~~!!!俺だって、話しかけられてえ!!」
「んだんだ。分かってるず…。メルクさんはこの城の……いや騎士団の女神だず。その気持ちは分かるず。」
「くそー。どんだけ前世で徳を積んだらあんな美少女に話しかけられるんだ…?」
……騎士団の女神…。
この話、フレンの奴知ってんのか…?
「そういえば、もう少ししたらリコリスさんがお帰りになるらしいから、メルクさん歌のコンテストに参加するんじゃないか?その人、結構メルクさんにベタベタだろ?なんか説得しそうな気がする。」
「んだ。あの人も神子だけあってお綺麗だず。」
「そうだよなぁ。ここには美女が勢ぞろいってか…?そんな美女を守る騎士団……。夢があっていいじゃねえか!」
「今日もお役目、頑張るず。」
「よーし!頑張って話しかけてもらえるよう、得を積む!!」
…やっぱ、メルクってすげえな。
こんなに皆の士気をあげれるほど、人気なのに……。
そう思ってユーリは溜息を吐く。
いつも頬に手を当てては微笑みを常備した少女―――その正体は七色の輝く妖精の羽根を持つ神子だった。なんて、口外したらあっという間に大変なことになりそうだ。
それにあの大量
ま、大抵の人間はそんな事、信じないだろうな。
あんなにも微笑みを常備した少女がそんなギルドのメンバーなんて……笑えねえ。
ユーリ「……はぁ、誰かこれ解いてくれ…。」
もう飽きたから、誰か解いてくれと諦めの境地に入る。
すると、急に瞼が落ちそうになって驚いて目を見開く。
…あっぶな。
今、急な眠気で寝そうになった…!
以前は少女を苦しめていたこの症状も、今や自分が罹っているなんてシャレにならないが…、今逆に少女は眠気が来ていないらしい。
まるで自分に乗り移ったかのようだ。そんなことあるはずもないが。
身体が軽いのも何が関係しているのか分からないが、もうこうなって3週間は経つのではないか?
いや、あの二人で倒れた事件から3週間だったか?
ま、そんなことはどうでもいい。
こうなったらやることもないし、今はこの眠気に任せて寝るしかない。
ユーリはそのまま瞼を下ろし、寝る体制になったのだった。
___翌日。
相変わらず拘束が解けないまま、食事の時間になる。
流石に食事の時は拘束を解いてくれるが、すぐさまあの医師によって拘束時間が始まるのだから…嫌気がさす。
医「逃げないなら初めからやりませんよ。」
そんな自分の心を読んだかのような返しを医師がしたのに驚き、俺は目を見張る。
そのまま医師を見れば、溜息を吐きやれやれと肩を竦めさせていた。
医「…今日の食事はまた随分と味の濃そうな物で…。」
一緒に食事を摂る気らしい医師が持ってきた食事を見て、手を合わせる。
そして一口食べて、顔を顰めさせる。
医「……何時だったか、メルクさんが味付けしたみたいな激辛の味付けじゃないですか…。誰ですか、これを作ったのは。」
ユーリ「そんなん俺が聞きてえよ。」
自分も医師に倣い、食事を一口食べてみるが…決してあのような辛さの食事ではない事が分かる。
それに首を傾げ、医師を見る。
ユーリ「おいおい、そんなに辛くないだろ?これ。」
医「……今、なんとおっしゃいました?」
ユーリ「は?だから、辛くないって―――」
そこまで言って、自分でハッと気づく。
これじゃあまるで、メルクの状態と酷似しているのだと。
医師が顔を険しくしてナイフを取り出す。
それを見て一瞬嫌そうな顔をした俺だったが、そのまま腕を医師に向けると医師は軽く腕をナイフで切りつける。
するとどうしたことやら、見た目に反してそこまで痛みは来なかった。
ユーリ「痛みが無いって事はねえが……思ったより痛くねえ…。」
医「………。」
二人で愕然としていると、医師が一つの見解を聞かせてくれる。
それに俺は静かに聞き入れた。
医「…現在、メルクさんは副作用が薄れているようです。そして、現在の貴方のその症状…。もしかしたら、副作用がどういう訳か貴方に移ってしまい、効果も半分ずつになっているのかもしれませんねェ…?」
ユーリ「つーことは、メルクの副作用の症状もこれで…」
医「多少和らぐだけ、といった具合でしょう。元々あったものが移っただけなので結局どれくらいの期間、それが続くのか分かりませんし、これが良い方法だとも今は結果として出しづらい事ではありますから。あまり期待されない方が良いかと。」
ユーリ「だが、これで少なくともメルクは眠くならねえんだろ?…また、ああやってずっと寝る事も。」
医「少なくとも現状では無いようです。寧ろ、身体が軽くなって眠気が来ている貴方と違い、メルクさんは"体が重く、眠気が無い状態"ですから正反対の効果が出ていると言えます。」
ユーリ「もしかして、今度は寝れてないのか?」
医「いえ、そこは私が確認しに行っていますが、夜は寝れているようです。もうそれはそれは、ぐっすりですよ?」
ユーリ「なら、いいか。」
医「…問題はどうしてそうなったのか、です。もしかしたらメルクさんは思い当たる節でもあるかもしれませんね。ですが、その為には貴方の現状をお話しなければなりません。どうしますか?」
もし、これが仮にメルクが知ったら余計に俺から離れていきそうな気がする。
…それだけは嫌だ、と心が強く願ってしまう。
ユーリ「もしかして、避けられてる理由って…」
医「それは初耳ですねェ?貴方、避けられていたんですか?」
ユーリ「あぁ、ちょっと前からな。あの脱走した時あったろ?あの時には既に避けられてたんだよ。」
医「それが本当なら、余計にメルクさんは何かを知っている…。そういう気がしますね。」
ユーリ「ヴィスキントの野郎に会いたいのも…もしかしてこのことを知ってるからか…?」
医「…なるほど?……で、どうされますか?貴方の現状、メルクさんにお話ししましょうか?」
ユーリ「…いや、止めといてくれ。こうなったら徹底的に調べてみようじゃねえか…!」
医「…彼女を傷つけないでくださいよ?私の患者ですから。…それにあなた自身が傷つくのもNGですからね。それをちゃんと胸に刻んでおいてください。…まぁ、貴方の解禁日はまだ当分先ですが。」
ユーリ「は?」
おいおい、聞き捨てならない言葉が聴こえたぞ。
患者自身がもう良いと言っているというのに、どういう了見だ……。
苦い顔で医師を見れば、「仕方の無いことです」と切り捨てられる。
……あー、またこの生活続くのかよ。
『♬.*゚』
ユーリ「お?」
医「……そういえば、今日は歌のコンテストなるものが開催される日でしたね。メルクさんは参加しないと聞いていましたが…。」
ユーリ「偽の神子様がどうせ、嫌がるメルクを連れてったんだろ?扉前の騎士たちが話したぜ?」
医「……ふむ。」
医師が窓近くに行き、下を見た。
その横に移動した俺もまた下を見ては少女の姿を探す。
するとどうやら広場でコンテストをやってるらしい事が分かり、窓に手をかける。
その窓に座った俺を横目に医師も広場の様子を見て、少しだけ笑みを零した。
医「……いつ聞いても、メルクさんの歌声には癒しの効能がありますねェ…?身に染みますよ。」
歌っても羽根は出さずにいる少女を見て、二人して安堵して肩の荷を下ろす。
後は、少女の歌をただただ聞き惚れるだけ。
ユーリ「(……やっぱ、心地好いな。)」
医「……言っておきますが…。その状態でくれぐれも眠気に襲われることの無いよう、お願いしますよ?」
ユーリ「……シャレにならないこと言わないでくれ。」
ここからだと、寝ながら落ちたら死ぬだろ…。
下を見て思わず顔を顰めさせた俺を見て、中に入るよう指を差した医師に従い、一応中から見ることにした。
『.•♬.・*’’*・.♬』
ピアノの伴奏と共に少女の歌声が帝都に響く。
その歌声は、優しく…何もかもを包み込むような……そんな歌声。
近くに居る偽神子が恍惚な表情を浮かべては少女を見て……そしてその歌声を聞いてウットリと息をつく。
また、近くにいた騎士達もその歌声には暫しの休憩だと言うように緊張を解いているようだった。
ユーリ「…。」
医「…。」
二人もまた、少女の歌声を聞くために暫し沈黙をした。
逆にこんなにも素敵な歌声を止めるなど、無粋にも程がある。
『…♩*。♫.°♪*。♬꙳♩*。♫♬*.:*¸¸』
しばらく止むことのない歌声と一緒に時が止まったような感覚にも陥ってしまう。
ユーリはそのまま窓の傍で目を閉じて聞いていたが、今だけはしかと少女の活躍する姿を見ていたくて目を開けて少女を見つめる。
決してこちらを見る事はないが、それでもユーリの瞳は少女の姿を捉えて離さない。
しっとりと終えた少女の活躍に、城のあちらこちらから拍手喝采が沸き上がる。
それに負けじとユーリ達も拍手を贈れば、少女は暫く呆然としていたが、沢山の拍手喝采を受けて嬉しそうにその場で微笑んだ。
…あぁ、抱きしめたい衝動に駆られる。
駄目だというのに、そんな衝動に駆られてしまえばその気持ちを持て余してしまい、どうしようもない…。
そんなユーリの横顔を見て、医師がフッと笑う。
そして医師はユーリに早くも横になるよう伝えて、その手には拘束具がしっかりと握られていた。
引き攣った笑いでユーリがそれを見れば、医師は"早く"とでもいう様ににっこりと笑顔を浮かべていた。
素直にベッドに横になったユーリへ次々と抜かりなく拘束具をつけていく医師が、ユーリを一度見てそして拘束具に向き合いながら話しかける。
医「まだ、神子の副作用については未知数なことが多いです。…しかし、未知数だからこそ暴かなければなりません。メルクさんの為にも、明日から協力してくださいますね?」
ユーリ「…あぁ。メルクの為ならな。」
医「よろしいです。では明日、検査に検査を重ねますのでご期待ください。」
ユーリ「……………あぁ。」
医「えらく、長い間でしたねェ?」
ユーリ「そりゃそうだろ。一瞬、断ろうとする俺が居たわ。」
医「ムフフッ…!!それでも断らないのは、やはりメルクさんが大事だからですか?」
ユーリ「まぁ、このままだと可哀想なのは変わらないしな。」
医「素直じゃない事で。」
ユーリ「言ってろ。」
そうやって拘束具をつけ終えた医師は満足そうにユーリを見て別れの挨拶もそこそこに、早々に退室していった。
また暇な時間が出来てしまったが、先ほどの少女の声の余韻が今のユーリには大事なひと時となっていたのだった。