第7界層 〜永久不変たる薄霧の鍾乳洞〜
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二人が倒れてしまい、城へと帰還した仲間達の顔は暗かった。
体に負担がかかるとは言っていたが、まさかユーリまでも負担がかかっているとは思いもしなかったからだ。
少女も変わらず口の端から血を流しているのを見れば、流石に誰もあの行為は得策では無いことが分かる。
本当に
ユーリ達の無事を祈りながら仲間達は医師の診察をただひたすら待つことにした。
しかし彼らの復活は意外にも早い段階であった。
夜皆が寝静まる頃、ユーリが目を覚ましていた。
ユーリ「…?」
ユーリが目を覚ますと城の一角である病室の中だった。
ただ…少女のいる病室は遠く、自分が今いる病室とは違う場所だというのはすぐに気が付いた。
身体を起こして見れば、異様なほど体が軽くなっており、以前少女が言っていた不思議な言葉を実際に体験することとなっていた事に、ユーリは少なからず驚いていた。
身体を動かしてみてもいつもと全く違う。
そうまるで羽が生えたかのような軽さだ。
ユーリ「…まさかな。」
まさか自分に少女のような羽根が生えているわけでもあるまい。
その証拠に、今は夜で室内は暗いが少女のような輝く羽根が見える訳でもなかった。
馬鹿な事を考えた、と嘲笑したユーリはそのままベッドから離れ、少女の居る病室へと向かう。
病室前にはいつもなら双子の護衛が居るはずだが、今は休憩中か離れているようだった。
危ないな、なんて思いつつその扉を潜り抜ければベッドで横たわる少女の姿―――そして、その横には点滴がなされているのか、複数の点滴台が置いてあり、少女は管で繋がれているようだった。
ベッド近くの椅子に座り少女の様子をみれば幾分か、あの時よりも顔色が良くなっていることに安心する。
最終手段と言えど、やはりやるべきではなかったな、なんて今頃反省しても遅いのだが、そう思わざるを得ない程今のユーリには他に考えることもなかったのだ。
ユーリ「…。」
少女の顔を見て嘆息する。
いつ見ても、こうやってベッド上で過ごす少女を見てばかりだ。
元気に動く姿が今ではまれになりつつあり、可哀想に思えてくる。
ユーリ「早く元気にしてやりたいのに……、歯痒いな…?」
少女が元気になるには、少女自身が〈
その上願いを叶えてもらう者も一緒に踏破し、願いを叶えなければ少女に安息の未来などやっては来ない。
だが少女はあまりにも体が弱くなっている。
こんな状態で完全踏破など、夢のまた夢だろう…。
早く少女の眠気をどうにかする方法を考えなければ、〈
果たして、その方法は何をすればいいんだろうな…?
ユーリ「…?」
何だか体に違和感を感じた気がしたが、気のせいかもしれない。
ほんの一瞬だったからそう感じただけだ。
『……。』
少女が何の音もなくゆっくりと目を開いたのを見て、ユーリは目を僅かに見張った。
そのままユーリが少女へと声を掛ける。
ユーリ「お目覚めか?眠り姫?」
『……? ユーリ…?』
寝ぼけているのか、覚醒していないからか…少女はぼんやりとユーリの名前を呼んだ。
緩慢に目を動かし、ユーリを視界に捉えると少女は心配そうに顔を歪めた。
『……ユーリ、…体、は…?』
ユーリ「あぁ、大丈夫だ。寧ろ、身体が軽いくらいだな?」
『……そう…。よか、った…。』
具合の悪そうな少女にユーリは顔を歪ませる。
いつもなら起きれば例の如く"体が軽くなった"なんて言うのに、今日に限ってそれが無かったのに不安が募る。
まぁ、吐血をしていたのだ。
具合が悪いのも仕方がない事なのかもしれない。
ユーリ「お前こそ、体調悪そうだな。」
『…からだが、重いの…。それに……体が、いたい…』
ユーリ「?!」
今……"痛い"って言ったか…?
ユーリが驚いた顔をすれば、少女も気づいたように顔を驚かせる。
何故、ここに来て痛みが復活したのだろうか。
少女の副作用のひとつは"痛覚の麻痺"だったはずだ。
それなのに、今、少女は痛みを訴えたのだ。
『わ、たし……体が、おかしくなってる…の…?』
ユーリ「…いーや?それが普通だろ?だから、もっと喜べ。」
『…でも、神子になるための副作用なのに…これじゃあ……』
ユーリ「……。」
神子になるための副作用なのに、その副作用がないという事は神子じゃなくなるという事なのかもしれない。…ただの憶測でしかないが。
それならそれでユーリは安心なのだが……、反対に少女は違った。
いつも嘘は得意なくせに、今は不安そうな顔を隠しもせずボーっと天井を見ている。
動かしづらそうな手を持ち上げ、手の先を見る様に顔の前にやった少女はすぐに手をだらんと元に戻した。
そして、痛そうに呻き声をあげる。
『う、…はぁ…。』
ユーリ「…本当に大丈夫か?」
『だ、いじょうぶ…。ほんとう、だよ…?』
弱々しい微笑みを浮かべて、少女は体を起こすこともなくユーリを見た。
そんなの、誰が見ても嘘だと分かる。
ユーリは顔を歪めた後、少女に近付き額に手を当てる。
しかしそんなユーリに異変が起きる。
ユーリ「…?(おかしいな、熱を感じないぞ…?まぁ、熱がないって事か…。)」
一人で納得したユーリは熱が無い事を少女に伝え、そのまま頭を撫でてやる。
それに僅かに目を細めさせ、気持ちよさそうにする少女に愛おしい気持ちが湧き上がってくる。
しかし、少女はすぐに首を横に振って「もういい」と言わんばかりに体を起こそうとしたが、身体を震わせ少女が起こそうとした体は全く起き上がらなかった。
結局そのままベッドに逆戻りした少女は荒い息を整えながら、やはり痛そうに呻き声をあげていた。
ユーリ「…医者呼んでくるわ。流石にその痛み、どうにかしないとな?」
『あり、がと…う…。』
ユーリが立ち上がろうとすると、病室の扉が開けられる音がした。
そこには丁度いいタイミングで医師が立っており、そのまま医師はこちらに向かって歩いてきていた。
医「お二人とも、お体の具合はどうですか?」
ユーリ「俺は大丈夫だ。だが…メルクがな…。」
医「??」
医師が点滴に繋がれているはずの少女を見ると、そこには苦痛に顔を歪め荒い息を繰り返す少女が居た。
それに目を見張り、医師がすぐに診察に入る。
そして今の点滴を中断させると、すぐに別の場所から違う点滴を用意しそれを少女に繋げる。
医「やはり内臓系が痛むようですね。無理のしすぎですよ、メルクさん?」
『すみま、せん…。』
医「いえ、私も気付かなったのが悪いのです。ですが…痛みのある今が体全体を治す好機かと思います。今の内に痛みのある部分は全て言っておいてください。今後の治療の段取りを決めますので。」
『はい…。よろしく、お願いしま、す…。』
横で少女の診察を聞いていれば、医師はこちらを見て観察するように頭の先からつま先までじっと見つめてきた。
それにユーリが首を傾げれば、医師は「いえ…」と言葉を濁した。
医「貴方は本当に何もないのですか?あんなに苦しそうに心臓を掻き毟っていたというのに?」
ユーリ「あぁ、あの時だけだな。今は寧ろ"体が軽いくらい"なんだ。」
医「…貴方もですか。」
怪訝な顔で医師がユーリを見たが、医師は立ち上がるとゆっくりとユーリの方へと体を向け、あの一言を放った。
医「では。検査と行きましょうか。」
ユーリ「は?」
『……。』
その瞬間、少女がゆっくりと点滴を外しているのが見え、頑張って体を動かそうとしている。
そして精一杯手を伸ばして窓の方へと指を真っすぐ伸ばしているのを見れば、ユーリが静かに医師を見て少女を指さす。
その指の先へと視線を動かした医師はにっこりと子供が泣きそうな笑みを浮かべ、少女の肩へと手を置く。
医「えェえェ…そうですか。メルクさんも一緒に受けたい、と。そう仰っているのですよね?」
『ぴゃっ…!』
なんとも可愛らしい悲鳴が聞こえ、ユーリが苦笑いをする。
「逃がしませんよ?」という声が聞こえてきそうなくらい、今の医師の眼の奥は笑っちゃいない。
こんなに重篤な患者が逃げ出そうというのだ、……医者としては見逃せないだろう。
サッと目にも止まらぬ速さで点滴を繋ぎ直し、少女を抱えた医師は移動式の点滴台をユーリへと渡し、「行きましょうか」とニッコリ笑顔で話す。
移動し始めた医師に従い、カラカラと点滴台を動かすしかなくなったユーリは少女と共に検査室に入る。
―――そしてその夜、二人分の悲鳴が城の中に響き渡ったのだとか。
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___翌日。
夜中に響き渡ったはずの悲鳴を誰も聞いていない事に二人は驚いたが、それよりも驚いたのが仲間たちが二人に謝ってきたことだ。
体調の心配をされたり、具合を聞かれたりは予想がついていたが、まさか謝ってこられるとは思ってもみなかった二人は目を点にさせながら仲間達を見ていた。
しかしすぐに、二人が具合が悪くなったことなどを踏まえて謝ってきたのだと思い当たれば、二人は笑ってそれを許していた。
だって皆が頑張って何とかしようとしてくれたのが分かっているから、怒る理由もないのだ。
結局心配してくれた仲間達に逆にお礼を伝えれば、いつものように泣きながら抱き着いてくる人たちがいた。
それを受け止めた少女だったが、今は痛みを感じるのだ。
すぐに痛そうにする少女にレイヴンが驚き、自分の目を疑っていた。
ユーリからある程度説明を聞き、納得したレイヴンは「うーん」と唸り出す。
その気持ちはユーリにも分かるから、それを黙認するだけにして留めておいたのだ。
検査結果も徐々に分かってきて、少女の面会禁止だと医師が仲間たちに伝えれば、すぐさま例の如くブーイングの嵐。
いつだったかみたいに、また面会禁止の中変なことをしなければいいが…と医師が未来を憂いていれば、少女がそんな医師を見てクスリと笑みを零した。
医「今回はメルクさんの精神状態が安定している分、それでも面会禁止となった理由がメルクさんの体が危険だからだと分かって欲しいものですよ。」
『ありがとうございます。』
医「今はどうですか?痛みなど。」
『変わらず痛みは続いています。……久しぶりの感覚で、余計にそういった感覚が研ぎ澄まされているのかもしれませんが…。』
医「それでも痛みがあるのなら用心するに越したことはありません。…くれぐれも痛いなら痛いと仰ってくださいね。やせ我慢は禁物ですよ?」
『はい。』
そこの日を境に少女の集中治療が始まった。
痛みを耐え抜き、少女の体が治るころには1週間が経過しようとしている頃だった。
そんな中、治療中ではあるがどこからともなくあの黒猫は病室に上がり込んで、少女に擦り寄っている。
それを風の噂で聞いた仲間達が「羨ましい!」「ずるい!」などブーイングしていたのを医師が困った顔で聞いていた。
窓を閉めていても、戸締りをしていても何処からともなくあの黒猫は入ってきてしまっているのだからどうしようもないのだ。
「ニャー。」
『あらあら、ふふ。』
今は痛みが無くなりつつあり、ベッド上で体を起こしていた少女は何処からか入ってきた黒猫を見て微笑む。
ここがいつもの定位置だ、と云う風に黒猫はいつも少女の膝の上で丸くなり目を閉じている。
そこへ少女が優しく体を撫でたり、顎の下を撫でたりするものだからこの黒猫も調子に乗ってしまっているのかもしれない。
甘え上手とはこの猫の事を言うのかもしれなかった。
『…痛み、か…。』
「…。」
少女のそんな呟きを聞き取った黒猫がピンと片耳だけを上げ、また片目だけを開けて少女の様子を窺う。
窓の外を見て、憂いている少女の顔を見て黒猫は立ち上がる。
そして少女の体に擦り寄り、大丈夫と言ってくれているように甘えた声で鳴くのだ。
「ニャー?」
『ふふ…。ありがとう、猫さん?体が治ったら、あなたの里親を探しましょうね?』
そんな少女の言葉を理解しているのかは不明だが、じっと少女を見上げる黒猫が何を思っているのか当然ながら人間には分からなかった。
少女もまた、そんな黒猫を見て困った顔で笑った。
医「メルクさん。」
医師が中に入り、黒猫を確認すると困ったように顔を歪めじっと黒猫を見つめた。
そして追い出すでもなく、その黒猫を見続けた医師は少女のいるベッドの傍らに座り、額に手を置いた。
医「大分熱も下がりましたね。」
『はい、これもお医者様のおかげです。』
医「いえいえ…。メルクさんの医師として当然のことをしたまでですよ。ムフフッ。」
『それでもありがとうございます。大分痛みも取れました。』
医「体の倦怠感、…というより体が重くなったりはしていませんか?」
『いつもと変わらないと思います。あの体が軽かった時代が懐かしいくらいです。』
医「ふむ…。あれはあれで困りましたが…今はどうやらそれもないようで安心いたしました。えェえェ…良かったですね。」
『良かった、のかは分かりませんが、今はあの眠気も全然ありません。…もしかして体が軽いのと眠気は何か関係していたのでしょうか?』
医「一概に違うとは言い切れません。ただそうなると…彼が心配ですね。」
『彼…?』
医「聞いていませんか?ユーリさん、あの件以降、寝て起きたら体が軽いんだそうですよ。全く、困ったものです。それでもなお動き回っているんですから。」
『…。』
少女が不安そうな顔をしたのを見て、医師が大丈夫と優しく頭を撫でた。
医「メルクさんも知っているでしょう?私という医師がここに居る事を。安心してください。彼の事は私にお任せを…。」
「「「医者ー!!!!」」」
そこにカロル達が慌てて病室に入ってくる。
それに医師が顔を歪め、騒いでる本人たちへと振り返る。
医「どうしたのですか。」
カロル「ユーリが倒れたんだ!!」
「『!!!』」
医師と少女が顔を見合わせる。
先程話していたばかりなのに、なんと幸先の悪い…。
医「…彼は現在、何処に?」
パティ「処置室じゃ!急ぐのじゃ!!」
医「メルクさん、少し離れます。」
『行ってらっしゃいませ…。』
最後に頭を撫でると急ぎ足で医師と共に仲間たちも病室の外へと出ていく。
それを祈る気持ちで少女は見ていた。
―――どうか、無事で。
……と。