第7界層 〜永久不変たる薄霧の鍾乳洞〜
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
流石に一晩少女と過ごしていた双子は他の騎士に変わり、休みを貰っていた。(まぁ、渋々ではあったが…。)
そんな交代した騎士の二人は、以前ウェケア大陸で野菜栽培について悩んでいた騎士達だった。
顔見知りとわかると少女も笑顔で話に花を咲かせる。
以前ウェケア大陸で作っていた野菜は優しく傷つかないように引っこ抜き、この城へと持って帰っていたらしい。
だから少女がウェケア大陸に行った時、跡形もなく消えていたのだ。
どうやらあれからこの騎士達は野菜作りに夢中になっており、ここの食事はこの騎士達が丹精込めて育てた野菜を使った料理なのだとか。
「メルクさんのお陰で野菜も順調に育つ様になり、城の財政にも影響が出てるんですよ?」
「売り捌くほどはありませんが、野菜を買わずとも使えるので重宝されているんです。今度、野菜用の温室を作ろうかと上で話が上がっているみたいなんです。」
『それは素晴らしいですね。今から育った野菜を見に行ってもいいですか?』
「ニャー」
あれからというもの猫は少女に抱かれながら移動をしている。
何故か少女から
そんな猫の声を聞きながら、騎士達は大喜びで畑の方へと少女を案内していた。
時折少女から育て方のアドバイスを受けながら騎士達は野菜を紹介する。
少女のカバンにあったという野菜たちは確かに少女にとって見覚えのあるもので、カバンの中を見てもその種が見当たらないので発芽したのは本当のようだ。
嬉しそうに話す騎士達に耳を傾けながら、少女は腕の中の猫を撫でる。
…猫が一つ可愛らしく鳴いていた。
「次は何の野菜がいいか、話し合ってたんです。」
「メルクさんのおすすめとかありますか?」
『では、少し難しいですが、イチゴやメロンなどの果物にも手を出してみてはいかがでしょうか?』
「「おぉ…!」」
本格的な物の名前が上がり、騎士の二人も気分が上がる。
そんな中、少女を探していたらしいユーリとカロルが畑に現れ、声を掛けた。
カロル「メルク〜!」
ユーリ「何の話で盛り上がってるんだ?」
『二人とも。おはよう。』
「「おはよう/おはよ」」
挨拶をする少女に二人もそれに返す。
騎士も二人に挨拶をし、今までの経緯を熱く話し始める。
それに引いた目線を向けたユーリとカロルだったが、騎士のあまりの熱量に途中で話しかけ中断させるという選択肢はなかったようだ。
結局最後まで聞いていた二人は「来なければよかった」と呟くほどげっそりさせていたのを、少女がおかしそうに笑う。
カロル「あ、そうだ。メルク。」
『うん?何ですか?』
カロル「あの医者がメルクのこと呼んでたよ?」
『?? 今朝お会いした時は何も仰ってませんでしたが…。分かりました、今行きます。』
騎士達も姿勢を正し、護衛をやり切ると意気込んでいる。
カロル達も一緒に医者の所まで行くと、そこには既にリコリスとヴィスキントもいた。
丁度二人は例の医者と話していた様だ。
医「来ましたね。」
ヴィスキント「……猫も居ますね。」
リコリス「可愛いわね〜♪」
リコリスが可愛いと少女の抱いている猫へと触れようとすると、途端に毛を逆立てさせる。
それを落ち着かせようと少女が撫でればすぐに毛は元通りになり、またリコリスが触ろうとして毛を逆立てさせていた。
ヴィスキント「……止めてあげなさい。」
リコリス「はーい。」
カロル「それで、メルクに用事って?」
医「ムフフ…」
その笑い声で少女は嫌な予感がして、ゾワッと体を無意識に震わせていた。
その様子を見て、他の人達が苦笑を零す。
やはり怖いものは怖いらしい。
そんな少女の様子を見て医者が取り敢えず椅子に座る様に少女へと促す。
恐る恐る少女は勧められた椅子へと座ると、簡単に診察が始まり、カルテに医者が何かを書き込んでいく。
恐々と医者の顔を窺う少女に医師がフッと一つ笑みを零した。
医「メルクさん。」
『は、はい。』
医「ムフフッ…。そんなにご緊張なさらず…。」
『すみません。無意識に何故か緊張してしまって…。思わず検査かもと身構えていたみたいです…。』
医「えェ…その検査とやらですよ?」
『え、』
一瞬で顔を真っ青にさせ、椅子をくるり回転させると扉へと行こうとした少女をヴィスキントとリコリスが不思議そうに見る。
しかし医師が少女の肩を掴んだ事でその行動は中断させられてしまった。
医「まぁまぁ…そんなに怖がらずに。大丈夫ですよ、すぐ終わりますから。」
『ひっ、』
そのまま攫うように抱き抱えた医師は、例の子供が泣きそうな笑顔で笑いながら歩いていく。
そして診察室を出ると横の検査室へと入っていき、例の機械音を城内に響かせるのだ。
カロル「何で健康体の今になって検査?」
ヴィスキント「……今のペースで行けば、もうそろそろ彼女は眠ってしまう例の期間に入ります。その前に検査をして比較するのです。直前と直後の検査で何が違うのか、そして何が原因なのか暴くためです。」
リコリス「私達は心配で来たのよ〜?でもあんなに怯えるなんてびっくり〜!メルクちゃんでも怖いものってあるのねー?」
ヴィスキント「……まぁ、彼女には同情しますよ。…えぇ、非常に…。」
ヴィスキントさえ嫌そうな顔で検査室を見遣る。
しかしまさか少女が検査を拒否するとは思わなかったヴィスキントからすると、今回の少女の行動は不思議に見えた。
いつも何でも顔色ひとつ変えずに付き従っていたというのに、あれだけはどうも苦手らしい事が分かる。
ヴィスキントは例の機械を思い出して、僅かに身震いをした。
カロル「ね、ねぇ。毎回気になってるんだけど…どんな事するの…?」
ヴィスキント「そんなに気になるなら、気絶させて差し上げますよ?幾らでも。」
カロル「嫌だ!絶対に嫌!」
ユーリ「すげぇ、必死じゃねぇか。」
カロル「じゃあ、ユーリが受けてきてよ!」
ユーリ「は?何で俺が──」
その瞬間、ヴィスキントがほくそ笑んで武器を手にする。
それを見たユーリが身構え、お互いに武器を持って睨み合う。
ヴィスキント「よろしいではありませんか。彼の疑問に答えてあげられますよ?」
ユーリ「その言葉、そのままそっくりあんたに返すぜ?実験台は一人で充分だろ?」
「「…………。」」
二人はここが診察室だということを忘れ、そのまま戦闘を繰り広げる。
カロルが「始まった……」というのを聞いていたリコリスは納得し、二人で部屋の端へと寄る。
そしてそんな二人の様子をじっと見つめていれば、検査を終えたであろう医師が入ってきて、お互いに目を丸くする。
そして医師は笑みを深くすると、戦っている二人の間に入って有無を言わさず首根っこを掴む。
「「っ!?」」
医「なるほど、なるほど…。余程ここで怪我をして検査を受けたいと見えます。えェ……私としては大歓迎ですよ?」
「「はぁっ?!」」
暴れる二人をものともせず、医者は「ムフフッ!!」と笑うと意気揚々と診察室を出て行く。
そして隣からは二人の抵抗する声が聞こえた後、機械音が鳴り響き、最初はユーリが……、そしてその後ヴィスキントの悲鳴が城内へと響いたのであった。
それを聞いたカロルとリコリスは、二人してその場で静かに検査室に向かって手を合わせる。
……あの医師の前では喧嘩しないようにしよう。うん、そうしよう。
そう固く心の中で誓った。
数十分と及んだ検査を終え、医師が帰ってくるのをカロルが怖々と……、リコリスは不思議そうに見ていた。
リコリス「あれ?ヴィスキント様は…?」
医「今は気絶していますよ?ムフフッ…。若い男の体は、やはり扱いがいがありますねェ…?お二人とも検査上では問題はありませんよ?えェえェ…。」
カロル「検査上“では”…?」
医「ムフフフフッ…!」
医師の笑みが途端に深くなる。
これ以上は聞くまい、とカロルが口を閉ざすと医師は何かを探すように診察室を見渡した。
医「……そういえば、あの猫は?」
カロル「あれ?そういえば、いつの間にか居なくなってる……。」
医「正直、今回あの猫は関係ないと思っています。あくまで医師としての私の意見になりますが。」
カロル「そうなの?」
医「寧ろ、関係あるならば今までメルクさんが眠っていたのもおかしな話になります。……ですが、役には立つかもしれません。」
リコリス「???」
医「あの猫はメルクさんの眠るタイミングが分かると聞いています。恐らくですが、野生の勘と言うやつなのでしょう。今は気絶していますが、あの猫が鳴いた時、メルクさんがどうなるか試してみても良いと思います。」
二人を見ながらそう話す医師に、二人は他の人に伝えてくるね!と診察室を出て行った。
それを見送り、再び診察室を見渡した医師。
医「……と、言っても。ただの野生の勘だけで、そこまで分かるなんて興味深いですねェ……?メルクさんにしか懐かないのも、何か理由があるのかもしれませんねェ。」
その独り言は、誰にも聞かれずに霧散した。
医師は紙を取りだして新たにそこへ記入をしていく。
先程診察室で喧嘩をしていた二人の検査結果を。
医「……ムフフッ!」
この後、嬉しそうに筆が進む医師を誰も止めることはなかったのだという。
○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*
意識が戻った少女は病室のベッドの上で目が覚める。
ゆっくりと体を起こし、暫くボーッとしていたが突如身震いをした。
あの例の検査を思い出してしまったからだ。
自身を抱き締めた少女の元へ、黒猫が現れ、そして体へと擦り寄る。
それを見た少女はゆっくりとその黒猫を抱き上げ、優しく膝の上に乗せると、これまた優しく撫でてあげている。
その顔は先程までの恐怖の顔とは違い、穏やかである。
『……気持ちいいですか?』
「ニャー。」
『あらあら、ふふ…。そうですか。』
まるで会話してるような言葉の切り返しだが、実際は分かってはいないが、猫の表情で察したのだ。
流石に少女と言えど、猫語は分からなかった。
『……...♪*゚.・*’’*・.♬』
猫の為に優しく歌いあげる少女は、撫でる手を止めずに歌っている。
それに恍惚の表情を浮かべた猫は、少女の膝の上で丸まって目を閉じ、その歌に…歌声に酔いしれている。
きっと“ずっとこのままがいい。”───そう思ってるに違いなかった。
『•*¨*•.¸¸♬•*¨*•.¸¸♪』
「…………。」
今、この空間には一人と一匹しかいない。
贅沢な空間を味わっている猫の元に、何かの音が聞こえてきて、猫は耳をそばだてている。
……折角この綺麗な歌を堪能していたのに、と言わんばかりに猫の眉間には大層な皺が寄っていた。
ユーリ「……」
そこに入ってきたのはユーリだった。
そっと入ってはその少女の歌声に、ユーリもまた目を閉じて酔いしれていた。
暫く聞いていた後、少女は歌を歌い終わる。
するとその場に急に拍手が聞こえてきて、少女は目を丸くさせた。
その音の元を辿ればユーリが笑顔で拍手を贈ってくれていて、嬉しさから少女の頬は桃色に染まり、その音の主へ微笑みを向けた。
『……いつの間に居たのですか?』
ユーリ「さっき。廊下を歩いていたら聞こえてきたからな。そっと中に入って聴いてた。」
『お恥ずかしい限りです。起きて間もない時なので、拙かったと思いますが…』
ユーリ「いや?いつもと変わらず綺麗だと思ったぜ?」
『あらあら、まぁ。ありがとう?ユーリ。』
頬に手を当て、お礼を言う少女にユーリも笑って少女を見つめた。
そんな二人の会話が気に食わないのか、猫がもっとと言うように少女の体へと擦り寄りながら鳴いた。
「ニャー。」
ユーリ「相変わらずそいつ居るんだな。」
『えぇ。ずっと居るのよ?……ふふ、可愛いわよね。』
ユーリ「本当ならつまみ出したいところなんだがな。」
『どうして?』
ユーリ「そいつが何かしら関与してるかもしれねぇんだとよ。メルクの眠気が酷くなったの。」
そう言ったユーリへ、少女が不思議そうな顔をして猫を見る。
しかしその猫は何処吹く風で、きままに少女の膝の上で寝転がっている。
ユーリがその体を撫でようとすると、何かを感じ取ったのか猫が急に起き上がり、フシャーと威嚇を始める。
それに諦めたように肩を竦めるユーリに、少女は声に出して笑った。
『……他の人に懐かないから、少し……心配してるの。』
ユーリ「…だな。そいつの里親、探してるんだろ?」
『うん。拾った以上は責任を果たしたい。……でもきっと見つかるわ。』
ユーリ「その根拠は?」
『だって、こんなにも可愛いのよ?誰も欲しくならないかしら?』
少女のあどけない微笑みに、ユーリが困った様に返す。
……少女以外懐かないのでかなり厳しいとは思うが。
決して心の中のそれを口にすることはなく、ユーリは「見つかるといいな」とだけ返答していた。
しかし、そんな話の途中……猫が急に立ち上がり少女を見上げる。
そしてユーリをしっかりと見て──鳴いた。
「ニャー!」
ユーリ「…??」
その瞬間、少女の体が傾いた。
慌ててユーリが抱き締めてベッドから落ちることは無かったが、その少女はすやすやと寝息を立てていた。
ユーリ「…! これか…!!?」
ユーリが猫を見ると、その猫もまたユーリをじっと金色の瞳で見つめ返していた。
いつもなら少女しか見ないその視線も、今だけはしっかりとユーリを見て離さない。
ユーリは苦い顔をして少女をベッドへと寝かせる。
そしてすぐに医師の元へと駆け出した。
……あまりにも早い少女の眠りに、焦りを感じながら。