第1界層 〜変幻自在なる翻弄の海〜
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あれからというもの、メルクの事を「メルク姐さん」と呼ぶ様になった男の人たち。
ユーリ達からは下っ端A,B,Cと名付けられていて本人たちは非常に不服そうだったが、メルクまでそう呼び出したので「メルク姐さんが呼ぶなら是非!!」と訳の分からない理屈を並べていた。
メルクの首も自分で診察し、跡が残って居ないことを確認していた。
船内の飲み水とメルクの持っていた応急処置セットをユーリ達が引っ張り出し、傷を消毒したりと手当してくれたのも大きいが、何よりエステルの術で回復していたようでそれにメルクがお礼を伝えていた。
「あの時、まじで焦ったぜ…。笑顔を浮かべてから気絶すんなよな…。見てるこっちは死んだのかと思って肝を冷やしたんだからな?」
ユーリからもそう言われて思い出してみると、確かに皆に安心してもらおうとして微笑んだ気がする。
それについては覚えがあったのでやんわりと謝っておいた。
__第1界層、5日目の昼
その後誰もが幻覚症状を訴えることなく、航海は進んでいたのでメルクは下っ端ABCを食堂に呼び、触診していた。
「ほんとに医者みたいっすね!」
『ふふ、私のはただの医者の真似事みたいなものですよ?一応知識はそれなりにあるので、皆さんの健康状態を今のうちに把握しておきたくて。』
ユーリ達もやることがないので、近くでそれを見届けていた。
メルクに診察してもらえるなんて羨ましい。
そんな言葉が彼らから聞こえてきそうだ。
『椅子に座って足の力を抜いてくださいね?』
小さな木槌のようなもので、軽く膝下の方を叩くメルクに誰もが疑問を浮かべながらそれを見ていた。
下っ端ABCも何をされているのかは分からないが、信頼しきっているメルクのしている事なので大人しくしていた。
『ふむ…。やはりそうですね。』
「え、メルク姐さん…俺たち何かの病気なんすか?!」
「俺たち死ぬんすか?!」
『大丈夫ですよ。死にはしませんが、少しだけ注意してもらいたいですね?皆さんの今までの食生活、お伺いしても?』
「えっと、まぁ肉中心の生活だったというか。」
「金もねえからあんまりろくなもんは食べてねえかな。」
そこまで聞いて、以前メルクの調合に付き合っていた2人にはピンと来たようだ。
”船に来るまでのところでビタミン不足だったら…”
メルクのあの一言が二人の脳内に思い起こされる。
『なるほど。やはりそうですね……』
口元に手を当て、ふむと考え込むメルク。
その視線はじっと3人に向けられ、つい照れてしまう下っ端ABC。
腰についているポシェットから薬を取り出すと、3人へそれを渡しすぐに飲むよう伝える。
すると勢いよく厨房に駆け込んでいった下っ端ABCを見送り、メルクは道具を仕舞っていく。
「結局あいつらは何の病気なんだ?」
『脚気、と呼ばれるものね?ビタミン不足で起こる病気で…もう少し悪化したら最悪、壊血病にまで発展するから気を付けた方がいいわね?』
「壊血病!!海賊なら誰しも怖がる病気なのじゃ!じゃが……現代ではあまり起こってないのは食生活が豊かになったからじゃったのか……」
パティが思い出した様にその病の名を口にする。
するとカロルが椅子に座り、「僕も調べて!」と言い出すのでメルクが笑いながらまた仕舞われた木槌を取り出す。
『では……力を抜いてねー?』
先程のように木槌で膝下の所を軽く叩けば、今度はカロルの足が僅かに上に上がり、また下へとぶらりと降ろされる。
無意識になったその現象にカロルが1番に驚いていた。
「え?え?なになに??」
『ふふ、無意識に足が上がったでしょ?これが健康体の証拠だから、安心してちょうだいね?』
感動したように膝を曲げ伸ばしするカロルの横にエステルも座り、「お願いします!」とメルクに言っていた。
「いや、エステルは大丈夫だろ…」
「それでもやってみたいんです!」
そんな彼女にも膝下を木槌で軽く叩くと自然と足が上がり、感嘆するエステル。
こんな経験初めてです、と感動したように言われるものだからメルクも嬉しくなる。
こんな事で喜んでもらえるならば、と笑顔をエステルに向けた。
どうしてこうなるのか等の詳しい理論はさておき、興味を持ってもらえたみたいで他の人からも色々な質問が飛び交う。
メルクは嫌がる素振りもなく、一つ一つ優しく質問に答えて行っていたのだった。
*:..。o+◆+o。..:**:..。o+◇+o。..:**:..。o+◆+o。..:*
__第1界層、五日目の夜
夜、皆がそれぞれ自室に戻り寝静まる時間帯のことだった。
突然大きな揺れが起きたのだ。
それはしばらく止むことなく続き、中にいる人を苦しめる。
恐らく嵐に当たったのだ、と事前に勉強していたメルクは咄嗟にその正体が分かった。
だが、他の人がそれに気付いているかは分からないし、この揺れでもしかしたら船酔いを発症していたら可哀想だ。
メルクが頑張って寝台から起き上がり、扉外に出ようとしたが大波の揺れでふらついてしまい、何より立つことも叶わない。
寝台の淵に必死にしがみ付き、頭を働かせる。
”どうすれば他の人の元にたどり着けるか”
元々、この第1界層の難易度は最初にしては可笑しいほど難易度が高い。
それは自然を相手にしていることもあってだ。
必ずどこかで嵐に当たり、その船が無事なのかどうかは正直五分五分だ。
以前調査隊として派遣された精鋭の騎士団でさえ、この嵐に翻弄され行方知れずとなったくらいだ。
凄腕の冒険者でも自然の力には敵わない。
だからこそ、ここをクリアできた人は本当に運がいい一握りの人たちなのだ。
『こんなところで負けられません…!』
メルクは少しずつだが扉に近づいていく。
そして扉外へと漸く辿り着くと、廊下には必死に壁に手をついて堪えているユーリの姿があった。
こちらを見て驚く彼の姿に取り敢えず笑顔で応えておくと、一瞬揺れが収まったタイミングで彼はすぐにこちらに駆け寄ってくれた。
「大丈夫か?」
『私はなんとか…!でも他の方たちは…』
「自分の、身を心配してほしいもんだけどな…!」
一向に揺れが収まることなく、ひと際大きい揺れがあってバランスを崩したメルクだったが、近くに居た彼が腕で支えてくれる。
それにお詫びを言うと、彼は一瞬だけ後ろを気にする様子が見えた。
後ろに誰かいるのだろうか?
メルクが後ろを覗くと、そこには顔色悪く立っているリタの姿が。
「ちょ、ちょっと……なんなのよ…この揺れ……」
弱弱しく話す彼女。
明らかに船酔いを発症してそうである。
ユーリを見てメルクが懇願する。
『彼女にこれを渡してもらえませんか?私は他の方の様子を見に行ってみますね』
「…大丈夫じゃねえだろ。あー分かったから、ちょっと待ってな。」
ユーリが腕を外し、リタの近くに駆け寄る。
そして座り込んでしまった彼女に先ほどの薬を渡して部屋まで連れて行くのが見える。
ユーリは優しい、とそれをじっと見守っていると大分揺れに慣れてきたのか彼はスムーズにこちらに歩いてくる。
「どうもカロル先生が船酔いしてるみたいだな…。リタが言ってた。」
『じゃあ、カロルのところまで行きます。』
壁伝いに歩こうとする私の手を取ると、まるでこちらを気遣うようにゆっくりと歩き出すユーリ。
それに安心してメルクもゆっくりと歩き出す。
「しっかり握ってろよ?」
『はい…!』
時折来る大きな揺れは、ユーリが支えてくれて難なくカロルの部屋までたどり着く。
中からうめき声が聞こえ、カロルもまた船酔いに苦しんでいるようだった。
大きめにノックをし、カロルの様子を窺う。
『カロル、大丈夫?』
「ええ…?メルクの声がする……、ボクついに幻聴まで……」
「カロル、無理すんな。」
ユーリが扉を開け放ち、中へと誘導してくれる。
カロルはベッドの上でぜえぜえ言っており、リタと同じく船酔いを発症していた。
『カロル、これ飲んだら治るからね?』
「さすがメルク…。こんな時でも……うっ、人のこと、気にしてて……うっ」
ゆっくりと薬を飲むカロル。
次第に呼吸も安定してきたのを確認して、頭を撫でる。
『もう大丈夫。これでよくなるわね?』
「ありがとう、メルク。おかげで助かったよ。」
「本当、自分の身を粉にしてよくやるな。」
皮肉そうなユーリの言い方もメルクには通用しないようで嬉しそうに笑った。
カロルもユーリもそれに呆れてはいるが、笑顔になった。
「ていうか、この揺れなに?」
『嵐が来ているの。この界層ならではの自然現象で、この界層では必ず嵐には当たるようになってるの。正直に言うと……ここで無事に明日を迎えられるかは五分五分、といったところなのよね…。』
「ええ?!半分の確率?!」
「まじかよ…」
明日もこの嵐が止んでいるかどうかも正直分からない。
でも、ここで死ぬわけにはいかない。
『ここで…死ぬわけにはいかないわ…。』
「うん…!そうだよね!でもどうすればいいんだろ…。」
「正直待ってるしかないだろ。自然現象相手に人間がどうにもできないだろうしな。」
「皆で固まっておくのがいいかも…。何かあったときに誰かいないなんてことになったら厄介だし…。」
『それが効率的かもしれないわね。私も必要に応じて薬を皆さんに渡したいし…。』
「じゃあ、決まりだな。ちょっくら行ってくるわ。」
「メルク。ボク達は先に食堂に行ってよう!ユーリは揺れに強いみたいだし…。」
「おう、任せとけ。二人で大丈夫か?」
『いざとなれば魔術を使うから大丈夫よね?』
「メルクの魔術なら安心だよ!」
『まぁ…!ふふ、ありがとう?』
柔和な笑顔でメルクが笑えば、二人も笑って立ち上がる。
そしてお互いの目的地までようやく歩き出す。
大きな波の中、船が大きく揺れる。
それでも皆で生還したいから、今はお互い目的地に向かうのだ。
『ユーリ。また、後で?』
「あぁ、気を付けろよ。」
扉外から二手に分かれる。
メルクはカロルの手をしっかりと握り、食堂へと向かう。
時折大きな揺れで手が離れそうになっても、しっかりと再び強く握り、お互いの指を結びなおす。
カロルが文句も言わずにしっかり前を向いて歩いている姿に元気をもらい、メルクも前を向く。
あと少し、あと少し…!
カロルが食堂の扉に手をかけた時だった。
まるで転覆するかのような傾きで船が傾いていく。
『!!』
カロルが慌てて扉のドアノブを掴み、メルクの手をしっかり握りしめる。
しかし、子供の腕力だ。
ほぼ船が垂直のような状態でカロルがメルクを腕の力だけで支えている。
これではカロルまで落ちてしまう。
『カロル!もういいわ!離して!?』
「駄目だよ!!このまま落ちたらメルク、船の外に投げ出されちゃうよ?!!」
『っ!!』
カロルの言われるまま下を見れば、船外へ出る扉が完全に開いてしまっており、海が見える。
だが、2人より1人だ。
指の力を抜けば、カロルが驚いた顔をする。
「メルク?!駄目だよ!!お願いだから離さないで!!何か…何か…!!」
カロルが必死に頭の中で打開策を考える。
このままでは…メルクは…!
「!! メルク!魔物と戦った時になんか荊みたいなやつあったよね?!!それを僕たちに使えない?!!」
『!! 分かったわ!』
メルクが片手で短杖を持ち、振るう。
そしてあのきれいな歌が始まる。
その瞬間、カロルとメルクの体を覆うようにツタが伸びて二人の体を拘束する。
恐る恐るカロルが手を離すが落ちる気配はなかった。
それに二人でホッとして笑う。
歌い続けるメルク、そしてユーリの姿を探すカロル。
そんな時、上の方からユーリの声が聞こえてくる。
「二人とも無事か?!」
「うん!!メルクの術でなんとか生きてるよーーー!!!」
そのままツタが動き、2人を食堂の中へと入れ、消えた。
メルクも歌を終わらせると、笑顔でカロルを見た。
『カロル。ありがとう。カロルの機転がなければ、私は諦めていた…。本当にありがとう?』
「本当だよ!どうしようかってすっごい悩んだんだから!」
『ふふ。ごめんなさい?』
「もう!」
ぷんぷんと怒っているカロル。
そんな時、傾いていた船が徐々に元の傾きへと戻っていく。
それに合わせて二人もゆっくりと移動する。
ようやく人心地ついて、ユーリたちを待っていると一気に皆が食堂へと入ってくる。
皆の無事を確認しようやく皆にも、そしてこの空間も安心感に包まれる。
「どうやら揺れは収まったようだな。」
「うへえ…俺様…気持ち悪くなってきた…」
『あらあら?この薬をどうぞ?』
レイヴンに薬を渡すと厨房へ飲み水を取りに行き、他の人の分も渡しておくと各々薬を飲みに厨房へと向かっていった。
こうして…長い嵐も過ぎ去り、ともかく船に一時の平穏が訪れた。