第6界層 〜蛙鳴蝉噪なる罪過の湖〜
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『───ユーリ。』
ユーリ「……くっ、」
何度もやっていることだが……中々慣れない。
───“呼吸が出来なくなるくらい強く抱きしめること”
それを望んでいる少女を“出口を見つけるためだ”と自身に言い聞かせ何度も強く抱き締めてきた。
だが、慣れないものは慣れないのだ。
自分にとって大切な少女が、自分のこの力で潰れてしまわないか毎回空恐ろしくなる。
そしてその甘美な声で……吐息で……自分の名前を呼ばれるのが毎回堪らなくなる。
……初々しいにも程があるだろうと思うだろうが、それくらい自分にとっては少女は大切なのだ。
まぁ、実際呼ばれると別の意味でも動悸がするのだが。
ドクドクドク…!!
ユーリ「はっ、」
そろそろ限界が来そうだ。
心臓を押さえながらそっと離せば、少女は心配そうにこっちを見る。
そしてユーリの心臓を掻き毟っている手を優しく握るのだ。
『……ごめんね、ユーリ。痛いよね…?』
───ドクッ!!
ユーリ「あ……、はっ、」
何故、少女に名前を呼ばれるとこんなにも発作の様なものが起きるのだろう。
これが何かの力だって事くらいはユーリにだって想像がついた。
だが、それが何かは分かってないのだ。
それにこの目の前にいる少女は、名前を呼べば自分の心臓がおかしくなる事を知らない。
だからああやって普通に名前を呼ぶのだろうが……。
ユーリ「……っお前こそ、大丈夫か?」
強がってそう言えば、少女は緩慢に頷いていた。
だが心配そうな顔は直らなかった。
『もう少しですから……。』
きっとここから出れるのがもう少しだと言いたいのだろう。
そんな少女の頭を撫でてやれば、少女はまた強い意志を瞳に宿し、その輝く羽根で飛んでいけば植物の種を落としていく。
そして自分が渡れる様に植物を大きくさせていくのだ。
……もう、この工程を繰り返して何度目だろうか。
先の見えない未来を案じているのはお互い様で。
でもそれを口にする事は無かった。
お互いに「大丈夫、あと少しだから」なんて気休めで言ってみたりしてはいるが、それも何時まで続くだろう…?
しかし今回だけはいつもと様子が違った。
休憩してからいつもそうやって抱き締めて、そして羽根を出現させては探索に出ていたのだが、その少女の動きが既におかしい。
フラフラと飛んでいるような感じがして、ユーリは訝しげに少女を見た。
そんな少女へと声を掛けようとした瞬間───少女の身体はグラリと傾いた。
ユーリは慌てて駆け出す。
そして完全に水の上へと落ちる前にユーリは少女を見事にキャッチする。
『あ、あれ……?なんで、私……たおれて……?』
訳も分からず、驚いた顔で少女はそう呟く。
そのままユーリは羽根を今すぐ仕舞うよう、少女に急いで伝える。
……やはり少女の体に負担を強いていたようだ。
この作戦はハイリスク過ぎる。
ボーッと天井を見つめ、荒く息を繰り返すだけの少女をユーリは歯を食いしばり見つめた。
痛みが分からないから、危険のサインを見逃してしまっていたのだ。
それが、今のユーリには悔しいと思わせた。
せめて少女の疲労や苦しみが分かるようになれば全然違うのだが…。
ユーリ「……メルク、もうやめよう。お前は充分頑張った。」
『でも、やらないと、出口に……』
ユーリ「他の方法を探してみようぜ?これじゃあ、メルクの負担が大きすぎる…。」
『わたし、まだまだ、やれる、わ……?』
ユーリ「無理はしない、って約束しただろ?」
ユーリは少女を抱えたまま葉の上に座る。
少女の背中だけ支えて、胡座をかいたその上に少女を乗せれば、少女はユーリを呆然と見つめていた。
それだけでも、もう限界だって分かった。
ユーリ「(他の方法ったってなぁ…。こいつを一人にさせられねぇし…、かと言って一緒に行くにしてもこんな状態じゃあ…移動も出来ねぇよな…。)」
結局、暫くは休憩を取ることにしたユーリ。
一息つこうと静かに嘆息すると、突然少女の口から血が溢れる。
『ごほ、』
ユーリ「っ、メルクっ?!」
『なんでしょ、うか…?』
少女は自身に起きた異変に気付いていない。
ユーリを見つめ、疑問を口にする少女の口からは次から次へと血が流れゆく。
ユーリ「(無理しすぎたんだ…!あんなに何度も羽根を出し入れしたから…!)」
『ユーリ、私の、顔になにか、ついて、ますか…?』
ユーリ「……。」
言うか、言うまいか…。
悩んだ末、ユーリは正直に話す事にした。
限界が来て血を吐いている事を、そして別の作戦を考えようと提案しようとしていたことも。
少女は徐ろに口に手を伸ばし、軽く拭うとその白い手には鮮血が付着する。
それを見た少女は納得した様に緩慢に頷いていた。
『あぁ、本当、ですね…?これは、やめたほうが、よさそう、です…。』
ユーリ「だろ?」
少女が素直にユーリの言葉を受け取ってくれて良かった。
結果、血を見た少女が快復するまで、二人はその場で休んだ。
他愛ない話なんて尽きたかと思っていたが、意外にも何か出てくるものだ。
本当なら休んでほしいが、何か話したいらしい少女に返答する形で返してやればどうも気が楽になるらしい。
そんな中、空気が少しだけ変わった───
ユーリ「……メルク、ストップ。」
『……?』
ユーリ「なんか、空気が変わったっつーか…。」
『……。』
少女も何かを感じ取ろうと試しているようだが、少女には何も感じないらしく、首を横に振られてしまった。
気の所為なら良い──気の所為なら、な…。
──────…
形容しがたい、何かの音が微かに聞こえてくる。
それも水の中を移動しているようなくぐもった音で、音が粒立たないような微かな…ハッキリとしない音だ。
圧倒的にこちらに向かってきている為に、俺はメルクを葉の上にそっと置き、武器を構えた。
ユーリ「……お出ましだな。」
『え?』
俺達の近くの水中から顔を出したのは、厳つい顔をした馬鹿でかい魚の魔物だった。
流石にそれを見て起き上がろうとした少女を止める。
下手に動かせば内臓にどう響くか分からないリスクを冒すのは止めて欲しかったからだ。
ユーリ「メルク!お前はそのまま休んでろ!下手に動くなよ?!」
『あり、がとう。そうさせて、もらうわね…。』
口から血は出ることは無くなったが、一度吐血しているのだ。
念には念を入れよ、だ。
俺は水の中に入り、魚の魔物と対峙する。
すると魚の魔物は、少女が精一杯頑張って咲かせてくれた植物の太い茎をガジガジと噛み始めた。
……どうやら草食系らしいが、見た目の厳つさからして肉食系に見えてしまう。
一度こちらを見た魚の魔物だが、俺を見ても意に介さず、ずっと植物の茎を食べている。
そして茎だけを食べ終わると、今度は次の茎へと向かっていき、今の所害はなさそうに見えたので、俺はそのまま水中から顔を出し、葉っぱの上へと上がった。
……ただ、茎が無くなった分…少し心許ない上に波に揺られて移動しているのが分かった。
『どうだった?』
ユーリ「害はなさそうだぜ?ただ……こいつの太い茎を食べて回ってるがな…。」
これでは折角目印として付けていたのに葉っぱ自体が移動してしまう。
厄介な気配がして、ユーリは溜息を吐く。
すると魚の魔物がひょっこりと水から顔を出し、こちらを見つめた。
そして少女を見て目をハートにさせたあと、ピシャリピシャリと尾を水面に打ち付けて水飛沫を上げてみせた。
《ギュオオ、ギュオオ!》
何かを伝えようとしているのは分かるが、さかな語らしき言語(いや、本当かは知らないが…)で何一つ伝わってこない。
ただ少女に求愛行動をしている様な気がしたのは分かった。
それが気に食わない俺は、少女の近くに寄りわざとに抱き寄せ、魔物に見せつけてやる。
『ユーリ、このお魚さん、私達を出口まで案内してくれるって。』
ユーリ「……は?」
まさか、少女はさかな語を習得しているというのか。
あっけらかんとして言い放った少女を見たが、どうやら嘘ではなさそうだ。(まぁ、この少女…こう見えて息をするように嘘を吐くので分からないが。)
抱き寄せた俺を掻い潜り、少女が魚の魔物の方へ行くのを見届ける。
『出来れば乗せてほしいわ?』
《キュオ、キュオ!!》
『そう、ありがとう?』
《キュウウウウ!!》
ユーリ「……マジか。」
本当に会話が成立している。
魚の魔物が少女に背中を見せた事で、少女もようやくこちらを向き、コクリと頷いてみせた。
少女を抱え上げ、俺達が背中に乗ると魚の魔物は水面下を泳ぎながら移動を開始した。
まるで水上を走る乗り物の様に快適に乗れていたのだ。
……一つ言えるのは…。すげぇ、乗り心地いいわ。
そのまま出口へあっという間に出たかと思えば、魚の魔物は少女に何かを話す。
それに少女は大きく頷き俺の方を見た。
『目的地まで移動してくれるらしいわ…?』
ユーリ「目的地か。……じゃあウェケア大陸まで行ってもらうとしますか!」
『うん。』
少女が案内しながら魚の魔物は泳ぐ。
泳いで泳いで、泳ぎまくって……呆気にとられる程上手く事が運びすぎて俺は呆然としてしまっていた。
少女の苦労はなんだったというのか。
この魚の魔物さえ早く見つけていたら、少女が吐血する事も無かったのに。
そんな今更どうしようもない事を内心考えていれば、見慣れた大陸───ウェケア大陸へと辿り着いていた。
少女を濡らさないようにそっと降りると、少女は魚の魔物に手を振って見送る。
それを寂しそうな声を出しながら魚の魔物は帰っていった。
ユーリ「……なんか、呆気なかったな…」
『うん。でも、良かった、わ…?これで戻れ、たわね?』
ユーリ「ああ。それもそうか。」
さて、帰ろう。
皆が待つ、あの場所へ───
⊹ ࣪˖ ┈┈ ˖ ࣪⊹ ┈┈⊹ ࣪˖ ┈┈˖ ࣪⊹⊹ ࣪˖ ┈┈ ˖ ࣪⊹ ┈┈⊹ ࣪˖ ┈┈˖ ࣪⊹
「『……。』」
私達は皆が復興していたという、あの手作りの町へと戻った。
海風もあり、血反吐を吐いてしまった私を心配してユーリが下ろしてはくれなかったけど、それはそれで有難かった。
……何だか、体が重く感じたから。
でも、そんな私達を更に絶望させる様な光景が待ち受けていたの。
『み、んなは…?』
ユーリ「……誰もいねぇな。」
復興していた筈の町は、何故か誰も居ない。
その上、まるでこの町は捨てられたみたいに物が残されていた。
ただ、皆が言っていた野菜たちは見る影もなく、話に聞いていた場所へとユーリが連れてってくれたが、そこには掘り返された様な跡があっただけだった。
ユーリ「……はぁ。誰も居ないが…取り敢えず今日はここで寝ようぜ?」
『……うん。ユーリにばかり、歩かせてごめん、なさい。』
ユーリ「いや、そいつは良いんだが……。」
なんと言っても今の少女の体が心配すぎる。
ユーリはそう思ったからこそ、休む事を提案してくれたのだった。
以前あった簡易診察室へと移動した私達は、そのまま二人でベッドで寝た。
ゆっくり、意識が沈むように瞼が重くなっていく。
そんな中、そっと頭を撫でられた気がした───
___翌日。
意識の戻らない私を抱えて、ユーリが町を散策する。
一人にするとまた攫われるかもしれないからだ。
警戒しながら町を散策していたユーリだが、誰も居ないと分かると肩の荷を下ろした。
ユーリ「マジで誰も居ねえな…。あいつら、どこに行ったんだ?」
一人で零した言葉は誰に聞かれるでもなく、霧散していった。
しかし先程まで誰の気配も無かったにも関わらず、背後から砂を踏む音がしてユーリがすぐさま警戒をした。
「んー?」
間延びした言葉を放ったのは男性だった。
それもテンガロンハットを被った特徴的な見た目を持つ男性だ。
「あ!?メルク!! メルクじゃねえか!!?」
男性は嬉しそうな顔をして私達に近付く。
しかしユーリが警戒をしてそれをさせなかった。
ユーリ「……あんた、何者だ?」
「おっと、失礼!俺の名はクレイマン!神子を壊す事を生業にしている、しがない旅人だ!よろしくな!……えっと、」
ユーリ「ユーリ。…ユーリ・ローウェルだ。」
「おう!ユーリ!よろしくな!!……で、やっぱどっか悪いのか?メルクは。」
ユーリ「(こいつ……クレイマンって言ったな?それに神子を壊すって……。)……あぁ、吐血してるんだ。早いところ医者の所に行きてぇんだが…」
「そいつぁ大変だ!え、えっと医者か…。」
迷子になる自信しかないクレイマンはユーリの言葉に尻込みをする。
自分が連れていきたいが万が一、緊急を要するものならば……間に合わないだろう。
そこまで考えて、クレイマンは考えを消す様に一人で勝手に首を大きく振っていた。
「あんた、地理に詳しいのか?」
ユーリ「……まぁ、それなりにはな。」
「なら、行こうぜ!!」
ユーリ「何処へ?」
「医者の所だよ!早く行かねぇとメルク、ヤバイんだろ?だって顔が真っ青じゃねえか!」
そう言われてユーリも少女を見遣る。
自分の腕の中でグッタリしている少女は微動だにせず、顔を真っ青にさせ意識を失っていた。
だからこそ早くしなければならないのだ。
ユーリ「あんた、さっき神子がどうたらって言ってなかったか?」
「ん?まぁ、俺は神子を壊して回ってるんだ。色んな世界を跨いでな!」
ユーリ「(こいつも異世界があることを知ってるのか…。油断ならないやつだが…さて、どうしたものか……。)」
「そんなことよりだ!メルクを早く医者に診せてやろーぜ?!」
ユーリ「……そうだな。」
心配そうに少女を見遣るクレイマンをユーリは訝しげに見る。
……そう言えば、まだメルクが神子だと知らないとメルク自身が言っていた気がする。
厄介な奴に出会ってしまったな、とユーリが頭を掻いていると、クレイマンが辺りを見渡す。
「あー……そういえば、急いだ方がいいぜ?」
ユーリ「は?なんでまた。」
「ここ、変な鳥の巣窟になってるんだぜ?デッカい鳥のな!」
ユーリ「デッカい鳥…?そんなの、ここには───」
その瞬間、待ちわびてましたと言わんばかりに高い鳴き声を上げ登場した者がいた。
そいつは大きな翼を持ち、この世界ではギガントモンスターと呼ばれていた魔物…。
ユーリ「なっ?! プテラブロンクだと?!」
「おー、さすがユーリ!こいつの事知ってんのか!」
ユーリ「知ってるも何も……こいつはここらへんに棲息していないやつだぞ?!なんでこんな所に居るんだよ!」
「へぇ、そうなのか。じゃあ、こいつはその住処を追われたのかぁ?」
ユーリ「話してる場合じゃねぇよ!こう見えて凶暴───」
そんな話をしていれば、プテラブロンクは咆哮を上げてみせ、そしてクレイマンの頭をその大きな脚で鷲掴むと飛び去って行く。
「えええぇぇ?!俺〜〜〜?!!」
何故かプテラブロンクはその男を掴んで満足したのか、何処かへ悠々と飛び去って行った。
しかしその方向は概ね、ヤツの住処の方向だったのをユーリは知っている。
だから目を細めながらクレイマンを見送った。
すると遠くから男の声がする。
「絶対、メルクを元気にしてくれよなぁぁあああ!!!!」
ユーリ「……あいつの声、どうなってんだよ…。なんでここまで聞こえるんだ……。それに、まずは自分の心配をしろよ…。」
それはともかく、これで神子を壊すと断言した男から離れる事は出来た。
そこだけはプテラブロンクに感謝してもいい。
今はもう見えなくなってしまった怪鳥と男を一瞥し、ユーリは歩き出した。
ユーリ「……待ってろよ、メルク。絶対に死なせねえから。」
その瞳は、決して諦めることは無かった。
そのおかげか……ユーリの元に救いの声が聴こえてきたのだ。
「「ユーリっ!! メルクっ!!」」
ユーリ「っ?!」
本当に救いの声だった。
咄嗟に上を見れば、バウルが吊り下げている船に仲間たちが乗っていたのが見えた。
そこにはココやロロ、メルクの医者まで船に乗っているではないか。
医「…!! 早くメルクさんをこちらへ!!急いでください!!」
医者がメルクの様子を見て船から声を掛ける。
バウルが完全に降りてくれる直前でユーリは簡単に船へと乗り込み、少女を医者へと預ける。
ユーリ「かなり吐血してる。……昨日から目を覚まさないんだ。」
医「…わかりました。急いで治療をしたいので、城へ戻ってもらっていいですか?」
ジュディス「えぇ、そのつもりよ?」
何故仲間たちは城に帰れたのか───それに何故メルクが死にそうになっているのか。
お互いに分からないまま、再び邂逅する。
運命の歯車は、また違うところでカチリと嵌まる音がした。
??「───私の神子様。必ず御守りします。……この命に変えても。」
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あとがき