第6界層 〜蛙鳴蝉噪なる罪過の湖〜
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特大ビッグウェーブに巻き込まれた俺達はお互いに離さないようにと抱き締めあっていた。
しかし自然の力というのは残酷なもので、揉みくちゃの波の中、呼吸が途切れたあたりくらいで自分の意識も失くなっていた。
そして意識が戻った俺は、ハッとして起き上がり周りを見る。
自身の腕の中にいたはずの少女の姿が見当たらない。
ユーリ「メルクっ!! 居たら返事をしろ!」
しかし、そんな大声を上げた所で返ってきたのは自分の発した言葉の木霊くらい。
どうやら何処かの海洞に俺は流れ着いた様だった。
海の潮で長年曝され、出来た海洞……少し冷えるそこに俺は思わず身震いをした。
そして少女を探そうと再び周りを見ると、そこには水に浸かっている白衣が見えた。
慌ててそれを引き上げるが、肝心の少女の姿は無かった。
どうやらあの荒れ狂う波に負けて、白衣だけが抜けたらしい…。
俺は白衣を手にしてそのまま海洞の奥の方まで歩き出す。
海洞が故に、たまに穏やかな波が洞窟内まで押し寄せてくる。
天井から地面を見ても、ザッと4分の1は海に浸かっている状態なので、水を足で掻き分けながら歩くしかない。
ユーリ「メルクー!」
一応声を掛け続け、俺はひたすら海洞奥へと歩き続けていた。
……いや、しかし……。
ユーリ「……あー…要らぬ事はすべきじゃねえな。教訓になったわー…。」
あの時、少女に名前を呼ばれるだけで心臓がドクドクと脈を打つものだから、ああやって捌け口が無かったらどうにかなってたかもしれない。
それにあんなにも小悪魔な囁きを耳元で呟かれたら……男なら黙っていられないだろう。
理性を失わなかっただけ、良しとしよう……。
ユーリ「メルクー?」
名前を呼び続けてどれくらい経っただろうか。
少女は生きているのか、それとも違う所に流されたとでも言うのだろうか?
過去の自分を今更悔やんだって仕方がないが……、何がどうあっても離さないようにすれば良かった、と後悔しつつある今。
ユーリ「メルクー。」
《─────────》
ユーリ「…!」
自分とは別の反響音が聞こえ、無意識に期待してしまうのは仕方がないと思う。
自然と早くなった足取りで海洞内を走る。
すると一番開けた場所へと俺は辿り着いていた。
しかしそこに期待した少女の姿は無い。
ユーリ「……さっき聞こえてたのって、ここじゃなかったのか?……メルク!」
取り敢えず名前を呼べば、別の反響音が聞こえてくる。
それが反響するだけなので場所まで特定しきれないのが痛い…。
周りを見渡しながらもう一度少女の名前を叫ぶ。
すると、
『ユーリ───』
ユーリ「!!」
ようやく聞こえてきた少女の声に俺は振り返る。
すると困った顔で水の上を歩く少女がいた。
羽のように軽い少女だからこそ、なせる芸当というか……。
ヒールが水の上を歩き、そこから波紋を広げていく。
ピチャン、ピチャンと涼しげな音がして、少女は難なく水上を歩いていた。
俺は必然的に少女を見上げなければならなくなってしまい、笑いながら少女を見上げた。
ユーリ「なんか、新鮮だな。」
『うーん、そうね?……でも、無事そうで良かったわ…?周りに誰も居なかったから、何処か流れ着いたのかしらと思って探していたの。』
白衣を失った少女はこれまた黒のドレス姿で美人である。
折角髪飾りで結ばれていた髪も、今は下ろされていた。
ユーリ「髪、珍しいな?」
『髪留めがどこかにいったみたいで……何処にもないの…。』
少女が頭を振ると瑠璃色の髪の毛がふわりふわりと風によって靡いていく。
サイドテールをしていた時も常に優しさに溢れた微笑みを浮かべているから大人っぽい感じがしたが……下ろしたら下ろしたらでこれまた美人に見える。
さらに髪の毛が濡れているから余計に艶美に見えなくもない。
『……?何かついてる?』
ユーリ「いや?ちょっと珍しい格好だから見てただけだ。」
『白衣も流されたみたいで……』
ユーリ「それならこれじゃないのか?」
持っていた白衣を渡せば、本人の物だったみたいで少女はそのビショビショに濡れた白衣を上から着ようとする。
俺は慌ててそれを止めさせる。
ユーリ「そんな濡れたやつを着たら風邪引くだろ?」
『……それも、そうね…?』
───そうか。今この少女は感覚器官を喪っている。
だからその白衣が今冷たいのも分からないから、着ようとしたんだ。
少女は白衣を軽く縦に畳み、そのまま腕に引っ掛けるようにして持った。
そのまま少女は心配そうに俺を見て、そっとその手を俺の胸へと置いた。
『……胸、大丈夫…?まだ、痛いですか…?』
ユーリ「胸…?」
あぁ、そういえば〈
ユーリ「あぁ、今は何ともないぜ?」
『……私のせいですね…。すみません…。あんなこと言わなければ、こんな事にもなって───』
ユーリ「ストップ。」
『……?』
不安そうな顔を隠しもせず、少女は俺を見た。
ユーリ「別にメルクが悪いわけじゃない。それに全部自分のせいにするのはお前の悪い癖だぞ?」
『でも…』
ユーリ「でも、じゃねえよ。俺は嬉しかったけどな。ああやって言われたら男冥利に尽きるだろ?」
『あらあら、ふふ…。』
頬に手を添え、笑う少女は少しだけ申し訳無さそうな顔をしていたが、すぐにそれも止んでいた。
それでも少女は「今後は控えます」なんて寂しい事を言うものだからわざとに俺は強く少女を抱き締めた。
すると目を見張り、すぐに逃げ出そうとするので逃げられないように更に強く抱き締める。
ユーリ「ほら、大丈夫だろ?なんなら、“呼吸が出来なくなるくらい抱き締めて”やろうか?」
『…!』
すると少女の頬が桃色に染まり、困った様に眉根を下げた。
でも、その顔は少しの幸せを孕んでいた気がして、俺は声に出して笑った。
『ユーリは意地悪ですね?』
ユーリ「それが俺だろ?」
『あらあら、ふふ。そうでした。』
敬語に戻っているが、柔和な様子の少女に俺は敢えて指摘しなかった。
暫く抱き締めていたが名残惜しく離してやれば、少女もまた寂しそうに眉根を下げる。
……そんな顔されたらまたやりたくなる。
ユーリ「……。」
『……ここから出ないと、ですね?』
ユーリ「そうだな。……ただ、ここなぁ…?」
あまりにも広い海洞だ。
最奥であるここまで来るのにも大分時間がかかったし、入り口から歩いてきている訳でもないから、ここの洞窟の広さは計り知れない。
取り敢えず俺達は入り口だろう方向へ向かって歩き出すことにした。
でなければ、いつまで経っても帰れない。
『すぐに出口が見つかるといいのですが……』
ユーリ「ま、歩いてみようぜ?」
俺は水を掻き分け歩いていくが、目の前の少女は水の上を歩いていく。
時折来る穏やかな波が少女に襲い掛かっても、まるでアメンボのように多少波に乗って浮き沈みするくらい。
本人は全く気にしていないようなので安心して俺は歩を進めた。
『……寒くないですか?』
ユーリ「ん?……まぁ、少し肌寒いな?」
『そうですよね…。海の洞穴なので冷え込んでもおかしくはないですね…?』
ユーリ「今まで色んな所を回っては来たが…、こんな所来たことねぇな。」
『逆に来ていたら驚きますよ?』
ふふ、と笑う少女は時折波に揺られながら俺を見た。
……と言うより、少女への目線は確かに自分より上にあったもののこんなに上だっただろうか?
『……ユーリ?』
ユーリ「……これ、もしかして潮が満ちてんのか?」
『!!』
言われてみればそうだ。
少女からしても、ユーリの位置が下になっている。
そしてユーリの足を優に浸すほどの浸水がある。
と言うことは……
『……早く探しましょう!』
ユーリ「だな。」
潮が満ちてしまえば、ユーリが溺れ死ぬ。
少女はもしかすると生き残れるかもしれないが、それでもどこまで潮が満ちるかに
俺達は急いで海洞の入り口を探す。
しかし時間が経っても入り口らしき場所まで辿り着けない所か、迷っている気さえしてきた。
遂にユーリの腰まで浸かった海水を見て少女が不穏げに顔を曇らせた。
しかし少女はすぐに顔を戻し、いつもの笑みを浮かべた。
……どうせ俺を不安にさせないためだろうが。
ユーリ「いやぁ、どうすっかな。」
『迷っている気がしますね…?』
ユーリ「だろうな。じゃなきゃ、こんなにも外に出られないなんて普通無いだろ…。」
今までと似たような景色を見渡して、俺は嘆息した。
少女は何か考え込むように口元に手を置き、沈黙しており、話し掛けても返事は返ってきそうにない。
ユーリ「……。」
目印をつけて歩いてもいいが……その目印に戻ってきた時の精神的疲労といったら──
だが、それをしなければこのまま永遠に迷い続けることになるだろうしな。
俺は意を決して武器を持ち、近くの壁に跡を付ける。
……これが功を奏すればいいがな。
『……お腹空きませんか?ユーリ。』
ユーリ「ん?そうだな。潮の加減で時間制限はあるにはあるが……ここらで飯にするか。」
といっても火を焚けるほどの地面が無いし、水浸しの中で火が付くとも思えないが…。
短杖を持った少女はそれを構えて目を閉じゆっくりと歌い出す。
『•*¨*•.¸¸♬•*¨*•.¸¸♪』
すると俺がいる周辺の地面が隆起して水から顔を出す。
思いがけず地面が動いたので足を踏ん張らせると、簡単に火を焚ける程の場所が出来てしまう。
少女の歌を聞きながら感嘆していたが、すぐにその歌は止んでしまう。
『あとは木ですね…』
カバンの中からこれまた太い木を取り出して焚き火をする少女をポカンと見る。
いや、そんな木を常に持ち歩いてたのか…?
あの小さなカバンに?
カロルみたいに何でも入る鞄だ、と驚いていればあっという間に焚き火が完成してしまった。
『もっと火の近くへ寄ってください。暖まりますよ?』
ふわりと笑い、焚き火に木を焚べる少女。
あまりにも手慣れた様子に「あ、あぁ…。」と返事するしかない。
パチパチと燃えている火の近くに寄り、その場に座れば暖かさが身を包み、その暖かさから思わずホッと息が漏れる。
すぐに何かを作ろうと簡易調理器具を取り出す少女を見つめながらボーッとしていると、少女がそんな俺に気付いて僅かに目を見張る。
そしてまたふわりと笑うとこっちに近寄って来て俺の肩に触れた。
『……お疲れですね。私の膝を使いますか?』
そう言って隣に座って自分の太ももをポンポンと叩いていた。
どうやら眠たいと思われたらしい。
俺は一瞬迷ったが、折角の好意を無碍にするのもなんだか惜しいと思ってその柔らかな太ももへと頭を乗せた。
途端に香る少女の甘い香り。
……あ、これヤバイやつだったわ。
『……•*¨*•.¸¸♬︎』
子守唄だろうか。
その声と歌を聞いて、俺はすぐに瞼が落ちそうになっていた。
そしてそんな俺を見て少女は歌いながら柔らかに笑うと俺の頭を撫でるものだから余計にそれが眠気を誘ってくる。
何だか全て丸く収められている気がして、それが悔しくて少女の頬に手を伸ばせば、少女は頭を撫でる事はやめず、その手に擦り寄るようにして頬を俺の手に寄せる。
優しい歌声───柔らかな笑みに、柔らかな頬───そして柔らかな太もも…。
俺はそのまま瞼を閉じて寝てしまっていた。
‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥
『……。』
ユーリ「……。」
規則正しい寝息を立て、寝ているユーリを見て少しだけ安心した。
いつも頑張ってくれているから、彼がいつ倒れるか心配していた。
それにあの胸を押さえ苦しそうにしていたあれを思い出して、とてつもない不安感に襲われる。
───貴方を抱き締める事さえも、もう駄目なのですね…。
あの時、キュアノエイデスが反応していたということは、きっとあの光こそキュアノエイデスが強くなる証なのだろう。
だがそれには“呼吸が出来なくなるくらい強く抱きしめること”が起因になる気がしていた。
ユグドラシル様が言っていた“あの力”というのも、この事が関係しているのだろうことが、自分が神子だからこそ分かってしまった。
『……一旦、〈
次の目的地が決まった。
だが、その前にヴィスキント様と合流しなければならないだろう。
少女は一度、安らかに寝ているユーリを見て悲しそうな顔をする。
優しくその頭をそっと撫でれば、海水に浸された所為か少しゴワゴワとしている気がした。
『……折角の
そっと膝上から外してカバンの中からくしを取りに行く。
そのままカバンを自分の近くへと置いておき、再びその膝上に頭を乗せると少女はゆっくりと髪を解していった。
長い長い時間をかけてゆっくりと解していった結果、サラサラの髪になる頃にはユーリも意識が浮上しつつあった。
しかし髪を弄られていると分かり、起きるタイミングを失ってしまう。
その優しい手付きに微睡んでしまうかと思いきや、少女が動く度に少女から香る甘い香りがユーリの鼻をくすぐる。
そしてまたあの悶々とする時間が始まってしまった。
いっそ気絶出来たらどんなに良いだろうか、と何度思ったことか……。
『…♫•*¨*•.¸¸♪✧ᕷ˖°』
途中で手を止め、そして歌い始めた少女にユーリも耳を傾けていたが、どうやら潮が満ちて来たらしい。
地面が揺れ動いたのが分かり、ユーリも静かに納得する。
『゚.*・。゚♬*゜………………。』
急に歌が止まり長い沈黙が訪れる。
手も止まっている事から、何かあったか、それとも何か考え込んでいるかなのだが…。
ユーリは微かに目を開けると、少女は何処かを見つめて不安そうな顔をしていた。
『……ここから……出れるの……?』
それは少女の心の奥に仕舞っていた不安。
明らかに不安を含んだその小さな声に、ユーリは堪らず声を出した。
ユーリ「───出れるさ。」
『…!』
ハッとして膝上にいるユーリを見れば、笑って少女を見上げていた。
そのまま身体を起こして少女と対面したユーリは、座ったままの少女をそっと抱き寄せた。
ユーリ「絶対出れる。俺達ならやれるだろ?」
『……。』
抱き締め返す事はなかったが、ユーリの服を少しだけ掴んだ少女はそのまま顔を俯かせてしまった。
さっきやってくれていたように、ユーリが手で少女の髪を梳かせばサラサラと手が入っていく。
暫く続けていると、少女は急にユーリの胸へともたれ掛かった。
それも普通の速度じゃなく、突如気絶した様な速度で来たものだからユーリは驚いて少女の顔を覗き見る。
するとそこには寝息を立てていた少女がいる。
それに安心して長い息を吐けば、一つ思い当たる。
ユーリ「(……副作用か。)」
でなければあんな速度でこの少女がもたれ掛かるはずが無い。
今度は反対になってしまったが、ゆっくりと少女の身体を横にさせ、大分乾いていた少女の白衣を上から掛けてやる。
ユーリ「さて……料理でもしますか。」
少女が起きてきたら食べられる様に、何かを作っていよう。
ユーリは暫く料理で時間を潰すことにしたのだった。
⿻⿻⿻⿻⿻⿻⿻⿻⿻⿻⿻⿻⿻⿻⿻⿻⿻⿻
少女が起きたあと、一緒に食事をして二人は再び歩き出す。
といってもユーリの方はもう胸まで海水が満ちているので本当に掻き分けてなのだが。
それで何時間も何時間も出口を探して歩いて行く。
体が冷えていく中、どんどんと潮が満ちて遂にユーリは泳ぐ羽目になってしまう。
それを見て心配しだした少女にユーリは何度も「大丈夫」と言い聞かせる。
しかしそんな二人に絶望する光景が拡がっていた。
『ここ…』
ユーリ「……マジかよ。」
ユーリが跡をつけた壁、そして少女が食事の為にと地面を隆起させた場所が見つかる。
やはり同じところを彷徨っていたのだ。
少女が愕然と座り込んでしまい、ユーリも今まで泳いできた分の疲れが一気に来てしまう。
『……。』
ユーリ「……メルク。」
『…………。』
絶望した顔で俯いた少女の側に寄り、ユーリは励ます。
何度も、何度でも……ユーリは少女を励ました。
『……一度、休憩にしましょうか…』
ようやくそう言った少女は歌を歌い、水面に合わせて地面を隆起させた。
ユーリがホッと休憩していると少女は何処かを見つめて、そしてカバンを漁り始める。
暫く疲れた身体を休ませるようにそのままにしていたユーリだったが、少女がカバンから何かを取り出し立ち上がったのを見てギョッとする。
ユーリ「どうした?」
『……ユーリはここで休んでいてください…。』
ユーリ「おいおい、急にどうした?」
『ここは唯一歩ける私に任せてください…!絶対に出口を見つけてきます…!』
ユーリ「だからどうやって──」
『これです。』
少女はユーリへと近付き、手のひらにある物を見せる。
それはどう見たって植物の種だが……?
『この植物は海水でもちゃんと育つんです。そしてこの植物の最大の特徴は……人が乗っても耐えれるくらい頑丈な茎と、大きな葉っぱに撥水性があることなんです。』
ユーリ「……なるほどな?」
これならばユーリも泳がずとも歩けるし、なんなら植物がある事で一度来た道が分かる。
だが、植物が育つには何日も待たないといけないが…。
『……だからユーリ、一つだけお願いがあります。』
ユーリ「……可能なやつならな?」
『大丈夫です。ユーリなら出来ますよ?──────ユーリ、“呼吸が出来なくなるくらい強く私を抱き締めて”…?』
ユーリ「っ?!」
あんなに控えると言っていた少女が急にそれを言い出したということは、この植物と何か関係があるのだろう。
だが、それをやってしまえばお互いに疲れる事が目に見えている。
それが分かっていて軽く返事をしたくなかったユーリは理由を聞いた。
『今まで、七色に輝く妖精の羽根を出すには歌を歌ってないといけなかった……。でも、ユーリが抱きしめてくれたなら歌わなくても七色に輝く妖精の羽根を出す事が出来るの。だから、お願い…?』
ユーリ「……でも、疲れるんだろ?」
『今のユーリよりは元気だと思うわよ?』
ニコリと笑う少女はユーリをすぐに抱き締めた。
後はユーリが強く抱きしめたなら、それで解決する。
しかし、時が経とうとも一向に抱き締めてくれる様子がないユーリに、不安そうな顔で見上げればユーリは少女の肩を掴み、離れさせた。
ユーリ「……疲れると分かって、俺が尚更やると思うか?」
『……駄目?』
ユーリ「当たり前だろ。それに何でそれが必要なのか俺はまだ聞いてないんだが?」
『ヴィスキント様が話してたと思うけれど、神子の力で植物の生育を促す効果があるの。だからこの子達を大きくさせてユーリが歩けるようにする。そして目印にもしようと思ってるのよ?』
ユーリ「……なるほどな。だが…」
『お願い、ユーリ。これしか方法は無いと思うわ…?』
真剣な顔でユーリを見上げた少女は必死な様子でユーリの服を掴む。
────本当は納得していない。
少女だけが辛い思いをするのは、ユーリとしても許し難いからだ。
だが、こんなにも必死になって…更に覚悟を決めた少女を否定するのも憚られた。
だからユーリは条件付きで承諾する事にした。
ユーリ「いいか?俺が止めろと言ったらすぐに羽根を仕舞うこと。それから無理はしないこと。……それが守れないなら端からやらない。」
『……。』
少女はユーリの言葉を小さな声で反復する。
そして、最後まで言い終わると少女はコクリと頷き、そして覚悟の顔を見せた。
それを見たユーリは少女を抱き寄せ、そして強く…強く抱き締める。
『……はぁっ、』
熱い吐息がユーリにかかる。
それにユーリは一瞬身体を強張らせたが徐々にその力を強める。
……本気なんて出したら本当に少女が窒息してしまうからだ。
『……ゆー、り…』
ユーリ「……メルク。」
最後とばかりに強く抱き締めれば、少女は息を詰まらせ、背中に七色に輝く妖精の羽根を出現させる。
そしてユーリ自身も光り輝けば、少女はその熱き吐息で彼の名前を呼ぶ。
『───ユーリ。』
ドクリ…!
またあの発作だ。
心臓が脈を打って、全身に熱いものが駆け巡る。
甘いその声に体が痺れてくる…!
そっと離れた身体をお互いが名残惜しく思っていれば、少女は手に持った植物の種をそっと地面に落とす。
するとその植物は、みるみる内に発芽させ大きくなっていくではないか。
驚くユーリを他所に、少女はそのまま歩きだして……いや、その羽根を使って飛んでいって植物の種を定期的に落としていく。
次々と生まれる大きな葉っぱの上に乗れば、体格の良いユーリでさえもしっかりとその葉で受け止めてくれ、泳ぐよりも何倍もマシだと感じさせられる。
それを続けていき、植物にぶち当たれば他の道を散策する事30分……、少女の顔が険しいものとなり、ユーリが慌てて声をかける。
ユーリ「メルク!!止めろ!」
『…!!』
少女は羽根を消すと、その場に膝を着いて荒い呼吸を繰り返す。
やはり痛みが分からない分、少女にはどれほど羽根を出していればいいのか分からないのだ。
急いで次の葉を飛び越え、近寄ったユーリはそのまま少女を抱え上げて自身の乗っていた葉っぱの上へと優しく下ろす。
……でなければ、穏やかな波で少しずつではあるが少女の位置が動いていたからだ。
『……やっぱり、長いことは…出来そうに、ないですね…?』
ユーリ「無理はするな。今は休んでろ。」
『そうしますね…?』
葉の上で寝転んだ少女はすぐに目を閉じて呼吸を整えていた。
しかし少女のこの提案でかなり進行具合は良さそうだ。
間違えても植物達がある為引き返せるし、何となく植物の位置でその場所場所が分かるようになっていたからだ。
ユーリ「よく頑張ったな。今は休んどけ。また頑張って貰わないといけねぇしな?」
『……うん。』
呼吸を整えていた少女は目を閉じたまま笑うと、すぐに寝息を立ててしまった。
やはり今回のこれは、それほど少女にとっては辛い作業なのだろう。
ただでさえ羽根を出すのにも体力を消費させているようなものだというのに、それを続けて出さないといけないとは心苦しい。
ユーリ「……俺も何か手伝えればいいんだがな。」
少女が羽根を仕舞った瞬間、ユーリも輝いていた体が元に戻ったのだ。
しかしユーリは別に体力を消費するとか無い上に、葉っぱの上を歩かせてもらっている身なので体は大丈夫なのだ。
───だからこそ、歯痒い。
ユーリ「……。」
……あぁ、後どれほどこの少女に無理をさせればここを抜けれるだろう。
そう、思わざるを得なかった。
⊹ ࣪˖ ┈┈ ˖ ࣪⊹ ┈┈⊹ ࣪˖ ┈┈˖ ࣪⊹