第6界層 〜蛙鳴蝉噪なる罪過の湖〜
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ヴィスキントが血塗れの男を倒した瞬間、近くに〈
ヴィスキントがそれに舌打ちをし、他の者達が驚いてそれを見つめる。
無情にも扉が開いた瞬間、皆は飲み込まれる感覚に襲われ、そして───元の世界へと戻っていた。
‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥
少女とはぐれた後、血塗れの男と交戦していたユーリ達だったが……その脅威となる男をむざむざ逃してしまいユーリ達は慌てて少女を探していた。
カロル「きっとジュディス達もこうやって逃げられたんだ…!」
パティ「あやつ、わしらの攻撃をのらりくらりと躱しおってからにー!うざいのじゃー!」
フレン「それよりも一刻も早くやつを見つけなければ、メルクさんが危ない!」
エステル「急ぎましょう!!」
少女は結局何が聞こえていたというのだろうか。
想像もつかないままスラム街エリアを捜索していたユーリ達は、ヴィスキントとジュディス達の逸れたメンバーと再会する。
しかしそこには少女の姿は無かった。
レイヴン「えぇ?!青年、メルクちゃん見失ったのー?!」
ヴィスキント「チッ…。役に立たない奴ですね……。」
ユーリ「おい、聞こえてるからな?」
ジュディス「喧嘩してる場合?早く行かないとまずいわよ?彼、どうやら罪の意識を持った人にしか興味ないみたいだし。」
カロル「どういうこと?」
ヴィスキント「この界層のヌシは人間に化けた魔物です。〈
メルクを探し回りながらヴィスキントから説明を受けたユーリ達は納得し、同時に渋い顔になっていく。
きっと誘拐の件で少女は自分を責めている。
だからこそ、罪の意識が最もあったのかもしれない。
ユーリ「だから精神を安定させないといけなかったのか。」
ヴィスキント「結局狙われてしまいましたが、ね。……しかしここに居ないとなると後はもう罪過の湖エリアしかありませんね。急ぎましょう。」
こうして一行は罪過の湖へと走り出した。
どうか、間に合うようにと。
必死に走っていく中、徐々に薄暗くなっていき体も寒く感じてくる。
それはメルクが言ってた通り、罪過の湖が近くにある事を表していた。
慌ててスピードを上げるユーリ達だったが、たった一人だけ───ユーリにだけは見えたのだ。
少女が追い詰められ、湖に落とされるその一部始終を。
ユーリ「メルクっ!!」
ユーリが危険を顧みず、湖へと身を投じる。
あんなにも湖の中は危険だと言われていたのに、だ。
すぐに湖の底を見たユーリは自身の目を疑った。
底を覆い尽くす様な化け物がそこには居たからだ。
大きな口は何者をも簡単に呑み込み、鋭い歯はどんな強固な金属でさえも噛み砕けるような歯を持っていた。
そしてその化け物から生えている海藻の様な触手は、少女の体を既に捕らえていた。
湖面の方へと手を伸ばし、涙を流していた少女はユーリの姿を見てハッと顔を驚かせる。
そして手を伸ばすのを止め、目を閉じ、ぎゅっと胸の前に手を握りしめてしまった。
それを見たユーリがすぐに少女を助けようと潜水を開始する。
しかしこの水中……いつものように行かない。
一度湖へと入ればその体は沈んでいくしかなく、上へ上がることが出来そうにない事が何となく分かってしまう。
そして沈んでいくのは反対に、いとも簡単に可能だと言う事も分かった。
勢い良く湖の深くへ沈んでいくユーリは、少女へと手を伸ばす。
しかし少女は首を横に振っていた。
そんな事お構いなしにユーリは胸の前に握り締められていた手を強く握り、反対の手では武器で海藻を切り落とそうとしていた。
しかし、この海藻……ヌルヌルしている上に柔らかすぎて斬りにくい…!!
少女を拘束している海藻の様な触手は、更に数を増やし少女の顔ですら呑み込もうとしている。
一度少女の手を離し、その触手へと攻撃をするユーリ。
しかし上手いこといかないものだ。
その海藻はヌルヌルとユーリの武器にまとわりついて、武器の長所である鋭さが緩和されてしまっていた。
するとユーリの足にも海藻が絡んできて一気に底へと引き寄せられる。
ユーリ「(まずいぞ……このままだと二人ともあの世行きだ…!)」
『…………ゆーり…』
ユーリ「?!」
喋れるのか?
既に顔の半分以上が海藻で見えなくなってしまった少女は、悲しそうな顔でユーリを見つめていた。
そしていつものように言うのだ。
『……ごめんなさい……』
その瞬間、少女の方の触手がグイと少女を下に沈ませてしまう。
ユーリは少女にまとわりつく触手を掴み、上へと引き上げようとしたが逆にその触手に掴まれ、引き込まれてしまった。
同じ触手に絡めとられ、二人は遂に海藻のような触手でその体をすっぽりと覆われてしまう。
それでもユーリは諦めずにメルクの姿を探した。
触手を掻き分けて必死に少女を探す。
するとようやく念願の顔が見え、ユーリが少女の冷たくなっている頬へと触れる。
そして少女もユーリを視認し、愕然とする。
『ユーリ…』
どうやらこの水中……喋れるようである。
今まで息を我慢していたユーリは恐る恐る口呼吸を試みる。
するとまるで地上にいるみたいに呼吸が出来るではないか。
ユーリ「メルク!今助けるからな!!」
『どうして……』
ユーリ「?」
『どうして……飛び込んだの……?ここに入れば、もう助からない……諦めろって言われたのに……?』
ユーリ「そんなの決まってるだろ?メルクが居るのに見捨てられるかよ?」
『でも……死ぬかも、しれないのよ……?』
ユーリ「そんなの後で考えるに決まってるだろ?今は二人で助かる方法を考えればいいんだよ。」
触手の中を掻き分けてユーリは少女に辿り着くとその小さな体を抱きしめる───強く、強く……。
ユーリ「遅くなって悪い。もう大丈夫だ。」
『……何処が、大丈夫なの……?今、私達…この海藻に囚われてるんですよ……?』
ユーリ「でもお互い無事だろ?ここから抜け出したら考えようぜ?」
その瞬間、触手の圧迫が強くなる。
同時に二人の体は余計に密着をした。
ユーリ「くっ…」
『あぅ…』
あまりの圧迫の強さに二人は呻き声をあげる。
思わずユーリは少女を抱き締める強さを強め、少女は咄嗟にユーリの服をキュッと掴んでいた。
そして少女は恐る恐るユーリの背中に手を回し、二人は抱きしめ合う形となる。
ユーリ「…!」
───グググググ……
更に強まっていく触手の拘束に二人は口から苦しそうに声を漏らす。
まるで食べやすくするために小さく纏めたいという事なのだろうか。……あんなに大きな口だと言うのに?
『あぁ…っ!』
ユーリ「くっ…!!」
更に密着した体。
お互いの肌が触れ合い、そして熱を帯びる。
残念ながら少女は熱を感知出来る能力を喪っているため、その熱に気付いたのはユーリだけだった。
苦しそうに顔を歪める少女を見て、ユーリは必死に声を掛ける。
大丈夫だ、と。
そんな中、少女は震える声でユーリへと話し掛ける。
『───“その身で贖え”と、言われたんです……。』
ユーリ「ん…?なんの話だ?」
『湖に落とされる前……あの男の人から……罪を認めろ、罪を贖え……と。』
ユーリ「あんにゃろ……!次あったらぶっ潰してやる…!」
『湖に入れば、罪を流せるのだと……そう…仰ってました……。』
それは死を以てして、贖えという事なのだろう。
だからと言って少女が罪を償うために死ぬのは違う。
というより根本的に少女は何もしていない。
だから罪を償う必要などないのだ。
ユーリ「バカだな……メルクは、何もしちゃ、いないだろ…?」
───グググ……
『うぅっ!』
ユーリ「はっ…、」
更に強まる拘束。
お互いの体はもう既に密着出来ない場所などないというのに。
徐々に呼吸が苦しくなってくる……。
肺へと入る空気の量が明らかに少なすぎた。
『ゆーり、……最期に……会えて……嬉しか、った……』
ユーリ「縁起でも、ねぇ……こと、言うんじゃ、ねぇよ……!」
『……あら、あら……ふふ……。』
『諦め、るな……メルク…!』
あぁ……酸欠で死んでしまいそう…。
でも、彼と一緒なら…………私…………。
少女の手がユーリの背中を……背中の服をキュッと掴んだ。
それに応える様にユーリもまた、少女を抱き締め直す。
どうにかしてここから抜け出せなければ、触手による圧迫死か、呼吸困難による窒息死か……それともこのまま化け物に食べられて終わりか…。
ユーリ「(どれも嫌すぎるだろ…!!)」
『ごめんね……ゆーり……。わたしに、もっと……力が…あったなら……』
ユーリ「…それは、言うな……!お前のせいじゃない…っ!」
目の前の少女が苦しそうにしてるのに、何も出来ない自分が歯痒い。
それに密着した肌がどんどんと熱を帯びていく。
ユーリ「神子の力……、疲れる、んだろ…?」
『…!』
ユーリ「だったら、使う、な……。今のお前、には……必要ないだろ……?」
『……。』
ユーリ「俺が、どうにか、する、から……!」
『もし、』
ユーリ「?」
『もし、今……願いが、叶え、られるなら……、わたしに、力が、ほしいっ…!貴方をっ、…ユーリを、救える、力が…っ!』
ユーリ「っ、」
泣きそうな声でそう話す少女に、ユーリが固く目を瞑る。
そしてユーリは優しく少女の頭を撫でた。
ユーリ「……メルク」
『わたしに、力を……貸してっ……ユグドラシル様っ…!』
その瞬間、眩いほどの光が少女を包む。
ユーリがあまりの眩しさに目を細めると、少女の背中には七色に輝く妖精の羽根が現れた。
そして───
ユーリ「…!?(力が……身体の底から溢れてくる…!! 力が、みなぎる…!!)」
『……ユーリ。』
少女が自分の名前を呼んだ瞬間、ドクリと心臓が激しく脈を打った。
熱くなる体温、痛いくらい激しく動く心臓と脈拍───そして止むことのない、湧き出るように溢れる少女への愛おしさ。
守りたい……この目の前の存在を…護りたい…!
刹那、ユーリはいつの間にか武器を手にしていて、その武器を難なく一閃させる事が出来た。
その切れ目から途端に解放された体に、二人は驚いて顔を見合わせる。
少女は七色に輝く妖精の羽根を広げ、ユーリは何故か少女と同じように体が光り輝いていた。
ユーリ「これは…?」
『ユーリ…!今のうちに魔物を…!!』
ユーリ「……あぁ!! これでっ!形勢逆転、だっ!!!!」
まるでいつも使っていた蒼破刃を撃つかのようにユーリは底にいる化け物へとその剣を閃かせる。
するとたったその一撃で、底にいる化け物は光と化して消えてしまったではないか。
ユーリが魔物を倒したその瞬間、二人は真っ白な光に包まれ、目を開けたその先にはこれまた真っ白な空間が広がっていた───
『……え、ここは……』
ユーリ「こりゃあ、遂に天国か…?」
『ううん…?多分……ユグドラシル様のいる空間なんだと、思う……。〈
自信なさげに言うものの、メルクは何処かを見つめていた。
その先の空間には突如、お淑やかな女性の姿が現れる。
それを見てメルクは自信を持てたのか、ユーリを見て花が咲いたような満面の笑みを零した。
『見てくださいっ!ユーリ!ユグドラシル様です!!……あぁっ!良かった…!私達、生きてるんですよっ!!』
そう言って少女はまるで喜びを分かち合うように、ユーリへ強く抱き着き、そして強く抱き締めた。
突然抱き締められたユーリは思わず顔を赤くさせ、照れたように頬を掻いていた。
ユーリ「(さっきまであんなに密着してたんだけど、な…?ま、メルクが嬉しそうだから良いのか。)」
《───私の神子。可愛い、私の神子よ。》
ユーリ「…!(こいつがユグドラシル…。じゃあこいつに頼めば……)」
『ありがとうございます、ユグドラシル様。力をお貸し頂いて……』
《私の神子……、あれは私の力ではありません。純粋な神子としての貴女の力なのですよ。》
『……私の…?』
少女が自身の両手をボーッと見つめる。
それを横目にユーリはユグドラシルへと視線を固定させる。
しかしユーリの言いたいことが分かったのか、ユグドラシルは微笑みながらユーリへと横に首を振る。
《分かっています…、人の子よ。ですがこの私でさえ、どうも出来ないもあるのです。そこを分かって頂けますね?》
ユーリ「まぁ、そんな都合よく行かないよな…。」
《それにしても、よくぞ
ユーリ「
『やはりそんなに凶暴な魔物だったんですね……。』
ユーリ「(受け入れてる…。)」
呆れた顔でユーリが肩を竦め、その横では不安そうな顔でユグドラシルを見る少女がいた。
そんな二人を見て、ユグドラシルは微笑みを絶やさない。
《
「『は?/え?』」
二人して驚いた顔でユグドラシルを見る。
だから死にかけたのか、なんてそんな事思うよりもよく生きてたな、っていう感想の方がお互い強かったのは否めない。
私達はお互いにゆっくりと顔を見て、そして苦笑いをした。
本当、よく生きてましたね…?私達。
《界層ごとにキラーモンスターが設定されていて、第6界層のキラーモンスターはアレでした。各界層のキラーモンスターを倒せば、私からご褒美がありますよ。》
『え?何でしょうか…?』
《まずはこれを。》
そう言ってユグドラシルは両手を広げると、その中央に光る物体が現れる。
それは徐々に移動してユーリの前で止まる。
ユーリがそれを掴めば、光が形になり……彼の手には剣が握られていた。
それも、普通の剣じゃないことは一目瞭然だった。
何故ならば、その剣は常に水を纏っていて……刀身も青く輝いていたからだ。
その上、その刀身はただの青ではない。まるで波間を見ているかのように蒼と白で動き、波打っている。
《それはマナを帯びた剣……キュアノエイデス。水を纏いし刀身は、たちまち海を割るほどの威力を誇るでしょう。》
ユーリ「………………マジか。」
あまりの威力にユーリが口を押さえ、剣を見つめる。
少女もまたその青い刀身を気に入ったようで、ずっと水を纏った剣を見つめていた。
ユーリ「こんなの貰ってどうするんだよ…。」
《貴方がたの世界ではあまりマナは多用されていませんね?ですから、その剣は大変珍しいと思います。それこそ
ユーリ「へぇ…?どっかの天才魔道士が興味を持ちそうな武器だな。」
『……もしかして、リタですか?』
ユーリ「それしか居ないだろ…。」
《ただし……》
「『??』」
《その剣が、海を割れるほどの威力を持つには条件があります。その条件は───》
ユーリ「条件は?」
《秘密です。是非、その謎を解き明かしてみてくださいね?》
『頑張って下さいね?ユーリ。』
ユーリ「あ、あぁ……。(あんまり知りたくねぇけどな…。物騒すぎんだろ…。)」
改めてユーリは手に持ったキュアノエイデスを見る。
水を纏っているからか、持っている時はひんやりとしていて気持ちが良い。
それにこの蒼さがまた見ていて秀麗且つ、在り来りな言葉でいうなら綺麗でもあった。
ユーリ「ま、有難く使わせてもらいますかね。」
『キレイな刀身ですね?』
ユーリ「蒼さが際立つよな。それこそ、“水の剣”って感じだな。」
『他の界層にもキラーモンスターがいると言っていましたけど…』
ユーリ「おいおい…もうあんなの勘弁だぞ…?」
『流石のユーリも、あれには堪えましたよね…?あのユーリを恐れさせる魔物───恐るべしです、キラーモンスター……。』
ユーリ「お前まで俺を戦闘マニアって呼ぶつもりか?」
『ユーリは戦闘が始まると楽しむ傾向にあるので……それで…。』
《キラーモンスターを倒して下されば他のご褒美も差し上げますよ?悪い話では無いと思いますが?》
ユーリ「ま、気が向いたらな。」
ユーリはキュアノエイデスを鞘に仕舞い、ユグドラシルを見る。
少女の体を今治せないのであれば、もうここには用はない。
早く元に戻してくれ、と目で訴え掛ければユグドラシルも分かったように、その笑みを深くする。
《最後に……。人の子よ、どうか神子の事をよろしくお願いします。神子という存在は、願いを叶えるが故にどこの世界でも狙われてしまう存在なのです。》
ユーリ「……どこの世界でも?」
『テルカ・リュミレースだけじゃない、この世界には他にも沢山の世界があるらしいの。』
ユーリ「へぇ?」
《ですからこうしてお願いするのです。“あの力”を発現させたあなた方だからこそ……》
ユーリ「……?(あの力…ね?)さっきから含みのある言い方だな?キッパリと言ったらどうだ?」
《それも含めて、是非謎を解明してお楽しみ頂けたら良いでしょう。》
ユーリ「そんな簡単に教えちゃくれねぇか。」
《私の可愛い、可愛い神子よ。これを差し上げましょう。》
そう言って少女の手に収まったのは小さな宝箱だった。
いつだったか見たことのあるその小さな宝箱を見てユーリは頭を悩ませたが、メルクには十分過ぎるくらい見覚えがあるものなので、困った様に笑い、そしてユグドラシルへとお礼を伝えた。
《…良いですか、神子よ。いつも言っていますが、あの男には気を付けるのです。》
ユーリ「……あの男…?」
『……はい。』
《では、また会いましょう。私の可愛い神子よ。》
そう言って、ユーリ達は白い光に包まれると急に視界が開けてくる。
そこは閑散とした街……〈
それを見て、ユーリはなるほどと納得をした。
いつも少女だけが先に帰っているという不可思議な現象───コレのことだったのか。
ユーリ「さて。帰りますかね…?」
『あ、えっと……ユーリ……その……。』
顔を青ざめさせたメルクはユーリを見たが、すぐに言葉を詰まらせ、その内俯いてしまった。
それに覚えのあるユーリは苦笑いをしたが、そっと少女の肩に手を置いた。
そして、優しく言葉を重ねる。
ユーリ「……なぁ、メルク。」
『……なに、ユーリ。』
ユーリ「……こうなったら素直に言うとしますか。俺、お前が居ないとどうにもおかしいんだよ。」
『……? 体調が、ですか…?』
ユーリ「あぁ、体調も悪くなるかもしれねぇな?それに眠れなくなるしなぁ?」
『え、』
ユーリ「どっかのガキはメルク、メルクっつってうるせぇし。どっかの姫さんなんてメルクーなんて夜な夜な泣いて大変なことになってるし、どっかの虫嫌いのボスはメルクの料理が恋しいなんて言いやがるし───」
『……!(ココにロロ……それにエステルとカロルまで……。)』
ユーリ「どう責任取ってくれるんだ?お姉さん?」
ユーリは優しい瞳で少女を見つめ続ける。
その優しさに溢れる瞳を少女も見つめ続けるが、今の自分の心を吐露するように少女は小さな声で話す。
『───私がいれば……皆、不幸に……』
ユーリ「誰が言ったんだよ?それ。あのパーティでも分かっただろ?皆、お前のことが大好きだから集まったし、パーティ開催までこぎつけてくれたんだぜ?」
『私……皆の邪魔にならない…?』
ユーリ「寧ろ居てくれねぇと、まじでヤバイんだって言ってるだろ?どうにかしてくれよ、あいつら…。毎日の様にお前の名前叫んでるんだぞ?」
……それは少し言い過ぎたが。
あっけらかんとして、ユーリは少女へとしれっと伝える。
しかし、その少女の瞳はこれまでになく揺れ動いていた。
……あともう一声か。
ユーリ「……それに。」
『…?』
ユーリ「言っただろ?俺はお前が居ないとおかしくなるんだって。」
『ユーリは戦闘の時はおかしいけれど…?』
ユーリ「おい、どの口が言ってんだ?どの口が。」
『ひゅみましぇん…(すみません…)』
頬を引っ張られ、少女はすぐに謝った。
頬を元に戻された少女は頬を押さえたり、擦ったりしているが、その顔は嬉しそうに綻んでいたのも事実だ。
『…私ね?』
ユーリ「ん?」
『…本当は……あの時、皆が羨ましかったの…。勝手に一人で……賑やかな中にいる皆と隔絶されているような錯覚を起こしていたの…。』
ユーリ「(なるほどな。そういうことだったのか……。)」
例のパーティの際、最後に少女は苦しそうにユーリへと助けを求めていた。
本当は皆の所に行きたかったくせに。
本当は皆と楽しくしたいはずなのに。
何故か、この少女はその賑やかな場へと行かなかったのだ。
だからいつの間にか、壁の花となっていたのだ。
ユーリ「(それだけじゃねぇ気がするが……今は無理は禁物か……。)」
『だからこそ……間違えたくない。』
ユーリ「間違えるも何も───」
『ユーリ。』
途端に少女の顔は真剣になる。
その瞳は逸らしてはいけない、強制力みたいな物が働いていた。
ユーリは次の少女の言葉に絶句することになる。
『私ね、狙われてるの。さっきもユグドラシル様が言ってた、“あの男”に……。だからこそ、私……ユーリたちの所には行けない。』
ユーリ「……何で?」
『命を狙われてるの。私を殺そうとしている人がいる。今回の第6界層で分かったわ……?狙われてる時に大好きな人たちの側にいたらいけないって、ようやく学んだの。』
ユーリ「……メルク。」
『だから、ごめんなさい。一緒に行けない。大切だと思うからこそ、大事にしたいの……。』
ユーリ「……なら、やっぱ俺はお前を向こうに行かせられないな?」
『……どう、いうこと?』
さっき頑張って説明したことは何だったのか。
ユーリのその言葉に動揺した少女は目を丸くさせ、ユーリをジッと見た。
ユーリ「その男の名は?」
『……クレイマン。……でも彼は、今は私を殺さないと思うわ…?偽の神子がいるからそっちに気を取られてると思うし……何より彼は私を救ってくれた恩人でもあるから…。』
ユーリ「恩人なのに殺そうとすんのか?」
『いつだったか、私が消えてしまって……オルニオンにいた事があったでしょう?』
ユーリ「あぁ。」
『あの時、クレイが助けてくれたの……。だから私はここにいれるのだけれど…。それから彼は迷子になっちゃってて……。でもいつまた会って、そして真実を知られているか分からない……。そんな中、皆を危険な目に遭わせるのは……もう懲り懲りなの…。だから分かってくれる…?ユーリ。』
ユーリ「分かんねぇ。」
『……そう。』
暗く放たれた少女の最後の言葉を最後に、二人の間には沈黙が下りる。
だがユーリは、その沈黙を意に介してない様子で話し始める。
ユーリ「前にも俺、言ったよな?何で一人になろうとするって───なんで一人で行こうとするんだって。」
『皆を傷付けたくはないから。』
ユーリ「でもそれって、あいつらの所に居ても同じだろ?」
『ヴィスキント様とアビゴール様は、お強いから…』
ユーリ「そうじゃない。」
頭をガシガシと掻き、あーと唸るユーリに少女も困った顔を見せた。
『……ユーリって、強情よね?』
ユーリ「何だ今更知ったのか?」
『あらあら、ふふ……。開き直ってるわよ?』
ユーリ「お前も強情だけどな?」
そう言って二人はさっきまでの不穏な気配を消して笑い合っていた。
そしてユーリはそっと目の前の少女を抱き寄せた。
目を見開いた少女だったが、そのたくましい胸へと身を預ける。
ユーリ「俺、約束を守る男なんでね?」
『……約束?』
ユーリ「ユグドラシルってやつからお前を頼まれてるし、あのガキどもからも頼まれてるし……何より、過去のお前からも頼まれてる。」
『……それいつかしら…?』
ユーリ「パーティの最後の方。お前から俺に助けを求めてきたんだろ?」
『……!』
───“『……たすけてっ…!(ありがとう)』”
そういえばそうだった。
間違えて言葉にしてしまっていたのだった。
ユーリ「例え、あの時間違えた言葉だとしても、あの言葉に嘘偽りないことは明白だしな。俺はお前を守る。だから居なくなるなんて、辛いこと言ってくれるなよ。」
ギュッとユーリから抱き締められれば、少女は諦めたように肩の荷を下ろす。
そして少女は彼の背中へと手を伸ばし、そっと抱き締め返した。
『……何度だって、絶望しちゃうわ…。だって、皆が傷付いたのを見てしまったら、冷静でいられなくなるの…。』
ユーリ「それでもだ。メルク、俺達の近くにいてくれ。……頼むから。」
『あらあら、まぁ…?どうしようかしら?』
ふふ、といつものように笑える様になった少女。
それにユーリも笑みを零す。
『ねぇ、ユーリ?』
ユーリ「ん?なんだ?」
『……あの時みたいに、もっと、もっと……強く抱きしめて…?呼吸が出来なくなるくらい……今はユーリを感じたいの…。』
ユーリ「…っ、」
そんなお強請りの仕方、ズルすぎる。
思わず理性がグラついて、クラリとしそうになる。
なんて小悪魔的な少女だろう。
恐る恐るユーリが力を込めると、少女の口から吐息が漏れる。
『……もっと、』
囁くようなその声にドキリとする。
『もっと、お願い…、ユーリ?』
あぁ、この少女は分かってない。
男にそんな可愛くお強請りするのがどういうことかって。
でも自分だけドキドキするのも、何だか癪で。
ユーリはわざとに少女の腰に手を回し、自分へと強く抱き寄せる。
すると見事に少女の足は簡単に浮いてしまう。
強く強く抱き締めれば、少女はもっとだとでも言うように、自分の背中に回した腕の力を強くして余計に抱き着いてくる。
完全に地面から足が浮いてしまっているのに、少女はもっと悪魔的になる。
『もっと、』
ギュ……
『もっと…』
ギュ…
『私を壊すくらい……抱きしめて?ユーリ。』
あぁ、我慢の限界が来そうだ───
最後とばかりに強く少女を掻き抱けば、少女は苦しそうに……でも妖艶な吐息を出していた。
そして、少女が光りだし七色に輝く妖精の羽根が出現するとユーリ自身も光り輝く。
これは、キラーモンスターの時に現れた現象…!
ユーリが慌てて少女を見れば、少女はユーリの胸に抱き着いては嬉しそうに目を閉じていて気付いていない様子だった。
だがこのままでは少女は疲れてしまい、その身を危険に晒してしまう。
慌ててユーリは少女へと声をかけた。
ユーリ「おい、メルク!」
『……?』
少女が不思議そうに目を開ければ、お互いに光り輝いたことに気付いてお互いにそっと体を離した。
この光る現象……偶然じゃなかったのか。
『───ユーリ。』
少女の口から自分の名前が出た瞬間……あの時と同じでドクリと心臓が音を立てて激しく脈を打つ。
そして熱くなる体温…、痛いくらい激しく動く心臓と脈拍───そして止むことのない、湧き出るように溢れる少女への愛おしさ。
ユーリ「あ……くっ、」
『ユーリ?』
───ドクリ
ユーリ「ぅ、」
『大丈夫……?ユーリ…』
───ドクッ!
ユーリ「あ、ぁ……」
少女が自分の名前を呼ぶ度に心臓がドクドクと激しく脈を打ち出し、動悸がする。
胸を押さえたユーリを見て、少女が口元に手を当て顔を真っ青にさせる。
あぁ、違う。
そんな顔をさせたいんじゃない、のに……。
『ユーリ…!キュアノエイデスが…!』
───ドクドクッ!
荒い息を吐き出し、言われた通りキュアノエイデスを見遣ればその刀身は更に輝き、触っただけで分かる───攻撃力が大分上がっていることに。
今なら本当に海を割れそうだ。
心臓の動悸をどうにかしたくて、思わずそのキュアノエイデスを振るうと……
サバーーーーーンッ!!!!
海が真っ二つに割れたのだ。
それにポカンと二人して海を見ると、その海は元に戻ろうとする力をつけてしまい大きな波がたってしまった。
光が収まり、呼吸を整える自分の横で少女も羽根が突然消え、その顔を苦しそうに歪めていた。
その場で膝をついたユーリ達だったが───
ユーリ「〜〜〜〜っ!!」
ユーリは慌てて少女を抱き抱えて〈
だって……後ろからは例の“特大ビッグウェーブ”というやつが迫ってきていたのだから。
しかし自然現象の方が足が早いに決まっている。
ユーリ達はその“特大ビッグウェーブ”に巻き込まれ、荒波の中揉みくちゃにされ続けていたのだった。