第6界層 〜蛙鳴蝉噪なる罪過の湖〜
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
私が声の聞こえた場所まで走り出して数分。
ようやく聴こえていた声の主の所まで辿り着くことが出来ていた。
「ニャー…」
周りの子供達から蹴られたり、殴られている猫が一匹、そこには居た。
私は子供達に近付いて、止める様に説得を試みる。
するとバツが悪そうに顔を歪め、そして子供達は静かに去っていった。
結局何故この猫が虐められていたのか分からないまま、私はその猫に近付き回復術を施した。
『•*¨*•.¸¸♪✧•*¨*•.¸¸♪•*¨*•.¸¸♬︎』
「…ニャー……。」
猫は光を帯び、その身に受けた傷がメルクの回復術によってどんどんと修復されていく。
みるみるうちに元気になった猫はそのままジッとメルクを見つめていた。
歌い終わったメルクはそのまま猫を見て柔和に笑う。
『もう大丈夫ですよ?猫さん。』
そのまま猫はジッと私を見つめ、動きもしなかった。
まだ何処か痛むのだろうか、と猫にそっと触れればその手に擦り寄ってきてくれる。
猫さんのその行動に私が思わず声に出して笑えば、猫さんも少し笑顔を見せてくれた気がした。
「ニャー」
『あらあら、まぁ。』
可愛らしい猫に束の間の癒しを感じて私はユーリ達を振り返った。
しかしそこには誰一人として居なくなっていた。
それに目を丸くして見遣れば、猫が不安そうな声を出して私を見上げていた。
『大丈夫、大丈夫よ…?』
「ニャー…。」
どうやら猫という生き物は人間の感情に敏感な様である。
その証拠に私の不安感や焦燥感が猫に移ってしまい、猫さんがしゅんとなっているではないか。
私はすかさず、猫さんの頭を優しく撫でて安心させるように暫く撫で続けた。
一応辺りを見渡すのも忘れずに。
『ユーリ達、何処に行ったんでしょうか?』
早く見つけなければ、皆バラバラになってしまう。
それではこの界層を踏破する事は出来ない…!
『猫さん、気を付けてお帰り。』
私がそう言えば猫さんはジッと私を見上げるだけだった。
その場から動かず、しかし次の瞬間…猫さんは私の後ろに向かって声を荒げて唸っていた。
「ミャー‼︎‼︎」
『え…?』
余りにも猫さんが警戒していたので反応が遅れた。
後ろを振り返ると、武器を持ってニタニタしている血塗れの男が立っていた。
「よーやく見つけたー。大罪人さ〜ん?」
『大…罪人…?私が…?』
いけないと分かっていても、この男の人の言葉に耳を貸してしまう。
そして聞き捨てならない言葉も聞こえていた。
───“私が大罪人だ“、と。
「あんたが居なきゃ、さっきまでいた人たちは幸せだったのかもしれないぜー?」
『…‼︎』
「あんたがいなきゃ、救われた命だったかもなぁー?」
『ま、さか…、皆を…っ?!』
「そのまさかだったりしてー?」
嘘だ。皆は私が思うより強い。
特にヴィスキント様やユーリはその中でも突出してお強い筈なのに…!
「皆、み〜んな、やられちゃったね〜?誰の所為だろーねー?」
『わ、私…』
「あんたからプンプン香るよー?罪のニオイが。」
『そ、そんなこと…』
「無いって言い切れるんだー? この世に“絶対”なんてあると思ってんの?」
『…。』
私が何と言おうとこの人は被せてくるように何かを言ってくる。
ヴィスキント様の言葉を信じるなら、彼の言葉を間に受けちゃ駄目なんだ。
だから…心を強く持たなくちゃ。
「…!(こいつ…罪の意識を変えた…?)」
目の前の男が目を丸くして少女を見る。
その少女の瞳には意志の籠もった、強い光を湛えていた。
それに男が舌打ちしそうになったが、すぐにニヤリと笑い武器を構える。
「男に勝てると思ってんの?」
『いえ、難しいと思います。私は接近戦が苦手ですので。』
「そこまで分かってて、男に挑むんだ?」
『今私が貴方に立ち向かわなければ、私は殺される。それに…』
「それに?」
『皆に悪いですから。私を説得してくれた、数多くの大切な方達に。』
「ふ〜ん?じゃあ、死になよ。」
男は武器を振り翳し、少女の心臓を狙う。
しかし回避行動を取った少女は次の瞬間、その場から逃げ出した。
走って、走って、走って───
それに血塗れの男はニヤリと笑って追いかけていく。
『(確かに、この方の戦闘力はヴィスキント様と互角でした…!ならば、私が取れる行動は……“湖に行く事”!そこで彼を湖に落とします…!)』
少女は必死に足を動かし、湖への道をひたすら走っていく。
今は居ない仲間達の為にも、今は自分だけで頑張らなくてはいけない。
先程の猫さんの安否が唯一の心配点だが、猫は危険察知能力が高いと聞くし、大丈夫だろう。
私は後ろを振り返らずにひたすら走った。
「罪を自覚してねえ女は処刑だなぁ?!」
『っ、』
違う。
耳を貸してはいけないのです。
「自分が仲間の命を危険に晒してるってのに、堂々とできるたぁ…良いご身分だな?!」
『…。』
分かってる。
分かってるから、言わないで。
「あんたは弱い!弱すぎる!仲間に守ってもらわなきゃ、何にも出来ねえクズだ‼︎だからこそ罪の意識がねぇんだろ?!」
『…。』
駄目。
反応しては、駄目なのです。
余計に彼を興奮させるだけです。
「罪の意識を再認識しなきゃなぁ?!!」
『…分かってるのです…!』
「…!(やはり、弱いなこの女!突っつけばもっと崩れるに違いない。一番あの中で罪の意識が強かった人間だったからなぁ…‼︎)」
男は追いかけながら勝利を確信してニヤリと笑う。
このまま進めば罪過の湖───そこに少女を落とせば、こちらの勝ちだ。
お互いに思っていることは同じだった。
どちらかが湖に落ちなければ勝負はつかないだろう。
少女はそのまま走り抜き、遂に罪過の湖へと辿り着いてしまう。
薄暗い湖には、木で造られた湖の上に架かる桟橋があった。
そこから見える景色は、ただただ罪人どもが死んだ魚のような瞳で自ら湖の中へと入っていく光景だ。
大きな湖の桟橋の中間地点で2人はお互いに向き合い、対峙していた。
どちらもやるべきことは相手を落とすことだ。
『(ここに彼を落とせなければ私の勝機は薄い…。彼には申し訳ありませんが…もう私にも逃げ場はありません…!誰の支援を受けられないまま私はここをやり過ごさなくてはならないのです…!)』
「さーて、ようやく止まってくれた訳だが…。ここであんたの罪を暴くとしようか。」
『…どういう事です。』
「あんた自分が悪いと思ってること、何個もあるだろー?」
『っ、』
「それがあんたの罪だって言ってんのー。なんで分からないかなぁ?」
『私の、罪…。』
「そ。あんたの罪。そしてここは、そんな罪を償える場所だ。…言ってみ?あんたの罪ってやつを。」
『…。』
「仕方ねえなー?言ってやるよ。」
血塗れの男は自身の武器を遊ばせながら少女を見る。
その瞳は強いほど少女を冷たく射抜いていた。
「まずは一つ目。あんたは自分が狙われてるのを良いことに仲間の命を危険に晒した。」
『…!』
何故彼は、私が無意識に考えてしまっていることを分かっているのだろうか。
「その二。自分さえ捧げれば何でも解決できることを自分の我儘で問題を先延ばしにした。…いや、自分が生きたいが故に仲間に助けを求めてしまった、か?」
『…っ!』
何故、
何故分かるのです…?
「その三。仲間にさえ嘘をついている。嘘をつかないという約束を破ってしまっている。」
ユーリとした約束───確かに優しい嘘をついてしまった。
でもあの時話した事は、本当のことでもある。
「あーあ。大罪人だよ、あんた。何もかも自分が可愛いが故にやっちまったことだ。」
『だとしても、私は…』
皆と一緒に居たかった。
でもそれは諦めたのだ。
私が皆を不幸にさせてしまうから。
少女の罪の意識が重くなっていく。
どんどん、どんどん…ぬかるみにハマっていくように、それは徐々に少女の心を蝕んでいく。
それを見て血塗れの男は自らの勝利を確信した。
これで、あとは少女を湖に落とせば自分は───
「(これでよーやく終わりだな。なんだ、呆気なかったな?)」
『…。』
「どんなに抗ったって、罪が変わる事はない。そーだろ?」
『…』
「だからよぉ?諦めちゃいなよ。ここは罪を流してくれる良ぃーとこだぞ?」
『…。』
「黙ったって罪は軽くならねーぞ?もう罪を犯したものには後がないんだからよー?」
『…。』
「つーわけで。」
男はニヤリと笑う。
そして少女の胸に手を置いた。
「その身で贖え───」
男はそのまま、少女を湖へと落とした。
抵抗なく少女はそれを受け入れてしまった。
そして男はその場で喜ぶ。
「ヒャッハー‼︎ これでよーやく俺もここから解放だぁ‼︎」
他人を湖に落とせば、自分は故郷に帰れる。
この〈
これでようやく大手を振って帰れるというもの。
他人を蹴落とし、そして帰還───
男からしたら最高の気分だった。
ユーリ「メルクっ!!!」
さっき戦って強かった男が自分の目の前を通り過ぎ、自ら湖に落ちていったのを何の感情もなく見送る。
しかしその後にやってきた奴らが厄介だった。
ヴィスキント「貴方という人は…‼︎彼女を何処にやったのですか?!」
「彼女…?あー…あの美味そうなお嬢ーちゃん?それなら死んだよ。俺が…、俺様がここから落としてやったからなぁ?」
湖を指差してやれば、驚くほど奴らの顔が驚きと恐怖と怒りで歪んでいく。
それを見た俺は心の底から高揚するのが分かった。
相手を翻弄するのはこれだからやめられないぜ…。
「あんた達にとっては好都合だったんじゃねーの?あのお嬢ーちゃんに散々こき使われたんだろ?」
罪の意識が強かったあの少女。
この界層に挑んでから新たに出来るようになった“相手の罪だと思う物を感じ取れる力”を発揮すれば、あの中で一番罪の意識が強かったのはあの少女だった。
そしてその罪状は自分にとってはどれもくだらない物ばかり。
もっと殺人だとか、何かしらの罪状があるかと思いきや…そんな大したことのない罪で悩んでいたのだ。
それ程、先程の少女は心優しい性格の持ち主だったんだろう。
「(…あれ。俺、なんでこんなこと思ってんだ?ようやく罪人を蹴落とせて嬉しいはずなのによ。)」
俺だって少女の何倍も悪いことをしてきた。
窃盗、殺人、詐欺、恐喝、横領、偽装、放火…。
今更罪の意識が変わるわけでもないのに、何故か少女の罪を垣間見て、少女の性格まで紐解いてしまっている自分がいた。
カロル「だからユーリが湖に飛び込んだんだ…‼︎」
リタ「いや、だからって飛び込んだらどっちも助からないでしょーが!何で飛び込んだのよ、あいつ‼︎」
動揺している奴らを見て俺は再び意識を戻して、高揚する心をそのままにした。
───アァ…、血ガ欲シイナァ?
身体の中から湧き上がってくる衝動や欲求に逆らえず、俺はそのまま武器を持って奴らを見据えた。
「(帰リタイ筈ナノニ、何故、俺ハ血ヲ求メテルンダ…?)」
…いや、違う。
これこそ俺だ。
こいつらを血祭りにあげて、その血を舐め尽くすまで止められない。
帰るなんて、可笑しな話だ…‼︎
「さあ‼︎かかって来なっ‼︎⁉︎」
ヴィスキント「───罪人如きが。」
次の瞬間、俺は倒れていた。
ナンデ…?
ナンデ、倒れてルンダ…?
俺は、帰るために罪人を湖に…。
いや、血を求めて…?
俺は、一体、誰なんだ…?
───血塗れの男は、そのまま呼吸を止めた。