第1界層 〜変幻自在なる翻弄の海〜
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__?日目、昼
メルクは意識が戻ると、辺りを見渡した。
ここは、まだ船の中の様だ。
そしてその部屋は自分に充てられた部屋の様で、ベッドからわざわざ降りなくとも自分の荷物が見えた。
体をむくりと起こすと、部屋の中にはメルク以外居らず、船内も何だか静寂に包まれている。
『(そういえば私、首を噛まれて……。)』
噛まれた場所に触れてみると、そこにあったのは皮膚ではなく包帯のような物が巻かれている事が分かる。
それに触っても、痛みも全く感じなかった。
あんなに激しく噛まれたら傷痕くらい残っても良さそうなのに、痛みがないということは意外と傷は浅かったのかもしれない。
疑問はまだまだ残る。
今日は何日目なのか、そして他の人たちはどこに行ったのか。
あの男の人は幻覚症状から解き放たれただろうか、などメルクの心配は尽きそうにない。
ここにじっとして居ては何も解消されないので、扉の外へと出ると漸く甲板の方が賑やかだという事に気付いた。
それはどことなく恐怖や、怒号が飛び交っている様な気がしてメルクはハッとして息を止めた。
もしかして、皆は魔物と戦っている最中なのでは?
という事は、今この船は魔物に襲われているか、それとも第1界層の主との戦いを繰り広げているか。
手に短杖を持ち、扉近くまで行くとメルクはそっと外の様子を伺った。
「パティ!大丈夫か!」
「これしき、大丈夫なのじゃ!!」
えっと、
どういう状況下かと言うと……
先ずは、パティが魔物の触手に捕まり海に引きづり下ろされかけていて、それをユーリ達が阻止しようとしているけども、別の所ではカロルが別の魔物に捕まり海の中へと道連れにされそうになっている……と言った状況だ。
あまりにも悲惨な状態だったので、僅かに後退した足を元に戻し、援護するために扉を開け放つ。
「メルクさんっ!?」
あの部屋に引きこもっていたはずの3人も甲板に居て安心した。
『•*¨*•.¸¸♬︎.・*’’*・.♬』
急に綺麗な旋律が聞こえてきて、ユーリ達は怪訝な顔でその音を辿る。
喉に包帯を巻き、いかにも重症そうなメルクが、起きて甲板まで来ていた事に気付いたユーリは大声で叫ぶ。
「メルクっ!中に入ってろ!!」
『•*¨*•.¸¸♬︎.・*’’*・.♬』
短杖を指揮棒のように持ち、目を閉じながら歌うその姿はまるで歌姫のようだ。
早く何とかしないといけない状態なのに、少しの間耳を澄ませてしまうのは魔物も同じらしく、その動きを止めて居た。
すると、どこからともなく魔物の下から荊が出現し、パティとカロルを捕まえ海に引きずり込もうとしていた魔物達を勢いよく拘束した。
その拘束の反動で囚われていたパティ達が脱げ出すことに成功する。
「!! あの技…!メルクの術よ!!」
リタが気付いた様子でメルクを見る。
一見術式など展開していないにも関わらず、術が発動されたのだ。
それに通常の魔術であれば詠唱後は硬直時間があるのは、魔術を日常的に扱うリタだからこそ痛いくらいに分かっている。しかし、今のメルクにはそのような様子は一切無かった。
「何が何だか分かんねえが、お前さんら!今のうちだぞ!!」
レイヴンがユーリ達に向き直り、喝を入れる。
魔物と向き合い、一斉に攻撃を仕掛けるユーリ達。
そして心を込めて歌い続け、次々と術を発動させるメルク。
その術は攻撃だけでなく、支援系の術まで使われていて知らず知らずのうちにユーリ達にはバフが掛けられている状態だった。
だからか、いつもよりも身体が軽く、いつもよりも足がよく動く。
勝機を見出したユーリ達は一気に魔物を蹴散らし、漸く倒す事に成功する。
長時間の戦闘も相まって、疲労が溜まった各々がその場に
しかし、戦闘が終わっているにも関わらずメルクは未だに短杖を振るい、目を閉じ歌っている。
「あー…勝利の歌って感じで……体に染み渡るぅ……」
「だな。…メルク、もう戦闘は終わったぞ。」
すると皆の体が輝きだしその身に受けた傷がみるみるうちに治っていく。
リタが驚いたように声を呆然と出す。
「一般人でこんなにも才能に溢れた術者がいたなんて……信じられない…。それに…この回復量……尋常じゃないわ…」
「気持ちいいですね……」
「…逆にこんなに強い術を使って、メルクは大丈夫なの?その内倒れるんじゃない?」
リタのその物騒な言葉に全員がメルクを止めに入る。
止めに入ったカロル達が慌てた様子だったので、ようやく歌をやめ短杖を下ろすメルク。
ゆっくりと目を開けるとそこには無事な姿の皆が居て、自然と笑顔になった。
『ご無事で何よりです、皆さん。』
「ご無事で何よりです、は良いんだが…もう少し自分の身の方を心配して貰えませんかねー?」
唇を尖らせ、皮肉った声音で言葉を発するユーリにメルクが笑いながら謝る。
『起きたら部屋に誰も居なくて、様子を見にここに来たら大変な状態だったの。微力ながらお手伝いさせて貰ったけど…大丈夫だったかしら?』
ふふ、と笑うメルクにリタが一番に反応した。
「あんたのその術の使い方、前からなの?」
『うーん…、そうね…?魔導器時代からやってたわね?』
「ふーん…。ちょっと後で色々と聞かせてもらおうじゃないの。まぁ、今はどっかの誰かさんが話があるようだし。」
「それは誰の事だ?リタ」
「自分の胸に聞いてみたら?」
ユーリへと呆れた視線を向けるリタに、ユーリが一度大きく溜息を吐いた。
メルクを見て、特に怪我はなさそうなのを確認したユーリは、メルクへと声を掛ける。
「喉は大丈夫なのか?」
『まだ見てはいないけど、痛みもないし大丈夫よ?ほら、この通り。』
その場でくるりとターンをして見せるメルクに全員が溜息を吐き、同じ事を思っただろう。
〝そこは確認してから戦闘に入って欲しかったな……〟__と。
「あの……」
恐る恐る声を掛ける男の人。
その人は以前幻覚症状に苛まれ、メルクの首を噛んでしまった人だった。
言いづらそうにしたものの、メルクの前まで来ると思いっきり頭を下げた。
「すみませんでしたっ!!俺、まさか女性の首に噛み付くなんて思ってなくって…!」
急に謝られたことに驚いた様子のメルクだったが、再びその顔に笑顔を灯し、男性の頬にそっと触れる。
『顔を上げてください。貴方は何一つ悪い事はしていないのですから。』
「でも、首が…」
『予期せぬ幻覚症状は、本人が一番苦しいのは私も研究で把握済みです。よく、耐えられましたね?頑張りましたね。』
ようやく顔を上げた男の瞳は涙を貯めていて、膝から頽れるとメルクに抱き着き泣いてしまった。
まるで子供をあやす様に背中に手を回し、優しく摩るメルクに他の男2人もメルクに抱きついて泣き出す始末。
「おいおい…。大の大人3人が、か弱い女性1人に抱き着いて泣くんじゃねぇよ……」
呆れた眼差しでユーリ達が男に視線を送る。
しかし彼らはそれどころじゃないようで、泣くのに必死だ。
『あらあら、まあ。』
そんなユーリ達をメルクも笑って見遣る。
でも、これで仲良くなれたのかもしれない。
『今度からは一緒にご飯、食べてくれますか?』
優しく問うメルクに男3人は大きく頷いた。
それに本当に嬉しそうにはにかんだメルクに、ユーリ達も困った顔で溜息を吐く。
お人好しはどこかの誰かさん以上かもしれないな、そう思いながら。