第6界層 〜蛙鳴蝉噪なる罪過の湖〜
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そのまま誘拐された私は、帝都へ連れて来られた。
朝日が昇りきる前に城に戻った男はニタニタと卑しく笑いながら城の門を潜る。
それを呆然と見つめていれば、私たちの目の前に教祖姿のヴィスキント様が現れた。
ヴィスキント「今回は流石に手こずっていましたね…。そんなに彼らのアジトは断崖絶壁にありましたか?」
「あぁ、断崖絶壁も断崖絶壁!まさかウェケア大陸に逃げ込んでいるたぁ、驚いたぜ?」
ヴィスキント「……なるほど。だから見つからなかったのか…。」
「それに、もう逃げられない様お姫サマを壊しといたぜ?」
ヴィスキント「…どういうことですか。私はそこまで頼んでいませんよ。」
「けへへ。ただお姫サマに言ってやっただけさ。"お前の居場所は何処だ"ってなぁ?」
ヴィスキント「…はぁ。もういいです。……これが報酬です。」
そう言って大金を投げ渡すと男は舌なめずりをしながら少女を見る。
そして名残惜しそうにヴィスキントへと少女を渡した。
「じゃあな?お姫サマ。また攫って欲しいときは呼んでくれよな?」
去り際にそう言い残して男は軽快に去っていった。
心配そうに少女を見れば、何処か虚ろに何かを見ている。
「やってくれたな…」と去っていった男を睨みつけ、ヴィスキントは少女と共にそっと城へと戻って行く。
まずは少女を縛っている物を取らなければならないだろう。
城の中の一室へと入り込み、ソファに少女を横たわらせた後ナイフで少女を縛るものを切り落とす。
そして口轡を外してやるが、少女は逃げる様子がない。
それどころか、ヴィスキントの服をキュッと握ったではないか。
ヴィスキント「……大丈夫か?」
『……。』
ヴィスキント「…。」
黙ったまま服を掴む少女に頭を悩ませるヴィスキント。
年頃の少女の謎の行動に、どうしてやればいいか思い付かないまま頭をガシガシと掻き、少女の頭に手を置いた。
そのままわしゃわしゃと撫でてやれば、ようやく少女は俯かせていた頭を上げヴィスキントの瞳を見た。
…その顔は泣き疲れたような顔をしていた為、ヴィスキントは努めて優しく言葉にする。
ヴィスキント「…暫く寝ていろ。疲れてきった顔をしているぞ。」
『……はい。ありがとう、ございます…。』
そのまま少女は椅子に座った状態で寝ようとするので、ヴィスキントは少女を浮かし、長椅子に寝かしつける。
すぐ寝息を立てた少女を見てヴィスキントは大きなため息を吐いた。
そのままヴィスキントは部屋に鍵をかけ、その場を去る。
まだまだ彼にはやらなければならない仕事がたくさんあるのだから。
*:..。o+◆+o。..:**:..。o+◇+o。..:**:..。o+◆+o。..:*
目を開けると城の中の一室に居た。
そういえばヴィスキント様が寝ていい、って言ってくれていたのでそのまま寝てしまったのだった。
心に傷を負ったまま、私は冷静に部屋を見渡す。
流石城だけあって一室一室が大きい…。
『もう、戻れないんですね…。いえ、戻ってはいけないのです…。戻っては…。』
初めから分かっていたことだ。
どちらにせよ、彼らと一緒に居られないと分かった時点でこうすべきだったのだ。
そう開き直ろうとしたが、昨日のパーティでの皆の様子を思い浮かべてしまい再び泣きそうになる。
駄目だ、泣いてばかりでは。
こうなったら、一人で〈
『…全て終わるのです…。願いさえ、叶えてしまえば…。』
命と引き換えにその者の願いを叶える存在―――それが神子である。
〈
その為に今、〈
……そう、私には皆と居るという願いは、過ぎた願いなのだから。
リコリス「おっじゃましま~す!」
ドカンと大きな音を立て扉が開かれる。
そこには偽物の神子であるリコリスさんが佇んでいた。
そしてリコリスさんがこちらに気付いて、走ってこちらへと寄ってくる。
あまりにも勢いが良すぎて僅かに後退してしまったが、それを気にした様子もなく目の前の女性は笑顔で話しかけてくれた。
リコリス「暫く私が貴女のお世話をすることになりました~♪改めましてリコリスです!」
『え、っと…。ご丁寧にありがとうございます…。メルク・アルストロメリアと申します…。』
リコリス「ええ!知ってるわ~!本物の神子様!」
『は、はい…。』
リコリス「そんなに怯えないで?何も取って食おうとしてんじゃないんだから~。」
ふんふん、と踊りながらそう話す女性は見た目からして若そうだし、ノリも若い者のそれだ。
…ただ雰囲気と見た目のギャップはすごいものがある。
神子服を着こなす女性は、一見すると清楚に見える。
しかし口を開けば、まるで若者の女性である。
リコリス「何か困ったことない?私に何でも言ってね?」
『は、はい…。今のところ、ないです…ね。』
リコリス「そう?」
リコリスさんは私の顔を覗き見て、笑顔を見せる。
その笑顔に少しだけ安心した私は、少しだけ肩の力を抜いた。
……悪い人ではなさそうだ。
リコリス「さ~て、まずは食事にしない?何でも作ってくれるわよ?」
『そういえば、誰がここの管理を…?』
城を奪って何をしようというのか。
リコリス「管理自体はヴィスキント様がやってるけど、信徒たちを焚きつけたりする役目はアビゴール様がやっておられるわね~?さすが、ギルドマスターよね♪あっという間に信徒たちを集めて、信仰心を不動のものにしたんだから~。」
『アビゴール様…。』
リコリス「ん?会いたい?でも今は難しいかもね?今は信徒たちの相手で忙しいだろうし…。」
会いたいといえば、会いたいのだが…会いたくないと言えば会いたくない。
あの方の願いを聞いても私は、アビゴール様の願いを叶えたいと思えるだろうか…?
リコリス「今度、決起集会があるのよ。名目はこうよ?"神子の体を治すために薬師様が〈
『っ、』
確かにそれなら信徒たちの士気も上がるし、何より願いを叶えるために〈
私が不在でも、何の疑問も持たず信徒たちは安心出来る、というのが目的なのだろう。
リコリス「メルクちゃんはこれから定期的に私の傍で信徒たちの視線を掻っ攫うのよ~?だから、不定期に行われる集会にも参加してもらわないといけなくなるの。大丈夫?」
『…わかり、ました。』
リコリス「大丈夫、緊張しないで?私の傍に居てくれるだけでいいから♪」
『…はい。』
あぁ、これでもう逃げられない。
違う―――これでもう皆を不幸にすることもないんだ。
そう思えば、多少心が軽くなる気がした。
*:..。o+◆+o。..:**:..。o+◇+o。..:**:..。o+◆+o。..:*
その日を境に私は神子様専属の薬師として、信徒たちに紹介された。
じっと静かに神子様の後ろをついていく私を信徒たちは、何の疑いもなく迎え入れてくれる。
たまに薬の事を聞かれるのでそれに応えてあげれば、本物の薬師だと信徒たちへの噂はすぐに広がっていった。
そして私は信徒たちの中で"神子様の専属薬師であり、優秀な薬師様"という位置づけが成された。
「神子様~!」
「薬師様、今日もお美しい!!」
「薬師様!今日も神子様のために頑張って下され!!」
不定期の集会の後、そうやって声を掛けらる事も多くなり、私は昔のように笑顔で相手をすることに成功していた。
心の傷はなかなか癒えてはくれないけど…これも皆の為なのだから。
そう、毎日言い聞かせていた。
リコリス「メルクちゃ~ん!今日はとある村に行ってお祈りをささげるわよ~?」
『とある村ですか?』
リコリス「なんか疫病が流行ってるらしいのよ。それで信徒たちが「神子様、治して下され~」っていうから行かないといけなくなったのよ~♪」
『…大丈夫なのですか…?疫病といえば死に至る病気を想像しますが…。』
リコリス「多分だけど、メルクちゃんが治せるような病気じゃないかって、ヴィスキント様は踏んでたわよ?」
『ヴィスキント様が…?』
あれからあまり会っていない人の名前が出てきて、思わず目を丸くする。
幾ら薬師と言えど、人の病気を治すほどの知識は持ち合わせてはいない…のだが…。
リコリス「あと、ヴィスキント様から伝言よ~?霊薬アムリタを作りに行くから準備をしろ、だって?」
『…あぁ、なるほど。その手がありますね…?』
確かに、霊薬アムリタであればどんな状態異常もたちどころに治してしまうだろう。
それを作りに行って疫病を治そうという魂胆だ。
更に信徒たちの信仰心を確固たるものにするために。
『(流石ヴィスキント様…。よく考えていらっしゃる…。)』
こうして私はヴィスキント様と二人で霊薬アムリタを作りに来た。
あの後、誰かが手入れしてくれていたのか、月下美人がそのまま咲き誇っていた。
満月の夜に私たちは植物園に入り、そして霊薬アムリタ生成のために扉を閉めた。
ドーム状の天上を開いて月があるのを確認した私は、ヴィスキント様に大きく頷く。
ヴィスキント「くれぐれも無理はするな。これはギルドマスターからの命令だ。」
『はい。ヴィスキント様。』
私は月が真上に来たタイミングで月下美人の一つを手折る。
そして、それを月へと掲げた。
『♩*。♫.°♪*。♬꙳♩*。♫◍♫*✲*。 ♪♬+゚•*¨*•.¸¸♪✧』
ヴィスキント「(これが霊薬アムリタの正体か…。……これは、美しいな。)」
ヴィスキントが感嘆するのも無理はない。
何故ならその少女の背中には七色に輝く妖精の羽があり、そして月明かりに照らされ、月下美人から滴り落ちる密雨で輝いているのだから。
そっとその霊薬を掬い取れば、何故か体が軽くなっていく。
それにほう、と息を吐き一息ついた彼だったが、すぐに霊薬を器へと入れていく。
そしてそれを軽く振ると、それに合わせ霊薬が輝いていた。
それに相まって少女の歌も美しく辺りに響く。
これが美しくなくて何だというのだ。
ヴィスキント「……。」
暫しの休暇を手に入れたヴィスキントは、少女の歌を目を閉じて静かに聞き入る。
惹きこまれるその歌は、かつて自分たちがギルドホーム襲撃されたあの事件で聞いた歌を彷彿とさせた。
あれはまだヴィスキントが18のころの話だ。
アビゴールが―――"アル"がまだ輝いていたあの頃の時代の話だ…。
今は腐ってしまった奴だが、昔は相当キレのある頭脳の持ち主でギルド〈白夜〉のギルドマスターだった。
他のギルドのメンバーを従え、輝いていたあの頃…。
ヴィスキント「(……感傷に浸り過ぎだ。今更戻っても来ない過去を振り返ってどうする…。)」
結局そのギルドも、とある奴らによって失くしてしまった。
大切なギルドのメンバーも…、大切だったギルドホームも。
ヴィスキント「(だからこそ、あいつは望むのだろう。世界の破壊を。)」
こんな世の中腐っている。
そう言って俺たちは今日までやってきた。
あいつの望む願いはきっとこの世界を破壊することなのだろう。
地位や名誉なんてあいつは興味がないのだから。
それでも違うというなら、あいつは……何を望むのだろう?
『…ヴィスキント様?』
不安そうに見上げていた少女を見て、ふと我に返る。
あぁ、本当に感傷に浸り過ぎた。
『これで村の分は取れましたから大丈夫ですよ?……少しでも休憩出来ましたか?』
ヴィスキント「あぁ。」
心優しい少女の事だ。
少しでも自分に休んで欲しいと思っていることは見え見えだった。
常に何かの仕事に就いているのを知っている少女だからこそ、そういった心配をしていたに違いない。
頭を撫でてやりその場をやり過ごしたヴィスキントは帰路に就こうとする。
しかし少女が自分の服を掴んだことで、その足を止めざるを得なくなってしまう。
何だ、と振り返れば少女は困った顔をしてためらいがちに呟いた。
『…もう少し、居ませんか?』
それはいつだったかも頼まれたこと。
これで3回目ではないだろうか?それとももっとあっただろうか?
悩むことも億劫だったヴィスキントは、腕を組み少女を見下ろした。
ヴィスキント「……少しだけだぞ。」
決まってそう言ってやれば、少女は嬉しそうに顔を綻ばせそして何も言わずに目を閉じて感傷に浸る様に黙るのだ。
それを見届けたヴィスキントもまた、目を閉じて暫しの休憩をとる。
しかし、そのヴィスキントの耳に僅かに届いた音があった。
…コツ
それは扉付近からしており、咄嗟に武器を構えたヴィスキントに少女は目を開けそのまま瑠璃色の瞳を大きく覗かせた。
ヴィスキント「…下がっていろ。敵だ。」
『…!』
するとヴィスキントの声を皮切りに扉が開け放たれる。
そこに居たのは、何処にでもいそうなチンピラ集団だった。
「そこの女を渡しな!!」
「霊薬をつくれるなんぞ、価値のある女だ!!!」
『っ、』
ヴィスキント「たかだかコソ泥風情が…。良い気になるなよ。」
ヴィスキントは武器を閃かせる。
するとあっという間にチンピラ共は地面に伏してしまった。
ヴィスキント「…ケガはないか?」
『は、はい…!』
ヴィスキント「全く…。泥棒ならもっとコソコソとしていればいいものを…。なんだってあんなに堂々と入ってくるんだ…。阿呆か。」
思わず愚痴ってしまえば、後ろから少女の笑う声が聞こえる。
それに目を僅かに見開き、後ろを振り返れば少女はおかしそうに笑っていた。
ヴィスキント「(あれから大分経つからな…。ようやくその笑顔も戻ってきたか…。)」
少女に"アレ"を伝達するなら今がいいかもしれない。
ヴィスキント「…霊薬アムリタを村に寄贈し、神子としての信仰を集めた後。お前は〈
『…!』
ヴィスキント「安心しろ。その時は俺も一緒に行くことになる。」
『…ヴィスキント様も、ですか?』
ヴィスキント「あそこは少々厄介でな…。お前一人では絶対に通過できない。そこで俺が付き添う事になった。教祖と薬師が神子の体を治すために〈
『次は、確か…第6界層でしたよね…?薬草のようなものがあるんですか?』
ヴィスキント「阿呆。表向きだけだ。実際はお前を踏破させるのが目的なだけだ。……徐々にアビゴールも〈
まぁ、この事を思いついたのはアビゴール本人だが。
ちらりと見た少女は不安そうな顔をしていた。
流石に階級も上がってきたために不安になってしまっているのだろう。
上に行けば行くほど、強く、攻略が難しくなっていくのだから。
『因みに、一つ疑問良いですか?』
ヴィスキント「何だ。」
『ヴィスキント様がお強いのは知っていますが…一番どの界層が難しかったですか?』
ヴィスキント「あぁ、そういう質問か。なら一択だな。第9界層だ。」
『第9界層はまだ未踏破のはずですが…?』
ヴィスキント「とっくの前に終わらせた…。しかしあそこは……。」
嫌そうに顔を歪めさせたヴィスキントを物珍しそうに少女が見遣る。
一体なんだろう、と気にならない訳ではなかったので普通に質問をすれば、彼も素直に答えてくれる。
ヴィスキント「第9界層は火山地帯だ。名前をあげるなら~燕巣幕上(えんそうばくじょう)の猛煙な火山地帯~だな。あそこは暑い…。熱いのは苦手だ…。」
『…こういうのもなんですが…意外、です。』
ヴィスキント「そうか?」
『ヴィスキント様は何でも卒なくこなされる方ですし、そういった暑さ寒さも大丈夫なのかと…。』
ヴィスキント「……お前は俺の事を何だと思っているんだ…。一応人間なんだが?」
『す、すみません…!あまりにもとんとんと仕事をなされるので…思わず…。』
まぁ、褒められて悪い気はしない。
照れ隠しに頭を撫でてやれば嬉しそうに微笑む少女に自分も無意識に笑っていた。
…とことん自分はこの少女に甘くなってるらしい。
そう思う位には少女を気にかけていることに改めて気付いたのだった。