金鳥玉兎伝
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「う……。え……?」
目を覚ますと辺り一面、むせかえる程の酷い鉄の匂いと辺り一面血に濡れた地面がどこまでも続いていそうな血の海が広がり、そこには、豊臣軍の兵、敵軍の兵士の骸が数多と横たわっている。
視界から。嗅覚から。嫌でも入ってくる惨状は頭を鈍器で殴られた様な痛みが襲った。息をすれば口腔を鉄の匂いが私を支配し自分の体なのにまともに身動きが取れず、くたりと力無くその場に座り込む。
……何故。何故こんな事になってしまたのだろう。
思い出せない……。
思い出そうとすれば更に頭の痛みが増し、邪魔をする。こんな事になったのには思い出さなければならないのに。
「くっ……!」
兄上や秀吉様、三成、吉継殿は無事なのか。その一心だけで自分の体を無理矢理鞭打って動かす。よろよろとした足取りは重いがそれでも足は止めない。確かめるまでは、と。その時何かに躓いて転んでしまう。ふと、躓いた何かに目を見遣るとそれは無事を願って求めていた大切な人達の無惨な死体。
嘘だ。嫌だ。どうして……!!
-お前が非力で無力だからだ-
-だから死んだんだ-
-お前が……!
-死ねばよかったのに……!!
-お前が……琴葉がっ……!!
「……琴葉様!!」
「え?」
「……!!琴葉様!!目を覚まされたのですね、……よかった。」
「……三、成?……私……!!」
三成の声ではっと我に返る。そこには生きている三成達が確かに居る。琴葉は不思議に思った。だが、胸のざわつきは一向に残る。何故かほっとして胸を撫で下ろせない。その為か表情が強ばっていたのだろう、それを心配して吉継が落ち着かせる様にとつとつと説明してくれる。
「……ふむ。気が動転しているのだな。どれ……我が説明しよう。琴葉は先の断末魔の悲鳴を聞き我らは主の後に続いてここまで駆け付けた、……そこまでは記憶にあろう。だが、いきなり主は倒れる様に気を失ったのよ。」
(倒れた……?では先程の光景は何だったのでしょう。夢……?)
「……ま。……様!!……琴葉様!!」
「……!?」
「……先程から様子がおかしいようです。どこか具合が悪いのでは?」
(いけない。心配させてしまったみたい。)
「いいえ、大丈夫です。少し……考え事をしていて。すみません。」
慌てて心配する三成達に申し訳なく謝ると立ち上がり悲鳴が聞こえた場所に一行は再び向かう。
道中、骸が転がっていた。それは乱世で戦場なのだから不思議ではないが明らかに違和感を感じた。これはまるで悪夢と同じ様な気がしたからだ。
自然と暗くなる顔……。
琴葉は一抹の不安と嫌な予感を抱えて走る。そして、そこには豊臣軍の兵士が一人ぽつんと佇んで居た。
「…………」
兵士は俯いて黙っている。瞳は虚ろで光がない。体に黒いモヤを纏いまるで生気が感じられない。
「黒いモヤを纏っている……?まさか。」
あの日、ねねの骸に花を手向けようと途中でぶつかった人物も黒いモヤを纏い、幼かった琴葉に突然襲い掛かった事が思い出される。
「あれは一体何だ?得体の知れない尋常さが見て取れる。人なのか……?」
吉継が目を細めて怪訝そうに黒いモヤを纏った人物を見遣る。琴葉は首を横に振る。
「分かりません。ですが。私が幼き頃、襲われた記憶があります。」
「……琴葉様、それは誠ですか!!」
「えぇ。……ただ、そのときは運良くあるお方に救われました。まさか、また遭遇するとは。私も戦います!」
「いいえ、なりません。相手は秀吉様の兵士ですが琴葉様を傷付けようとするかも知れません。……おい。貴様。私がが相手だ!」
「三成よ。敵は普通ではない、そう急くな。しかし。……琴葉は我の大事な友。それを傷付けようものなら我らが相手をしよう……。」
三成と吉継が殺気を纏いそれぞれの獲物を構え黒いモヤを纏った兵士と対峙する。
始めに動いたのは黒いモヤを纏う兵士。獣の如く咆哮をあげると同時に到底有り得ない高さまで跳躍すると長く鋭い爪を琴葉に向けて襲い掛かる。三成はそうはさせまいと前に出て刀で攻撃を受け止めるが相手の想像を越える力に吹き飛ばされて体を強かに打ち付けてしまった。
「かはっ……!」
「三成……!!」
「……っ、ふん。馬鹿力だな。」
刀を地面に突き刺し支えにしてゆるゆると体を起こすと三成は刀を握り直し構えると真っ直ぐに黒いモヤを纏う人物に殺気を込めた視線を向ける。
「刑部。やるぞ。あいつを消す。」
「あい、わかった。」
三成と吉継は息の合った掛け合いをみせる。そして再び、黒いモヤを纏う兵士に三成が攻撃を仕掛け、吉継が後方から数珠を飛ばす。
「ギャアァァァ……」
兵士は断末魔をあげ倒れた……かに思えた。何と、むくりと起き上がり復活したのだ。
「ちっ……。不死身なのか。どういう事だ。」
「……!?禍々しい気配……!!上か……!!」
吉継は感じ取った気配のする上空に向けて数珠を飛ばす。すると、ひびが入りそこから朧げに人型が見える。徐々にはっきりとしていく姿は不自然に頭から二本の長い角が生え、端正な容姿に色白で長身な男は漆黒の黒い瞳に艶のある美しい長い髪を腰まで伸ばし身に纏う黒い着物は紅い彼岸花がほどこされ血の様に真っ赤な羽織を羽織っている。
「何者です!何故、豊臣の兵士があのような事に!数多と道中に転がる骸は……!!あれは……!!」
ドクンドクン。
まさかが真実だと考えてしまい恐ろしくなり心臓がうるさい。
「だとしたら……?」
「……っ!!」
案の定、嫌な予感は当たってしまった。血の気がさっと引くのが分かった。
「どうした。顔色が悪いぞ?……あぁ。"そなたは昔から"優しいから、部下が敵味方無差別に殺生を働いた事に心を痛めているのだろう?」
「貴様!!それ以上、琴葉様を傷付ける言動、私が許さない!!」
琴葉を庇う様に立ち塞がり刀の切先を男に突き付ける三成。
「非力な人間に話し掛けた覚えはないが?」
男は鬱陶しそうに眉をひそめ三成と吉継を睨み付ける。
「その胸を貫かれて……死ね。」
酷く冷たい氷の如し声音で呟く。三成と吉継の胸は男の言葉通りに貫かれ為す術無く無言で膝から崩れ倒れる。やがて地面が二人の鮮血で染められていく。
「……三成!!……吉継殿!!」
三成と吉継の体を揺する。返事はない。かわりに鮮血がとめどなく溢れる。
「……嘘。本当だったの……?」
目眩がした。眼前に広がるは三成と吉継の血で染められた凄惨な光景。
「……たあいもない。ついでに……見るか?」
残酷に笑いながら男は空間に映像を映し出す。はっと息を呑んだ。そこには、傷付いた半兵衛と秀吉がいた。
「……兄上!!……秀吉様!!」
「無駄だ。声は聴こえん。黙って見ていろ。」
ニヤリと不敵に笑う男に嫌な胸騒ぎがする。
「……はぁ……はぁ……。半兵衛、大丈夫か?」
「あぁ……。正直、分が悪いかな。倒したと思ったら復活してを繰り返す。……全く。きりがないね。……ゲホッ……!」
「……!!無理はするな、半兵衛。」
「……!?……秀吉!!……危ないっ!!」
「ガアアアッ!!」
「兄上---っ」
目の前で秀吉を庇い半兵衛は鋭い爪の餌食となり倒れた。
「騒ぐな、次はあの巨体の男の番だ。」
半兵衛が餌食になった鋭い爪に胸を貫かれる秀吉……何かがプツンと切れた音がした……
「余りの絶望に声も出ぬか。」
「……。」
「フッ……そなたの大切な者は全て消したぞ。諦めるのだな。」
酷薄に笑う男に次の瞬間、目にも止まらぬ速さで抜刀すると琴葉は男目掛け切り込んだ。
「……ほぅ。抵抗するか。だが--無駄だな。」
「!?」
琴葉の攻撃を男は片手で簡単に受け流した。傷ひとつも付いていない。すると男は琴葉の右手首を掴み、空いている手で手刀を打ち込み刀を落とした。だが尚も諦めない琴葉は掴まれた手首をせめてもの抵抗で振りほどこうとするが力の差は歴然。叶わず、逆に距離を詰められてしまう。眉尻を釣り上げ睨み付けるしか出来ない。その態度に男は愉快そうに笑ったかと思えば更に距離を詰め体が密着し男の美しい顔が近い。
「"昔"からの付き合いで唯一愛したそなただからこそ我は無礼を許し、今この瞬間も話している。」
さっき残酷な所業をした人物とはうってかわって、うっとりとした表情で琴葉を見つめる男。だが、当の本人である琴葉には全く覚えがない。ただ、素知らぬ男に突然、愛していると言われても恐ろしい。そして態度と言い言動からは何と横柄で最悪なのだろう。
「すみませんが、何をおっしゃっているのか私には分かりません。」
男はうっとりとした表情を一変させ驚愕していた。
その瞬間、掴まれた手首にかかる力が弱まった。その一瞬を逃さず、ぱっと振りほどきすかざず後ろへ軽やかに跳び距離を取る。
この男は危険だ。頭が、体が警鐘を鳴らす。
「本当に我を知らないと?」
「!!」
地を這う様な低い声音に思わずおののく。幾度の戦を経験したがこんな事は初めてな出来事。体がまるで金縛りにあったかの様に動かない。只者でない。頭が、体が警鐘を鳴らしながら告げる。
「案ずるな……殺しはせぬ。我の側で共に過ごせば思い出すはず……」
何故か男は琴葉に異常な執着と執心を見せる。不思議と冷静に分析していた。が、しかし。相変わらずこの男には戸惑い困るしかない。
「気の毒ですが、私は貴方を本当に知らないのです。貴方は私の大切な人を無理矢理、力で奪った。私がそんな方の側に居られると本気で思っているのならそれは間違いです。……どうかしている。」
毅然として言い放つ。だが男は高らかに笑った。
「……どうかしている?あぁ、そうだ。我は狂っている。そなたを求める余りにな!さぁ……。邪魔な輩は消え去った。琴葉。そなたは我から逃げられはしないのだ……」
再び、男が近寄って来る。一歩、また一歩……。だが、琴葉は押し黙るばかりで逃げる素振りも見せない。男はニヤリと笑う。
(舐められたものですね。)
逃げない事をいい事に男が笑ったのを見て静かに怒りが湧いた。
ゆっくり近付いてくる男は腕を広げ抱き締めようとする仕草をしている。
(ここまで無礼な方には無礼で返しましょう。)
ふぅと一息ついた次の瞬間である。
パシンッ---
乾いた音が静かに響く。眉尻と目を吊り上げ口を真一文字に結び渾身の反撃。平手打ちをお見舞いした。
琴葉はすっきりした様ににこりと微笑んでいる。
「あぁ……お陰様ですっきりしました。あらあら。呆然とされて。大丈夫ですか?ふふ。驚いていますね。私だって怒りますよ?だって貴方、嫌がる女性を無視して強引に事を進めようとしたじゃないですか。あ!そうそう!……残念なことに、私の知る大切な人達はあのような言葉を私に向けません。……貴方は私を何らかの方法でどうにかしたかった様ですが簡単にはいきませんでしたね。いえ、いく訳があってたまるか。」
にっこり微笑みながらきっぱり男に告げた琴葉。男は目眩を起こした様に後ずさる様にふらりとよろけた。
「……。……だ」
「……!!」
「……何故だ-----っ!!」
「くっ……」
突然、男は激昂し、叫ぶと琴葉の細い首を片手で締め上げる。足が宙に揺れる。
「苦しいか?……ははっ。何故我を忘れてしまったのだ……。我はそなたが生まれ変わり現れるまで永遠ににも感じる永い時を待っていたのに……。そなたに会いたいが為に、人の負の感情を少しずつ育て、この世を戦乱に溢れる混沌の大地にまでしてようやっと姿形を成したのに……。」
憂い、泣きそうな表情をした男に琴葉は何故か引っ掛かりを覚えた。
「……っ。」
(……もしや。黒いモヤを纏うあれはこの男が言う、負の感情に取り込まれた救いを求める人間だった?だとしたら、十年前のあの日、私を襲った人物も?ですが。この男がした事はしてはいけない事。だけど私が関係している……。私……。私は何者なの……。駄目……これ以上は頭が働かない。息……が持たない……!!)
かすみゆく思考と視界。そして、酸素を求めて口をぱくぱくさせる魚みたいな呼吸もおぼつかなくなって次第に手足に力が入らなくなってきた。
(……ここで終わる訳にはいかない。……悔しい。でも……!今の私には力や強さが足りないんだ。一瞬でもいい。今はこの状況を脱しなければ何も出来ない……!)
絶対絶命の状況の中、挫けず諦めらめない。否、諦めたくなくて力を振り絞って拳を握り、強く願った。
瞬間、膨大な光が琴葉の体から溢れた。光は男を圧倒する程で怯ませるには十分な強い輝きを放っている。
すると。男に生じた一瞬の隙を狙っていた如く、琴葉と男を引き離す様に黒い閃光が走った。
「貴様は……!玉兎……!!」
苦虫を噛み潰したような表情で言い捨てる。
(玉、兎……?)
首を締め上げていた男の手から解放され、一気に酸素が鼻腔や口に流れてくる。ようやく呼吸が出来る様になったが激しく咳込み、むせてしまう。気遣う様に背中を優しくさするのは玉兎と呼ばれた人物だろう。まだ霞む視界で顔を上げると懐かしくて会いたいと焦がれた姿があった。赤みがかかった明るい茶髪に迷彩柄の装束。目元を隠す狐の仮面。間違えもしない、紛れもなく彼だった--。
目を覚ますと辺り一面、むせかえる程の酷い鉄の匂いと辺り一面血に濡れた地面がどこまでも続いていそうな血の海が広がり、そこには、豊臣軍の兵、敵軍の兵士の骸が数多と横たわっている。
視界から。嗅覚から。嫌でも入ってくる惨状は頭を鈍器で殴られた様な痛みが襲った。息をすれば口腔を鉄の匂いが私を支配し自分の体なのにまともに身動きが取れず、くたりと力無くその場に座り込む。
……何故。何故こんな事になってしまたのだろう。
思い出せない……。
思い出そうとすれば更に頭の痛みが増し、邪魔をする。こんな事になったのには思い出さなければならないのに。
「くっ……!」
兄上や秀吉様、三成、吉継殿は無事なのか。その一心だけで自分の体を無理矢理鞭打って動かす。よろよろとした足取りは重いがそれでも足は止めない。確かめるまでは、と。その時何かに躓いて転んでしまう。ふと、躓いた何かに目を見遣るとそれは無事を願って求めていた大切な人達の無惨な死体。
嘘だ。嫌だ。どうして……!!
-お前が非力で無力だからだ-
-だから死んだんだ-
-お前が……!
-死ねばよかったのに……!!
-お前が……琴葉がっ……!!
「……琴葉様!!」
「え?」
「……!!琴葉様!!目を覚まされたのですね、……よかった。」
「……三、成?……私……!!」
三成の声ではっと我に返る。そこには生きている三成達が確かに居る。琴葉は不思議に思った。だが、胸のざわつきは一向に残る。何故かほっとして胸を撫で下ろせない。その為か表情が強ばっていたのだろう、それを心配して吉継が落ち着かせる様にとつとつと説明してくれる。
「……ふむ。気が動転しているのだな。どれ……我が説明しよう。琴葉は先の断末魔の悲鳴を聞き我らは主の後に続いてここまで駆け付けた、……そこまでは記憶にあろう。だが、いきなり主は倒れる様に気を失ったのよ。」
(倒れた……?では先程の光景は何だったのでしょう。夢……?)
「……ま。……様!!……琴葉様!!」
「……!?」
「……先程から様子がおかしいようです。どこか具合が悪いのでは?」
(いけない。心配させてしまったみたい。)
「いいえ、大丈夫です。少し……考え事をしていて。すみません。」
慌てて心配する三成達に申し訳なく謝ると立ち上がり悲鳴が聞こえた場所に一行は再び向かう。
道中、骸が転がっていた。それは乱世で戦場なのだから不思議ではないが明らかに違和感を感じた。これはまるで悪夢と同じ様な気がしたからだ。
自然と暗くなる顔……。
琴葉は一抹の不安と嫌な予感を抱えて走る。そして、そこには豊臣軍の兵士が一人ぽつんと佇んで居た。
「…………」
兵士は俯いて黙っている。瞳は虚ろで光がない。体に黒いモヤを纏いまるで生気が感じられない。
「黒いモヤを纏っている……?まさか。」
あの日、ねねの骸に花を手向けようと途中でぶつかった人物も黒いモヤを纏い、幼かった琴葉に突然襲い掛かった事が思い出される。
「あれは一体何だ?得体の知れない尋常さが見て取れる。人なのか……?」
吉継が目を細めて怪訝そうに黒いモヤを纏った人物を見遣る。琴葉は首を横に振る。
「分かりません。ですが。私が幼き頃、襲われた記憶があります。」
「……琴葉様、それは誠ですか!!」
「えぇ。……ただ、そのときは運良くあるお方に救われました。まさか、また遭遇するとは。私も戦います!」
「いいえ、なりません。相手は秀吉様の兵士ですが琴葉様を傷付けようとするかも知れません。……おい。貴様。私がが相手だ!」
「三成よ。敵は普通ではない、そう急くな。しかし。……琴葉は我の大事な友。それを傷付けようものなら我らが相手をしよう……。」
三成と吉継が殺気を纏いそれぞれの獲物を構え黒いモヤを纏った兵士と対峙する。
始めに動いたのは黒いモヤを纏う兵士。獣の如く咆哮をあげると同時に到底有り得ない高さまで跳躍すると長く鋭い爪を琴葉に向けて襲い掛かる。三成はそうはさせまいと前に出て刀で攻撃を受け止めるが相手の想像を越える力に吹き飛ばされて体を強かに打ち付けてしまった。
「かはっ……!」
「三成……!!」
「……っ、ふん。馬鹿力だな。」
刀を地面に突き刺し支えにしてゆるゆると体を起こすと三成は刀を握り直し構えると真っ直ぐに黒いモヤを纏う人物に殺気を込めた視線を向ける。
「刑部。やるぞ。あいつを消す。」
「あい、わかった。」
三成と吉継は息の合った掛け合いをみせる。そして再び、黒いモヤを纏う兵士に三成が攻撃を仕掛け、吉継が後方から数珠を飛ばす。
「ギャアァァァ……」
兵士は断末魔をあげ倒れた……かに思えた。何と、むくりと起き上がり復活したのだ。
「ちっ……。不死身なのか。どういう事だ。」
「……!?禍々しい気配……!!上か……!!」
吉継は感じ取った気配のする上空に向けて数珠を飛ばす。すると、ひびが入りそこから朧げに人型が見える。徐々にはっきりとしていく姿は不自然に頭から二本の長い角が生え、端正な容姿に色白で長身な男は漆黒の黒い瞳に艶のある美しい長い髪を腰まで伸ばし身に纏う黒い着物は紅い彼岸花がほどこされ血の様に真っ赤な羽織を羽織っている。
「何者です!何故、豊臣の兵士があのような事に!数多と道中に転がる骸は……!!あれは……!!」
ドクンドクン。
まさかが真実だと考えてしまい恐ろしくなり心臓がうるさい。
「だとしたら……?」
「……っ!!」
案の定、嫌な予感は当たってしまった。血の気がさっと引くのが分かった。
「どうした。顔色が悪いぞ?……あぁ。"そなたは昔から"優しいから、部下が敵味方無差別に殺生を働いた事に心を痛めているのだろう?」
「貴様!!それ以上、琴葉様を傷付ける言動、私が許さない!!」
琴葉を庇う様に立ち塞がり刀の切先を男に突き付ける三成。
「非力な人間に話し掛けた覚えはないが?」
男は鬱陶しそうに眉をひそめ三成と吉継を睨み付ける。
「その胸を貫かれて……死ね。」
酷く冷たい氷の如し声音で呟く。三成と吉継の胸は男の言葉通りに貫かれ為す術無く無言で膝から崩れ倒れる。やがて地面が二人の鮮血で染められていく。
「……三成!!……吉継殿!!」
三成と吉継の体を揺する。返事はない。かわりに鮮血がとめどなく溢れる。
「……嘘。本当だったの……?」
目眩がした。眼前に広がるは三成と吉継の血で染められた凄惨な光景。
「……たあいもない。ついでに……見るか?」
残酷に笑いながら男は空間に映像を映し出す。はっと息を呑んだ。そこには、傷付いた半兵衛と秀吉がいた。
「……兄上!!……秀吉様!!」
「無駄だ。声は聴こえん。黙って見ていろ。」
ニヤリと不敵に笑う男に嫌な胸騒ぎがする。
「……はぁ……はぁ……。半兵衛、大丈夫か?」
「あぁ……。正直、分が悪いかな。倒したと思ったら復活してを繰り返す。……全く。きりがないね。……ゲホッ……!」
「……!!無理はするな、半兵衛。」
「……!?……秀吉!!……危ないっ!!」
「ガアアアッ!!」
「兄上---っ」
目の前で秀吉を庇い半兵衛は鋭い爪の餌食となり倒れた。
「騒ぐな、次はあの巨体の男の番だ。」
半兵衛が餌食になった鋭い爪に胸を貫かれる秀吉……何かがプツンと切れた音がした……
「余りの絶望に声も出ぬか。」
「……。」
「フッ……そなたの大切な者は全て消したぞ。諦めるのだな。」
酷薄に笑う男に次の瞬間、目にも止まらぬ速さで抜刀すると琴葉は男目掛け切り込んだ。
「……ほぅ。抵抗するか。だが--無駄だな。」
「!?」
琴葉の攻撃を男は片手で簡単に受け流した。傷ひとつも付いていない。すると男は琴葉の右手首を掴み、空いている手で手刀を打ち込み刀を落とした。だが尚も諦めない琴葉は掴まれた手首をせめてもの抵抗で振りほどこうとするが力の差は歴然。叶わず、逆に距離を詰められてしまう。眉尻を釣り上げ睨み付けるしか出来ない。その態度に男は愉快そうに笑ったかと思えば更に距離を詰め体が密着し男の美しい顔が近い。
「"昔"からの付き合いで唯一愛したそなただからこそ我は無礼を許し、今この瞬間も話している。」
さっき残酷な所業をした人物とはうってかわって、うっとりとした表情で琴葉を見つめる男。だが、当の本人である琴葉には全く覚えがない。ただ、素知らぬ男に突然、愛していると言われても恐ろしい。そして態度と言い言動からは何と横柄で最悪なのだろう。
「すみませんが、何をおっしゃっているのか私には分かりません。」
男はうっとりとした表情を一変させ驚愕していた。
その瞬間、掴まれた手首にかかる力が弱まった。その一瞬を逃さず、ぱっと振りほどきすかざず後ろへ軽やかに跳び距離を取る。
この男は危険だ。頭が、体が警鐘を鳴らす。
「本当に我を知らないと?」
「!!」
地を這う様な低い声音に思わずおののく。幾度の戦を経験したがこんな事は初めてな出来事。体がまるで金縛りにあったかの様に動かない。只者でない。頭が、体が警鐘を鳴らしながら告げる。
「案ずるな……殺しはせぬ。我の側で共に過ごせば思い出すはず……」
何故か男は琴葉に異常な執着と執心を見せる。不思議と冷静に分析していた。が、しかし。相変わらずこの男には戸惑い困るしかない。
「気の毒ですが、私は貴方を本当に知らないのです。貴方は私の大切な人を無理矢理、力で奪った。私がそんな方の側に居られると本気で思っているのならそれは間違いです。……どうかしている。」
毅然として言い放つ。だが男は高らかに笑った。
「……どうかしている?あぁ、そうだ。我は狂っている。そなたを求める余りにな!さぁ……。邪魔な輩は消え去った。琴葉。そなたは我から逃げられはしないのだ……」
再び、男が近寄って来る。一歩、また一歩……。だが、琴葉は押し黙るばかりで逃げる素振りも見せない。男はニヤリと笑う。
(舐められたものですね。)
逃げない事をいい事に男が笑ったのを見て静かに怒りが湧いた。
ゆっくり近付いてくる男は腕を広げ抱き締めようとする仕草をしている。
(ここまで無礼な方には無礼で返しましょう。)
ふぅと一息ついた次の瞬間である。
パシンッ---
乾いた音が静かに響く。眉尻と目を吊り上げ口を真一文字に結び渾身の反撃。平手打ちをお見舞いした。
琴葉はすっきりした様ににこりと微笑んでいる。
「あぁ……お陰様ですっきりしました。あらあら。呆然とされて。大丈夫ですか?ふふ。驚いていますね。私だって怒りますよ?だって貴方、嫌がる女性を無視して強引に事を進めようとしたじゃないですか。あ!そうそう!……残念なことに、私の知る大切な人達はあのような言葉を私に向けません。……貴方は私を何らかの方法でどうにかしたかった様ですが簡単にはいきませんでしたね。いえ、いく訳があってたまるか。」
にっこり微笑みながらきっぱり男に告げた琴葉。男は目眩を起こした様に後ずさる様にふらりとよろけた。
「……。……だ」
「……!!」
「……何故だ-----っ!!」
「くっ……」
突然、男は激昂し、叫ぶと琴葉の細い首を片手で締め上げる。足が宙に揺れる。
「苦しいか?……ははっ。何故我を忘れてしまったのだ……。我はそなたが生まれ変わり現れるまで永遠ににも感じる永い時を待っていたのに……。そなたに会いたいが為に、人の負の感情を少しずつ育て、この世を戦乱に溢れる混沌の大地にまでしてようやっと姿形を成したのに……。」
憂い、泣きそうな表情をした男に琴葉は何故か引っ掛かりを覚えた。
「……っ。」
(……もしや。黒いモヤを纏うあれはこの男が言う、負の感情に取り込まれた救いを求める人間だった?だとしたら、十年前のあの日、私を襲った人物も?ですが。この男がした事はしてはいけない事。だけど私が関係している……。私……。私は何者なの……。駄目……これ以上は頭が働かない。息……が持たない……!!)
かすみゆく思考と視界。そして、酸素を求めて口をぱくぱくさせる魚みたいな呼吸もおぼつかなくなって次第に手足に力が入らなくなってきた。
(……ここで終わる訳にはいかない。……悔しい。でも……!今の私には力や強さが足りないんだ。一瞬でもいい。今はこの状況を脱しなければ何も出来ない……!)
絶対絶命の状況の中、挫けず諦めらめない。否、諦めたくなくて力を振り絞って拳を握り、強く願った。
瞬間、膨大な光が琴葉の体から溢れた。光は男を圧倒する程で怯ませるには十分な強い輝きを放っている。
すると。男に生じた一瞬の隙を狙っていた如く、琴葉と男を引き離す様に黒い閃光が走った。
「貴様は……!玉兎……!!」
苦虫を噛み潰したような表情で言い捨てる。
(玉、兎……?)
首を締め上げていた男の手から解放され、一気に酸素が鼻腔や口に流れてくる。ようやく呼吸が出来る様になったが激しく咳込み、むせてしまう。気遣う様に背中を優しくさするのは玉兎と呼ばれた人物だろう。まだ霞む視界で顔を上げると懐かしくて会いたいと焦がれた姿があった。赤みがかかった明るい茶髪に迷彩柄の装束。目元を隠す狐の仮面。間違えもしない、紛れもなく彼だった--。