輪廻
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女装は大抵の生徒が苦手とする授業課題のひとつである。もちろん僕も例外ではなく、以前の試験でも評価はかろうじて合格といった程度で、とてもじゃないけれど上手いと言えたものではない。
そもそも化粧や小物などといったものは、作法委員や女の子ならその類いのものに慣れているだろうが、普通の男にとっては縁遠いものではないか。それを急にやれと言われても無理があるのは当然だ。忍者として必要な技能ならばもっと懇切丁寧、手取り足取り教えてくれ。
僕は、そんな愚痴を恋人に漏らしていた。
恋人の永藤咲良は同い年のくのたまである。美人でいつも冷静さを欠かないせいで、周りの人間にはどこか素っ気ない女だと思われがちだが、本当はそうではないと僕だけが知っているのだ。確かに彼女はいつも落ち着いているけれど、とても優しく微笑むし、頬を染めたその顔を見られまいと俯くことだって時折ある。その姿のなんて愛らしいことか。
「三郎くんに聞けばいいじゃない」
先ほどまでうんうんと僕の話を聞いていただけの彼女がやっと口を開いた。
「彼、貴方の顔からうまく女の顔を造るじゃない。わざわざあんなことしなくても変装が得意だというのに」
三郎は特別な才能を持っているけれど、それを授業でひけらかそうということはしない。むしろそれをいかに使わず高評価を得るかいつも画策しているし、実際良い成績を収めている。
しかし、彼は少なからず女装用の道具の扱いには慣れているから僕たちと比べるのには土俵が違うように思う。ずっと磨いてきたその才を教えてくれと言っても、なんだか三郎の努力を踏みにじるようで聞くに聞けなかったのだ。
「でも、うん……」
三郎くんに聞けないというなら誰もどうしようもないじゃないとでも言われそうだったから、僕はその気持ちを彼女に伝えるかどうか悩んだ。僕が延々と唸っていると、彼女はある提案をした。
「……なら私が教えて差し上げましょうか、お化粧を」
咲良ちゃんはいつも僕が心の底で期待していることを言わずとも叶えてくれる。決してはぐらかして彼女に教えてもらおうなんて思惑があったわけではなかった。けれど、ほんとうはそう思っていたのかもしれない。
休の日である本日に特別授業をしてくれると約束してくれた彼女は引きずるほど多くの道具をもって僕の部屋へやってきた。あまり詳しくはわからないが、よくよく見ると艶紅にも様々色の違いがあるようだ。
「そうね……貴方にはこっちの方が、いえ、やはりこっちね。今まではなにを使っていたの。選び方を間違えなければ綺麗になれるはずよ、元の顔はいいもの」
咲良ちゃんは集中すると口が増えるらしく、手際よく髪を結い、顔に色々ほどこしながらなにやら呟いている。僕は少しもその内容に集中できずにいた。腕の動きに合わせちらちらと揺れる袖につつましやかな胸元の合わせ。夏の暑さに薄ら汗ばむ彼女の首。何気ないそれらが目に入るだけで、僕の喉は渇いてしまう。つくづく男とは単純な生き物だと自覚した。
しばらくの間じっとしていただけで、「僕」の虚像は消え新しい「私」が生まれていた。後ろから鏡を覗く彼女はたいそう自慢げである。確かにこの出来はとてもいい成績が取れるほどの変容ぶりだ。まるで自分が自分ではないよう。
「まだ若いもの、化粧は薄いほうが自然だわ。髪も全部まとめ上げていたほうが上品で貴方に似合っている」
「ありがとう、咲良ちゃん。本当にためになったし次はうまくできそうな気がする」
彼女は照れくさそうに目を伏せて、いいのよと一言だけ返事をする。どんなに化けても、こんな愛い表情が作れないと男の人を騙すのには無理があるだろうと僕は思った。
「そうだ、なにか君に授業料を渡さないと……何か欲しいものとかあるかな」
覗き込みたずねると、なにかを企んだような笑みを浮かべている。そしてどこから取り出したかわからない外出届を僕に突きつけた。
「では二人でお出かけしましょうよ、雷蔵ちゃん」
僕は計画されていた罠にうっかりはまってしまったようだ。僕に似合いだという小袖が用意されていたし、ご丁寧なことに不敵な笑みを浮かべたいつもの面子によるお見送り付きであった。
「ねえ君ってば僕をはめたの」
「はめただなんて人聞き悪いわよ。ただの偶然。可愛らしい貴女と出かけたかっただけなの」
咲良ちゃんは僕の手を取り、今にも踊りそうなほどに軽い足取りでどんどんと進んでいく。
「ちょっと君へんてこじゃない、どうかしたの。あとそれにこの状態で恋人みたいに指を絡めて手を繋ぐのはおかしいんじゃないかな」
今日の彼女は明らかに冷静さを欠いている。僕も見たことないぐらいに幸せそうで、女子同士を楽しむこの顔を見ることができる彼女の友人が羨ましいと感じてしまう。
「ちっともおかしいことないわ。貴女と私はそういう仲だもの。違うかしら」
ついに鼻歌交じりになりはじめた。確かにそういう仲だけど、君と「私」の今では何か違うような気がしなくもない。
だいぶ進み、もう街のほうまでやってきてしまった。咲良ちゃんはしきりにどこへ行きたいかと聞いてくれるけれど、いつもと違うこの感覚に僕は平静を装うので精一杯である。
二人で簪屋に入り、互いに似合いそうなものを選ぶ。反物を様々見て、今度はこんな柄もいいかもしれないと提案し合う。「女の子らしいように」僕たちは時間を過ごした。
「どうして咲良ちゃんは女装の僕と出かけたかったの。可愛い僕……てのは嘘だよね」
歩き疲れたので、適当な茶屋を見つけ休憩していた。二人で店先に腰掛け、そこで僕は何故連れ出されたのか、本当の理由を問うた。
「どうしてか、ね。貴方、聞いても怒ったりしない」
事の次第ではとも思ったが、聞くまではわからないし、僕はとりあえず首を縦に振る。彼女は深呼吸をして意を決した。
「ほんとうはあの後、貴方の化粧を落としてから街に出ようと思っていたの。だけどね、思っていたよりうまくできて、貴女がとても可愛かったから、人に見せびらかして歩きたかったの」
咲良ちゃんは僕の耳元に唇を寄せて囁いた。まるで女の子同士の秘密の打ち明けあいのようで、僕はひどく動揺してしまう。この鼓動のはやさでは、きっと耳の辺りまで血がのぼっているだろう。
僕だって、いつも彼女を連れて歩きたいし、傍に置きたい。しかし、彼女が今日を共に過ごしたいと思ったのは、実は僕ではない僕だったのだ。「僕」というものは、本当の意味で彼女に愛されているのかもしれないが、どことなく消化しきれない感覚がする。たった今は、羨望というよりかは嫉妬だけが喉元までこみ上げてきた。
気づけば僕は人目もはばからず、彼女に口づけていた。今は仕方ない、なにせ「女同士」なのだから、行き交う人々の視線が僕たちに注がれるけれど、それが段々と深くなる度に通りの騒めきが遠のいていく。
「……なんだかいけないことをしている気分だ」
咲良ちゃんから離れて息を整えると、やっと理性が戻ってきた。彼女の肌は紅く染めあがり、涙を溜めこちらをぼんやりと眺めている。
「君は、咲良ちゃんはきっと、信じてくれるよね。たとえ、僕と君の恋が誰にも許してもらえないものになってしまったとしても、この愛を信じてくれるんだよね」
同性同士の恋愛など禁物だし、あってはならない。けれど、「僕」という概念体の正体がなんであろうと、君と共にありたいと想う心を咲良ちゃんに理解してもらえているというのなら、そして彼女が同じ気持ちならば、世間体など構わないと言ってくれるはずだ。もし身分が天と地の差ほど違ったとしても彼女は囁くはずだ、愛していると。
「……あなたを抱きしめても構わない」
彼女は戸惑うことなく、そう尋ねながら僕を寄せた。
「信じると約束するわ。あなたが好き、愛してる。後世、あなたが男性に生まれようが女性に生まれようが、若しくは殿様に生まれようが農民に生まれようが、私はきっとあなたに巡り逢って、また恋に落ちるの」
夢みるように、また強い意志を込めたように彼女は語る。
「私は日光であり月光。道に迷うあなたをいつでも導くの。迷う人がいなければ、私はなにも照らしていないことになるし、不要な存在。あなたが私を必要とするように私にもあなたがいなければだめなのよ」
咲良ちゃんはやはり「僕」を心から慕ってくれているのだという確証が得られたような気がして、一瞬でも疑心暗鬼になっていた自分が恥ずかしく思える。
「ねえ咲良ちゃん、ごめん、好きだよ。ほんとうは君を困らせたり悩ませたりするようなことを言いたくないのに、君の前では、言葉や感情が勝手に溢れるみたいで、止まれなくなるんだ」
刹那にほどけてしまう蝶々結びのように、僕を抑えるものは脆くて頼りない。それでも、いつも許し受け止めてくれる彼女はどれほどおおらかでなんて愛の深いひとなのだろうか。
咲良ちゃんは赤子をあやすように僕の背中を優しく撫でる。何故彼女は僕を満たすのがこんなにも上手なのだろう。
「困ったりするものですか。不安なら、二人で毎日消しあえばいいの、話してくれて嬉しいわ。私も信じるから、あなたもずっと私の愛を信じていて。そうすれば、私たちは大丈夫」
額を合わせ、僕たちは約束とだけ呟いた。
永藤咲良、誰がなんと言おうと彼女は決して淡白な感情の持ち主ではない。それは今もこの先も僕だけが知っている。
僕のよく知る彼女は、温暖な海のように居心地がいいひとだ。そして僕は、その海に溺れ沈もうとしているものなのかもしれない。
そもそも化粧や小物などといったものは、作法委員や女の子ならその類いのものに慣れているだろうが、普通の男にとっては縁遠いものではないか。それを急にやれと言われても無理があるのは当然だ。忍者として必要な技能ならばもっと懇切丁寧、手取り足取り教えてくれ。
僕は、そんな愚痴を恋人に漏らしていた。
恋人の永藤咲良は同い年のくのたまである。美人でいつも冷静さを欠かないせいで、周りの人間にはどこか素っ気ない女だと思われがちだが、本当はそうではないと僕だけが知っているのだ。確かに彼女はいつも落ち着いているけれど、とても優しく微笑むし、頬を染めたその顔を見られまいと俯くことだって時折ある。その姿のなんて愛らしいことか。
「三郎くんに聞けばいいじゃない」
先ほどまでうんうんと僕の話を聞いていただけの彼女がやっと口を開いた。
「彼、貴方の顔からうまく女の顔を造るじゃない。わざわざあんなことしなくても変装が得意だというのに」
三郎は特別な才能を持っているけれど、それを授業でひけらかそうということはしない。むしろそれをいかに使わず高評価を得るかいつも画策しているし、実際良い成績を収めている。
しかし、彼は少なからず女装用の道具の扱いには慣れているから僕たちと比べるのには土俵が違うように思う。ずっと磨いてきたその才を教えてくれと言っても、なんだか三郎の努力を踏みにじるようで聞くに聞けなかったのだ。
「でも、うん……」
三郎くんに聞けないというなら誰もどうしようもないじゃないとでも言われそうだったから、僕はその気持ちを彼女に伝えるかどうか悩んだ。僕が延々と唸っていると、彼女はある提案をした。
「……なら私が教えて差し上げましょうか、お化粧を」
咲良ちゃんはいつも僕が心の底で期待していることを言わずとも叶えてくれる。決してはぐらかして彼女に教えてもらおうなんて思惑があったわけではなかった。けれど、ほんとうはそう思っていたのかもしれない。
休の日である本日に特別授業をしてくれると約束してくれた彼女は引きずるほど多くの道具をもって僕の部屋へやってきた。あまり詳しくはわからないが、よくよく見ると艶紅にも様々色の違いがあるようだ。
「そうね……貴方にはこっちの方が、いえ、やはりこっちね。今まではなにを使っていたの。選び方を間違えなければ綺麗になれるはずよ、元の顔はいいもの」
咲良ちゃんは集中すると口が増えるらしく、手際よく髪を結い、顔に色々ほどこしながらなにやら呟いている。僕は少しもその内容に集中できずにいた。腕の動きに合わせちらちらと揺れる袖につつましやかな胸元の合わせ。夏の暑さに薄ら汗ばむ彼女の首。何気ないそれらが目に入るだけで、僕の喉は渇いてしまう。つくづく男とは単純な生き物だと自覚した。
しばらくの間じっとしていただけで、「僕」の虚像は消え新しい「私」が生まれていた。後ろから鏡を覗く彼女はたいそう自慢げである。確かにこの出来はとてもいい成績が取れるほどの変容ぶりだ。まるで自分が自分ではないよう。
「まだ若いもの、化粧は薄いほうが自然だわ。髪も全部まとめ上げていたほうが上品で貴方に似合っている」
「ありがとう、咲良ちゃん。本当にためになったし次はうまくできそうな気がする」
彼女は照れくさそうに目を伏せて、いいのよと一言だけ返事をする。どんなに化けても、こんな愛い表情が作れないと男の人を騙すのには無理があるだろうと僕は思った。
「そうだ、なにか君に授業料を渡さないと……何か欲しいものとかあるかな」
覗き込みたずねると、なにかを企んだような笑みを浮かべている。そしてどこから取り出したかわからない外出届を僕に突きつけた。
「では二人でお出かけしましょうよ、雷蔵ちゃん」
僕は計画されていた罠にうっかりはまってしまったようだ。僕に似合いだという小袖が用意されていたし、ご丁寧なことに不敵な笑みを浮かべたいつもの面子によるお見送り付きであった。
「ねえ君ってば僕をはめたの」
「はめただなんて人聞き悪いわよ。ただの偶然。可愛らしい貴女と出かけたかっただけなの」
咲良ちゃんは僕の手を取り、今にも踊りそうなほどに軽い足取りでどんどんと進んでいく。
「ちょっと君へんてこじゃない、どうかしたの。あとそれにこの状態で恋人みたいに指を絡めて手を繋ぐのはおかしいんじゃないかな」
今日の彼女は明らかに冷静さを欠いている。僕も見たことないぐらいに幸せそうで、女子同士を楽しむこの顔を見ることができる彼女の友人が羨ましいと感じてしまう。
「ちっともおかしいことないわ。貴女と私はそういう仲だもの。違うかしら」
ついに鼻歌交じりになりはじめた。確かにそういう仲だけど、君と「私」の今では何か違うような気がしなくもない。
だいぶ進み、もう街のほうまでやってきてしまった。咲良ちゃんはしきりにどこへ行きたいかと聞いてくれるけれど、いつもと違うこの感覚に僕は平静を装うので精一杯である。
二人で簪屋に入り、互いに似合いそうなものを選ぶ。反物を様々見て、今度はこんな柄もいいかもしれないと提案し合う。「女の子らしいように」僕たちは時間を過ごした。
「どうして咲良ちゃんは女装の僕と出かけたかったの。可愛い僕……てのは嘘だよね」
歩き疲れたので、適当な茶屋を見つけ休憩していた。二人で店先に腰掛け、そこで僕は何故連れ出されたのか、本当の理由を問うた。
「どうしてか、ね。貴方、聞いても怒ったりしない」
事の次第ではとも思ったが、聞くまではわからないし、僕はとりあえず首を縦に振る。彼女は深呼吸をして意を決した。
「ほんとうはあの後、貴方の化粧を落としてから街に出ようと思っていたの。だけどね、思っていたよりうまくできて、貴女がとても可愛かったから、人に見せびらかして歩きたかったの」
咲良ちゃんは僕の耳元に唇を寄せて囁いた。まるで女の子同士の秘密の打ち明けあいのようで、僕はひどく動揺してしまう。この鼓動のはやさでは、きっと耳の辺りまで血がのぼっているだろう。
僕だって、いつも彼女を連れて歩きたいし、傍に置きたい。しかし、彼女が今日を共に過ごしたいと思ったのは、実は僕ではない僕だったのだ。「僕」というものは、本当の意味で彼女に愛されているのかもしれないが、どことなく消化しきれない感覚がする。たった今は、羨望というよりかは嫉妬だけが喉元までこみ上げてきた。
気づけば僕は人目もはばからず、彼女に口づけていた。今は仕方ない、なにせ「女同士」なのだから、行き交う人々の視線が僕たちに注がれるけれど、それが段々と深くなる度に通りの騒めきが遠のいていく。
「……なんだかいけないことをしている気分だ」
咲良ちゃんから離れて息を整えると、やっと理性が戻ってきた。彼女の肌は紅く染めあがり、涙を溜めこちらをぼんやりと眺めている。
「君は、咲良ちゃんはきっと、信じてくれるよね。たとえ、僕と君の恋が誰にも許してもらえないものになってしまったとしても、この愛を信じてくれるんだよね」
同性同士の恋愛など禁物だし、あってはならない。けれど、「僕」という概念体の正体がなんであろうと、君と共にありたいと想う心を咲良ちゃんに理解してもらえているというのなら、そして彼女が同じ気持ちならば、世間体など構わないと言ってくれるはずだ。もし身分が天と地の差ほど違ったとしても彼女は囁くはずだ、愛していると。
「……あなたを抱きしめても構わない」
彼女は戸惑うことなく、そう尋ねながら僕を寄せた。
「信じると約束するわ。あなたが好き、愛してる。後世、あなたが男性に生まれようが女性に生まれようが、若しくは殿様に生まれようが農民に生まれようが、私はきっとあなたに巡り逢って、また恋に落ちるの」
夢みるように、また強い意志を込めたように彼女は語る。
「私は日光であり月光。道に迷うあなたをいつでも導くの。迷う人がいなければ、私はなにも照らしていないことになるし、不要な存在。あなたが私を必要とするように私にもあなたがいなければだめなのよ」
咲良ちゃんはやはり「僕」を心から慕ってくれているのだという確証が得られたような気がして、一瞬でも疑心暗鬼になっていた自分が恥ずかしく思える。
「ねえ咲良ちゃん、ごめん、好きだよ。ほんとうは君を困らせたり悩ませたりするようなことを言いたくないのに、君の前では、言葉や感情が勝手に溢れるみたいで、止まれなくなるんだ」
刹那にほどけてしまう蝶々結びのように、僕を抑えるものは脆くて頼りない。それでも、いつも許し受け止めてくれる彼女はどれほどおおらかでなんて愛の深いひとなのだろうか。
咲良ちゃんは赤子をあやすように僕の背中を優しく撫でる。何故彼女は僕を満たすのがこんなにも上手なのだろう。
「困ったりするものですか。不安なら、二人で毎日消しあえばいいの、話してくれて嬉しいわ。私も信じるから、あなたもずっと私の愛を信じていて。そうすれば、私たちは大丈夫」
額を合わせ、僕たちは約束とだけ呟いた。
永藤咲良、誰がなんと言おうと彼女は決して淡白な感情の持ち主ではない。それは今もこの先も僕だけが知っている。
僕のよく知る彼女は、温暖な海のように居心地がいいひとだ。そして僕は、その海に溺れ沈もうとしているものなのかもしれない。