色違い
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
忍術学園には、時たま転入生がやってくる。中途半端で微妙な時期に入ってくるのにはそれ相応の理由があって、例えば家庭の事情とか色々。
しかし、学園に入ってしまえばそんな理由はどうでもいい。皆、気にせず詮索もせずに級友として、また同じ学園の生徒として過ごすのだ。
くのたまの方に転入生が入ったと聞いた。一つ下の学年に入ったというその少女は能面をして毎日すごいているという。
同室になった者も素顔を見たことがなく、寝ている間も面をつけているらしいという噂まで流れている。
おそろしく醜いから顔を隠しているのだ。否、美しすぎるが故に顔を見せないのだ、とか。毎日様々な考察が飛び交う。
ついには、「化けの皮」を剥がして「素顔」を見てやろうなんて言う奴も現れた。強引な言い方に、私はよく知らない彼女を少し不憫に思いはじめた。
しかし私も彼女のことが気になってきた。
私も己のために顔を隠す身。私は彼女のほんとうの顔を見てやろうなんて気にはならなかったが、彼女の「化けの皮」に全く興味がないわけではない。ただ自分と同じような人間なのかもしれないというふうに思えたのだ。
ある日、くのたま忍たまの四年と五年の合同授業が企画された。彼女だ。ついに彼女と話す機会が巡ってきたのかと思うと授業が楽しみでならない。昼食をいつもの二倍の速さでかっこみ、集合場所まで急いだ。それほどに私は彼女とお近づきになれるのが嬉しい。
授業の内容は男女でペアを組み、密書に見立てた書類を守りながら山の上のゴールを目指し争うというもの。途中で他ペアを攻撃してもよし。密書が破れたり汚れたり、誰かに取られたりしてはならないという決まりだ。順位は到着する時間と奪った密書の数などの総合得点で決まる。
誰よりも早く集合場所に着いただろうと思ったが、そこには既に能面の彼女、永藤咲良がいた。
彼女の黒く艶めいた髪は能面の丹に映えて美しい。表情は全く読めないが、きっと凛としていてその上ちょっとお高くとまったような顔をしているんだ。そのほうがからかい甲斐があって面白いだろう。
同じペアになりたい。それで、あわよくば少し話を聞いてみたい。そんなふうに思えた。
しばらくすると他の生徒や授業の担当教師がやってきてすぐにペアを決めが始まった。
幸運なことに、くじの結果は私の思惑通りになった。私のいるところから少し離れたところで、同じ札を持つ人を探す彼女が見える。そういえばあの面で前はよく見えるのだろうか。
「なあ君、五番だろう。鉢屋三郎だ。私が君のペアだよ」
私は彼女の近くまで行き握手のために手を差し出したが、能面の放つ異様な雰囲気にどきりとして一瞬ひるんだ。面の目の部分に開いたごくごく小さな穴を通じて彼女の視線が私に動いたのがわかる。次に私の手が差し出されているのを認め、私たちはようやく握手を交わした。
「永藤咲良。鉢屋先輩、よろしくお願いします」
彼女は自己紹介をすると、深々と礼をした。
挨拶を済ませた我々は人気のないところで作戦を立てた。
授業とはいえど、戦術を得意とする私は抜かりなくこなす。そりゃあいい成績はほしいし、何事も経験。いつかどこかで何かの役にたつかもしれないから、しっかりやるのだ。
開始の合図である鐘が鳴り、各ペアは一斉に走りだした。
私たちの作戦は半数以上のペアから密書を奪い、ぶっちぎりのトップを狙うということで決まっていた。ここだけの話、私たちの密書の隠し場所は転入生の下着の中だったりする。
転入生の実力がいかほどかはわからないが、先ほど尋ねたときに武器は一通りこなせると聞いたのであえて難しめに目標を設定し、密書の持ち運びも任せたのだ。
交戦するたび彼女には驚かされた。一通り武器は使えると聞いたが、使えるどころかまるで指先のように制御し確実に標的を仕留めている。夏の暑い日であるのに疲れを少しも見せない余裕もある。
用意されたからくりも、同級生たちが投げてくる手裏剣やらも全て弾き返すのだから誰が見ても大したものと思うだろう。転入してきてからまだ少ししか経っていないのだから。
私たちは一組、二組と密書を奪うことに成功した。順調に進んだのは私の力だけでなく彼女がいたからこそである。
やがて七割程度の密書が集まり、このままゴールさえすれば私たちの勝ちが決定的になった。
しかしこういう課題の場合、残りの組はゴール直前で私たちが持っている密書を全て奪い逆転しようとすることがある。はなから一番多くそれを持っている組を狙うだけという計画を立てた者もあるだろう。無駄な戦いを回避するほうが忍者として正しいのは確かだ。
つまり私たちはこれから全方角の攻撃を危惧せねばならないというわけだ。
今日の私は誰にも負けるつもりがなかったから、この先は十分注意するようにと理由を加えて矢羽根で転入生に伝えた。
嫌な予感とは当たりやすいものだ。
山道をだいぶ進み、いっそう木が生い茂って辺りが暗くなったところで私たちの足元に何やら飛んできた。よく見るとそれは小石であった。
飛んできた方向の気配を探る。木の上に一人、男だろうか。
相手を探る間にも小石はこちらへ投げられていた。しかも、それらは執拗に転校生の顔を狙って投げられているではないか。
木の葉と葉の間からもれる日光が投石兵を一瞬照らした。あいつは確か、「化けの皮を剥がして素顔を見てやろう」と言っていた奴だ。
そうか、あいつ転入生の面を破るためにわざと顔のあたりを攻撃しているのか。
非常にまずい。面が割れてしまえば、せっかく隠していた素顔まで割れてしまうし、何より顔に怪我を負ってしまうかもしれない。
そんな心配をして転入生の方を見ると、綺麗に石を一つ一つ避けている様子であった。しかし、避けるのに精一杯でなかなか攻撃し返すことができないようだ。
なかなか面に当たらないことに苛つきはじめた奴はついに木から降りてきた。しかも面を外すのに襲いかかろうとしている。
いくら戦闘がうまいとはいえ急に男子が向かってくれば構える暇も無い。
「チッ、避けろよ鉢屋。俺はそいつに用があるんだ」
奴はそう言って前を行っていた私を避けて彼女の腕を引っ張った。その拍子で能面が外れ、地面へと落ちて割れてしまった。
彼女は自由な片腕で即座に顔を隠しうつむく。
それを見た私は即座に上衣を脱ぎ、奴と転入生の間に入り、それで彼女の顔を覆って抱きしめた。
その身体は少し震えているようだ。
「おい、聞いてたのかよ鉢屋。俺はそいつに用があんの。顔さえ見せてくれればいいの。そこどけよ」
おどけてそう言ってみせる奴が許せなかった。
「失せろ。今すぐにだ」
私は彼女を庇いながら言った。すると奴はまた舌打ちをしてゆっくりと後退してから走り去っていった。
私たちは洞窟へ移動した。
入口の明るいところに二人で並んで座ったものの、話すことがなくて困っている。
「……その、あー、顔に怪我とかなかった」
「はい」
「ならよかった」
会話が途切れ、微妙な空気がまた漂う。
転入生は未だに私の左隣で上衣を被ってうずくまっているが、震えはだいぶおさまったようだ。
「あの、先輩。鉢屋先輩」
転校生が急に口を開いた。
「先輩はとてもかっこいい人です。助けてくださってありがとうございました。それから、これ。お返しします」
そう言って彼女は私の上衣を取って差し出した。
極力、顔を見ないようそれを受け取る。
「いいの、隠さなくて」
「いいんです。先輩の前なら」
寝る間も見せないと聞いたその素顔を、なぜ私の前でなら見せてもいいと言うのだろうか。
彼女は私の方を向いた。
けれど私はずっとまっすぐ前を向いている。彼女の方を見てはならない気がしたからだ。
「先輩のお顔は、偽物ですね。うまいですけどわかるんです。私もお面をつけていたから。先輩にもお顔を見せられない理由があるんですね。それを詮索しようとは思いませんが、私と同じだから……秘密を教えられるような気がします。先輩、私を見てください」
そう言って転入生は私の遠い方の、つまり右手を強引に引いて彼女の方に向かせた。
白く透き通った肌に薄桃の唇。幼さを残した可愛らしい顔だ。だが目を合わせると私はうろたえてしまった。
なんと彼女の瞳は左が青藍、右が深碧であった。
「気味悪いでしょう」
「いや、そんなはずはない」
綺麗だよ、と言えば彼女は頬を染めた。
それは宝玉をはめ込んだように輝いて私の目を離させない。そんな絶対的な美しさをはらんでいる。
「それが面をつけていた理由」
優しく尋ねると彼女はこくりと頷いた。
「……赤子の目は産まれてしばらくしてから色が定まります。それまでは毎日色が変わるのです___」
色が定まった頃、両親は私を悪魔の子と呼んでひどい扱いをしました。絶対に私を外に出さず、広い家の一番奥に私をしまい込み、衣服も食料も最低限だけを与えました。
五つの歳になるまでそれに耐えましたが、ついに家が嫌になり外に出ることにしたのです。
偶然その部屋にあった若女を手に取りそれをつけ、私は自由を手にしました。
あてのない私を、山一つ二つと越えたところにあるお寺が拾ってくださいました。
和尚さんは大変に優しい人で、面を外した私を見てもなんとも言いませんでした。
けれどもやはり、村の人は奇妙な子どもだと言って私を虐げました。刃物をちらつかせ私を脅しました。
十二になった夏、日照りがひどく稲作は枯れて、村はその年の冬を越せるかどうかの瀬戸際に立たされました。
そこで人々は山の神に贄を捧げ、雨乞いをすることに決めたのです。その贄に私が選ばれました。
身寄りは無いし、私が死んでも誰も悲しまないから。寧ろ私のような奇形がいるから食物の枯渇が起きているのだと皆が言いました。
和尚さんは最後まで私を贄とすることを反対してくださいましたが、村の人は夜の間に私をさらって山まで連れて行ったのです。
生きる気力とかそういうのは、家を出ても辛い思いをしたので失せてしまっていました。
でも、山道を歩くうちに家を出た時の気持ちを思い出しました。生きたい、自由に。そんな気持ちです。
だから、私を連れていた人にちょっとだけ痛い目を見せてやりました。ほんとうにちょっとだけですよ。その隙に逃げちゃいました。
また和尚さんに匿っていただけましたが、私の身を案じた和尚さんは忍術学園の方が安全だからと言ってここに入れてくださいました。
「___これが私の人生です」
忌み嫌われた存在であった彼女。新天地ではそうならないようにと再び面をつけたのか。
今回はそれが裏目に出てしまった。
「先輩は、今まで生きてきた中で最も信用できると思えた人です。この話を私がしたのは先輩が初めてです。私のこの目を美しいと褒めてくださったのも先輩が初めてです。だから、私は先輩が好きです」
「すっ、好きなのか。そうなのか」
安直というか素直な考えだが、少し嬉しかった。
「話してくれてありがとう。実を言うと君の素顔にさして興味はなかったが、君がなぜ可愛い顔を見せないのか気になっていたんだ。いくら同じような人にだからと言っても、このことを他人に話すのには大変な勇気が必要だったろう」
彼女はしっかりと頷いて私の目を見つめた。
もうそうされても私は戸惑わない。その美しさに未だにどきりとすることはあるけれど。
「さあ、そろそろ行こうか。顔は……どうしようもないが、そろそろ行かないと一位はとれないな。私だけ先に行って先生に事情を話してもいいが」
私は珍しく雷蔵のように迷った。どうしたものか。
「いえ、結構です。なんだかもう、平気な気がしますから」
彼女は清々しい笑顔で言った。
のっぺりとしたあの顔しか見たことがなかったからか、それがとてもいい顔に見える。
なんだか私まで笑えてきた。
「そうか。じゃあ行くぞ、咲良」
今度は私が彼女の手を引いて立ち上がった。
永藤咲良、私はお前のこと嫌いじゃないぞ。むしろ、いやこの先を言ってしまうのは無粋だな。
そんな気持ちを今は知られまいと思って、借り物の顔の奥でにやりと笑っておいた。
しかし、学園に入ってしまえばそんな理由はどうでもいい。皆、気にせず詮索もせずに級友として、また同じ学園の生徒として過ごすのだ。
くのたまの方に転入生が入ったと聞いた。一つ下の学年に入ったというその少女は能面をして毎日すごいているという。
同室になった者も素顔を見たことがなく、寝ている間も面をつけているらしいという噂まで流れている。
おそろしく醜いから顔を隠しているのだ。否、美しすぎるが故に顔を見せないのだ、とか。毎日様々な考察が飛び交う。
ついには、「化けの皮」を剥がして「素顔」を見てやろうなんて言う奴も現れた。強引な言い方に、私はよく知らない彼女を少し不憫に思いはじめた。
しかし私も彼女のことが気になってきた。
私も己のために顔を隠す身。私は彼女のほんとうの顔を見てやろうなんて気にはならなかったが、彼女の「化けの皮」に全く興味がないわけではない。ただ自分と同じような人間なのかもしれないというふうに思えたのだ。
ある日、くのたま忍たまの四年と五年の合同授業が企画された。彼女だ。ついに彼女と話す機会が巡ってきたのかと思うと授業が楽しみでならない。昼食をいつもの二倍の速さでかっこみ、集合場所まで急いだ。それほどに私は彼女とお近づきになれるのが嬉しい。
授業の内容は男女でペアを組み、密書に見立てた書類を守りながら山の上のゴールを目指し争うというもの。途中で他ペアを攻撃してもよし。密書が破れたり汚れたり、誰かに取られたりしてはならないという決まりだ。順位は到着する時間と奪った密書の数などの総合得点で決まる。
誰よりも早く集合場所に着いただろうと思ったが、そこには既に能面の彼女、永藤咲良がいた。
彼女の黒く艶めいた髪は能面の丹に映えて美しい。表情は全く読めないが、きっと凛としていてその上ちょっとお高くとまったような顔をしているんだ。そのほうがからかい甲斐があって面白いだろう。
同じペアになりたい。それで、あわよくば少し話を聞いてみたい。そんなふうに思えた。
しばらくすると他の生徒や授業の担当教師がやってきてすぐにペアを決めが始まった。
幸運なことに、くじの結果は私の思惑通りになった。私のいるところから少し離れたところで、同じ札を持つ人を探す彼女が見える。そういえばあの面で前はよく見えるのだろうか。
「なあ君、五番だろう。鉢屋三郎だ。私が君のペアだよ」
私は彼女の近くまで行き握手のために手を差し出したが、能面の放つ異様な雰囲気にどきりとして一瞬ひるんだ。面の目の部分に開いたごくごく小さな穴を通じて彼女の視線が私に動いたのがわかる。次に私の手が差し出されているのを認め、私たちはようやく握手を交わした。
「永藤咲良。鉢屋先輩、よろしくお願いします」
彼女は自己紹介をすると、深々と礼をした。
挨拶を済ませた我々は人気のないところで作戦を立てた。
授業とはいえど、戦術を得意とする私は抜かりなくこなす。そりゃあいい成績はほしいし、何事も経験。いつかどこかで何かの役にたつかもしれないから、しっかりやるのだ。
開始の合図である鐘が鳴り、各ペアは一斉に走りだした。
私たちの作戦は半数以上のペアから密書を奪い、ぶっちぎりのトップを狙うということで決まっていた。ここだけの話、私たちの密書の隠し場所は転入生の下着の中だったりする。
転入生の実力がいかほどかはわからないが、先ほど尋ねたときに武器は一通りこなせると聞いたのであえて難しめに目標を設定し、密書の持ち運びも任せたのだ。
交戦するたび彼女には驚かされた。一通り武器は使えると聞いたが、使えるどころかまるで指先のように制御し確実に標的を仕留めている。夏の暑い日であるのに疲れを少しも見せない余裕もある。
用意されたからくりも、同級生たちが投げてくる手裏剣やらも全て弾き返すのだから誰が見ても大したものと思うだろう。転入してきてからまだ少ししか経っていないのだから。
私たちは一組、二組と密書を奪うことに成功した。順調に進んだのは私の力だけでなく彼女がいたからこそである。
やがて七割程度の密書が集まり、このままゴールさえすれば私たちの勝ちが決定的になった。
しかしこういう課題の場合、残りの組はゴール直前で私たちが持っている密書を全て奪い逆転しようとすることがある。はなから一番多くそれを持っている組を狙うだけという計画を立てた者もあるだろう。無駄な戦いを回避するほうが忍者として正しいのは確かだ。
つまり私たちはこれから全方角の攻撃を危惧せねばならないというわけだ。
今日の私は誰にも負けるつもりがなかったから、この先は十分注意するようにと理由を加えて矢羽根で転入生に伝えた。
嫌な予感とは当たりやすいものだ。
山道をだいぶ進み、いっそう木が生い茂って辺りが暗くなったところで私たちの足元に何やら飛んできた。よく見るとそれは小石であった。
飛んできた方向の気配を探る。木の上に一人、男だろうか。
相手を探る間にも小石はこちらへ投げられていた。しかも、それらは執拗に転校生の顔を狙って投げられているではないか。
木の葉と葉の間からもれる日光が投石兵を一瞬照らした。あいつは確か、「化けの皮を剥がして素顔を見てやろう」と言っていた奴だ。
そうか、あいつ転入生の面を破るためにわざと顔のあたりを攻撃しているのか。
非常にまずい。面が割れてしまえば、せっかく隠していた素顔まで割れてしまうし、何より顔に怪我を負ってしまうかもしれない。
そんな心配をして転入生の方を見ると、綺麗に石を一つ一つ避けている様子であった。しかし、避けるのに精一杯でなかなか攻撃し返すことができないようだ。
なかなか面に当たらないことに苛つきはじめた奴はついに木から降りてきた。しかも面を外すのに襲いかかろうとしている。
いくら戦闘がうまいとはいえ急に男子が向かってくれば構える暇も無い。
「チッ、避けろよ鉢屋。俺はそいつに用があるんだ」
奴はそう言って前を行っていた私を避けて彼女の腕を引っ張った。その拍子で能面が外れ、地面へと落ちて割れてしまった。
彼女は自由な片腕で即座に顔を隠しうつむく。
それを見た私は即座に上衣を脱ぎ、奴と転入生の間に入り、それで彼女の顔を覆って抱きしめた。
その身体は少し震えているようだ。
「おい、聞いてたのかよ鉢屋。俺はそいつに用があんの。顔さえ見せてくれればいいの。そこどけよ」
おどけてそう言ってみせる奴が許せなかった。
「失せろ。今すぐにだ」
私は彼女を庇いながら言った。すると奴はまた舌打ちをしてゆっくりと後退してから走り去っていった。
私たちは洞窟へ移動した。
入口の明るいところに二人で並んで座ったものの、話すことがなくて困っている。
「……その、あー、顔に怪我とかなかった」
「はい」
「ならよかった」
会話が途切れ、微妙な空気がまた漂う。
転入生は未だに私の左隣で上衣を被ってうずくまっているが、震えはだいぶおさまったようだ。
「あの、先輩。鉢屋先輩」
転校生が急に口を開いた。
「先輩はとてもかっこいい人です。助けてくださってありがとうございました。それから、これ。お返しします」
そう言って彼女は私の上衣を取って差し出した。
極力、顔を見ないようそれを受け取る。
「いいの、隠さなくて」
「いいんです。先輩の前なら」
寝る間も見せないと聞いたその素顔を、なぜ私の前でなら見せてもいいと言うのだろうか。
彼女は私の方を向いた。
けれど私はずっとまっすぐ前を向いている。彼女の方を見てはならない気がしたからだ。
「先輩のお顔は、偽物ですね。うまいですけどわかるんです。私もお面をつけていたから。先輩にもお顔を見せられない理由があるんですね。それを詮索しようとは思いませんが、私と同じだから……秘密を教えられるような気がします。先輩、私を見てください」
そう言って転入生は私の遠い方の、つまり右手を強引に引いて彼女の方に向かせた。
白く透き通った肌に薄桃の唇。幼さを残した可愛らしい顔だ。だが目を合わせると私はうろたえてしまった。
なんと彼女の瞳は左が青藍、右が深碧であった。
「気味悪いでしょう」
「いや、そんなはずはない」
綺麗だよ、と言えば彼女は頬を染めた。
それは宝玉をはめ込んだように輝いて私の目を離させない。そんな絶対的な美しさをはらんでいる。
「それが面をつけていた理由」
優しく尋ねると彼女はこくりと頷いた。
「……赤子の目は産まれてしばらくしてから色が定まります。それまでは毎日色が変わるのです___」
色が定まった頃、両親は私を悪魔の子と呼んでひどい扱いをしました。絶対に私を外に出さず、広い家の一番奥に私をしまい込み、衣服も食料も最低限だけを与えました。
五つの歳になるまでそれに耐えましたが、ついに家が嫌になり外に出ることにしたのです。
偶然その部屋にあった若女を手に取りそれをつけ、私は自由を手にしました。
あてのない私を、山一つ二つと越えたところにあるお寺が拾ってくださいました。
和尚さんは大変に優しい人で、面を外した私を見てもなんとも言いませんでした。
けれどもやはり、村の人は奇妙な子どもだと言って私を虐げました。刃物をちらつかせ私を脅しました。
十二になった夏、日照りがひどく稲作は枯れて、村はその年の冬を越せるかどうかの瀬戸際に立たされました。
そこで人々は山の神に贄を捧げ、雨乞いをすることに決めたのです。その贄に私が選ばれました。
身寄りは無いし、私が死んでも誰も悲しまないから。寧ろ私のような奇形がいるから食物の枯渇が起きているのだと皆が言いました。
和尚さんは最後まで私を贄とすることを反対してくださいましたが、村の人は夜の間に私をさらって山まで連れて行ったのです。
生きる気力とかそういうのは、家を出ても辛い思いをしたので失せてしまっていました。
でも、山道を歩くうちに家を出た時の気持ちを思い出しました。生きたい、自由に。そんな気持ちです。
だから、私を連れていた人にちょっとだけ痛い目を見せてやりました。ほんとうにちょっとだけですよ。その隙に逃げちゃいました。
また和尚さんに匿っていただけましたが、私の身を案じた和尚さんは忍術学園の方が安全だからと言ってここに入れてくださいました。
「___これが私の人生です」
忌み嫌われた存在であった彼女。新天地ではそうならないようにと再び面をつけたのか。
今回はそれが裏目に出てしまった。
「先輩は、今まで生きてきた中で最も信用できると思えた人です。この話を私がしたのは先輩が初めてです。私のこの目を美しいと褒めてくださったのも先輩が初めてです。だから、私は先輩が好きです」
「すっ、好きなのか。そうなのか」
安直というか素直な考えだが、少し嬉しかった。
「話してくれてありがとう。実を言うと君の素顔にさして興味はなかったが、君がなぜ可愛い顔を見せないのか気になっていたんだ。いくら同じような人にだからと言っても、このことを他人に話すのには大変な勇気が必要だったろう」
彼女はしっかりと頷いて私の目を見つめた。
もうそうされても私は戸惑わない。その美しさに未だにどきりとすることはあるけれど。
「さあ、そろそろ行こうか。顔は……どうしようもないが、そろそろ行かないと一位はとれないな。私だけ先に行って先生に事情を話してもいいが」
私は珍しく雷蔵のように迷った。どうしたものか。
「いえ、結構です。なんだかもう、平気な気がしますから」
彼女は清々しい笑顔で言った。
のっぺりとしたあの顔しか見たことがなかったからか、それがとてもいい顔に見える。
なんだか私まで笑えてきた。
「そうか。じゃあ行くぞ、咲良」
今度は私が彼女の手を引いて立ち上がった。
永藤咲良、私はお前のこと嫌いじゃないぞ。むしろ、いやこの先を言ってしまうのは無粋だな。
そんな気持ちを今は知られまいと思って、借り物の顔の奥でにやりと笑っておいた。